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第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
足元に絡む策略(1)
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その場の者たち全員が落ち着いたところを見計らって、オリヴィエがセレスタンに声をかける。
「セレス。お前、マルクに聞きたいことがあったんだろ?」
「ああ、そうだった。マルクは……いや、ベレニスは魔法陣について何か知らないか?」
「魔法陣? なにそれ?」
マルクのきょとんとした反応を見て、セレスタンががっくりと肩を落とす。
「……やっぱり、知らないかぁ」
「ヴィルは何か知ってる?」
「いや。俺もさっきセレスに聞かれたが知らなかった。魔王自身、魔術について何の知識を持っていなかったからな。何かを見ていたとしても分からない」
マルクはセレスタンに視線を戻す。
「それって、どんなものなの?」
「昔、魔術を発動させるのに使っていたもので、円の中にいろんな図形や文字を組み合わせて描いたものらしいんだけど、詳しい記録が残ってなくてね。正確には分からないんだ。ベレニスなら何か覚えていないかと思ってさ」
「それが、この床と関係あるの? 石が円形に敷きつめられているから?」
「共通点はそこだけなんだけど、石を割ると同時に魔力が消失したんだから、何かあると考えていいだろ?」
「そうだね。でも、うーん」
必死に記憶を掘り起こしてみても、四百年前も今も、魔術の使い方はさほど変わらないように思う。
ベレニスのパーティには魔術師のアンナと魔導師のチェスラフがおり、用途は違えど二人とも魔術を使っていた。
しかし、魔獣討伐の現場では、図形や文字を描くなどという悠長なことをやっていられない。
人差し指や掌、全身などに魔力を集めて瞬時に発動させていた記憶しかなかった。
博識で研究熱心だったチェスラフなら何か知っていたかもしれないが、剣士のベレニスに魔術の知識を問われても無理だ。
「呪術師のおばあさん……おそらくラウルの祖母だな。彼女が、魔除けの図形を描いていた記憶があるが」
アロイスが記憶を手繰り寄せるように言う。
判明したばかりであるが、彼もまた四百年前の記憶を持っているのだ。
「知ってるのか! それは、どんなのっ?」
セレスタンの鼻息が荒くなる。
「そうだな……円の中にいろんな図形が緻密に描かれていて、文字もびっしりと書かれている。見た目にも美しくて芸術品のような感じ」
「それだぁ! どうやって使うんだ!」
「家の扉に貼ってあったことをよく覚えてる」
「他には?」
「あと、腐らないようにって野菜の下に敷いてたりしてたな。魔獣に出くわさないように懐に入れたりとか……。効果があったかどうか分からないが」
「なんだ……」
ずいぶんと素朴な用途にマルクは拍子抜けする。
さすがに、魔獣を召喚する大規模な術と、野菜が腐らないようにする地味な術が同じものだとは思えない。
セレスタンが疑う魔法陣なるものとは、別物ではないかと思うのだが、兄の興奮は治らない。
アロイスが思わず後ずさりするほど、ぐいぐい迫っていく。
「じゃあさ、じゃあさ、その魔法陣そのものは魔力を持つのか?」
「どうだろう。ラウルが幼い頃のことだからよく覚えていないが、その紙に魔力があったら、彼は気づいたんじゃないかな。彼にもそれなりに魔力はあったから。だが、不思議な模様を描いた紙だという認識しかなかった」
「そうか。魔力は感じないんだな! よしっ!」
セレスタンが目を輝かせて両手の拳を握ったものだから、オリヴィエが期待する。
「セレス、何か分かったのか」
「いや、魔法陣に魔力がないんだったら、僕がこの仕掛けに気づかなくても仕方がないよなぁって」
「……なんだ。責任逃れしたかっただけかよ」
兄が肩をすくめると、弟はにやりと笑った。
「これは僕の想像だけど、魔法陣はただの図形と文字が書かれている指示書のようなもので、魔法陣そのものには魔力がないんだよ。おそらく、たくさん書き込むことで複雑で大掛かりな仕掛けも可能になるんだと思う」
