【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

文字の大きさ
64 / 216
第4章 禍々しい招待状

(4)

しおりを挟む
「マルティーヌ嬢はひどく病弱だから、領地を出ることは不可能だということは強調したんだ。どうしても会いたければ、直接会いに行けばいい。ただし、ラヴェラルタ騎士団の団長と副団長の強烈な殺気に耐えられるのなら、と言ったら、皆、震え上がっていたよ」
「じゃあどうして、舞踏会の招待状が届いたのよ。しかも、王太子殿下からだなんて、おかしいじゃない!」

 もう令嬢を装うことを辞めてしまったマルティーヌは、兄たちと話すような砕けた口調で問いただす。
 すると彼は「それでいい」と呟いて満足そうな笑みを浮かべた。
 そして椅子から立ち上がると、自分の皿の上のチョコレートをつまんで、次々とマルティーヌの皿に移動させる。

「もちろん、アダラールにも君が病弱だってことは、しっかり説明したんだけどね」
「だったら、どうして!」

 彼を責めながら、自分の皿にどんどん増えていくチョコレートをちらりと見る。

 これって、お詫びのつもりなのかしら。
 それともご褒美? 賄賂? 懐柔しようとしている?

 相手の真意を探りながらも、ちょっと嬉しくなっている自分が悔しい。

「王家が費用を負担するから、道中の各地で療養をしながらゆっくり王都を目指せば良いと言うんだよ。体に負担がかからないように、最上級の馬車も王家で用意するからと」
「そんなことされても、わたしは王都に行けません。だって病弱なんですもの。真冬に移動なんかしたら、きっと死んでしまうわ」

 明らかに嘘と分かる言い訳だが、彼は大真面目な顔で「だよね」と同意してくれた。
 そして、自分の皿が空になると椅子に座り直し、テーブルに両肘をついて顎の下で指を組む。

「……でも、彼は王太子とはいえ、実質的には国王。思ったことはなんでも実現すると思っているんだよ。そして実際、どんな手を使ってでも実現させる」

 ヴィルジールの声が低くなり険を帯びた。

 え?
 あんたがそんなこと言う?

 マルティーヌはきょとんとなった。

 彼もまた、この国最上位クラスの、権力を笠に着る側の人間だ。
 事前連絡もなしに部下を引き連れて押しかけ、大規模遠征を前にした重要な時期である騎士団との合同演習を無理やり了承させた。
 このお茶会だって、彼の要望通りに開かれているのだ。
 そんな彼が、王族や高位貴族を毛嫌いする自分と、全く同じ台詞を吐くことが意外だった。

「いいかい? 君は決して舞踏会に出てはならないよ。王城に足を一歩踏み入れたら最後、気付いた時には三番目の王太子妃にされているだろう」

 呪われた未来を予言するような、第四王子の言葉にぎょっとする。

「お、王太子妃ぃ?」
「そう」
「どうしてそんな話になるの? わたしに、そんな価値はないわ!」

 王族にとってわたしに価値があるとすれば、強大な力を受け継いだ勇者ベレニスの生まれ変わりであることだけ。
 けれど、その事実を彼らは知らない。
 だったら、野蛮だ、汚れ仕事だと陰口を叩かれる辺境伯家の娘が、高貴な王族の妃として望まれるはずがないじゃない。

「いや、君はラヴェラルタ辺境伯家の令嬢というだけで、利用価値が高いんだよ」
「どういうこと?」
「君を手中に収めれば、君を溺愛する優秀な兄上たちを動かすことができるからね。君が病弱だというのなら、より都合が良いんだ。体調を崩したといって閉じ込めやすいから。そうなると、君の生死すら偽装できる」

「……あ」

 血の気がさっと引いた。

 これはベレニスと立ち位置が違うだけで、同じ構造なのだ。

 ベレニスは弱者である両親を人質として取られることで、国王の操り人形となった。
 現在の権力者である王太子は、マルティーヌを妃という名の人質にし、この国屈指の騎士と魔術師である兄二人と、その背後にある強力な騎士団を利用しようとしているのかもしれない。

 甘かった……。

 貴族に生まれたのであれば、生家の繁栄や政治的な思惑のために、政略結婚することは当たり前だ。
 けれど、貧乏な平民の家に生まれ冒険者として生きた記憶も残っているから、貴族令嬢として生まれても、どこか他人事のような気がしていた。
 社交界に出なければ大丈夫、ベレニスの生まれ変わりであることさえ知られなければ何の問題もないと、のんきに考えていたのだ。

 ラヴェラルタ家の令嬢であることが、大きな力を持つ肩書きだったのに——。

「わたしではなく、ラヴェラルタ騎士団が欲しいのね?」

 そう呟くと、ヴィルジールは「おそらく」と頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。

越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

処理中です...