【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

文字の大きさ
124 / 192

123 兄妹

しおりを挟む

 

 気持ちはとても鬱々としていた。
 窓から見上げる空もどんよりと暗く、朝からずっと雨が降りつづいている。
 泣き続ける空を見上げていても、気持ちは沈むばかりだとわかっていたが、ラーラはそこから離れることができなかった。
 彼女がいる窓辺は心地良さそうなソファベンチになっていて、美しく整えられた邸前がゆったりと眺められる。
 いつもなら、ここから訪れる人や、やってくる馬車を眺めるのが、ラーラはとても好きだった。
 だが今は。
 本当に望む人の訪れはなく、自分を置いて飛び出していった兄もなかなか戻っては来ない。
 心が重くて仕方がなかった。まるで泥沼に放り出されてしまったかのように、どうしようもない気分だった。

 ──自分の兄にあんな約束をさせるなんて。

 それを思うと、泣きたくなった。
 出会ってからこのかた、兄は自分をとても大切にしてくれる。
 その兄の恋愛を、自分がこうも応援できないとは。
 だが、その横暴さを分かっていても、ラーラは兄の帰宅を願わずにはいられなかった。

「……早く帰ってきてよ、お兄様……」

 いやでも耳に入ってくる王太子とグステル・メントラインとの噂は、容赦無くラーラの気持ちを切り裂いた。
 このままでは心が泥沼の底に沈んでしまう。

 美しい黒髪と青紫の瞳の、頼りがいのある兄。
 昔侯爵邸で初めて出会った時、ラーラは心底驚いたものだった。
 こんなに立派な青年が本当に自分の兄なのかと。
 ラーラが昔住んでいた家とは比べ物にならないくらい壮麗な侯爵邸で迎えてくれた兄は、本当に物語のなかの王子様のようだった。
 彼は幼いラーラでは近寄り難いほどに、毅然として容姿も整っていたけれど、でも、実際にはとても優しかった。
 しかもその優しさは、万人に与えられるものではなく自分たち弟妹にのみ注がれるもの。母を失った孤独な少女には、それもとてもとても嬉しかった。
 兄と連れ立って歩くと、いつも羨ましそうな娘たちの視線が自分たちに注がれる。
 やっかむ令嬢たちの皮肉には困ったが、それも兄に大事にされるがゆえと思うと気分が良かった。

 ──それなのに。

 ラーラはため息をつく。
 今はその特権が根こそぎ奪われたような気分だ。
 自分があんなに悲しんでいた時に、兄はそれでも好きになった女のところに行ってしまった。

「……私のお兄様なのに……許せない」

 ついつぶやいてしまって、その恨みがましい響きにラーラは驚いた。
 大きな瞳がみるみるうるんでいく。
 以前の自分はこんなではなかった。
 もっと明るかったし、もっともっと前向きで、心の中に誰かを恨むような気持ちを抱いたことなどなかった。世界はもっと美しく、希望にきらめいていたはずなのに。

 しかし今は。
 兄の想い人のことも、王太子の気持ちをさらっていった令嬢のことも恨めしくてたまらない。その呪わしい気持ちがラーラの上にどんどん降り積もってきて、もう受け止めきれない。今にもその重みに屈してしまいそうだった。

「っ」

 ラーラは、こんな自分が嫌で嫌でたまらない。
 苦しくなって、窓辺で自分の膝を抱きしめて嗚咽した。
 怒りに蝕まれる自分が惨めでならなかった。

 ……と、しばらく泣き続けたころ、そばにふっと誰かの気配が近づいてきた。

「……ラーラ?」

 背中にあたたかい手のひらが降ってきて、ラーラはハッとして泣き顔を上げた。
 するとそこには兄の心配そうな顔がある。
 その顔を見た途端、ラーラの気持ちは堰を切った。

