107 / 216
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
(2)
しおりを挟む
「あぁ、あれは確かにひどいよね。全身が熱くて熱くない炎に包まれたように感じるんだ。全身のコントロールができなくなって、その後、燃え尽きて消し炭になったように……」
セレスタンがなぜか楽しそうに言う。
「そうそう……。いや待て、セレス。お前もあれを経験したことがあるのか?」
「あるよ。っていうか、僕がマルクに提案して、僕自身が実験台になったんだ。一番効果的な魔力の壊し方はどれか……とか、死なないぎりぎりレベルはどこかってね」
「くそっ! また、お前か!」
ヴィルジールが思わず叫んだ。
容赦ない拘束魔術や、毒薬かと思うほどの衝撃的な味の回復薬。
彼は妹が絡むと、あからさまな悪意、ともすると殺意まで向けてくるとんでもない魔術師なのだ。
またしても彼にやられたのかと思うと腹立たしい。
「いや、あれは我々も焦りましたよ」
「俺らはヴィルが遠征に同行しようと考えていたことすら、知らなかったんだぜ?」
ヴィルジールと行動を共にすることが多かったアロイスやクレマンも不満気だ。
王子の事情と思惑を全て知っていたのは、兄妹以外ではバスチアンだけだったが、その彼も、干し肉を噛みちぎりながら苦笑した。
「俺は話は聞いていたけど、合否までは聞かされてなかったんだよ。ま、王子様がぶっ倒れちまったのを見て、合格したんだって直感したけどな」
「だってさぁ、敵を欺くには味方からって言うだろ?」
仲間達の不平不満をセレスタンがすました顔で受け流す。
「確かに、そうだがなぁ」
実際、鷹翼騎士団の騎士らはもとより、ラヴェラルタ騎士団の者たちも、ヴィルジールの急病の原因を一切疑わなかった。
おかげで、送迎会の夜の緊迫した状況を作り出したのだ。
王都に戻ったヴィルジールの部下達は、第四王子の病状を深刻な顔で報告したはずだから、王子がラヴェラルタ辺境伯領で長い療養生活を送っていると、今も信じられているはずだ。
オリヴィエが「あれは仕方がなかったんだ」と弁明を切り出す。
「ヴィルが『死の森』に同行したいと言い出した時、どうやってこっちに残るつもりかと聞いたんだ。そうしたら彼は「どうにかなる」の一辺倒で……。まさか、鷹翼騎士団全員を残す訳にはいかないし、彼らだけを帰すのも難しい。手っ取り早いのが、病気になってもらうことだったんだ」
兄の話をセレスタンがうきうきとした顔で「だってさぁ」と引き継ぐ。
「ただの仮病じゃ、魔術の心得のある者には見抜かれてしまうだろう? ヴィルの騎士団にもそこそこできる奴がいたんだしさ。彼らに絶対バレない方法を模索した結果が、マルクの他者への強化術の応用だったんだ。おかげで僕は、実験中に何度か死にかけたよ」
そう言って隣から頬をつつくものだから、マルクがムッとなる。
「だって、加減が難しかったんだよ。うっかり王子様を殺してしまったら大変じゃないか!」
「ええぇぇ? 僕なら殺してもいいのぉ? お前に殺されるなら本望だけどね」
「だいたい、あの方法を思いついたのはセレスだろ!」
じゃれ合っているような二人の副団長を見ながら、ジョエルはふと思い出す。
「まさか、あの時……?」
あの事件直前、彼は標的視術で遠く離れた管理棟にいる三人の様子を探った。
セレスタンが机につっぷしているのを見て、酒に酔ったのだろうと気楽に思っていたのだが、実は死にかけていたのだ。
そこまで体を張ってくれていたことに、側近としては感謝しかなかった。
「おかげで、自然な形で我々だけが残ることができました。もともと殿……ヴィルは、遠征に同行が許されたら、横暴ぶりを発揮して無理やりラヴェラルタ領に残るつもりだったのです。そうしなくて済んで本当に助かりました」
彼は主をヴィルと呼ぶことにまだ慣れないようだが、言葉はなかなか辛辣だ。
これまで、王子の行動にかなり苦労してきたのだろうと、周囲の者たちは同情の目を向けた。
「俺にとってもいい収穫だったよ。俺は攻撃術は使えないけど、直接触れれば相手を倒すことができることが分かったし。超接近戦で役立ちそうだ」
マルクは満足そうに言うと、道中で収穫したベリーをデザートがわりに頬張った。
指一本でヴィルジールを昏倒させた術は、ヴィルジールの腕に触れて魔力をコントロールした経験をセレスタンに話したことがきっかけだ。
「魔力を整えることができるんなら、壊すこともできるんじゃない?」と指摘され、兄を相手に実験を繰り返して習得した。
自分の魔力消費量はごく僅か。
体外に魔力が漏れ出すことがない特殊体質も幸いし、誰にも気付かれずに手を下すことができる、まるで暗殺術だ。
人間相手では加減が難しいが、魔獣相手なら容赦はいらない。
これまで、膨大な魔力を持っていても、身体強化にしか使えないことがコンプレックスだったから、攻撃に応用できることが嬉しかった。
「それならひと思いに首を落とされた方が、魔獣だってよほど幸せだろうよ」
死ぬかと思うほどの散々な思いをしたヴィルジールは、ご機嫌のマルクに冷ややかな目を向けた後、ぐるりと周囲を見渡した。
