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127 メントライン家の兄妹愛のゆくえ
しおりを挟むグステルは斜めに傾きながらいう。なぜか、声が非常にかすれている。
「……私、もしかして……本当に……兄に……好かれて……いる? の、でしょうか……」
信じられないが、もしかしてそうなのか? という戸惑いの滲む問いかけに、ヴィムは、「た、多分……」といってから、ごくりと喉を鳴らして、続ける。
「と……と、いいますか……お、お兄様はおおせでした、ステラさんを、あ、愛している、と……」
ヴィムがいった途端、グステルの顔が奇妙な顔をする。なんだか……猫のフレーメン反応みたいな顔だった。
「あ……? あい……? これは、愛、なのですか……?」
これといって示されたのは、グステルのキノコ状の頭である。
この問いかけには、ヴィムは沈黙。
彼の目から見ても、グステルの首根っこつかんで無理やり膝に座らせ、助けようとするヴィムを鬼の睨みで怯えさせ、逃げ出そうとする妹のウエストをガッチリ抱えこみ、何を思ったか急にその髪を鳥の巣にした、あれが果たして本当に愛かどうかは自信がない。
だって、彼が長らく見てきたハンナバルト家の兄妹のそれとはあまりにも違いすぎるのだ。
ヴィムは、ゴクリと喉を鳴らしてから、「お、思うに……」と神妙な顔で言った。
「フリード様は……妹を大切にする方法を、あんまり、よく、ご存知ない、のでは……?」
ちなみに、彼女たちの困惑の根源たる兄フリードは、現在、抵抗し疲れたグステルのために宿場で馬車を停め、何かしらの買い物に行ったらしい。何を買ってこられるのだろうか。また干し肉とかだったらどうしようと、正直恐ろしいグステルである。
グステルはしょぼくれた顔でヴィムに返す。
「……知らないからとはいえ、こんな乱暴な接し方ってあります……?」
兄のグステルへの接し方は、まるでグステルがゴリラかなにかだと思っているかの如し。
いや、多分あれはゴリラにも嫌がられるはずだ、と、グステル。
「でも、ほ、ほら、フリード様はずっとステラさんと離れ離れでしたし……」
その点では、ヴィムはフリードに同情的である。
グステルにだってその気持ちはわからないでもない。自分の家出が、兄をとても傷つけていたのだと知ったあとでもある。ここまでは、彼女もできるだけ付き合ってやらねばと思っていたのである。
「でもですね、ヴィムさん……王都までの長い道のりを、この狭い空間で、ずっとあの兄に付き合わされると思うと……これはちょっとした、いえ、大いに苦行なのですが……」
「…………」
確かに、それにはヴィムも同感であった。
実は、一行の馬車はまだ、領都の門を出てからさほど進めていない。通常ならもっと距離を稼げていてもおかしくないのだが……。
道中、腕力に任せて妹を猫可愛がりするフリードにうんざりしたグステルが“フリード酔い”を起こしてしまった。
それで彼女たちはこうして、まだ本来の予定では補給も必要のないような宿場で馬車を停車させる羽目となったのである。
ヴィムの脳裏には、先ほどグステルが見せた必死の形相が蘇る。
フリードの見るからに腕力がありそうな腕に捕まった彼女が、死に物狂いという顔で抜け出そうとしながら『タイム!』と叫ぶ様を。
グステルは、ヴィムに髪を整え直してもらいながら、腕を組み、しばし何事かを考え込んでいたが……。不意にいった。
「……、……よし、こうなったら……あの野獣を調教しましょう」
「ぇ……」
その言葉に、彼女の頭のうえでせっせと動かしていたクシを持つ手を止めた。
グステルは、至って本気という真顔で続ける。
「兄に正しい妹との接し方を学ばせるのです。普通の、ちょっと距離をとりつつ、ほどよく互いを思いやるような兄妹仲を、です」
「それが……普通、なんですか……?」
長年ハンナバルト家のシスコンブラコン兄妹を見て来たヴィムには、グステルの言葉があまりピンとこない。
だが、グステルはきっぱりいった。
「そうですよヴィムさん。普通、兄が年頃の妹をあんな無造作に抱っこしようとなんかしたら、妹にブチ切れられて張り倒されても文句のいえない案件です」
「そ、そうですか……?」
「とりあえず、私はそうしたかったのです。でも兄の腕力にねじ伏せられた形です。これはいけない」
グステルはしめやかに首を横にふる。
「いかに兄妹としてあとに生まれた存在とはいえ、人権と主張は認めてもらわねば。この年で抱っこされて高い高いなんてされても妹は喜びやしないということを、兄には学んでもらわねばなりません!」
