【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第6章 『死の森』への苦難の道

合否の報(1)

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 西の空を彩るオレンジ色が宵闇の色にかき消され、夜風が肌に寒く当たる。
 しかし、ラヴェラルタ騎士団の鍛錬場には、多くの人々が集まり熱気に満ちていた。

 ヴィルジール殿下の鷹翼騎士団との二週間に及ぶ合同訓練は、本日夕方に終了した。
 彼らは明日の早朝に帰路の途につくことになっており、この夜は、ラヴェラルタ辺境伯主催の送別会が行われていた。

 参加しているラヴェラルタ騎士団の団員は、鷹翼騎士団と行動を共にすることが多かった第一から第三部隊の主な面々と一部の魔術師、朝の肩慣らしの相手をしていた若手たち。
 殿下の騎士団を合わせると、二百人近い男たちが集まっていた。

 鍛錬場の隅にいくつもの焚き火が作られ、肉の焼ける香ばしい匂いと、少し目に染みる煙が充満している。
 串に刺されて炙られている大量の肉は、討伐演習で仕留めた獲物たちだ。
 エールやワインの入った樽がいくつも用意され、ラヴェラルタ家の厨房からも、大皿に盛り付けられた料理が次々と運ばれてきていた。

 ヴィルジールが冷えたエールの入ったジョッキを手に、熱々の二本目の串にかじりついていると、会場の様子を見にきたラヴェラルタ家当主、グラシアンに声をかけられた。

「どうですかな? ご自身で狩られた単眼兎ルスクスレプスの味は」
「ただ焼いて塩を振っただけなのに、なかなか美味だな。このような旨味のある肉は、王都ではまず食べられない」
「そうでしょう。そうでしょう」
「このまま帰るには名残惜しいのだが」

 ヴィルジールはちらりと意味ありげな視線を辺境伯に向けた。

「長期の合同演習でお疲れでしょう。今晩はどうぞ英気を養ってください。酒でも料理でも、足りないものがありましたら、ご遠慮なくお申しつけください」

 辺境伯は、王子が何を探ろうとしているのか分かっているはずなのに、その意を汲もうとはしなかった。
 言質を取られるような迂闊な言葉も出さない。
 朗らかに言って頭を下げると、その場から立ち去っていった。

「ふぅ……。やはり駄目か」

 マルティーヌ嬢はあの日、「殿下を『魔王城』に連れて行くかどうかは、五日後に判断する」と言った。
 彼女は約束通り、毎晩鍛錬に付き合ってくれた。
 おかげで、まだ不安定ながらも魔力の制御ができるようになり、戦闘力は格段に上がった。
 中庭に設置された丸太幼獣程度なら、もう苦労することはない。

 しかし、合同訓練の日程をすべて消化したというのに、いまだに彼女から返事は聞けていなかった。

 昨晩の夕食後、マルティーヌに返答を迫ったが「一晩考えさせて」と言われてしまった。
 今朝マルクに会ったときは、周囲の目もあって、挨拶程度の会話しかできなかった。

 今日の討伐訓練中、機会をみつけてオリヴィエに聞いてみたところ「妹は、まだ悩んでいるようだ」という話だった。
 セレスタンは「殿下はいらない。ジョエルだけ置いて帰って」と言い放った。

 どうやら側近のジョエルは、この国トップクラスの魔術師に認められたようだ。

 だが、俺は——?

 やれることはやった。
 お互い本気で刃を交えたら、今の俺はロランには負けない。
 しかし、アロイスやクレマンには敵わない。
 オリヴィエにも届かない。

 それではやはり、足りないのか……?

 判断するのはマルティーヌだ。
 彼女の判断に従うつもりではあるが、落ち着かなかった。
 このまま、何の返答ももらえなかったら、それは不合格という意味なのだろう。
 すごすごと王都に戻るしかない。

 最初の乾杯時、マルクは自分や団長のオリヴィエと共に、集まった騎士の前に立っていた。
 しかしその後、ラヴェラルタ騎士団の騎士からの挨拶を受けたり、握手を求められたりしているうちに、彼はどこかに消えてしまった。

「マルクは今、どこにいる」

 主に問われ、ジョエルは周囲を見回した。

「近くにはいらっしゃらないようですね」

 ジョエルは遠視術と暗視術を駆使して、周囲の暗がりにまで視界を広げた。

「あっ、いました! あの管理棟の二階の……おそらく、団長室ですね」
「団長も一緒か?」

 そういえば、オリヴィエの姿も先ほどから見かけない。

「ええ……と。そうですね、ご一緒です。あと、セレスタン殿も」

 ジョエルが気を利かせて、もう一人の副団長の情報も付け加えた。

「そうか。何をやっている」
「どうでしょう……? セレスタン殿が机につっぷしていますね。早くも飲み過ぎられたのでしょうか。あとのお二人は彼のそばに立ってますが、何をしているのかまでは分かりません」
「……ったく、何をやってるんだ。もう、時間がないというのに」

 ヴィルジールはいらいらしながら串に刺さった最後の一切れを歯で挟むと、一気に串を抜き去った。

 セレスタンとバスチアンによって見出されたジョエルの能力は『標的視術』。
 どんな魔術本にも同様の例がなかったため、セレスタンが名付けた。

 『標的視術』は視界の中に標的とする人間や動物がいた場合、間にどんな障害物があろうともその姿を直接視ることができる。
 遠視術や暗視術と同時発動させれば、遠く離れていても暗闇でも、標的を見つけることができるのだ。

 ジョエルは最初、大勢の男たちが酒を酌み交わして盛り上がる人混みに目を向けた。
 体格の良い男たちの中に小柄なマルクが紛れていたら、普通の人間には見つけることが難しいが、ジョエルは即座に「いない」と判断した。
 そして、遠く離れた管理棟の中にいるマルクの姿を、壁を透視して直接視たのだ。

 最初はマルクだけを標的としていたから、二人の兄が一緒にいても彼らの姿は視えなかった。
 ヴィルジールに問われたことで、オリヴィエの姿を捉え、自分で意識したことによってセレスタンも視えた。

「お前の視力は、本当に便利だな」

 ヴィルジールが嫉妬まじりに言う。

「索敵術と違って、具体的に標的を定めて視ない限りは視えませんから、用途は限られますよ。全く未知のものは探せませんし」

 だから、知らない魔獣が近くに潜んでいても視えない。
 しかし、姿を知っている巨躯魔狼であれば、深い森の奥に潜んでいても、遠視術の届く距離ならその姿を捉えられるのだ。

「そういえば、子どもの頃、お前とかくれんぼをしてもすぐに見つかったのは、標的視術を使っていたのだな」
「ああ、そういえばそうですね。無意識に使っていたのでしょう。……あっ!」
「どうした」
「マルク殿が来ます」

 ジョエルは管理棟のある方向を指差した。
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