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第5章 魔王の目
副団長マルクの決断(1)
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マルティーヌのふくれっ面は簡単には元に戻らなかったが、真剣な話は進んでいく。
「新しい魔王が『魔王の目』を操っていたということなのですか」
グラシアンが重苦しい息を吐くと、ヴィルジールが「そうとしか思えない」と頷いた。
「四百年前に魔王が召喚した『魔王の目』は、ベレニスに倒された一頭のみ。今の時代に生き残っているはずがない。だから、新しい魔王が新たに召喚して操っていたと考えていいだろう」
マルティーヌも『魔王の目』の姿を見た瞬間、新しい魔王の存在を直感した。
だから、手を下した人間が誰であるかを敵に知られないよう、まず魔鳥の視界を封じたのだ。
魔鳥の視線は常に王子を捉えていたから、自分の姿はあまり見られていない。
極力、視界に入らないように身をかわした。
だから、おそらく新しい魔王は、勇者の生まれ変わりの存在をまだ知らない。
万一、何かを察したとしても、それが誰なのかまでは分からないはずだ。
「新しい魔王が、魔王の生まれ変わりである殿下を襲ったということ……か?」
オリヴィエが腕を組んで考え込む。
「かもしれないが、そうではないと思いたい。私はマルティーヌ嬢と違って、魔王の能力までは受け継いでいない、普通の人間だ。だから、私を見つけるのは難しいのではないだろうか。それとも、私に魔王特有の魔力の片鱗のようなものがあるのだろうか? どうだ、セレスタン」
ヴィルジールはちらりと隣に目を向けた。
「うーん、普通の人間に視えるけど……」
セレスタンはそう言ってヴィルジールの肩に手を置くと軽く目を閉じた。
セレスタンの周囲を覆っている魔力の流れが変わる。
相手の内部を魔力で探っているらしく、ヴィルジールが不快そうに顔をしかめた。
しばらくして、セレスタンは首を横に振った。
「僕に分かる範囲では、何もおかしな部分はない。ヴィルジール殿下は人間以外の何者でもないよ。ついでに言えば、魔力量はうちの騎士団を基準にすれば平均的で、魔術師的な魔力の使い方には向いていない。そういった点でも魔王っぽくはない。身体強化に秀でた典型的な騎士タイプだ」
この国トップクラスの魔術師の鑑定なら、信頼度はかなり高い。
ヴィルジールは「そうか、よかった」と小さく安堵の息をついた。
「だけど、敵も同じ魔王だったら、人間には計り知れない能力を使って、生まれ変わりを探し出せるんじゃないか?」
「まあ……な。それは、何とも言えないが。しかし、私を襲う意図が分からない。私が魔王の脅威となると思われているのだろうか」
「じゃあ、これからも襲われるかもしれないってこと? もしかしたら、巨躯魔狼に襲われたのも、そうだったのかしら?」
「今思えば、あれは偶然ではなかったのだろう」
この国の第四王子一行が、中型の赤魔狼を引き連れた巨躯魔狼に襲われた事件。
長年目撃情報がなかった伝説級の魔獣が出現したことだけでも衝撃的なのに、その現場は「死の森」から少し離れており、聖結界で厳重に守られているはずの街道だった。
結界の緩みや破損は一切見つからず、魔獣たちがどうやってその場にたどり着いたのかは、今も不明なままだ。
しかしそれが、魔王が引き起こしたものだとしたら——。
人智を超える能力を使ったからという、説明がつかない説明が成り立つ。
「まさか、魔王は巨躯魔狼も操れたりするの?」
本能だけで生きているようにしか見えない魔獣でも、魔王であれば強制的に従えることができるかもしれない。
聖結界だって意味をなさないのかもしれない。
そうでなければ、あの襲撃事件を起こすことは難しい。
しかし、ヴィルジールは首を横に振った。
「いや、無理だ。操れるのは『悪魔の目』だけだ。他の魔獣はどんな凶暴な大型魔獣であっても、魔王を恐れて逃げ出してしまう。近づくことすらできない」
「でも、図ったように殿下の前に現れたじゃない。操ったのでなければどうやって?」
「操れなくても、目的地まで誘導することは可能だろう。セレスタンならできるのではないか?」
ヴィルジールはその方法に心当たりがあるようだ。
「僕? んー、そうだな」
指名されたセレスタンは背もたれに背中を預け、しばらく天井を眺めた。
「僕じゃなくても、うちの魔術師にもできる者はいるし、チェスラフ聖教会の魔導師でも十分可能じゃないかなぁ」
「どうやって?」
マルティーヌとオリヴィエが同時に立ち上がった。
「聖結界の応用だよ。結界で細い通路を作って、そこに巨躯魔狼を追い込めば、やつは前進するしかなくなる。その先に人間がいれば……それが、殿下たちだったんだけど、問答無用で襲いかかる。ああっ、そうか!」