「お兄様!」

 帰ってきてくれた! その思いで兄にしがみつくと、兄はそっと彼女を抱き止めて頭をなでてくれる。
 その優しさに喜びを感じたラーラだったが、しかしそこで気がつく。
 抱き止めてくれる兄の身体はひんやりと冷たい。おそらく外に降る雨で服が濡れてしまったのだろう。
 濡れた繊維と皮の独特の匂い。そこに──かすかに血の匂いが混じっていた。

 驚いたラーラは瞳を見開いて兄の身体から身を離した。

「お兄様……怪我をしているの⁉︎」

 ラーラは兄の両腕をつかまえたまま、その身に異変を探す。しかし兄は表情を変えず、いいやと首を振る。

「大した怪我ではない」
 
 彼は心配するなと優しい顔でラーラをなだめたが……彼女は気がついた。
 兄の瞳はどこか沈んでいる。それはここを出ていった時、自分に跪いて懇願した時の兄の目と同じに見えた。
 心の底にある、大きな切なさを無理に呑み込んだ者の目。
 その兄の目を見た途端、ラーラのなかの泥沼が再び波打った。

 ──兄は、ここにいることを、自分のそばにいることを本心では望んでいない。

 そう感じた瞬間、ラーラは目の前が真っ暗になった。


「…………ゼルマ」

 ヘルムートが部屋を出ていったあと、ラーラは低く侍女を呼んだ。
 その表情は殺伐とした諦めに満ちている。
 やってきた侍女ゼルマは、聞いたこともないようなラーラの冷たい声に戸惑っているようだった。
 しかしラーラは彼女の顔は見ず、窓の外の暗い景色を睨んでいた。まるでそこに見えぬ敵がいるかのように。
 瞳には怒りの炎が渦巻いていた。

「調べてちょうだい。お兄様の怪我が本当に大したことがないのか。……もし、お兄様の怪我がひどかったら、私、相手の女を絶対に許さないわ……」



 そして同じ頃。遠く離れた街道上では、グステルが真剣な顔でいぶかしんでいた。
 ごとごとと揺れる車内で、いつも通りに背筋を伸ばして座り、難しげに腕を組んでいる。
 考えているのは、この世界の不可解さについて。
 状況はどうしてこうも奇妙なのか。
 ここは本当に、『ラーラの物語』のなかなんだろうか……?
 私は本当に“悪役令嬢グステル・メントライン”なのだろうか…………?

 彼女を困惑させているのは、物語上の運命ともいえる筋書きの大幅な変化。
 自分を憎むはずのヘルムートの異変や、兄の変貌。傲慢だったはずの父も、今や自分を政略の駒とはとらえておらず、再会を喜んでくれた。
 いや、それはとても嬉しいことではあるが……。その変化が劇的すぎて、極端すぎて。
 心底自分の悪役令嬢化を恐れて、人生を賭けて逃げ回ったグステルが戸惑ってしまっても仕方のない話ではあった。

「はっ! もしや作者、スピンオフ書いた⁉︎ ……いや、スピンオフじゃないか……パラレルワールド……的な……? え? 二次創作……?」

 ブツブツもらす娘は、あくまでも真剣。
 そんな彼女を隣で見ていたヴィムには、その言葉の意味はちっともわからなかったが。とりあえず、一旦止めようと思った。自分の目の前に座る大男の視線が、恐ろしかった。

「……ステラさん……あの、とりあえず、お兄様の差し出されているものを……」

 と、言いかけたところで、妹の態度に我慢ならなくなったらしいフリードが恨みがましそうな声でいう。

「……おい妹よ、貴様、そろそろ俺を無視するのをやめろ。俺様の腕力を試しているのか?」

 妹などちっとも愛しくないと言いたげな仏頂面で……しかし、手にした干し肉をずっとグステルの口元に差し出している男は不満そうに口をへの字に曲げている。
 言われてやっと兄を見たグステルは、警戒感がまるだし。狭い馬車内で、向かい合った兄を見上げる眉間のしわは、威嚇のためかピリリと深くなった。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。 挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。 だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……? 酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。 ※小説家になろうでも投稿しています

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...