「じゃあ、アロイスが言ってるおまじないと同じなの?」
「考え方は同じだね。設定された条件が満たされた時、術が発動するんだと思う」
扉に貼った魔法陣は好ましくない存在が近づいた時に、家を防御するよう作動する。
同様に、魔王が円の中にいるときに、魔王だけを閉じ込める透明な壁を出現させる。
魔王が魔力を放出した時に、魔獣が棲む別の世界に通じる穴を開く。
おそらくこの大きな石の床に、複数の複雑な指示が書かれているのだろうと、セレスタンは説明する。
「今回、術が発動するきっかけとなったのは、外部からの魔力の感知だったんじゃないかな。魔力を持った人間が足を踏み入れた時か、魔力による攻撃を受けた時。その魔力を動力として利用して、魔法陣が動いたんだ」
腕を組み難しい顔をして聞いていたヴィルジールが口を挟む。
「だが、魔法陣そのものに魔力がないのなら、どうやって、さっきの穴が出現したんだ? どこからか膨大な魔力が供給されなければ、ああはならんだろう。四百年前なら、同じ場所に魔王がいたから可能だったが……」
彼の持つ記憶では、魔王の身体から魔力が放出されたときにあの穴が開き、魔力を使い切った時に穴が閉じるのだ。
しかし、今ここに魔王はいない。
それなのに突如、円の中心に魔力が現れたのだ。
長時間、巨大な魔虫を吐き出し続けることができる凄まじく強大な魔力が。
「おそらく、四百年前に描かれた魔法陣を、そこに椅子がなくても魔力が供給できるように描き換えたんだろう」
「ええっ、椅子ぅ? 魔王じゃなくて?」
セレスタンの説明を遮るように、マルクがすっとんきょうな声を上げた。
あんなに重いものを持ち去ったくらいだから、椅子も重要な何かだとは思っていたけど。
まさかの、椅子が黒幕?
ベレニスは椅子を破壊しておくべきだったの?
そんなこと、考えもしなかった……。
「うん。魔力を持っていたのは、おそらく椅子の方じゃないかなぁ。四百年前の魔王は最初から死んでいた。その彼を生かしたのは椅子だ。そうとしか考えられない」
「なるほど。椅子から供給された魔力を、魔王が解放していたということか。それなら納得がいく」
「だろ?」
大きく頷いたヴィルジールに、セレスタンがどうだとばかりに胸を張ってみせた。
「セレス。お前、マルクに聞きたいことがあったんだろ?」
「ああ、そうだった。マルクは……いや、ベレニスは魔法陣について何か知らないか?」
「魔法陣? なにそれ?」
マルクのきょとんとした反応を見て、セレスタンががっくりと肩を落とす。
「……やっぱり、知らないかぁ」
「ヴィルは何か知ってる?」
「いや。俺もさっきセレスに聞かれたが知らなかった。魔王自身、魔術について何の知識を持っていなかったからな。何かを見ていたとしても分からない」
マルクはセレスタンに視線を戻す。
「それって、どんなものなの?」
「昔、魔術を発動させるのに使っていたもので、円の中にいろんな図形や文字を組み合わせて描いたものらしいんだけど、詳しい記録が残ってなくてね。正確には分からないんだ。ベレニスなら何か覚えていないかと思ってさ」
「それが、この床と関係あるの? 石が円形に敷きつめられているから?」
「共通点はそこだけなんだけど、石を割ると同時に魔力が消失したんだから、何かあると考えていいだろ?」
「そうだね。でも、うーん」
必死に記憶を掘り起こしてみても、四百年前も今も、魔術の使い方はさほど変わらないように思う。
ベレニスのパーティには魔術師のアンナと魔導師のチェスラフがおり、用途は違えど二人とも魔術を使っていた。
しかし、魔獣討伐の現場では、図形や文字を描くなどという悠長なことをやっていられない。
人差し指や掌、全身などに魔力を集めて瞬時に発動させていた記憶しかなかった。
博識で研究熱心だったチェスラフなら何か知っていたかもしれないが、剣士のベレニスに魔術の知識を問われても無理だ。
「呪術師のおばあさん……おそらくラウルの祖母だな。彼女が、魔除けの図形を描いていた記憶があるが」
アロイスが記憶を手繰り寄せるように言う。
判明したばかりであるが、彼もまた四百年前の記憶を持っているのだ。