今度はセレスタンが勢いよく立ち上がった。
「どうした、セレス!」
「なに? 何か分かったの?」
兄妹三人が身を乗り出し、顔を付き合わせた。
「新しい魔王が『魔王の目』を操っていたということなのですか」
グラシアンが重苦しい息を吐くと、ヴィルジールが「そうとしか思えない」と頷いた。
「四百年前に魔王が召喚した『魔王の目』は、ベレニスに倒された一頭のみ。今の時代に生き残っているはずがない。だから、新しい魔王が新たに召喚して操っていたと考えていいだろう」
マルティーヌも『魔王の目』の姿を見た瞬間、新しい魔王の存在を直感した。
だから、手を下した人間が誰であるかを敵に知られないよう、まず魔鳥の視界を封じたのだ。
魔鳥の視線は常に王子を捉えていたから、自分の姿はあまり見られていない。
極力、視界に入らないように身をかわした。
だから、おそらく新しい魔王は、勇者の生まれ変わりの存在をまだ知らない。
万一、何かを察したとしても、それが誰なのかまでは分からないはずだ。
「新しい魔王が、魔王の生まれ変わりである殿下を襲ったということ……か?」
オリヴィエが腕を組んで考え込む。
「かもしれないが、そうではないと思いたい。私はマルティーヌ嬢と違って、魔王の能力までは受け継いでいない、普通の人間だ。だから、私を見つけるのは難しいのではないだろうか。それとも、私に魔王特有の魔力の片鱗のようなものがあるのだろうか? どうだ、セレスタン」
ヴィルジールはちらりと隣に目を向けた。
「うーん、普通の人間に視えるけど……」
セレスタンはそう言ってヴィルジールの肩に手を置くと軽く目を閉じた。
セレスタンの周囲を覆っている魔力の流れが変わる。
相手の内部を魔力で探っているらしく、ヴィルジールが不快そうに顔をしかめた。
しばらくして、セレスタンは首を横に振った。
「僕に分かる範囲では、何もおかしな部分はない。ヴィルジール殿下は人間以外の何者でもないよ。ついでに言えば、魔力量はうちの騎士団を基準にすれば平均的で、魔術師的な魔力の使い方には向いていない。そういった点でも魔王っぽくはない。身体強化に秀でた典型的な騎士タイプだ」
この国トップクラスの魔術師の鑑定なら、信頼度はかなり高い。
ヴィルジールは「そうか、よかった」と小さく安堵の息をついた。
「だけど、敵も同じ魔王だったら、人間には計り知れない能力を使って、生まれ変わりを探し出せるんじゃないか?」
「まあ……な。それは、何とも言えないが。しかし、私を襲う意図が分からない。私が魔王の脅威となると思われているのだろうか」
「じゃあ、これからも襲われるかもしれないってこと? もしかしたら、巨躯魔狼に襲われたのも、そうだったのかしら?」
「今思えば、あれは偶然ではなかったのだろう」
この国の第四王子一行が、中型の赤魔狼を引き連れた巨躯魔狼に襲われた事件。
長年目撃情報がなかった伝説級の魔獣が出現したことだけでも衝撃的なのに、その現場は「死の森」から少し離れており、聖結界で厳重に守られているはずの街道だった。
結界の緩みや破損は一切見つからず、魔獣たちがどうやってその場にたどり着いたのかは、今も不明なままだ。
しかしそれが、魔王が引き起こしたものだとしたら——。
人智を超える能力を使ったからという、説明がつかない説明が成り立つ。
「まさか、魔王は巨躯魔狼も操れたりするの?」
本能だけで生きているようにしか見えない魔獣でも、魔王であれば強制的に従えることができるかもしれない。
聖結界だって意味をなさないのかもしれない。
そうでなければ、あの襲撃事件を起こすことは難しい。
しかし、ヴィルジールは首を横に振った。
「いや、無理だ。操れるのは『悪魔の目』だけだ。他の魔獣はどんな凶暴な大型魔獣であっても、魔王を恐れて逃げ出してしまう。近づくことすらできない」
「でも、図ったように殿下の前に現れたじゃない。操ったのでなければどうやって?」
「操れなくても、目的地まで誘導することは可能だろう。セレスタンならできるのではないか?」
ヴィルジールはその方法に心当たりがあるようだ。
「僕? んー、そうだな」
指名されたセレスタンは背もたれに背中を預け、しばらく天井を眺めた。
「僕じゃなくても、うちの魔術師にもできる者はいるし、チェスラフ聖教会の魔導師でも十分可能じゃないかなぁ」
「どうやって?」
マルティーヌとオリヴィエが同時に立ち上がった。
「聖結界の応用だよ。結界で細い通路を作って、そこに巨躯魔狼を追い込めば、やつは前進するしかなくなる。その先に人間がいれば……それが、殿下たちだったんだけど、問答無用で襲いかかる。ああっ、そうか!」
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