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第6章 『死の森』への苦難の道
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「あー、もう! どうするのよぉ」
「マティ。心配しなくていいぞ」
後ろから聞こえてきた声に振り向くと、オリヴィエがテーブルの上にたくさんの小瓶を並べていた。
コルクで封をされた透明なガラス瓶に、どす黒い液体がたっぷり満たされている。
「それは……まさか、回復薬か」
マルティーヌより先に、ヴィルジールが顔をしかめて確認する。
「そうです。セレスが作ったものですので効果は抜群ですが、怪我の治癒はできませんので、くれぐれもお気をつけください」
「リーヴィ兄さまは、何か知ってたの?」
魔術師がいれば不要のはずの回復薬をしっかり準備していたことから、そう推測したのだが、長兄は首を横に振った。
「いや。セレスから回復薬を渡されただけで、何も聞かされていないんだ。だが、ジョエル殿と一緒に討伐に出て気づいたが、彼の物の見え方はどこか不可解だ。さっきだって、塀の向こうが見えていたってことだろう? その能力が何なのか、セレスが見極めてくれるだろうよ」
「見極めるって……」
新しいおもちゃを見つけたような次兄のはしゃぎっぷりに、実験台のように扱われることになるジョエルが気の毒に思える。
妹の心配を察してか、オリヴィエも肩をすくめた。
「殿下は、彼の能力について何かご存知なのでしょうか?」
「いや。遠視術と暗視術が使えることしか知らないな。昔から、妙に勘がいい奴だと思っていたが、もしかすると普通の人には見えないものが、見えているのかもしれない」
「壁の向こうの人とか? でもそれって、どんな能力なんだろう。索敵術とも違うよね?」
マルティーヌが問う長兄を見上げる。
「違うな。索敵術なら壁の向こうに人がいることは分かっても、それが誰かまでは見極められないからな」
「だよね。でも、ちょっと面白いかも?」
「ああ」
本当に壁の向こうを透かして見るようなことができるなら、ジョエルの能力は魔獣討伐に役立ちそうだ。
剣の腕だけでは実力が足りない彼を、『死の森』の遠征に連れて行ける可能性が出てくる。
もう暗視や遠視を使っても、完全に三人の姿は見えなくなった。
それこそ塀の向こう側に行ってしまったのだろう。
「よし。ジョエル殿のことは彼らに任せて、こちらも始めましょう。時間がもったいない」
「ああ、そうだな」
ヴィルジールは二、三度剣を振ってから、丸太幼獣に切り掛かっていった。
彼が剣を振るう時に放つ気合と、がつがつと丸太を叩き割る音、石のタイルに切れ端が落ちる音が、絶え間なく響く。
マルティーヌとオリヴィエは最初のうちは様子を見守っていたが、五分もしないうちにテーブルに戻った。
「殿下の動き、どう思う?」
椅子に戻ったマルティーヌが、七個目のお菓子を頬張りながら兄にたずねる。
「あいかわらず身体強化の使い方がなってない。あれじゃ、すぐにへばるだろう」
「だよねぇ」
全力で丸太幼獣に挑む姿勢は評価できる。
しかし、肉体的にも魔力的にも力が入りすぎだ。
攻撃に熱が入るのに比例して、全身から発散される魔力も増えてしまっている。
さほど多くもない彼の魔力が、大量に無駄遣いされているのだ。
ああ、もったいない。
もっと、魔力をコントロールできれば、戦闘能力は格段に上がるのに——。
歯がゆい思いをしながら見ていると、オリヴィエが「そろそろ行くか」と、テーブルの上の二本の瓶を手に立ち上がった。
ヴィルジールの足元がもたつき始めており、硬い丸太に弾き返される場面も増えてきた。
このまま続けると事故につながりかねない。
「そうね。セレス兄さまもいないから、もう、やめさせなきゃ危ないね」
マルティーヌも席を立った。
「マティ。心配しなくていいぞ」
後ろから聞こえてきた声に振り向くと、オリヴィエがテーブルの上にたくさんの小瓶を並べていた。
コルクで封をされた透明なガラス瓶に、どす黒い液体がたっぷり満たされている。
「それは……まさか、回復薬か」
マルティーヌより先に、ヴィルジールが顔をしかめて確認する。
「そうです。セレスが作ったものですので効果は抜群ですが、怪我の治癒はできませんので、くれぐれもお気をつけください」
「リーヴィ兄さまは、何か知ってたの?」
魔術師がいれば不要のはずの回復薬をしっかり準備していたことから、そう推測したのだが、長兄は首を横に振った。
「いや。セレスから回復薬を渡されただけで、何も聞かされていないんだ。だが、ジョエル殿と一緒に討伐に出て気づいたが、彼の物の見え方はどこか不可解だ。さっきだって、塀の向こうが見えていたってことだろう? その能力が何なのか、セレスが見極めてくれるだろうよ」
「見極めるって……」
新しいおもちゃを見つけたような次兄のはしゃぎっぷりに、実験台のように扱われることになるジョエルが気の毒に思える。
妹の心配を察してか、オリヴィエも肩をすくめた。
「殿下は、彼の能力について何かご存知なのでしょうか?」
「いや。遠視術と暗視術が使えることしか知らないな。昔から、妙に勘がいい奴だと思っていたが、もしかすると普通の人には見えないものが、見えているのかもしれない」
「壁の向こうの人とか? でもそれって、どんな能力なんだろう。索敵術とも違うよね?」
マルティーヌが問う長兄を見上げる。
「違うな。索敵術なら壁の向こうに人がいることは分かっても、それが誰かまでは見極められないからな」
「だよね。でも、ちょっと面白いかも?」
「ああ」
本当に壁の向こうを透かして見るようなことができるなら、ジョエルの能力は魔獣討伐に役立ちそうだ。
剣の腕だけでは実力が足りない彼を、『死の森』の遠征に連れて行ける可能性が出てくる。
もう暗視や遠視を使っても、完全に三人の姿は見えなくなった。
それこそ塀の向こう側に行ってしまったのだろう。
「よし。ジョエル殿のことは彼らに任せて、こちらも始めましょう。時間がもったいない」
「ああ、そうだな」
ヴィルジールは二、三度剣を振ってから、丸太幼獣に切り掛かっていった。
彼が剣を振るう時に放つ気合と、がつがつと丸太を叩き割る音、石のタイルに切れ端が落ちる音が、絶え間なく響く。
マルティーヌとオリヴィエは最初のうちは様子を見守っていたが、五分もしないうちにテーブルに戻った。
「殿下の動き、どう思う?」
椅子に戻ったマルティーヌが、七個目のお菓子を頬張りながら兄にたずねる。
「あいかわらず身体強化の使い方がなってない。あれじゃ、すぐにへばるだろう」
「だよねぇ」
全力で丸太幼獣に挑む姿勢は評価できる。
しかし、肉体的にも魔力的にも力が入りすぎだ。
攻撃に熱が入るのに比例して、全身から発散される魔力も増えてしまっている。
さほど多くもない彼の魔力が、大量に無駄遣いされているのだ。
ああ、もったいない。
もっと、魔力をコントロールできれば、戦闘能力は格段に上がるのに——。
歯がゆい思いをしながら見ていると、オリヴィエが「そろそろ行くか」と、テーブルの上の二本の瓶を手に立ち上がった。
ヴィルジールの足元がもたつき始めており、硬い丸太に弾き返される場面も増えてきた。
このまま続けると事故につながりかねない。
「そうね。セレス兄さまもいないから、もう、やめさせなきゃ危ないね」
マルティーヌも席を立った。
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