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第2章 勇者ベレニスの真実
マルティーヌの背負うもの(1)
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ふと気づくと、見慣れた自室の天井が目に入った。
「ああ、よく寝た」
やけにすっきりとした目覚めに上半身を起こし、大きく伸びをして気づく。
ベッドの脇に置かれた椅子に人の姿。
「コラリー……じゃない。セレス兄さま!」
思わず声を上げたが、腕を組み首を落として眠り込んでいる彼は、目を覚ますことはなかった。
俯いた顔は青白く、頬はげっそりとこけて見える。
「ああ、そうか」
『死の森』で灰翼蜥蜴を一掃した直後、兄のオリヴィエの声を聞いた。
その後の記憶がないが、きっと彼が屋敷まで運んでくれたのだろう。
「わたしの魔力にも底があったのね」
マルティーヌは苦笑した。
初めて経験したからおそらくなのだが、魔力切れを起こしたのだと思い至る。
一旦魔力切れを起こすと、外からそれを補充することはできず、自然に魔力を回復するのを待つしかないのは常識だ。
けれど、高度な魔術を扱うセレスタンは、様々な術を試みたに違いない。
彼の憔悴しきった様子を見る限り、それは、何日も続いたのだろう。
「わたしは、どれくらい眠っていたのかしら」
聞いてみたいところだが、彼を起こすのは忍びなかった。
自分のベッドの上から持ってきた毛布を彼にかけると、「ありがとう、お兄さま」と頬にキスをする。
そして静かに部屋を後にした。
廊下に出ると、焼きたてのパンやスープなどの美味しそうな香りが漂ってきている。
周囲の明るさと、厨房あたりから聞こえる物音から考えると、きっと今は早朝なのだろう。
空腹を感じたマルティーヌは、とりあえず食堂に行ってみることにした。
そっとドアを開けると、椅子に腰掛け、うなだれた大きな背中が見えた。
朝の弱いリーヴィ兄さまががこんな朝早くから食堂にいる……?
もしかして、ベッドに入らずにここで夜を明かしたのかも。
「リーヴィ兄さま?」
眠っているかもしれないから、そっと声をかけてみると、その巨体が驚くほどの早さで立ち上がった。
椅子が後方に倒れ、大きな音をたてた。
「マ、マティっ?」
そのうわずった声と同時に、マルティーヌの視界に入らない食堂の奥からも椅子を鳴らす音が聞こえてきた。
「マティか?」
「本当に? 目が覚めたの?」
両親の声が聞こえたと思ったと同時に、目の前が塞がれ、何も見えなくなった。
全身が大きく温かく、そして力強いものに包み込まれる。
「マティぃぃぃ! 良かった!」
「兄さま、あ……のっ」
「よ、良かった……。あのまま、お前が目を覚まさなかったら、俺はっ……」
兄の声だけでなく、全身からも震えが伝わってくる。
灰翼蜥蜴の掃討の現場を目撃した家族は、この兄一人だ。
人間離れした妹の能力を目の当たりにしても、彼は何も変わらない。
力強く、温かく、優しく包み込んでくれる。
「なんでまた、あんな無茶をしたんだ! 心配したんだぞ!」
オリヴィエの大声が近すぎて、彼の背後にいるはずの両親の声が上手く聞き取れない。
けれど、娘が目覚めたことを喜んでいる気配は伝わってくる。
「心配かけて、ごめんなさい」
「あやまらなくていい、マティ。むしろ、俺たちが悪かったんだ。俺たちがふがいなかったから、お前が戦わなきゃならなくなったんだろう? 本当に……すまなかった」
「お兄さま……」
「あぁ、マティ。お前が無事で、本当に良かった!」
オリヴィエの太い腕にいっそう力がこもったとき、今度は背中がどんと押された。
「うわぁぁ、なんでだよ、マティ! どうして僕を起こしてくれなかったんだぁ!」
背中から抱きついてきたのは次兄のセレスタン。
屋敷中に響き渡る長兄の大声で目が覚めたようだ。
「ひどいじゃないか! マティが目覚めたら、一番最初に僕を見てくれると思ったのにぃぃぃ!」
「ごめんなさい。でもセレス兄さま、すごく疲れていたみたいだったもの」
「そんなの、マティのかわいい顔を見たら全部吹っ飛ぶんだよ! だから、リーヴィ兄、前を譲ってくれ!」
「それは無理な相談だ」
「きゃあ。待って、待って兄さま! 潰れちゃうぅぅぅ」
二人の兄は妹を前後からぎゅうぎゅうに挟んで、妙な諍いを起こす。
背後の廊下には、屋敷中の使用人や、早番の騎士団員などが続々と集まってきて騒がしくなった。
ああ、帰ってきたんだ。
マルティーヌは以前と変わらない周囲の様子に、幸せを噛み締めた。
「リーヴィ。セレス。そろそろマティを解放してくれないか。マティは私のかわいい娘でもあるのだから、抱きしめさせておくれ」
