【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

文字の大きさ
106 / 192

105 プランB…はグステルが適当につけた作戦名

しおりを挟む

 

 昔もあまりいい感情がなかったその二枚扉は、今はまた別な意味でグステルを威圧する。

 廊下の曲がり角で、その先を覗き込む彼女の後ろから、エドガーが小さく言った。

「……なんですかあの奇妙な……警備……?」
「…………」

 呆れとも、戸惑いとも取れる青年の言葉通り、その光景は確かに奇妙。
 彼女たちが見ている廊下の最奥の扉は、グステルの父の部屋へ続くもの。
 その固く閉じられた飴色の大きな二枚扉の前には、屈強な男たちが五名。皆身体が大きく腕っぷしが強そうだ。
 しかし、彼らは真面目に警備をしているようにはとても見えなかった。
 身なりは町にいる傭兵らと変わらないし、装備も軽装。
 暇つぶしなのだろうか、廊下の隅にある小さなテーブルを囲み、何やらカードゲームにでも興じているらしい。
 エドガーが『奇妙』と形容したのは、あの怠慢さと、ちぐはぐな警備体制のことだろう。

 ここまでのグステルののんきな潜入を見てすでにお分かりかもしれないが……実は公爵邸の中はさほど警備が厳しくない。
 もちろん、邸の周りは警備が厳しかった。
 領民に解放された前庭園や、そこから守衛所を抜けた先には衛兵がウヨウヨいて外敵を警戒している様子は窺えた。
 が、一度邸の中に入ってしまうと、王城のようにそこここに監視が立っているような厳しい警戒体制は取られておらず、たまに行き交う見回り兵や使用人たちを見かける程度。
 今は国の王権がしっかりしていて、世の中は比較的平和。他国との戦もなく、公爵領でも近隣領との諍いもないせいか、主人の部屋や宝物庫などの要所以外にはあまり警備を置いていないらしい。
 現代で例えるのなら、大型ショッピングモールで警備員をたまに見かけるのよりは、多少多いか? と、いった具合である。
 要するに、全体的に見ても警備は手薄。まあ、だからこそグステルたちもここまで安全にこられたわけだが。

 にも関わらず、辿り着いたその部屋の前には衛兵が五名。
 この配置を見て、エドガーは奇妙に思った。
 主人の部屋の前なのだから、衛兵がいるのは当たり前。しかし、彼らが堂々と遊びに興じているのが気になった。
 もし彼の家で衛兵があのような不真面目な勤務態度であれば、彼の父は即刻その者を解雇するだろう。
 エドガーは、自分の前で身をかがめて部屋の様子を窺っている娘にこそりと訊ねる。

「……ステラさん、もしや公爵はあそこには居られないのでは……?」

 いくらなんでも、主人のそばであれはないだろうとエドガー。
 しかし、黙り込んだ娘は、固い表情で男たちの会話に耳を澄ませている。

「……あの男たち、トーアの訛りがありますね……」
「トーア?」

 トーアとは、この公爵領の端にある都市の名前。隣領との境にあることもあって、そちらの言い回しを使う者も多い。
 ならばあの者たちはその辺りから働きに来ている者なのだなと、単にそう思ったエドガーであったが。ふとグステルの顔を見て、その異変に気がつく。
 ここまでずっと平然としていたグステルが、奥歯を噛んで男たちを睨んでいる。冷たい眼差しには焦りが滲んでいるようだった。

「どうしました? トーアが何か……?」
「トーアは叔母が以前住んでいた場所です」
「グリゼルダ殿が……?」

 それがどうかしたのだろうかとエドガーは考えようとしたが、その前にグステルが急ぎましょうと彼に言う。

「どうやらあの様子を見るに、私の懸念は当たっていたようです。こうなればもはや手段を選んではいられません──プランBであの怠慢な男たちを突破します」

 その宣言を聞いて、エドガーが一瞬顔をしかめる。

「B……と、いうと……例の、放火作戦ですか……ヘルムートのためにも、あまり危険なことはしてほしくないんですがねぇ……」

 のちにこの作戦を知ったら怒り狂うだろう友の顔を思い出したらしく、いい顔をしない男に。しかしグステルは「大丈夫」と一蹴。

「ここはそのヘルムート様の愛するラーラ様のためにも、ひとつ景気良く燃やしときましょう」

 言ってグステルは、なぜかスカートに覆われた自分の太ももを持ち上げて、そこを手のひらでペェンッ! と強く打った。その気合の入った仕草を見て、事前に作戦を知らされているエドガーは……若干の呆れを覗かせる。

