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第4章 禍々しい招待状
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小一時間後、鏡の前には青いドレスを纏った少年の姿があった。
金色の髪はうなじが短く刈り上げられており、顔にはまだ何の化粧も施されていない。
けれど、湯上りの頬はほんのりと赤く染まって瑞々しく、少々気だるげな青い瞳が蠱惑的だ。
前回も最初の日に鮮やかな青色のドレスを着せられたが、今回はくすんだ青でシルエットも大人っぽい。
ドレスの裾に向かってだんだんと色が濃くなっており、きらきら光る魔獣素材の高価なビーズが夜空の星のように散りばめられている。
「こんなドレス、着たことないんだけど……」
「そろそろ、あなたに大人っぽいドレスを着せたくて作っちゃった。ついでに新しいカツラもね。役に立って良かったわ」
母親が歌うように言いながら、円柱形の箱からゆるくウエーブがついた金髪のカツラを取り出した。
それをマルティーヌに被せると、髪型一つで少年から華やかな美少女へと変化する。
けれど、まだ化粧をしていないせいか、大人っぽいドレスが少しちぐはぐな印象だ。
「ん……まぁ、なんて素敵なのぉ! このドレスなら、髪はアップにした方が映えるかしら?」
ウエーブの髪をふわりとねじって頭の上にまとめてみると、年齢が二つほど上がったように見える。
肩に細く残った一筋の髪が色っぽい。
「でしたら、お化粧もいつもより大人っぽい方がよろしいですね」
「ジュエリーは……」
興奮した女たちが寄ってたかってマルティーヌを飾り立てる。
「待って、待って! みんなやりすぎ! 病弱設定を忘れてるでしょ!」
鏡に映る自分の顔が、見知らぬ令嬢になっていくことに恐怖を感じたところに、「マティ、大変だ!」とオリヴィエが駆け込んできた。
「まぁ、リーヴィ。妹とはいえ、淑女のお部屋にそんな風に入ってくるものじゃありません」
「す、すまな……い……」
母親にたしなめられてしゅんとなったオリヴィエは、直後に鏡ごしに妹と目が合って、その場で固まった。
先日、妹の着飾った姿を見た時、彼女以上に美しい令嬢はこの世にはいないだろうと思ったが、それ以上の美が目の前にあった。
同じ人物であるはずなのに、これまでの可憐という形容詞より、優美という言葉が似合う姿に、圧倒されて声も出ない。
「リーヴィ兄さま?」
「嫌だわ。リーヴィったら、マティの美しさに呆然としちゃってるわ」
妹に何度も名を呼ばれ、母親にからかわれてオリヴィエははっとした。
焦ったように自分の背後を確認する。
そこに弟がいたら、興奮して妹に飛びつくのを阻止しなければならなかったが、いたのは父親のグラシアンだった。
オリヴィエは「おやじだったか……」と胸をなでおろした後、大きく息を吸って気持ちを落ち着かせてから、前を向く。
そこには小首を傾げたマルティーヌが立っていた。
「兄さまどうかした? もう夕食会が始まるの?」
「い、いや……違う。というか、夕食会がなくなったんだ」
彼は別人のように大人っぽい妹を直視できず、視線を彷徨わせながら言う。
「えっ! ほんと?」
嬉しそうに瞳を輝かせたマルティーヌは、見た目の年齢が一つ下がる。
「どういうことなの! もう、マティもこんなに綺麗に仕上がっているというのに!」
母親の剣幕に、オリヴィエは口ごもる。
「うん、マティは、すっごく綺麗だけど……、あの、殿下が、滞在中は部下と一緒に野営するとおっしゃられて……だから、えぇと……」
長男から視線で助けを求められ、父親が話を引き取った。
「もともと、夕食を共にするという約束があった訳ではなかったのだよ。急なご訪問だったからね。だが、ラヴェラルタ家としては、殿下をご招待しない訳にもいかないだろう? それで、慌てて準備を進めていたのだが、殿下の方がご遠慮されたのだよ」
合同演習について書かれた書状が、王家から辺境伯家と騎士団に届けられたのが今日の午後。
ヴィルジールや彼の騎士団が到着したのもほぼ同じ頃で、彼らはその足で直接鍛錬場に向かった。
そのため、食事や部屋などの意向を確認できないまま準備を進めるしかなかったのだ。
まったく、迷惑な話である。
けれどマルティーヌは嬉しくて仕方がない。
「やったぁ! あの気まずい夕食会をしなくていいのね!」
