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第六章 さわり
(5) 崩壊の予兆 part 2
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さらに翌日、月曜日。
朝から憂鬱とした気分で一日の授業を乗り越え、やがて放課後になると、帰り支度をしている美樹にすぐさま声を掛けた。
休み時間も話す機会があまりなく、せめて一緒に喋りながら帰れたら、と思っていたけれど、彼女の口からは思わぬ返事が戻ってきた。
「ゴメンね、桜良。しばらく、一緒には帰れないや。実は、お母さんのシフトが今月から急に変更になってさ。時間が長くなって、早くから仕事に行かなきゃいけなくなったんだ。
だからうち、帰って買い物とか色々しなきゃいけないの。小さい子たちの面倒も見ないといけないしさ。だから、……またね」
そう言って駆け足で教室から出ていくのを呆気にとられながら眺めていると、突然後ろから声が掛かってきた。
女子の中では低めのその声の主は、野薔薇だった。
「ちょっとだけ、来てもらえるか?」
そのまま連れられて屋上に向かう。
強い風が吹きつける中、スカートをなびかせながら野薔薇はおもむろに話し出した。
「この間さ、美樹たちが口論になったよな。そのきっかけって、わかるか?」
わたしは、自分でも驚く程低いトーンでそれに答える。
「……オリジナルソング、だよね?」
「ああ、そうだ。そのことがきっかけで、あいつらは言い争いを始めた。なんとか強引にまとめて終わらせてはみたが、その後も場の空気は最悪だった。私が何を言いたいか、わかるか」
わたしが何も言えないでいると、痺れを切らした様子で入口の方へと歩いていく。
そして、去り際にボソッと言葉を投げ掛けた。
「……正直、コンテスト前の大事な時期にあんなことになったのは、かなりマズかった。私の方でもこれからできる限り気を配っていくが、バンドのリーダーとして、あまり軽率に物を喋らない方がいい。一仲間からの忠告として、受け取ってくれ」
屋上のドアが閉まる鈍い音が聞こえる。
わたしは強風で前髪が乱れるのも気にせず、その場にじっと立ち竦んでいた。
夕方、部屋で突然スマホが鳴った。
ゆっくりそれを手に取って画面を開くと、一通だけメッセージが届いている。
文を一読し、重い身体を起こして外へと出た。
そのまま桟橋の近くまで向かうと、既に早百合は砂浜に立っていた。
早足で駆け寄ると、彼女は、「一緒に歩かない?」と誘ってきた。
隣に並んで、しばらく辺りを散歩する。
そういえば、丁度一年前、二人で音楽を始めようって提案した時も、全く同じルートを歩いていたっけ。
そんなことを考えていると、早百合は急に足を止めて静かに話し始めた。
「あのね。今日呼んだのは、桜良に大事な話があるからなの。コンテストが終わったら、ブレスを辞めさせてもらえないかな?」
いきなりの言葉に戸惑いおののくわたしに、じっくり言葉を選びながら早百合は喋り続ける。
「実は菫お姉ちゃんからこの間メールが来て、中学の時聴きに行った合唱団の当時指揮者をしていた関沢先生っていう人が、今度鹿児島に新しく合唱団を作るらしい、って聞いたの。お姉ちゃんはもちろん参加するみたいだけど、よかったら私もどうかって誘われたんだ。
先生のことは前から人となりとか聞いていたし、何よりお姉ちゃんの折角のお誘いだから正直行きたいなって考えてる。だけど三年生になると色々と忙しくなるから、二つ掛け持ちはできないかもしれない。
だから、ごめんだけど、今年いっぱいでブレスの方を終わらせられたらって思う」
早百合の話を聞いて、当然だけどショックはかなり大きかった。
でも、よくよく考えてみると、彼女はわたしと再会する前からずっと合唱が好きで、合唱団の演奏にとても憧れていた。
だから、折角得たチャンスを生かして欲しい、とも同時に感じた。
打ち寄せるさざなみの音を聴きながら、わたしは小さく、でも努めて明るく頷いた。
「……うん、わかった! ずっと夢だったもんね。大きな合唱団に入って、お客さんを感動させることが。だから、寂しいけど、わたしは早百合を応援したい。わたしたちでは見ることのできない色んな景色を、これから見て来てほしい。そう、思うよ。
そして、いつか気が向いたらまた戻ってきてね。それまで、ずっと待ってるからさ」
気づいたら、目から一筋の涙が零れていた。
それを悟られないよう、こっそりと右手で拭い取る。
早百合は「いつか、待ってる、……か」と呟きながら、じっと何か考えているみたいだった。
けれど、やがて静かに頷いて砂音を立てながら、一人海岸通りの方まで歩いていった。
