【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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最終章 切り開く未来

(5)

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「マティ……俺と逃げるか。どこか遠くへ」

 王子の身分を剥奪されたヴィルジールは、魔王の生まれ変わりとして国を追われることとなる身だ。
 権力を手放してしまった自分にできることは、それしかないと思ったのだが。

「……いや、だめだ。サーヴァ殿下の意向を聞いてしまった以上、君を逃せば、ドゥラメトリア王国はザウレンの不興を買う。きっとただでは済まない」

 彼女が逃げることによって、戦争が起こる可能性すらある。
 しかも、隣国から攻め込まれる最悪の状況に発展しても、国境を守るラヴェラルタ騎士団に、最大戦力であるマルクはいないのだ。
 そうなれば、真っ先に大きな被害を被るのは辺境伯領となる。

 彼女はそれを望まない。

 しかし、現状では、この国にザウレン皇国の要求を拒否する力はない。
 このままでは、彼女はザウレンに嫁がざるを得なくなる。

 現在のザウレン皇帝が代替わりし、野心家で好戦的な皇太子が皇座に就けば、賠償で得たに過ぎない弟の妃を迷うことなく戦に投入するだろう。
 遅かれ早かれ、彼女の存在が鍵となって戦争が勃発するのだ。

「く……そっ」

 八方塞がりにヴィルジールが唸った。

 マルティーヌと彼女の家族が秘密を必死に守ってきた理由を、改めて思い知る。
 彼女の持つ強大な力は、それだけで国をも揺るがすのだ。
 今のところベレニスの生まれ変わりだとは知られていないが、もしそれが露見すれば、戦の旗頭としても大きな影響力を持つだろう。

「正直言って、今の俺と君の立場では君を守ることができない。ドゥラメトリアは君をザウレンに引き渡すしかないだろう。だが、そんなことはさせない」
「でも、どうやって?」
「昨日の今日で格好悪い話だが、陛下に俺の復権を願い出よう」
「復権……? 王子に戻るの?」

 何の罪もない優秀な第四王子の復権は、この国にとって喜ばしいこと。
 しかし、魔王である自分が王座に就くことがないよう国外追放を望んだ彼が、その苦渋の決断を自分のために翻す。
 それは王太子となり、やがて国王への道へと進む重い決意だ。

「ああ、そうだ。そして君を王太子妃として娶ろう。皇国とはかなり難しい関係となるが、未来の王妃の立場であれば君を守ることができる。俺が全力で守ってみせる」
「お……王太子……妃? わたしが? 嘘でしょ!」

 サーヴァ殿下ではなくて、ヴィルジール殿下に嫁ぐ?

 しかも、未来の王妃という、女性の最高位への格上げだ。
 とんでもない提案に、マルティーヌは彼の腕の中でもがいた。

「待って、待って! そんなのありえない!」
「君を守るには、それしか方法がないんだ。君がその立場にあれば、サーヴァ殿下もさすがに手が出せない」
「それじゃ、たいして変わらないじゃない! 権力者は大っ嫌いなのっ!」
「心配するな。俺が国王になったとしても、君を戦力として利用することはないと誓う。君は、魔王となった俺を倒すためだけに、俺のそばにいればいい」

 なだめるように囁く言葉に、マルティーヌの動きが止まった。

 そう。
 彼は、決してわたしを戦力として利用したりはしない。
 そのことは信じられる。

 でも、舞踏会の晩まで社交会デビューすらしていなかった自称病弱令嬢のわたしが、いきなり王太子妃だなんて不自然過ぎる。
 しかも、わたしに王太子妃や王妃が務まるはずがない。

「いやいやいや。無理だってば!」
「大丈夫だ。俺がついている」
「だ、だって、わたしには表向きには婚約者がいるんだし、ヴィルジール殿下もルフィナ殿下と婚約したじゃない。今になって、急にわたしが王太子妃になるっていうのは、後出しもいいところじゃない! 怪しすぎる!」

「それはどうにかなる。俺が王太子になれば、必然的にルフィナ姫とは破談になるが、王太子には急ぎ伴侶が必要だ。先日の舞踏会で、君と揃いの衣装で踊ったことで、いろんな想像をした者もいたはずだ。それぞれの政略結婚で引き裂かれるはずだった恋人同士が、晴れて結ばれることになったことにすればいい」

「こ……いびと同士?」

 互いに婚約者がいることは周知の事実だったから、舞踏会で踊った時には貴族たちから好奇の目で見られていた。
 お姫様抱っこで城内を歩く様子を目撃され、大きな噂になったこともある。

 でも、本当は恋人同士なんかじゃなかった。
 決して、違うから!