「知ってるのか! それは、どんなのっ?」
セレスタンの鼻息が荒くなる。
「そうだな……円の中にいろんな図形が緻密に描かれていて、文字もびっしりと書かれている。見た目にも美しくて芸術品のような感じ」
「それだぁ! どうやって使うんだ!」
「家の扉に貼ってあったことをよく覚えてる」
「他には?」
「あと、腐らないようにって野菜の下に敷いてたりしてたな。魔獣に出くわさないように懐に入れたりとか……。効果があったかどうか分からないが」
「なんだ……」
ずいぶんと素朴な用途にマルクは拍子抜けする。
さすがに、魔獣を召喚する大規模な術と、野菜が腐らないようにする地味な術が同じものだとは思えない。
セレスタンが疑う魔法陣なるものとは、別物ではないかと思うのだが、兄の興奮は治らない。
アロイスが思わず後ずさりするほど、ぐいぐい迫っていく。
「じゃあさ、じゃあさ、その魔法陣そのものは魔力を持つのか?」
「どうだろう。ラウルが幼い頃のことだからよく覚えていないが、その紙に魔力があったら、彼は気づいたんじゃないかな。彼にもそれなりに魔力はあったから。だが、不思議な模様を描いた紙だという認識しかなかった」
「そうか。魔力は感じないんだな! よしっ!」
セレスタンが目を輝かせて両手の拳を握ったものだから、オリヴィエが期待する。
「セレス、何か分かったのか」
「いや、魔法陣に魔力がないんだったら、僕がこの仕掛けに気づかなくても仕方がないよなぁって」
「……なんだ。責任逃れしたかっただけかよ」
兄が肩をすくめると、弟はにやりと笑った。
「これは僕の想像だけど、魔法陣はただの図形と文字が書かれている指示書のようなもので、魔法陣そのものには魔力がないんだよ。おそらく、たくさん書き込むことで複雑で大掛かりな仕掛けも可能になるんだと思う」
「じゃあ、アロイスが言ってるおまじないと同じなの?」
「考え方は同じだね。設定された条件が満たされた時、術が発動するんだと思う」
扉に貼った魔法陣は好ましくない存在が近づいた時に、家を防御するよう作動する。
同様に、魔王が円の中にいるときに、魔王だけを閉じ込める透明な壁を出現させる。
魔王が魔力を放出した時に、魔獣が棲む別の世界に通じる穴を開く。
おそらくこの大きな石の床に、複数の複雑な指示が書かれているのだろうと、セレスタンは説明する。
「今回、術が発動するきっかけとなったのは、外部からの魔力の感知だったんじゃないかな。魔力を持った人間が足を踏み入れた時か、魔力による攻撃を受けた時。その魔力を動力として利用して、魔法陣が動いたんだ」
腕を組み難しい顔をして聞いていたヴィルジールが口を挟む。
「だが、魔法陣そのものに魔力がないのなら、どうやって、さっきの穴が出現したんだ? どこからか膨大な魔力が供給されなければ、ああはならんだろう。四百年前なら、同じ場所に魔王がいたから可能だったが……」
彼の持つ記憶では、魔王の身体から魔力が放出されたときにあの穴が開き、魔力を使い切った時に穴が閉じるのだ。
しかし、今ここに魔王はいない。
それなのに突如、円の中心に魔力が現れたのだ。
長時間、巨大な魔虫を吐き出し続けることができる凄まじく強大な魔力が。
「おそらく、四百年前に描かれた魔法陣を、そこに椅子がなくても魔力が供給できるように描き換えたんだろう」
「ええっ、椅子ぅ? 魔王じゃなくて?」
セレスタンの説明を遮るように、マルクがすっとんきょうな声を上げた。
あんなに重いものを持ち去ったくらいだから、椅子も重要な何かだとは思っていたけど。
まさかの、椅子が黒幕?
ベレニスは椅子を破壊しておくべきだったの?
そんなこと、考えもしなかった……。
「うん。魔力を持っていたのは、おそらく椅子の方じゃないかなぁ。四百年前の魔王は最初から死んでいた。その彼を生かしたのは椅子だ。そうとしか考えられない」
「なるほど。椅子から供給された魔力を、魔王が解放していたということか。それなら納得がいく」
「だろ?」
大きく頷いたヴィルジールに、セレスタンがどうだとばかりに胸を張ってみせた。
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