「それが、そう良くもないんだよ」
父親は大きなため息を一つつくと、侍女の手によって花瓶に生けられた深紅の薔薇をちらりと見た。
金色の髪はうなじが短く刈り上げられており、顔にはまだ何の化粧も施されていない。
けれど、湯上りの頬はほんのりと赤く染まって瑞々しく、少々気だるげな青い瞳が蠱惑的だ。
前回も最初の日に鮮やかな青色のドレスを着せられたが、今回はくすんだ青でシルエットも大人っぽい。
ドレスの裾に向かってだんだんと色が濃くなっており、きらきら光る魔獣素材の高価なビーズが夜空の星のように散りばめられている。
「こんなドレス、着たことないんだけど……」
「そろそろ、あなたに大人っぽいドレスを着せたくて作っちゃった。ついでに新しいカツラもね。役に立って良かったわ」
母親が歌うように言いながら、円柱形の箱からゆるくウエーブがついた金髪のカツラを取り出した。
それをマルティーヌに被せると、髪型一つで少年から華やかな美少女へと変化する。
けれど、まだ化粧をしていないせいか、大人っぽいドレスが少しちぐはぐな印象だ。
「ん……まぁ、なんて素敵なのぉ! このドレスなら、髪はアップにした方が映えるかしら?」
ウエーブの髪をふわりとねじって頭の上にまとめてみると、年齢が二つほど上がったように見える。
肩に細く残った一筋の髪が色っぽい。
「でしたら、お化粧もいつもより大人っぽい方がよろしいですね」
「ジュエリーは……」
興奮した女たちが寄ってたかってマルティーヌを飾り立てる。
「待って、待って! みんなやりすぎ! 病弱設定を忘れてるでしょ!」
鏡に映る自分の顔が、見知らぬ令嬢になっていくことに恐怖を感じたところに、「マティ、大変だ!」とオリヴィエが駆け込んできた。
「まぁ、リーヴィ。妹とはいえ、淑女のお部屋にそんな風に入ってくるものじゃありません」
「す、すまな……い……」
母親にたしなめられてしゅんとなったオリヴィエは、直後に鏡ごしに妹と目が合って、その場で固まった。
先日、妹の着飾った姿を見た時、彼女以上に美しい令嬢はこの世にはいないだろうと思ったが、それ以上の美が目の前にあった。
同じ人物であるはずなのに、これまでの可憐という形容詞より、優美という言葉が似合う姿に、圧倒されて声も出ない。
「リーヴィ兄さま?」
「嫌だわ。リーヴィったら、マティの美しさに呆然としちゃってるわ」
妹に何度も名を呼ばれ、母親にからかわれてオリヴィエははっとした。
焦ったように自分の背後を確認する。
そこに弟がいたら、興奮して妹に飛びつくのを阻止しなければならなかったが、いたのは父親のグラシアンだった。
オリヴィエは「おやじだったか……」と胸をなでおろした後、大きく息を吸って気持ちを落ち着かせてから、前を向く。
そこには小首を傾げたマルティーヌが立っていた。
「兄さまどうかした? もう夕食会が始まるの?」
「い、いや……違う。というか、夕食会がなくなったんだ」
彼は別人のように大人っぽい妹を直視できず、視線を彷徨わせながら言う。
「えっ! ほんと?」
嬉しそうに瞳を輝かせたマルティーヌは、見た目の年齢が一つ下がる。
「どういうことなの! もう、マティもこんなに綺麗に仕上がっているというのに!」
母親の剣幕に、オリヴィエは口ごもる。
「うん、マティは、すっごく綺麗だけど……、あの、殿下が、滞在中は部下と一緒に野営するとおっしゃられて……だから、えぇと……」
長男から視線で助けを求められ、父親が話を引き取った。
「もともと、夕食を共にするという約束があった訳ではなかったのだよ。急なご訪問だったからね。だが、ラヴェラルタ家としては、殿下をご招待しない訳にもいかないだろう? それで、慌てて準備を進めていたのだが、殿下の方がご遠慮されたのだよ」
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ヴィルジールや彼の騎士団が到着したのもほぼ同じ頃で、彼らはその足で直接鍛錬場に向かった。
そのため、食事や部屋などの意向を確認できないまま準備を進めるしかなかったのだ。
まったく、迷惑な話である。
けれどマルティーヌは嬉しくて仕方がない。
「やったぁ! あの気まずい夕食会をしなくていいのね!」
「それが、そう良くもないんだよ」
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