「そうだな……俺たちは、ラヴェラルタ辺境伯領で初めて会った時に恋に落ちた——と、いうことにしよう」
「そ、そんな記憶ないけど」
「ふはっ。初めて会った時というのは言い過ぎか。だが、少なくとも俺は、君の正体を知った頃からずっと君のことを想っていた。その頃はザウレンへの留学と婚約が内定していたから、どうにもならなかったが。君はどうなんだ、マティ」

 耳元で聞こえる彼の声が、急に甘みを帯びた。
 部屋には彼と二人きり。
 側近のジョエルが戻ってくる気配はない。

「ど、どうって……」
「俺のことを、全くなんとも思っていなかったとは言わせない」
「ま……待って」

 この雰囲気は、やばい。

 彼の質問にきっぱりと答えなきゃと思うのに、思考が溶けてしまい言葉に辿り着かない。
 自分の方が腕力に勝るのだから、彼を叩きのめして逃げることもできるはずなのに、身体が思うように動かない。

 多分、それが答えだ。
 認めたくないけど——。

 全身に熱が籠っていくのを感じつつ、何も言えぬまま俯いていると、彼は「覚悟を決めろ」とばかりに、額の真ん中に唇を押し当ててくる。

「ひゃあ!」

 絶体絶命だ。

 彼が自分の意思を曲げてまで示してくれた案が、いちばん現実的だってことは分かっている。
 そして、彼のことが好きだってことも……み、認める。
 だけど、王太子妃になるのはどう頑張っても無理!

 大きく行き来する自分の感情に翻弄されていると、ふと、父親の声が聞こえた気がした。

 彼は落ち着いた声でこう言う。

『万一、どうしようもない事態になったら……』

 あれは、いつのことだっただろうか。
 彼は『これは、ラヴェラルタの総意だ』と言っていた。

 もしかすると——。
 今頃、お父さまたちは国王陛下にその話をしている?

 きっと、そうだ。

「わたしは、王太子妃にはならないわ!」

 マルティーヌはヴィルジールの胸をぐいと押して彼を遠ざけると、きっぱりと言い切った。

「しかし、それでは……」
「その代わり、ヴィル」

 マルティーヌは彼をあえてヴィルと呼んだ。
 ついさっきまで腕の中で震えていた彼女の変化に、ヴィルジールは目を見開き、少し身を引いた。

「君をラヴェラルタ騎士団にスカウトする」

 清楚なドレスを身につけていても、優雅に金髪を結い上げていても、挑戦的なその顔は騎士団副団長のマルクのものだった。



 数日後。

 ドゥラメトリア国王の王命として、ザウレン皇国との国境に領地を持つ貴族達の、大規模な配置転換が公布された。
 不祥事で没収した旧ミュルヴィル公爵領の穀倉地帯に彼らを移し、国境の領地を、ラヴェラルタ辺境伯と、新たに男爵位を得たオリヴィエ、セレスタン、アロイスに与えたのだ。

 それから十日も経たぬうちに、ラヴェラルタ辺境伯領と三つの男爵領はドゥラメトリア王国から独立。
 強大な武力と魔術力、資金力を持つ中立国『ラヴェラルタ騎士国』として建国を果たした。
 国家元首となる新生ラヴェラルタ騎士団の初代総長には、マルティーヌの父親であるグラシアンが就いた。

 この怒涛の展開は周囲の国々の度肝を抜いた。
 特に、ドゥラメトリア王国への賠償請求の準備を進めていたザウレン皇国は、計画の変更を余儀なくされた。
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