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163 波乱の前の、ささやかなるぶっこみ
しおりを挟むグステルが、メントライン家で見聞きしたあれこれをヘルムートに説明し、彼女の見立てと今後の見通しについて話しながら歩いていると、隣の青年は何やら物言いたげな表情。
その真剣なまなざしを見たグステルは、なんだろうと言葉を切った。
「あの、ヘルムート様、私の話にどこか気になる点でもございましたか?」
グステルとしては、冷静に叔母たちの様子や街邸の様子を観察してきたつもりだったが、どこか抜けでもあっただろうか。彼の意見も参考にできればとヘルムートを促すと。
青年は真面目な顔で彼女の目を見る。
「あの、大変不躾かもしれませんが……」
「はい」
青年の慎重な物言いに、グステルの表情もきゅっと締まる……が。
「手を繋ぎたくて、ですね」
「……、……、……、……ほう……手を…………」
真剣な顔で言われた言葉にグステルは数秒の無言ののち、かけていたビン底眼鏡がなんとなく下にずれ落ちた気がして。そっとその鼻あて部分を上に押し上げた。と、ヘルムートは淡々と言う。
「叔母君たちの状況については分かりました。お見立てはその通りだと思います」
さすがステラ、と、微笑んで称賛され、しかしグステルは困惑。
「ええと……ですね……」
ヘルムートの意見を真剣に聞こうとした結果、何やらベクトルの違う話が出てきてちょっと思考が迷子になっている。つい足を止めると、当の青年も彼女の横で立ち止まり、覗き込むようにグステルの顔を見つめる。
「……ダメでしょうか」
「…………」
ダメなどではない。けっしてダメなどではないが。とりあえず、なんか恥ずかしくて無性に顔が熱い。
まずその唐突さに驚いたが、それ以前に。
“異性と手を繋ぐこと”
その行為は、一度人生の四十台というステージを踏んだグステルとしては、なかなかに複雑な感情を呼び起こさせるものだった。
誰かを愛して無邪気にそれができた頃を通り越し、相手の裏切りを知って、もう二度と手なんか握らないと憤慨し、別の幼い手を必死で守っていたころがあっただけに。その時代が走馬灯のように脳裏を駆け抜けていくと、なんだかつい身構えてしまう。
もちろんヘルムートは、あの裏切り者と違うとは分かっているが、転生者だからこその人生の難しさがあった。
グステルは見た目は若いが、無邪気に想い人と手を繋ぐことを喜べるお年頃ではないのである。
隣を見上げると、ヘルムートの真面目にもピュアな瞳がそこにある。
(え──? 私、この方の手を握っていいの? こんな真っすぐな瞳をなさる方の手を握るって……いいの……?)
いや、握れるなら握りたい。だが、何度も言うようだが、精神年齢の差というものがある。なんだかそれはとても罪深いことのような気がしてグステルは躊躇した。
確か以前も、彼と手を繋いだことがあったような気がするが……あれは正確にいうと連行で、握られたのは手首だった気がする。
あれから二人の関係性も少しずつ深まってきていると言っていいとは思うが……こうも礼儀正しく許可を求められると、なんだか出方に困ってしまった。
そうしてグステルは、つい難しい顔で黙り込んでしまって。
そんな彼女を見たヘルムートは、その葛藤をかなり正確に読み取った。
(しまった……悩ませてしまったか……)
ヘルムートとしては、彼女が何者であれ愛しているし、単純に、グステルの手を握って歩けたら、このささやかな時間もきっと素晴らしい時になるに違いないと思ってのことだったのだが……。
けれどもどうやら彼女との恋愛は、しっかり彼女の懸念をひとつひとつ潰していく必要がありそうだと彼は感じた。そしてそれはそう、簡単ではなさそうだと。
(ふむ……)
そこでヘルムートは、悩んでいるらしいグステルをもう一度呼ぶ。あえて、変装名でも愛称でもなく、きちんと本名を呼んだ。
「グステル様、」
「え? あ、はい……?」
ヘルムートの手を見つめて、自分にその手を取る資格があるのか? 覚悟はあるか? と自問していたグステルは、呼ばれてハッと顔をあげる。と、ヘルムートが、またもや真面目な顔で簡潔に言う。
「愛しています」
「ぐふ⁉」
グステルにとっては出し抜けの攻撃。思わず感情が激しい息と共に口から発露した。
しかしヘルムートは微笑み、彼の発言に噴き出した娘に続けて聞かせる。
「悩んでおられるのなら、お待ちします」
青年は、そうさっぱりと言い。朗らかに「行きましょうか?」と、グステルを丁寧に帰路へ促す。
「…………」
その清々しさには他意がない。グステルは、小さな感動を覚えて思わず立ち尽くした。
ヘルムートは言葉少なにも爽やかな諦め見せ、揺るぎない愛情を示してくれた。
彼女の躊躇に嫌な顔もせず、否定もせずに。彼女の葛藤に尊重の姿勢を見せてくれた。
これにはグステルも、心が清水で洗われたような気持ちになる。
ごちゃごちゃと絡まっていた感情がすっと流されていくと、その下にあった自分の心がようやく見えてくる。
「…………ふぅ……」
グステルは、深々と息をついた。
青年は、まだ隣で彼女が歩き出すのを待ってくれている。
グステルは、数秒の葛藤の末、決意した。
今は、自分の本当の望みに身をゆだねてみようか。
グステルは思い切って、彼女を待つ人の大きな手のひらの中に、さっと自分の手を滑り込ませた。
瞬間、手のひらの持ち主は、青紫の瞳を数回瞬いた。
「え……よろしいの……ですか……?」
「……ええと……はい」
グステルが気恥ずかしそうにぎこちなく頷くと、途端、ヘルムートの顔が破顔した。
その眩いほどの笑顔に。グステルは……実は、まだ心の中には複雑な感情は残っていたが……。ひとまず今は彼のこの顔を見れたからよしとしよう、と、照れる自分を押し殺す。
まだ、自分には、彼に、彼のように堂々と『愛しています』なんて言葉を贈れるほどの度胸はない。
真っ赤な顔で、グステルは自分を罵る。
(うぅ……小心者め……)
とりあえず今のグステルには、これが精いっぱいであった。
こうして、焦げ付きそうな気持ちを抱えつつ、なんとかヘルムートと手をつないで歩いていたグステル。
彼の真っすぐさに感動し、つい手を繋いでしまったが。想い人と手を繋ぐという行為自体が久々だったせいか、どうにも恥ずかしさは払しょくできず。時間が経つにつれて、身のほてりが高まっていくようで。そこから発生する汗が更に、グステルの羞恥に輪を掛けた。
(汗だく……恥ずかしい……あと気持ち悪い……)
でも、隣で自分の手を握って幸せそうに歩いている青年の顔を見てしまうと……。
グステルは、何度も『恥ずかしいからそろそろ……』と言いかけては、またその言葉を呑み込んでいた。
どうしよう、このままでは年上(?)としての尊厳が──……。
なんてことを考えていた時のことだった。
「あ、あら? あれって……」
「……ヴィム?」
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