【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第6章 『死の森』への苦難の道

(2)

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 ヴィルジールはマルクを人間ではなく、動きの速い中型の魔獣とみなすようだ。
 敵の足を止めるために、姿勢を低く取り、左右にフェイントを入れながら足元に攻撃を仕掛けてきた。

 なるほどね。
 
 彼の最初の攻撃を軽くかわしてマルクは納得する。
 
 自分の持つベレニスの記憶には、彼女自身の戦う姿はない。
 当然のことながら、彼女自身と戦った経験もない。

 しかし、彼の動きは明らかにベレニスだった。

 その証拠に、彼が次にどう動くのかが手に取るように分かる。
 奇襲のように思える手ですら、ベレニスの思考を知るマルクには簡単に読めた。

 マルクは防御に徹し、一切攻撃をしなかった。
 最小限の動きだけで攻撃を受け止め、かわしていく。

 ヴィルジールが必死に繰り出す攻撃は、決してマルクに届くことはない。
 どんな剣も、拳も蹴りも、事前に打ち合わせたかのように、一瞬早く構えたマルクの防御に吸い込まれていった。
 マルクが、ヴィルジールの動きを引き出しているようですらある。
 周囲の者たちの目には、息ぴったりの二人が剣舞を舞っているように見えたかもしれない。

 もったいないな。
 このままじゃ、ベレニスの技は宝の持ち腐れだ。

 今のヴィルジールの剣は、さほど強化術を使わずとも弾き返せるほど軽い。
 攻撃速度も、脚力も腕力も、魔獣を相手にするなら全く足りない。
 しかし、勇者が過酷な実戦を積んで練り上げた対魔獣剣術の型は素晴らしかった。

 周囲の男たちの視線は王子に釘付けだ。
 アロイスら上級者たちは、その多彩な攻撃に唸った。
 一瞬たりとも見逃すまいと食い入るように見つめる者や、圧倒されて呆然となっている者も多かった。
 ロランなど数名は、ぶつぶつ呟きながら自分の剣を振って、王子の動きを我が物にしようとしていた。

 強化術を使いこなせるようになれば、彼は間違いなく強くなる。
 もしかすると、短時間なら俺と互角に戦えるほどに——。

 そう考えると、期待で背中がぞくぞくする。

「あははは。いいね、ヴィルジール殿下。すっごく、楽しいや!」

 片手で軽々と長剣を振り回しながら、彼の剣をすべて余裕で受け流す。

「くそっ! なぜだ!」

 マルクは単純に楽しかったのだが、ヴィルジールは挑発されたと感じたらしく、攻撃はさらに激しさを増した。
 苦し紛れか正当な剣術も交えてきたが、ここで戦法を変え突破口を探ろうとすることも、マルクにはお見通しだった。

「甘いな」

 真正面から正しく振り下ろされようとした剣の真下に、マルクが信じられないほどの速さで滑り込む
 そしてヴィルジールの右ひじを左手で掴むと高く持ち上げ、右手に握った長剣の刃を彼の首筋にぴたりとあてがった。

「うっ……」
「いい加減、気づいたらどうだ。ベレニスの剣を、俺が止められないはずがないんだよ?」

 マルクはヴィルジールの顎の下から彼を見上げてにやりと笑い、小声でそう告げる。
 ヴィルジールは観念したのか、眉間にしわを寄せて目を閉じた。

 ここで、勝負あったと見たアロイスが「手合わせやめぇい!」と声を上げ、二人を制止した。

「う……。はっ……」

 剣を手放したヴィルジールは、がくりと土に膝をついた。
 こちらに向いた大きな肩が激しく上下している。
 噴き出した汗がしたたり落ち、地面に水染みをいくつも作っていく。
 彼は息苦しさと屈辱感に耐えながら、声を振り絞った。

「どう……したら、君に一撃入れられる? どうしたら、勝てる……んだ」

 汗ひとつかいていないマルクは、王子を見下ろしながら冷ややかに言う。

「別に俺に勝てとは言ってないだろ。勝てるはずもないしな」
「だが、あと五日しか……」

 残酷なほどの実力の差を見せつけられ、かなり焦りがあるのだろう。

 周囲を取り囲んでいる男たちの大半は、ヴィルジールの事情を知らない。
 彼が魔王の生まれ変わりであることも、密かに『死の森』への遠征に同行しようと考えていることも。

 だから、その秘密を周囲に悟られないよう言葉を選ぶ。

「目標を見誤ってはいけない。殿下が本当に倒したい敵は、俺じゃないだろ? 殿下が信じるその剣は、間違いなく、殿下が目指す結果への最短の道だ。ただ、練度が全然足りていない」
「だが、もう……」
「いや。合同訓練はまだ五日ある」

 少々しゃくではあったが激励を込めて言うと、ヴィルジールが「えっ?」と顔を上げた。

 こめかみから頬へと伝った汗が、顎の下からぽたりと落ちた。
 額に貼り付いた銀の髪が艶かしい。
 逆光に目を細めながら、真意を問うようにじっと見上げてくる深い緑の瞳に、マルクは思わずどきりとなる。

「な、なんだよ!」
「いや。そうか。マルク副団長殿がそう言ってくれるのなら、自信を持っても良いのだな」

 ヴィルジールは嬉しそうに笑って立ち上がると、両膝の土を手で払った。

「別に、何も褒めてないだろ!」

 一歩近づく彼から、二歩後ずさる。

「そうだな。だが、君の言葉は愛ある鞭だろう?」
「はぁぁぁあ? 何ふざけたこと言ってんだよ!」

 今の彼は、マルクがマルティーヌであることを知っている。
 だから、こんな風に絡んでくるんだ。
 ほんっと、タチが悪い。

 マルクがぷいと視線をそらせると、鍛錬場の隅に、あまりこの場所で見かけることのない男の姿があった。

「あれ……は、バスチアン?」

 なんとなく妙な雰囲気になっていたその場から逃げ出す、絶好の機会だった。

「急用かもしれないから、行ってくる!」

 マルクは王子たちを放置して駆け出した。
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