「景気良くって……燃やし方によっては、私がヘルムートに殺される案件なんですがね……」

 ため息をつくエドガーに。するとグステルは「無理を言って申し訳ありません」と神妙な顔。

「でも、あまり時間をかけたくないのです。ここは申し訳ありませんが、お手伝い願いませんか?」
 
 そう懇願してくる娘の目はとても真剣で、切実だ。これにはエドガーも、ここまできたのだから、乗りかかった船かと折れざるを得なかった。

「…………はあ……仕方ありませんね……では……」

 エドガーは懐を探り、小さなマッチ箱を取り出した。




「──助けて!」

 女の金切り声が廊下に響き渡った。
 公爵の部屋の前で、すっかりカードゲームに夢中になっていた男たちも、その声には身構え険しい顔で振り返った。
 手にしていたカードをテーブルの上に放り出し、壁に立てかけてあった剣に手をやった者もあった。
 だが、警戒した彼らがそこで見たのは、廊下の向こうからやってくる、メイドが一人。
 足をもつれさせながら自分たちのほうへよろよろと歩いてくる姿に、男たちはいったい何事だという困惑顔。と、その瞬間、彼らの目の前でメイドが廊下の床に崩れ落ちた。それを見た男たちは、さすがに慌てて女に駆け寄った。

「おいどうした⁉︎」
「大丈夫か⁉︎」

 床に伏した娘を助け起こした男は、彼女の身から燻った匂いがしていることに気がついて険しい顔をする。
 よく見れば、娘の全身は煤に塗れていて、メイド服は所々黒焦げている。袖もボロボロだし、スカートなどは太ももが半分あらわになるほどに焼き切れていた。
 その様は、まるでひどい火事場から逃げ出してきたかのよう。男たちはさっと顔色を変える。

「まさか──火災か⁉︎」

 と、ぐったりしていたメイドが男の腕の中でうっすら目を開けて、つらそうに腕を持ち上げる。

「きゃ……客間で……火が……」

 しかし娘は途切れ途切れに言ったきり、持ち上げていた腕をパタリと落とし気絶。瞳をぴたりと閉じ、脱力して頭を横向きに落とした娘に、男たちは騒然となった。

「だ、大丈夫か⁉︎」
「おい揺さぶるな、煙を吸ったのかもしれん!」
「いや、しかし……お、おい! どこの客間なんだよ⁉︎」

 客間と言われても、この公爵邸には恐ろしい数の客間がある。
 メイドを抱えた男は、せめてどの棟の客間なのか教えろと声を掛けるが……娘の瞳は貝のようにぴったりと閉じられていて目覚める気配はない。
 男は焦ってメイドの頬を手で打とうとする。が、それを別の男が「やめろ」と制止した。

「今は火元の特定と、消火が先だ! そいつがここに助けを求めにきたんだ、そう離れた場所ではないはず……。さっさと探しに行くぞ! 万一この主屋で被害が大きくなれば、アルマンとグリゼルダ様から大目玉だ……!」

 その言葉には、周りにいた男たちも冗談じゃないと青くなった。
 その二人は彼らにとって一番機嫌をとっておかなければならない存在。
 号令をかけた男は駆け出して行って、他の男たちも慌ててそれに続く。
 が、それを見て慌てたのは、メイドを抱えた男。

「お、俺は⁉︎ こ、こいつはどうする……⁉︎」

 小さくなっていく同僚に叫ぶと、「お前はとりあえずそこにいろ! そいつは中にいるやつにでも任せときゃあいいだろ!」と怒鳴り返された。
 残された男はあたふたとメイドを床に寝かせ、慌てて扉の内側に消えていく。
 そしてまもなく部屋の中からは、その男と、もう一人、困惑顔の白い服の女が出てきて。彼女は部屋の前でぐったり寝そべった黒焦げのメイドを見ると、不安げに目をまるくした。

「な、ど、どうしたのですか⁉︎」
「いいからこいつの具合を見てやってくれ! 火が出て煙を吸ったらしい!」
「火⁉︎ か、火災ですか⁉︎」

 女はさっと青ざめたが、とにかく今はこの娘をと急かされて。彼女は困惑しながらも、ぐったりしたメイドを部屋の扉の内側に運び入れるように言った。
 貴人の部屋の前室には長椅子が据えてある。男はそこにメイドを横たわらせると、すまないが、と女に言う。

「他の奴らは行ってしまったから、俺は表にいなくちゃならん。もし避難の指示があれば人が来るはずだ、そうなったら知らせる。だからこいつは頼んだ!」
「え……あ、ちょっと……!」

 言って男はそそくさと廊下に戻っていって。前室には女と、気絶した娘だけが残された。慌ただしくメイドを押し付けられた女は、眉間にしわを寄せて扉を睨む。

「ああもう、なんなのよ……! こっちだって暇じゃないのに! なんで私が──」

 と、彼女が吐き捨てようとした時。女は、誰かに腕を掴まれてハッとした。
 気がつくと、自分の顎の下に、何か銀色の細く薄っぺらいものが押し当てられている。

(──刃物っ⁉︎)

 その不気味な輝きを見て、女は咄嗟にそう思い身を引こうとするが、腕が硬く握られていてできなかった。
 女は自分の喉元にそれを押し当てている者を呆然と見た。
 いつの間に目を覚ましたのか……頬に黒い煤をつけた娘が、自分に向かってニッコリと微笑みかけている。

「ごめんあそばせお姉様、ちょっと静かにしていてくださる?」
 



しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。 挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。 だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……? 酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。 ※小説家になろうでも投稿しています

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...