セレスタンがなぜか楽しそうに言う。
「そうそう……。いや待て、セレス。お前もあれを経験したことがあるのか?」
「あるよ。っていうか、僕がマルクに提案して、僕自身が実験台になったんだ。一番効果的な魔力の壊し方はどれか……とか、死なないぎりぎりレベルはどこかってね」
「くそっ! また、お前か!」
ヴィルジールが思わず叫んだ。
容赦ない拘束魔術や、毒薬かと思うほどの衝撃的な味の回復薬。
彼は妹が絡むと、あからさまな悪意、ともすると殺意まで向けてくるとんでもない魔術師なのだ。
またしても彼にやられたのかと思うと腹立たしい。
「いや、あれは我々も焦りましたよ」
「俺らはヴィルが遠征に同行しようと考えていたことすら、知らなかったんだぜ?」
ヴィルジールと行動を共にすることが多かったアロイスやクレマンも不満気だ。
王子の事情と思惑を全て知っていたのは、兄妹以外ではバスチアンだけだったが、その彼も、干し肉を噛みちぎりながら苦笑した。
「俺は話は聞いていたけど、合否までは聞かされてなかったんだよ。ま、王子様がぶっ倒れちまったのを見て、合格したんだって直感したけどな」
「だってさぁ、敵を欺くには味方からって言うだろ?」
仲間達の不平不満をセレスタンがすました顔で受け流す。
「確かに、そうだがなぁ」
実際、鷹翼騎士団の騎士らはもとより、ラヴェラルタ騎士団の者たちも、ヴィルジールの急病の原因を一切疑わなかった。
おかげで、送迎会の夜の緊迫した状況を作り出したのだ。
王都に戻ったヴィルジールの部下達は、第四王子の病状を深刻な顔で報告したはずだから、王子がラヴェラルタ辺境伯領で長い療養生活を送っていると、今も信じられているはずだ。
オリヴィエが「あれは仕方がなかったんだ」と弁明を切り出す。
「ヴィルが『死の森』に同行したいと言い出した時、どうやってこっちに残るつもりかと聞いたんだ。そうしたら彼は「どうにかなる」の一辺倒で……。まさか、鷹翼騎士団全員を残す訳にはいかないし、彼らだけを帰すのも難しい。手っ取り早いのが、病気になってもらうことだったんだ」
兄の話をセレスタンがうきうきとした顔で「だってさぁ」と引き継ぐ。
「ただの仮病じゃ、魔術の心得のある者には見抜かれてしまうだろう? ヴィルの騎士団にもそこそこできる奴がいたんだしさ。彼らに絶対バレない方法を模索した結果が、マルクの他者への強化術の応用だったんだ。おかげで僕は、実験中に何度か死にかけたよ」
そう言って隣から頬をつつくものだから、マルクがムッとなる。
「だって、加減が難しかったんだよ。うっかり王子様を殺してしまったら大変じゃないか!」
「ええぇぇ? 僕なら殺してもいいのぉ? お前に殺されるなら本望だけどね」
「だいたい、あの方法を思いついたのはセレスだろ!」
じゃれ合っているような二人の副団長を見ながら、ジョエルはふと思い出す。
「まさか、あの時……?」
あの事件直前、彼は標的視術で遠く離れた管理棟にいる三人の様子を探った。
セレスタンが机につっぷしているのを見て、酒に酔ったのだろうと気楽に思っていたのだが、実は死にかけていたのだ。
そこまで体を張ってくれていたことに、側近としては感謝しかなかった。
「おかげで、自然な形で我々だけが残ることができました。もともと殿……ヴィルは、遠征に同行が許されたら、横暴ぶりを発揮して無理やりラヴェラルタ領に残るつもりだったのです。そうしなくて済んで本当に助かりました」
彼は主をヴィルと呼ぶことにまだ慣れないようだが、言葉はなかなか辛辣だ。
これまで、王子の行動にかなり苦労してきたのだろうと、周囲の者たちは同情の目を向けた。
「俺にとってもいい収穫だったよ。俺は攻撃術は使えないけど、直接触れれば相手を倒すことができることが分かったし。超接近戦で役立ちそうだ」
マルクは満足そうに言うと、道中で収穫したベリーをデザートがわりに頬張った。
指一本でヴィルジールを昏倒させた術は、ヴィルジールの腕に触れて魔力をコントロールした経験をセレスタンに話したことがきっかけだ。
「魔力を整えることができるんなら、壊すこともできるんじゃない?」と指摘され、兄を相手に実験を繰り返して習得した。
自分の魔力消費量はごく僅か。
体外に魔力が漏れ出すことがない特殊体質も幸いし、誰にも気付かれずに手を下すことができる、まるで暗殺術だ。
人間相手では加減が難しいが、魔獣相手なら容赦はいらない。
これまで、膨大な魔力を持っていても、身体強化にしか使えないことがコンプレックスだったから、攻撃に応用できることが嬉しかった。
「それならひと思いに首を落とされた方が、魔獣だってよほど幸せだろうよ」
死ぬかと思うほどの散々な思いをしたヴィルジールは、ご機嫌のマルクに冷ややかな目を向けた後、ぐるりと周囲を見渡した。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。
越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる