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155 悪役令嬢のバレッタ
しおりを挟む「お前……見かけないメイドね。どうして私の部屋の中に勝手に入っているの⁉」
敵意も露わに怒鳴られたグステルは、思った。
おう、これはこれは。大人しそうな外見に見合わず、なかなか気合の入っていそうなお嬢ちゃまである。
まず、見慣れない使用人=自分の家に仕えているかもわからない人間を、しょっぱなから『お前』と呼ぶ不躾さ。
(危険だなぁ)
そこには彼女が普段から、使用人たちとどのように付き合っているのか。また、彼女が使用人階級の人間をかなり見下しているだろうさまも透けて見える。
それに、自分では偽物の令嬢であるともわかっているはずなのに、ここまで下の者に高慢になれるところに、彼女の人品が現れていると思った。
それなのに、清廉と名高い王太子がラーラをないがしろにしてまで親しくしている。
ということは、つまり偽ることもうまいのだろう。
(……なるほどぅ……ずいぶん悪役令嬢適正値が高そうねぇ)
なんてことを考えながら、グステルがまじまじと彼女を観察をしていると。それも気に入らなかったのだろう。戸口の娘は苛立った様子でさらに語気を強める。
「なぜ答えないの⁉ それになぜ私のものを勝手に触ってるの! ちょっと! 誰かこの女をすぐに部屋から出して罰しなさい!」
娘はグステルを指さして怒鳴ったが、動いたのは彼女が伴っていたメイドだけ。
グステルが嫡男のメイドとしてここにいることを知る他の者たちは、慌てたようにそれを説明しようとした、が。
「お嬢様」
グリゼルダの使用人たちが口を開く前に、ビン底眼鏡のグステルは、冷静な態度で令嬢の前に進み出た。自分を制しようとしたエルシャのメイドの手はすっぱり払いのけて、グステルは、令嬢を真っすぐに見つめる。
「こちらのバレッタを、ずいぶんずさんに管理なさっているようですね。──感心いたしません」
「……はぁ?」
急になんなのだという顔の娘に、グステルは、両手に乗せたバレッタを恭しく掲げて見せ、微笑む。
「こちらのバレッタは、その昔、我らがメントライン家が国王陛下より公爵位を賜ったとき、その祝いで当主が夫人に贈った大変意味深いお品です」
「え……」
思ってもみない話だったのだろう。エルシャは、双眸の怒りを薄れさせ、戸惑いをにじませる。
「あしらわれているモチーフは、ご婦人が特に愛されていたミモザの花で、使われているビーズはすべて大変貴重なアンティーク。現代ではもう手に入らぬ名工の手によるもので、それを一流の刺繍職人が丁寧に仕上げたオートクチュールです。代々メントライン家の当主の夫人や、お嬢様がこちらを受け継いでおいでですが、基本的には、ご結婚などで他家に出られる際は、別のメントライン家の女性に受け継がれます。そして以前は同じくオートクチュールでビーズをあしらった素晴らしいドレスがセットで当家にございました。しかし、そちらは数代前の公爵のお嬢様が、王家に輿入れされたときにどうしてもとおっしゃって嫁入り道具になさり、今では王家の持ち物に」
ですから、とグステル。言葉を重ねるたびに圧が強くなっていくような語り口調には、誰も口をはさめない。
「こちらのバレッタは、つまり、王家と当家の絆を象徴するものでもございます」
つらつらと語り、グステルは「もちろん」と、にっこり。
「こちらのお話は、当家のお嬢様ならば、当然ご存じかと思いますが」と、笑う。
しかし周りの者たちは、皆初めて聞いた話であるようにぽかんと口を開けている。
その反応を見てグステルは、偽物の令嬢──エルシャをはじめ、グリゼルダに新たに雇われた者たちは、叔母の適当な教育しか受けておらず、メントライン家の歴史などさして学んではいないらしいなと察する。
そして要するに、グステルの幼い頃の私物をどこかにやってしまった叔母グリゼルダも、さすがにそんな大切な品を処分することはできず、これだけはここに残っていたのだろう。
(ならちゃんと由来も教えてあげなさいよ……おかげでバレッタもあんな雑な扱いを受けて……可哀想じゃない……!)
内心で叔母に呆れつつ、グステルは戸惑う者たちに口元だけで笑んだ。そして疑問を示すように首を傾けて見せた。
「そんな大切なものを……鏡台の上にそのまま放置されているなんて、お嬢様はいったいどういうおつもりですか……?」
家宝ともいえる品への雑な扱いを責めるような口調に。エルシャの顔にはさらに困惑がにじむ。
「え……そ、れは……だって……」
エルシャは、そんな由来などは何ひとつ知らなかった。
ただ、そのバレッタも、部屋に置いてあった他の装飾品の内の一つだとしか認識しておらず。私物の管理など、使用人たちにやらせればいいと思って卓上に適当に放っていた。
でもそういえば確かに、そのバレッタは、初めはとても綺麗な箱の中に丁寧に収められていたなと思い出して焦る。その箱すら本来は貴重なものであったが……エルシャはそんなこととは考えもせず、確かすでにメイドに処分させている。
だが、この家の娘に成りすましている彼女は、ここでメントライン家の逸話を知らぬとも迂闊にはいえない。けれども相手はたかがメイドとたかをくくったエルシャは、虚勢をはってふんと鼻を鳴らす。
「そ、その……ちょっと忘れていただけよ! だって、私は誘拐されてつらい思いをしたから幼い頃の記憶があいまいなんだから!」
苦し紛れにいつもの言い訳を口にする。と、バレッタを手にしたメイドは冷めた様子で「さようですか」と言っただけ。その反応にはエルシャはなんだかムッとした。
メイドの様子は、毅然としていて、エルシャの剣幕にも怯んだ様子がない。誘拐されたという話をしても、同情すら見せなかった。
(なんなのこの下人は……)
令嬢である自分にひれ伏して当然の服を着たものが、こうも自分に対等に向かってくることが許せなかった。
腹を立てたエルシャは、女をキッと睨むと、その場でいきなり悲鳴を上げた。
「っ誰か! 誰か助けて!」
「!」
唐突な金切り声にグステルがびっくりして目を丸くしていると、エルシャはくるりと身を返し、そのままどこかへ走っていく。
「お、お嬢様⁉」
なにやら叫んでどこかへ行ってしまった令嬢に、グステルと同じく驚いた様子だった周りの使用人たちも慌てた様子で彼女を追ってどこかへ行ってしまった。
おやまあ、と、残されたグステル。
なんだかこの後の展開が読める気がしたが、ひとまず彼女はポケットから清潔なハンカチを取り出して、懐かしいバレッタを、優しい手つきで包み込んだ。
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