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178 寝起き最悪イザベル嬢 2
しおりを挟む王妃の命により、さる町民宅を監視していた王国兵たちは。その家の玄関から突如とびだしてきた何者かに、とっさに警戒の色をのぞかせる。が、夜の静寂を突き破るようにして現れたのが若い娘と知ると、彼らはすぐに警戒を緩めて──が。彼らはすぐに知ることになる。
その娘が、なかなかに厄介な存在であることを。
その娘、ことイザベルは、扉を開け放って外にとびでると、まずは周りをジロリとひとにらみ。鼻息荒く、のしのしと足を踏み鳴らしては数歩前へ出て。そこで自分を見ている王国兵らを、金切り声で怒鳴りつけた。
「なんなのあんたたち! そんな物々しい恰好で人の家の前に立たないで頂戴!」
「女ばかりの家だと思ってなめてるの⁉ 監視なんて気持ちが悪いのよ!」
夜闇に響き渡る、感情的で、高慢な怒声。
武装した兵士らにも臆することなく……というか、ふてぶてしい態度は、おそらく自分の方が立場が上だと考えているゆえか。
だが、それだけならば、兵士たちは慣れっこだった。
王国兵として、時に貴族を裁く場にも居合わせる彼らは、こういった罵声は浴びせられ慣れている。
……けれども。
今回、そんな彼らが彼女を見て一瞬躊躇したのは、その高慢極まりない娘が、あきらかに、寝起きの姿であったからである……。
憤慨した彼女の頭にはシルクのナイトキャップ。身には白いネグリジェ。
ナイトキャップの端は、寝崩れたらしく、髪が少しはみ出し寝ぐせもついてる。もちろん顔はノーメイクだった。
おまけにネグリジェは裾は長いが、生地がひらひらと薄く……。少し風でも吹けば、今にも裾がめくれて仁王立ちした娘の素足が露わになってしまいそうだった。
これは、普通に考えてご婦人が外に出るにはふさわしくない恰好。
正直……兵士たちにとっては、規範意識的にも、目のやり場に困る相手だったのである。
けれども、その気の強そうな娘ときたら、そんなあられもない恰好で堂々と兵士らを睨みつけている。
これには兵士らは困った。
彼らは、今すぐにでも娘の口をふさぎたいが……憤慨した彼女の目は、彼らが一歩でも前に出れば、すぐにわめきたててやると言っているよう。
この娘の剣幕を考えると、下手に触れてはあとでとてもとても面倒なことになりそうなのである。
しかし、彼らが躊躇している間にもイザベルはかまうことなく大声を張り上げる。
「責任者はどこ⁉ このわたしが寝ている間にあの子を連れて行くなんて、なんって非常識なの! わたしを通しなさいよ! だいたい睡眠妨害なのよ!」
どうやらその怒りには、眠っていたところをたたき起こされた苛立ちも混じっているよう。
キィッと子供のように地団太を踏んだ令嬢の声に、
「だ、黙れ! 騒ぐな!」
慌てた兵士が駆け寄って肩をつかもうとしたが。そのとき、ふたりの間に割って入るように、誰かが民家からとびだしてくる。
「ま、まってお嬢様!」
突然駆け寄ってきた影に。イザベルに手を伸ばしていた兵士はとっさに足を止めて身構える。
と、そこにいたのは、ハアハアと息切れ気味の女中らしき婦人。
兵士とイザベルの境に入ってきた彼女は、イザベルを囲む兵士たちを不安そうに一瞥し、すぐに慌てた手つきで持っていたケープを令嬢風の娘の肩にかけた。
「と、とにかくいったん寝間着をなんとかしましょう!」
しかしそれを令嬢は拒否。
「大丈夫よ、これは上等な寝間着なんだから!」
謎の理屈で自信満々ケープを押し返し、イザベルは出てきた女中ルテをグイッと後ろに押しやって。我こそはこの場においての最高位である、と、言わんばかりの高慢さで、兵士たちを威嚇続行。どうやら……ぜんぜん隠す気はない……。
「ちょっとあんた聞いてるの⁉ 責任者はどいつなの⁉ さっさと出てきなさい!」
「お、お嬢さま……お、落ち着いて……!」
この騒ぎには、兵士らは、どうしたものかと困り果てたように顔を見合わせる。
彼らは、王妃の配下に命じられてここにきた。
上官からは、その家の者たちが騒ぎ立てぬよう、家から出さぬようにと言われていたが──これが今回の彼らの躊躇にもつながるのだが──その反面、家にいる娘らのことは、絶対に手荒に扱うなと申し付けられてもいた。
これは、連行されていった娘を、王太子が想っているらしい……という情報から来た下の者たちの配慮。
