【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第7章 『死の森』の奥地に残されたもの

ヴィルジールの初陣(1)

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 ラヴェラルタ騎士団は「死の森」への大規模遠征を前に、三つの特別部隊に再編成された。

 『魔王城』を目指す精鋭部隊は総勢十八名。
 マルクの秘密を知る現役騎士と魔術師全員が招集され、ウィルジールとジョエルも加わった。
 メンバーにはヴィルジールの同意のもと、彼の秘密と、『魔王城』攻略の真の目的が明かされた。

 『死の森』の中にある騎士団の拠点から、森の奥へと侵攻する討伐部隊は約二百名。
 マルクが指導していた若手からは、ロラン他三名が抜擢された。

 残りの約五百名は、討伐隊の攻撃を逃れてきた魔獣たちを迎え撃つ守備隊。
 『死の森』周辺から森の浅いエリアを担当する。

 隣国ザウレン皇国のハイドリヒ騎士団にも今回の遠征計画を伝えており、皇国側に逃れた魔獣を討伐するための特別体制が敷かれていた。



 『死の森』への大規模遠征が展開されて四日目の早朝。
 精鋭部隊は森の中の拠点を後にし、『魔王城』への侵攻を開始した。
 ヴィルジールの持つ記憶を元に作成した地図から推測すると、目的地までは徒歩で一週間程度かかる見込みだ。
 魔獣の襲撃を受けて足止めされることを考えれば、十日以上かかるだろう。

 午前中は、討伐作戦が進む騎士団の拠点から近い場所ということもあり、魔獣の出現も少なかった。
 これまで騎士団が立ち入ることのなかったエリアを目前にして、少し早めの昼食を摂ることにする。

 大木を背にして座ったマルクの両隣には、従兄弟という設定になっているはずの二人の兄が当たり前のように座っていた。
 団長と二人の副団長であるから、職責として一緒にいてもおかしくはないのだが、そういう理由ではないことは皆分かっていた。

 マルクらの隣の大木には、ラヴェラルタ騎士団の地味な濃緑の隊服を身につけたヴィルジールとジョエルが並び、チーズを挟んだだけのパンをかじっていた。

 彼らはヴィルとジョーという名で呼ばれ、騎士団の一団員という扱いとなっている。
 上下関係や身分の差は一切なしだ。

「あの日は本当に、ひどい目に遭った」

 ヴィルジールがマルクに恨みがましい目を向けて、こう切り出した。

「あの日? ……って、どの日のこと?」

 とぼけているつもりはないのだが、心当たりがありすぎて分からない。
 ここに至るまで、彼にかなりの無理を強いてきた自覚はあるから、恨まれても仕方がない。

「あの日だ。送別会の」
「ああ、あれかぁ。一瞬のことだったし、証拠は何も残っていない。完全犯罪だっただろ?」

 マルクがにやりと笑った。



 あの日は、もう半月近く前のことになる。
 合同訓練最終日の送別会で、第四王子が突然原因不明の病に倒れたのだ。

 側近のジョエルは、慌てて最も優秀な魔術師であるセレスタンの姿を探したが、彼は遠く離れた管理棟の中におり、倒れた主を放置して呼びに行くことはできなかった。
 自分が所属する騎士団の中にも、それなりに治癒術が使える者がいるから、酒を酌み交わし盛り上がる集団の中に彼らの姿を探した。

「ドミニク! ランベール! すぐに来てくれ! 殿下が倒れられた! 早くっ!」

 必死に叫ぶと、名を呼ばれた二人とラヴェラルタの魔術師三人が、すぐに駆けつけた。

「殿下! ヴィルジール殿下! しっかりなさってください! 私の声が聞こえますか」
「すごい熱だ。一体何があったんだ」
「私にも分かりません。さっきまでお元気だったんですが、突然倒れられて……」

 ジョエルは首を横に振ったが、先ほどのマルクとの接触に関係があることには、うすうす気づいていた。

 ヴィルジールは倒れる直前「返事をもらった」と言っていた。
 「この後の指揮を任せる」とも。
 だから、殿下がこの状況を受け入れているのだと判断し、最有力容疑者の名は出さなかった。

 五人の治癒術の使い手たちが、代わる代わる第四王子の状態を調べ治療を試みる。
 呼吸や脈拍は正常。
 発汗もない。
 ただ、体温だけが異常に高かった。
 体内の魔力が大きく乱れているものの、体調が悪い時は魔力にも影響が出るものだから、それが原因なのか結果なのか判断がつかない。
 おそらく何らかの病であろうが、魔術では病を癒すことはできないため、高熱によって体力が奪われないよう、回復術を施すしか手の打ちようがなかった。

 さっきまで酒を楽しんでいた男たちの酔いはすっかり醒め、真っ赤な顔色をして倒れた王子と、彼を必死に介抱する者たちを心配そうに取り囲んでいた。

 そこに、知らせを聞いたオリヴィエとセレスタンが駆けつけた。

 この国トップクラスの魔術師は、ヴィルジールをしばらく診察した後、深刻そうに病状を説明した。

「殿下のこの症状は、おそらく、先日襲ってきた黒い魔鳥がもたらした病だ。この地に長く住む者であればかかることはないが、王都でお育ちになった殿下には免疫がなかったのだろう。特に治療法はないが、ゆっくり静養すれば必ず良くなるから心配はいらない」
「そうか。だったら、回復されるまで、ラヴェラルタ家で殿下をお預かりしよう」

 オリヴィエもそう提案し、王子はラヴェラルタ辺境伯邸に運ばれることとなった。

 セレスタンが見立てた療養期間は二、三ヶ月。
 ジョエルを除く鷹翼騎士団の騎士らは、その診断書を持って、翌早朝に帰路についた。

 鷹翼騎士団の出立後、マルティーヌが王子を見舞った直後、彼の容体は劇的に回復した。

 意識を取り戻した彼にも、彼の部下らと同様の病状と原因の説明がなされた。
 しかし、ヴィルジールにとって、到底納得がいく内容ではなかった。

 何をされたのかまでは分からなかったが、マルクの仕業であることは明らかだ。

 しかし、その後討伐準備で慌ただしくなり、真相を問いただす機会のないまま今に至った。
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