【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第7章 『死の森』の奥地に残されたもの

(3)

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「それはそうとして、あれが気になって仕方がないのだが」

 休憩する十八人を取り囲むように、明らかな異変が起きていた。

 しかし、誰一人それを指摘しない。
 のんびりと昼食を摂っているか、談笑しているか、早く食べ終えて短時間の仮眠をとっている者までいる。

「あははは。あれは気にしたら負けだわよ!」

 ヴィルジールの懸念を豪快に笑い飛ばしたのは、精鋭部隊の中でマルクを除けば唯一の女性、パメラ。
 バスチアンと同年代のベテランだ。
 聖結界術に特化した魔術師の彼女は、運動神経が皆無のため戦闘には参加できないが、観戦することが大好きな戦闘狂だ。

「とにかく今は、食べ過ぎない程度にしっかり昼食を摂って、体を休めることが大事さね」
「まだ初日。先は長いんだ。あせっても仕方あるまい」

 弓師のジュストがのんびりした口調で言うが、弓弦の張り具合を調整しているところを見ると、この後の展開を見越して準備しているのだろう。

 ヴィルジールがちらりと隣に視線を向けると、ジョエルもこわばった顔をしていた。
 彼も、今の状況についていけないようでほっとする。

「なぜ、皆、こんなに冷静なんだ」
「彼女の結界術への厚い信頼と、後は……経験の差なのでしょうね」

 休憩に入る前、パメラは仲間全員を取り囲むように半球状の聖結界を張った。
 聖結界には様々な強度があるが、なるべく狭い範囲を半球状に覆う今回の結界が最強なのだという。
 今は、内部からも外部からも、何者もこの結界を通り抜けることはできない。

 先ほどまでは数頭の赤魔狼レドルプスが結界の周囲をぐるぐると回っていただけだったが、いつの間にか数十頭の群れに取り囲まれていた。
 すでに目視では数を確認できないほどの数だ。
 獣たちは見えない壁に前足をかけて立ち上がったり、鼻先を押し当てて牙を剥いたりしている。
 ときどき、体当たりを試みているが、頑強な壁に弾き飛ばされていた。

 この後、間違いなく、奴らと戦闘になる。

 ヴィルジールはとっくに味を感じなくなっていたパンをなんとか食べきって、緊張を逃すために大きく息をついた。



 最初の赤魔狼が姿を現してから半刻ほど。
 たっぷり昼休憩をとった後、オリヴィエが立ち上がって大きく伸びをした。

「さぁて、そろそろ行こうか」

 その一言で、緊張感が走る。

「セレス、敵の数はどれくらいだ?」

 団長に問われ、セレスタンは索敵術を行使する。
 索敵術は周囲の魔獣の魔力を感知し、その数や方向、距離を測ることができる。
 しかし、魔力の大きさから、どんな魔獣が潜んでいるのかを推測することはできるものの、断定はできない。

「そうだなぁ、周囲を囲んでいるのはざっと八十頭かな。あと、あの方向の木の上に、おこぼれを待つ集団が二十頭ほど」

 セレスタンが説明しながら、ジョエルに問うような視線を向ける。

 ジョエルはしばらくの間、視線を遠くに向けた後、「視えません」と残念そうに首を横に振った。
 つまり、彼の知らない魔獣だということだ。

「まぁ、木の上にいる群れなら、ここらあたりだと黒鎧猿ニグシミアだろうな」
「ちょっと面倒くさい相手だな」
「知恵が回るもんなぁ。だけど、一頭倒せれば大抵逃げていくぜ?」

 男たちが口々に言いながら、パメラの周囲に荷物を集め始めた。
 戦闘時には全く役に立たない彼女は、これから自分自身と荷物だけを結界で守るのだ。

 そんな中。

「俺、今回見学する!」

 大木にもたれて座ったまま、右手を上げてあっけらかんと宣言するマルクに、ヴィルジールはぎょっとなった。
 これほどの魔狼の大群に取り囲まれていうのに、この隊で最強の彼が戦闘に参加しないなどあり得ない。

「じゃあ、僕もマルクと一緒に見てるよ」

 さらに最強魔術師までが戦闘を放棄した。

 しかし団長は「よし、分かった」と頷くし、他の騎士も平然と準備を進めているのだ。
 この状況に納得がいかないヴィルジールが、並んで座ったまま動かない二人を睨んだ。

「なぜ二人ともサボろうとするんだ」

 真顔の彼にマルクがくすりと笑うと、こともなげに言う。

「経験を積むのに手頃な相手なのに、俺らが出て行ったらもったいないだろう?」
「手頃な相手……? 赤魔狼がか?」
「そ。実際に剣を振ってみたら分かるよ。今のヴィルは、以前赤魔狼に苦戦したヴィルジール殿下とは違うから。それに、周りは全員ラヴェラルタ騎士団の精鋭部隊だ。赤魔狼なんて雑魚、瞬殺なんだよ」

 マルクはヴィルジールのために休むのだと言いたげだ。

 確かに彼は巨躯魔狼ですら一撃で倒せるのだから、赤魔狼など腹ごなしにもならないのだろう。
 他の精鋭部隊の面々にも余裕が見て取れる。

 ヴィルジールは知らなかったが、この二人を温存し強敵に備えることは、実戦ではよくあることなのだ。

「そうか、分かった」

 その程度の敵に怯んでいる自分が恥ずかしくなり、ヴィルジールがふいと視線をそらせた。
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