グステルの据わった目には、炎が浮かんでいた。どうやらこれはかなり本気のようである。
グステルは、本当なら王都に向かう車中では静かにあれこれ考えたかった。
ヘルムートのこと、ラーラのこと。実家のこと。シュロスメリッサに置いてきたユキのこと。
グステルは恋しい小さな獣のことを思い出してため息。
実家にいたときはあれこれと忙しくて手紙を書く暇もなかった。可能なら馬車の中でイザベルに手紙を書いて、ユキの近況を知らせてくれるように頼みたかったのに。あの兄に付き合わされていては、落ち着いて手紙なんぞ書けやしない。
グステルは拳に力をこめて虚空を睨んだ。
「これまでは私も若干遠慮していましたが……もうそんなこといってられません。兄に思春期(かつ、老年期)の妹の恐ろしさを思い知らせてやらなければ」
「………………」
そう硬く決意を語る娘を見て、ヴィムはとてもハラハラした。
グステルは確かにかなりやり手ではあるが、フリードは非常に厄介な相手に思えたのである。
(……大丈夫なのかな……なんか……怖くなってきた……)
なんだか壮絶な兄妹喧嘩でも始まりそうで。ヴィムはなんだかヘルムートとラーラ兄妹が恋しくなってきた……。
と、その頃、当の厄介な兄フリードも、妹のことを考えていた。
「妹とは……あのように貧弱なものなのか……」
フリードは、馬車にちょっと揺られたくらいで真っ青な顔をしていたグステルを憐れんでいた。
彼の後ろにいたメントライン家の従者は、いや……あれは多分あなたのせいですよ……とは、いえなかった。
フリードの妹へ向ける同情と愛情はどうやら本物なのである。
だがこの兄は、グステルのことを、どこかで昔いなくなってしまった頃のままと捉えている節がある。
彼にとっては、妹はまだ九つくらい。
小さな妹を、今度こそ自分が守ってやらなければと張り切ってはいるのだが、それがあまり顔には現れないばかりか、長年妹と離れていた彼は、妹の年齢によっては、大事にするやり方も更新していかねばならないということをわかっていない。
そして長年粗暴を許された武人たちの間で暮らしてきたもので、力加減もわかっていなかった。
宿場の中心部分まで歩いてきたフリードは、辺りを見回していった。
「やはり丈夫に育ててやることが第一だな……何かないか。おい、この辺りで肉が手に入る場所はどこだ?」
「……あの、フリード様……今のステラ様には、肉より、まずは飲み物と菓子類などのほうがよいかと……」
きっとあれは疲労のせいだろうから(兄疲れ)、まずは気持ちが和らぐようなものを用意してはどうかと家人は勧めたわけだが。そんな家人を、フリードは獅子のひと睨み。
「何をいう! 水分はまだしも、幼な子に糖類など過剰に摂取させるものではない!」
「お、おさなご……?」
フリードの発言に、家人は当然(誰が幼な子なのだろう……)と思ったが。フリードの気迫に圧されてそれ以上は突っ込めなかった……。
「今あいつに必要なのは、脂肪よりも筋肉だろう!」
「あ……ですから、あの、ほどよい量を……女性は糖類……いえ、菓子類をお好みですし……」
それでも家人は、なんとかグステルのためにフリードに食い下がる。
「その、見た目もかわいらしいものであればお喜びになるかと……」
気持ちが晴れれば、長旅も多少は楽になるだろうと進言され、フリードは「む」と、沈黙。グステルが喜ぶと聞いて少し考える素振りを見せた。
「……やつが、喜ぶと……?」
「……ええと、はい、おそらく」
フリードの、グステルへの『やつ』呼びもどうかと思った家人ではあったが。(この脳筋な嫡男に)あれこれ一度に注意しても身につかぬだろうと、彼はとりあえず頷く。
それを聞いたフリードの脳裏には、いつぞや街で見かけた兄妹の姿。
『お兄様ありがとう!』
そう弾けるような笑顔で兄に喜びを伝えていた黒髪の少女と、妹に抱きつかれて嬉しそうに青紫の瞳を細める兄の姿。その少女の顔にグステルの顔が重なり、フリードは沈黙。……したかと思うと、フリードはカッと目を見開いて家人に檄をとばした。
「………………よし! やつのために、ありったけの菓子を探し出せ!」
「え……フリードさ……」
「一片の糖分をも見逃すでないぞ!」
まるで軍隊での命令かの如く命じるフリードに。
……だから……ありったけって……と。ちょっとイラッとして突っ込んでくれるグステルは、ここにはいない。
実に、先が思いやられるメントライン家兄妹の道中であった……。
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