わたしの目には、二本の並んだ足跡と、一本だけの足跡が、同時に重なって入り込んできた。
朝から憂鬱とした気分で一日の授業を乗り越え、やがて放課後になると、帰り支度をしている美樹にすぐさま声を掛けた。
休み時間も話す機会があまりなく、せめて一緒に喋りながら帰れたら、と思っていたけれど、彼女の口からは思わぬ返事が戻ってきた。
「ゴメンね、桜良。しばらく、一緒には帰れないや。実は、お母さんのシフトが今月から急に変更になってさ。時間が長くなって、早くから仕事に行かなきゃいけなくなったんだ。
だからうち、帰って買い物とか色々しなきゃいけないの。小さい子たちの面倒も見ないといけないしさ。だから、……またね」
そう言って駆け足で教室から出ていくのを呆気にとられながら眺めていると、突然後ろから声が掛かってきた。
女子の中では低めのその声の主は、野薔薇だった。
「ちょっとだけ、来てもらえるか?」
そのまま連れられて屋上に向かう。
強い風が吹きつける中、スカートをなびかせながら野薔薇はおもむろに話し出した。
「この間さ、美樹たちが口論になったよな。そのきっかけって、わかるか?」
わたしは、自分でも驚く程低いトーンでそれに答える。
「……オリジナルソング、だよね?」
「ああ、そうだ。そのことがきっかけで、あいつらは言い争いを始めた。なんとか強引にまとめて終わらせてはみたが、その後も場の空気は最悪だった。私が何を言いたいか、わかるか」
わたしが何も言えないでいると、痺れを切らした様子で入口の方へと歩いていく。
そして、去り際にボソッと言葉を投げ掛けた。
「……正直、コンテスト前の大事な時期にあんなことになったのは、かなりマズかった。私の方でもこれからできる限り気を配っていくが、バンドのリーダーとして、あまり軽率に物を喋らない方がいい。一仲間からの忠告として、受け取ってくれ」
屋上のドアが閉まる鈍い音が聞こえる。
わたしは強風で前髪が乱れるのも気にせず、その場にじっと立ち竦んでいた。
夕方、部屋で突然スマホが鳴った。
ゆっくりそれを手に取って画面を開くと、一通だけメッセージが届いている。
文を一読し、重い身体を起こして外へと出た。
そのまま桟橋の近くまで向かうと、既に早百合は砂浜に立っていた。
早足で駆け寄ると、彼女は、「一緒に歩かない?」と誘ってきた。
隣に並んで、しばらく辺りを散歩する。
そういえば、丁度一年前、二人で音楽を始めようって提案した時も、全く同じルートを歩いていたっけ。
そんなことを考えていると、早百合は急に足を止めて静かに話し始めた。
「あのね。今日呼んだのは、桜良に大事な話があるからなの。コンテストが終わったら、ブレスを辞めさせてもらえないかな?」
いきなりの言葉に戸惑いおののくわたしに、じっくり言葉を選びながら早百合は喋り続ける。
「実は菫お姉ちゃんからこの間メールが来て、中学の時聴きに行った合唱団の当時指揮者をしていた関沢先生っていう人が、今度鹿児島に新しく合唱団を作るらしい、って聞いたの。お姉ちゃんはもちろん参加するみたいだけど、よかったら私もどうかって誘われたんだ。
先生のことは前から人となりとか聞いていたし、何よりお姉ちゃんの折角のお誘いだから正直行きたいなって考えてる。だけど三年生になると色々と忙しくなるから、二つ掛け持ちはできないかもしれない。
だから、ごめんだけど、今年いっぱいでブレスの方を終わらせられたらって思う」
早百合の話を聞いて、当然だけどショックはかなり大きかった。
でも、よくよく考えてみると、彼女はわたしと再会する前からずっと合唱が好きで、合唱団の演奏にとても憧れていた。
だから、折角得たチャンスを生かして欲しい、とも同時に感じた。
打ち寄せるさざなみの音を聴きながら、わたしは小さく、でも努めて明るく頷いた。
「……うん、わかった! ずっと夢だったもんね。大きな合唱団に入って、お客さんを感動させることが。だから、寂しいけど、わたしは早百合を応援したい。わたしたちでは見ることのできない色んな景色を、これから見て来てほしい。そう、思うよ。
そして、いつか気が向いたらまた戻ってきてね。それまで、ずっと待ってるからさ」
気づいたら、目から一筋の涙が零れていた。
それを悟られないよう、こっそりと右手で拭い取る。
早百合は「いつか、待ってる、……か」と呟きながら、じっと何か考えているみたいだった。
けれど、やがて静かに頷いて砂音を立てながら、一人海岸通りの方まで歩いていった。
わたしの目には、二本の並んだ足跡と、一本だけの足跡が、同時に重なって入り込んできた。
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