父親の懇願でようやく兄たちから解放されたマルティーヌは、今度は両親の腕の中に収まることになった。
「ああ、よく寝た」
やけにすっきりとした目覚めに上半身を起こし、大きく伸びをして気づく。
ベッドの脇に置かれた椅子に人の姿。
「コラリー……じゃない。セレス兄さま!」
思わず声を上げたが、腕を組み首を落として眠り込んでいる彼は、目を覚ますことはなかった。
俯いた顔は青白く、頬はげっそりとこけて見える。
「ああ、そうか」
『死の森』で灰翼蜥蜴を一掃した直後、兄のオリヴィエの声を聞いた。
その後の記憶がないが、きっと彼が屋敷まで運んでくれたのだろう。
「わたしの魔力にも底があったのね」
マルティーヌは苦笑した。
初めて経験したからおそらくなのだが、魔力切れを起こしたのだと思い至る。
一旦魔力切れを起こすと、外からそれを補充することはできず、自然に魔力を回復するのを待つしかないのは常識だ。
けれど、高度な魔術を扱うセレスタンは、様々な術を試みたに違いない。
彼の憔悴しきった様子を見る限り、それは、何日も続いたのだろう。
「わたしは、どれくらい眠っていたのかしら」
聞いてみたいところだが、彼を起こすのは忍びなかった。
自分のベッドの上から持ってきた毛布を彼にかけると、「ありがとう、お兄さま」と頬にキスをする。
そして静かに部屋を後にした。
廊下に出ると、焼きたてのパンやスープなどの美味しそうな香りが漂ってきている。
周囲の明るさと、厨房あたりから聞こえる物音から考えると、きっと今は早朝なのだろう。
空腹を感じたマルティーヌは、とりあえず食堂に行ってみることにした。
そっとドアを開けると、椅子に腰掛け、うなだれた大きな背中が見えた。
朝の弱いリーヴィ兄さまががこんな朝早くから食堂にいる……?
もしかして、ベッドに入らずにここで夜を明かしたのかも。
「リーヴィ兄さま?」
眠っているかもしれないから、そっと声をかけてみると、その巨体が驚くほどの早さで立ち上がった。
椅子が後方に倒れ、大きな音をたてた。
「マ、マティっ?」
そのうわずった声と同時に、マルティーヌの視界に入らない食堂の奥からも椅子を鳴らす音が聞こえてきた。
「マティか?」
「本当に? 目が覚めたの?」
両親の声が聞こえたと思ったと同時に、目の前が塞がれ、何も見えなくなった。
全身が大きく温かく、そして力強いものに包み込まれる。
「マティぃぃぃ! 良かった!」
「兄さま、あ……のっ」
「よ、良かった……。あのまま、お前が目を覚まさなかったら、俺はっ……」
兄の声だけでなく、全身からも震えが伝わってくる。
灰翼蜥蜴の掃討の現場を目撃した家族は、この兄一人だ。
人間離れした妹の能力を目の当たりにしても、彼は何も変わらない。
力強く、温かく、優しく包み込んでくれる。
「なんでまた、あんな無茶をしたんだ! 心配したんだぞ!」
オリヴィエの大声が近すぎて、彼の背後にいるはずの両親の声が上手く聞き取れない。
けれど、娘が目覚めたことを喜んでいる気配は伝わってくる。
「心配かけて、ごめんなさい」
「あやまらなくていい、マティ。むしろ、俺たちが悪かったんだ。俺たちがふがいなかったから、お前が戦わなきゃならなくなったんだろう? 本当に……すまなかった」
「お兄さま……」
「あぁ、マティ。お前が無事で、本当に良かった!」
オリヴィエの太い腕にいっそう力がこもったとき、今度は背中がどんと押された。
「うわぁぁ、なんでだよ、マティ! どうして僕を起こしてくれなかったんだぁ!」
背中から抱きついてきたのは次兄のセレスタン。
屋敷中に響き渡る長兄の大声で目が覚めたようだ。
「ひどいじゃないか! マティが目覚めたら、一番最初に僕を見てくれると思ったのにぃぃぃ!」
「ごめんなさい。でもセレス兄さま、すごく疲れていたみたいだったもの」
「そんなの、マティのかわいい顔を見たら全部吹っ飛ぶんだよ! だから、リーヴィ兄、前を譲ってくれ!」
「それは無理な相談だ」
「きゃあ。待って、待って兄さま! 潰れちゃうぅぅぅ」
二人の兄は妹を前後からぎゅうぎゅうに挟んで、妙な諍いを起こす。
背後の廊下には、屋敷中の使用人や、早番の騎士団員などが続々と集まってきて騒がしくなった。
ああ、帰ってきたんだ。
マルティーヌは以前と変わらない周囲の様子に、幸せを噛み締めた。
「リーヴィ。セレス。そろそろマティを解放してくれないか。マティは私のかわいい娘でもあるのだから、抱きしめさせておくれ」
父親の懇願でようやく兄たちから解放されたマルティーヌは、今度は両親の腕の中に収まることになった。
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