【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

文字の大きさ
136 / 192

135 赤い糸ではない、“運命”

しおりを挟む

 車窓から眺める王都の景色はいつも一緒だ。
 道は彼の同行者たちによって整然と整えられて、道のはじに追いやられた民衆たちは、まずは彼という稀な者に出会えた驚き見せ、それから歓喜する。
 車窓からそっと微笑んで手を振ると熱狂は高まり、彼を讃える声が往来に溢れる。
 この日もそうだった。
 王太子の役目の一つとして郊外の視察に向かう途中、彼は、王都の城壁門を出たところでいつもと変わらぬ車窓の光景を眺めていた。
 挨拶をしてくれる民衆たちに、彼王太子エリアスはいつも通り笑顔を見せつつも……瞳の奥には憂いがあった。

 最近、王室は王太子の婚約問題で非常に荒れている。
 両親は早く身を固めなさいというが、大臣たちは候補者を並べて、本人そっちのけでああだこうだと紛糾。
 彼らにいわせると、エリアスが王太子妃にと望んでいたラーラ・ハンアバルトは妃には『ふさわしくない』らしい。
 理由は彼女が庶子であるからで、そんなことは問題にならないという彼の主張は、色々な周りの思惑のせいでなかなか通らない。
 王室は今やエリアスの意思を無視し、国を想うふりをして各々の欲望のために主張を通そうとする者たちの駆け引きで、すっかり空気が濁り切っている。
 正直なところ……そんな光景を目の当たりにした彼には迷いが生じている。
 本当に、あの純粋なラーラをここに迎えて大丈夫なのだろうか。
 彼女は侯爵家の娘だが、両親との関係は微妙で後ろ盾が弱い。
 そんな彼女が、あんな欲望深い者たちばかりの王室に放り込まれて、はたして耐えられるのか。
 無理をして迎えてしまえば、逆に苦しめることにはならないか。
 このエリアスの迷いは、現在彼を彼女のもとから遠ざける原因となっていた。

 そこへきて、国民たちの間では、最近メントライン家の令嬢を王太子妃に望む声が日増しに高まってきている。
 彼女は公爵家の一人娘。
 後ろ盾も強いばかりか、行方知れずとなった彼女をエリアス自身が発見し、その後も何かと面倒を見ているとあって、それはすっかり美談として国に広がってしまった。
 こうなってくると、民意だといってメントライン家のグステルを推す大臣も出てきて、エリアスは、いっそう悩ましい状況に陥っている。

 ただ、彼としても、“グステル・メントライン”という娘には、なぜか不思議な縁を感じるのだ。
 ラーラと同様、何か、彼の人生にはなくてはならない存在である気がして。
 だが、ここのところ彼は理由のわからない違和感に苦しめられている。
 グステルは楚々としてか弱く、守ってやりたいと思う。
 だが、なぜか、何かが違う気がするのだ。
“グステル・メントライン”という存在に運命的な何かを感じてはいるが、頻繁に自分に会いたがる彼女を目の前にすると、なぜか、わけもなく混乱する。
 何かを間違えている気がした。
 何か……を、間違えている、そんな気が。

「……」
 
 その違和感の謎を考えながら、エリアスはぼんやりと車窓の外に流れる景色を眺めていた。
 城壁門前には大勢の人々がいて、彼の護衛兵たちに道を開けるように命じられている。
 この外出は急遽決まったことであったから、国民たちには知らされていなかった。突然のことに人々は大慌て。右往左往しながら道を開けてくれる彼らを見て、エリアスはなんだかとてもしのびない。
 せめて彼らに詫びを込めて挨拶しなければと、窓に近寄った、その時のことだった。
 彼の瞳に、あるものが飛び込んでくる。

 慌ただしく人の行き交う往来の中に、みずみずしい果実のような──赤。

 ハッとしてよく見ると、道路脇に移動中の馬車の中から、カーテンを持ち上げた誰かが目をまるくして彼を見ていた。
 遠目にも、自分を見た瞬間に彼女が大きく息を呑んだのがはっきりとわかった。
 同時に、彼も不思議な思いに囚われる。
 見覚えのない娘なのに、以前から彼女のことを知っていたような、奇妙な感覚。
 知り合いだろうかと記憶を探るが、やはりその顔は記憶にない。
 でも、なぜなのかとても心惹かれる。
 
 ──まるで──……
 自分の人生には、必ず必要な誰かと出会ったかのように。

「──っ」

 途端、エリアスは強いめまいに襲われた。片手で顔面を押さえて身を折ると、馬車に同乗していた侍従が慌てて彼の名を呼ぶ。しかし、その声が遠い。
 エリアスは、とても混乱していた。
 理由の分からぬ焦燥感に胸が騒ぎ、いいようのない不安に気持ちが次第に追い詰められていく。
 なぜなのか、人生の何もかもの順番をすっかり間違ってしまったように感じた。

 ──そして、彼は確信する。
 先ほど見た鮮やかな髪の娘が、その“何もかも”を正してくれる唯一の存在なのだと。
 
「……な、んだ、これは……」

 その唐突で、不可解で──堅い確信には。エリアスはいっそう己に戸惑いを感じる。
 何もかもがわけが分からなかった。
 見知らぬはずの娘に、自分はなぜこうも感情を揺さぶられているのか。
 その娘の容姿に惹かれているわけでも、特別印象深いことがあったわけでもなく、ただ、目と目があった、それだけのことなのに。
 この突然の異変にエリアスは、混乱。
 ただ、彼はその混乱と疑問とをもってしても抑えられない衝動に駆られている。

 ──今はとにかく、あの娘を見失ってはならない。

 


 はやる気持ち抑え馬車を降りた彼は、その娘へ思い切ったように声をかける。
 努めて冷静を装って。

「……大丈夫ですか? 随分とお加減が悪そうですが……」

 疑問に騒ぐ心を隠して娘に尋ねると、その娘は呆然と立ち尽くし、彼を見る。
 見開かれたチョコレート色の瞳は、なんともいえない歪な感情を灯していた。

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。 挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。 だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……? 酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。 ※小説家になろうでも投稿しています

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...