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174 再会の貴人
しおりを挟む最初に浮かんだのは、(なるほどなー!)という納得感。
同時にグステルは果てしなくホッともして、思わずいくらかのしずくが頬に転がり落ちて行き……。
そのようなわけで、この緊張感の漂う王宮の一角で、笑顔で泣くという場違いな町民娘が誕生してしまったというわけだった。
これには彼女を連れてきた渋面の騎士も、待ち受けていた貴人とその付き人らしき誰かも、奇異なものを見る目。
しかし緊張から解放されたせいか、グステルは己の思い違いと、ここまでの自分の怯えが笑えてならない。
まあ……そもそも彼女には、高齢女性の胆力が備わっている。気持ちは隠したければ老獪に隠すし、表現したければ人目など気にすることはない。
(あああ……天よ! お慈悲に感謝いたします!)
──それはこのような顛末であった。
王宮騎士らしき男たちに、唐突に連行されてしまったグステル。
案の定、彼らの向かった先は王宮。
城門を通り抜け、裏口から中へ入り、絢爛豪華な謁見の間や広間を横目に人気の少ない廊下を進み、階段を上がって何度も角を曲がった。
そうしてこの静かな区画にある部屋の前にたどり着くと、扉の前には武装した衛兵が二人。
衛兵たちは非常に物々しかったが、グステルたちが近づくと、先頭の騎士の顔を見て無言で背後の扉を開けた。
騎士に先導されてそのなかに踏み入ると、室内はしんと静かで、独特の緊張感が漂っていた。
その空気の重さは、部屋の奥へ進むにつれてさらに重くなった。グステルは、さながらラスボスが待ち受ける戦いの場に踏み入るような、そんな心持ち。
──ラスボス。
この場合、グステルがそこにイメージするのは王太子エリアスであり、彼によって引き出される自分の中の真の悪役令嬢グステル。
王太子エリアスを欲する令嬢は、破滅の道を突き進む。
その執念の強さは、彼女を自分の内側に見出したグステルが一番よく分かっていた。
それはまるで、怨霊のような恐ろしさ。
先導する騎士の後ろをついて進みながらも、グステルは、その存在に一歩一歩近づいていくようで、とても怖かった。
……途中、己を見失わぬよう、気合を入れるつもりで自分の頬を張り飛ばしてみた。と……その景気のいい音に驚いた目の前の騎士がギョッとした顔で彼女を振り返る。
赤くなった彼女の頬を見た男は、とても何か言いたげであったが。きっとその先で待つ主人のことを考えたのだろう。(おかしなことはやめろ)と、目線でグステルを刺すにとどめ、苦言などは特に口にしなかった。
そうしてグステルは、騎士に連行され、ついに王太子エリアスとの再会を余儀なくされた。
──……わけではなかった。
(……なるほど……そうきましたか……)
そこで自分を待ち受けていた人物を見て、グステルは、天を仰いだ。
その人物は、彼女が恐れていた王太子ではなかった。
ゆえに、彼女はまずは安堵の涙が出たわけだが。感動し、キラキラと涙ながらに天の神をあがめるように片手を掲げると、さすがにそんな彼女を見た傍らの中年騎士がいい顔をしない。
「……君……やめたまえ……あのお方がどなたかわかっているのですか?」
その口調は、知ればきっと恐れおののくぞと脅しているようだったが、グステルは、涙をふいて、あらすみませんと慎ましやかに微笑んだ。
「ご無礼をお許しください。ほほほ、この歳になると、どうにもこうにも涙もろくていけません」
「はぁ……? この歳……?」
それはもちろん『前世今世合わせて還暦過ぎにもなると』という意味だが。その意味の理解できない騎士は怪訝そう。……が、当然そのような説明をこの場で懇切丁寧にしてやるほど、グステルは親切ではない。
涙をぬぐって、すっかりいつもの調子を取り戻した娘は、その部屋の奥で、気品漂う佇まいで彼女を待っていた人物に、にっこりと微笑みかける。
「わたくしめの予想が正しければ……きっとあちらの貴婦人は、わたくしのような身分の者にはけしてお名乗りにならないようなお方だと思うのですが……たとえば、この国の女性の頂にいるような……いかがでしょう?」
その問いに、騎士ははじかれたように数回瞬きをした。
薄く微笑んで彼を見るグステルは、正否を問うように小首を傾げているが、その顔はすでに確信を持っている者の顔だった。
その表情に、騎士は不快そうに眉間にしわを寄せ、正面の貴婦人はどこか面白がっているような顔をした。
「おや、どうしてそう思うのかしら? もしかして、息子と親しくしているから? でも、あの子とわたくしはあまり似ていないと評判なのだけど」
「いえいえいえ。それでもやはりどことなく面影がございますよ」
「あらぁ、そうなの? せっかく侍女たちに服まで借りて変装したつもりだったのだけど……骨折り損ねぇ」
「まあーそれはお手数をおかけしました。陛下の気品は服装などでは隠しきれぬもののようでございますね」
王妃に探るような目で見つめられたグステルは、顔に笑いを張り付けて空とぼける。
まさかここで、令嬢時代に王妃にも謁見したことがあるのだとは言えない。
そう、現れたのは王妃だった。
王妃は、灰色の髪をきれいに結い束ねた壮年の婦人だ。体格は少し丸みを帯びているが、瞳は切れ長で、表情は毅然と気高い。どこか厳しさもにじむ彼女が、あの優美さが人目を惹く王太子の母だとは、確かに少し意外な感じもする。
だが、彼女は確かに、この国の王の妃。王太子エリアスの母である。
そんな貴婦人を前に、グステルは町民としての一礼。両手を身体の前で重ね、丁寧にお辞儀。
「町民ステラがご挨拶申し上げます」
一瞬の逡巡ののち、グステルはその名を選んで名乗った。
最近は、たびたび偽名を使っているが、あの家に騎士たちが来たことを考えると、すでに内偵されていた可能性もある。
そこで使われていた名前と違う名を名乗っては、いろいろと怪しまれるかもしれない。
そして案の定、グステルがステラと名乗っても、王妃も傍らの騎士も特に反応はしなかった。
グステルは、街でぬいぐるみ屋を営んでいた時に客を迎えるのと同じような調子で王妃に訊ねた。
「このたびは、いったいどのようなご用件でございましょうか?」
朗笑をうかべて礼儀正しく訊ねると、王妃も微笑んで、「もうわかっているのではなくて?」とこうくる。どうやら王妃にも、何やら思惑がありそうだ。
その返しを受けたグステルは、表情を変えずに「そうでございますねぇ」と、考えるそぶりで頬に手を添えた。
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