しかしたとえそんな縛りがあったとしても、兵士らはこの命令を当初はたやすいことだと思っていた。
なにせ、対象の娘が連れていかれた現状、その家には、年頃の娘が一人と、その世話をする者が数人だけ。それは武装した彼らにとっては、恐るるにたらぬ存在。
自分たちがしっかり睨みを利かせてさえいれば、その程度の町民たちなど大人しくさせるのは簡単なこと。
若い娘などは、きっと彼らを怖がって家の中で縮こまっているに違いない、と……侮っていた、のだが……。
しかし彼らの予想に反し、景気よく表に出てきた娘は、夜の街に躊躇ない喚き声を響かせる。
「出てこないなら、このまま大通りまで走って行って適当なお邸に駆け込んで助けを求めてやるわよ⁉ 家に悪漢がのりこんできたって!」
そのキンキンとした喚き声の……頭に響くことったらなかった。お付きらしい女中も、そんな彼女の腰にすがって気の毒なほどに悲壮。
「ちょ、まってくださいったらお嬢様!」
「「「……、……、……」」」
見張りたちは、正直非常にうんざりしたが、しかし、このまま娘をわめかせておくわけにもいかない。
このままでは、じきに周辺住民たちが不審に思い、外に様子を見に出てきてしまうにちがいない。
そこで自分たちのことを『悪漢だ』『人さらいだ』とでも騒がれたら(この娘なら平気でやりそう)、今以上に面倒なことになってしまう……。
焦った王国兵らは顔色を変え、今度はその娘を威圧しようと迫っていく、が。
「黙りなさい! 貴殿も連行されたいのか⁉」
「はあ⁉ 連行されるのは、あんたたちのほうでしょ! 女の家の周りをいきなり大勢で取り囲むなんてなんて破廉恥なの! ……ちょっと! 触らないで! わたしに指一本でも触れたらお父様が黙ってないわよ⁉ 言っとくけど! わたしの父は子爵よ! 公爵令嬢とだって親友だし、侯爵家のぼんぼんとだって知り合いなんだからね!」
こういうとき……それが例え虎の威であろうとも、なんの躊躇なく堂々権威を振りかざせるのがこのイザベルお嬢様である。
この場合、“公爵令嬢の親友”はもちろんグステルのこと、“侯爵家のぼんぼん”は、ヘルムートのことである。
当然のごとく威光を笠に着て。思い切りあごを上げ、腰に手を当てて悪役令嬢ばりに胸を張って兵らを見下す娘に──……兵士らは、非常に、ひじょぉぉお……う、に! うんざりした。
場には苛立ちが満ちて。イザベルのほうも額に青筋浮かべてキレていて──……。
そのあまりにもカオスな対立に。彼女を止めに追ってきた女中こと、双子の婦人の片割れルテは、ハラハラと場の状況を見守った。
(ほ、本当に大丈夫なのかしら、これ……)
ルテは、表面上は必至でイザベルを止めながら──さきほどこの高慢な令嬢が、彼女やその妹、そしてメントライン家の護衛に命じた言葉を思い出す。
──それは、イザベルが玄関を飛び出す直前のこと。
怒りの形相で外に向かった彼女は、必死の剣幕で自分に追いすがってくる三名を、玄関扉の前で素早く振り返って言った。
『──いいこと⁉ わたし、今から外で思い切り騒ぐから、わたしが奴らを引き付けているうちにアンタたちはこっそり抜け出して、ヘルムートとあの子の兄さんの所に行くのよ?』
『あの子が連れていかれたこと、急いで知らせてきなさい! きっと助けてくれる』
その瞬間、少しひそめた早口で言った令嬢の目には、いつにない真剣な色がのぞいた。
そこには、彼女の、連れていかれた友に対する心配な気持ちが見て取れて。それを目の当たりにしたルテらをハッとさせる。
しかし次の瞬間には、戸惑っていたルテたちを残して、イザベルは、あっという間に玄関から外に飛び出していった。
おそらく、すでにルテの妹ブレンダと護衛の男は家を抜け出し、それぞれハンナバルト家とメントライン家の街邸に向かったはず。
イザベルは、今はこうして王国兵ら相手にキャンキャンとわめきたてているが、彼女もけして無鉄砲なだけの娘ではないのである。
そんな彼女の想いを見たルテは、心の中で強く祈った。
この友人思いの令嬢のためにも、自分の妹たちが、無事、自分の主ヘルムートや、メントライン家の子息のもとへたどり着けるように。
(っああああっ! それまでこのお嬢様が、どうかご無事でありますように‼)※涙目
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