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157 グステル、ドヤる
しおりを挟むまあ、と……いうわけで。
立派にシスコン魂を育てつつあるこの男は、ここでは必ずグステルの意に添わねばと自分に強く戒めた。
叔母のうるささに腹が立っても、いくら偽物が無礼でも。
妹のために我慢を貫き通さねばという思いつめた気持ちは、しかし逆に彼の中にフラストレーションをため、この男を爆発寸前の爆弾にしてしまっていた。
しかし、メントライン家の居間で、主の椅子に堂々と座した男が、いかめしい顔の下でそんなことになっているとは──もちろん誰にも──グステルにすら、分かりようのないことだった。
フリードの硬い膝にすがったエルシャは“兄”の内情がそんなこととは露知らず。
頬にほろほろと涙を滑り落としながら“か弱い私”を彼にアピールしようとの算段。
盗人騒動にかこつけて、この雄々しい兄にすがり同情を引くのだ。
やり方はもうわかっている。
(泣いて怯えて見せてお兄様を味方につけて。あの無礼なメイドには痛い目をみせてから、頃合いをみて慈悲をかけてあげるわ。そうすれば……お兄様も私の善良さに感動するはずよ……)
これまで彼女は、同じような方法でさまざまな人間を味方につけてきた。
王太子しかり、カトリナ嬢しかり。
その他にも大勢の人間が、彼女の悲しげな表情と涙に心を打たれ、グリゼルダが流布する悲劇的なストーリーに同情をよせた。
もちろんそんな話にはなびかないような類の人間もいるが、ようは相手の反応を見て、ターゲットを絞ればいい話。
そうしてお人好しを選んで、とっかかりを作ってやればあとは簡単。健気にふるまえば、誰もが公爵令嬢でもある彼女をいたわり、ちやほやした。
ましてやそれが家族なら、と、エルシャは心の中で笑う。
(今はそっけなくても、それはきっとまだ再会したばかりでお兄様もとまどっているだけ。兄ならば、可憐で美しくて可哀想な妹を、いずれ放っておけなくなるはずよ……)
身勝手な皮算用で自信満々のエルシャは、拒絶なんてされるはずがないと高をくくって大胆にもフリードの手を己の頬に当てて上目遣い。その時ほっそりした手首を袖口からチラリとのぞかせて、兄の視線のなかに収めることを忘れなかった。
「お兄様……その娘が盗もうとしていたものは、私が大切にしているミモザのバレッタなの……おわかりでしょう? あれは当家と王家との絆を象徴するものです。そんな大事な宝に手を付けるだなんて……なんて恐ろしい。怖いですお兄様……! 今すぐあの者を罰して解雇してください! お願いです……そうでないと、私、ご先祖様にも申し訳なくて……」
エルシャは甘い声で、先ほどグステルから聞いたばかりの逸話をあたかも自分の知識のように語り、悲しげにすすり泣く。
そしてとどめとばかりに、兄の大きな手を両手でぎゅっと握り、そこに“いたいけな涙”を頬からすべり落とさせて、完璧──……と、心の中でほくそ笑んだ。
……が。
その生暖かい感触に、グステルを見てなんとか苛立ちを抑えていたフリードは、さすがにイラっときたらしい。
そりゃあ人間誰しも、嫌っている者の涙など触りたいとは思わない。
フリードの眉間はぐっと歪められ、その瞳に嫌悪が満ちる瞬間を目撃したグステルは、気の短い彼の我慢の限界を察し──兄がエルシャに怒鳴りつける寸前で、とっさに前へ飛び出した。
「きさ──っ」
「はいご主人様! なんですか⁉ あ、お薬の時間ですね!」
「⁉」
グステルはいきり立ったフリードの口に、問答無用で飴を突っ込んだ。
「な……」
それはキレよく迷いのない動き。まさに見事な口封じであった。
「もーご主人様たら、お時間に正確でいらっしゃるんですからぁ! ほほほ」
その急な投薬(?)に、フリードの傍らにいたエルシャは唖然。
そして下から顎をえぐるように掴まれて飴をつっこまれた当人フリードはというと。続けざまにテーブルのうえにあった茶を手に取り自分に差し出すグステルを見て、ハッと正気に返ったようだった。
グステルはビン底眼鏡の下で微笑んで、兄をなだめる。
「さ、お座りください? お薬は安静にして飲むべきですね?(いいから座れ?)」
とにかく落ち着けと圧をかけつつも、グステルは大人しく席に戻った兄に茶を渡すふりをして、その手を濡らしたエルシャの涙をさっとふいてやる。
そして突然のメイドの奇行にポカンとしている女たちを振り返り、ニッコリ。
「少々誤解があるようです。わたくしめ、盗人じゃございませんからご安心ください」
「! 嘘ですわお兄様! 私、見たんです! この女がバレッタをポケットに入れるのを!」
グステルの言葉を聞いて我に返ったエルシャは、再び兄に訴える。が、グステルは実にケロリとしていた。
「あら、ポケットなんぞには入れておりませんよ? ほら、ここです、ここ」
と、言ってグステルが手を突っ込んだのはメイド用のお仕着せの胸のポケット。
そこから出てきたのは、ハンカチの小さな包み。
彼女は薄布を丁寧によけ、自らスサッとバレッタを取り出して、何故かドヤ顔でそれを衆目の前に見せびらかす。
メイドはキリリとした顔でドンと言い切る。
「ほら、ポケットではないでしょう⁉」
「は、はぁ……?」
その謎に堂々たる主張には、エルシャは再び唖然。
普通、下人が主一家から盗人呼ばわりされればもっとうろたえるはずだった。
それは彼女たちがエルシャたちよりも圧倒的に立場が弱いゆえ。即刻解雇されてもおかしくはない窮地なのだから、貧しい者たちは皆慌てて当然なのである。
そんな使用人たちの憐れさを、同じような下級の身分であったエルシャは今ではとても愉快に思っている。自分はそこから抜け出したのだと優越感すら感じ、彼女たちを困らせるのが大好きだった。
それなのに。
今、彼女に突然盗人呼ばわりされたはずのメイドは、かけらも戸惑いや怯えを感じさせなかった。
(な、なんなのこの女……)
これには生意気なメイドをいつものように懲らしめてやろうと思っていたエルシャのほうが、逆に戸惑わされる羽目となった。
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