162 / 216
第9章 王都に張り巡らされた策略
(4)
しおりを挟む
控えめだが、ひどく焦りが感じられるある叩き方だ。
「どうした」
当主が声をかけると「ヴィルジール殿下がお見えになられています」との返答がある。
「ええっ!」
「どうして急に?」
室内がざわついたが、当主は落ち着いた様子で指示を出す。
「では、応接室にお通ししてくれ」
「いえ。お時間があまりないそうでして、すでにこちらにいらしています。このまま書斎にお通ししてもよろしいでしょうか」
「……分かった。お通ししてくれ」
そのやり取りで、室内にいた全員が慌てて席を立った。
扉の前に詰めかけると、それぞれが礼をとって、扉が開くのを待ち構える。
すぐに「急に訪問して申し訳ない」と、第四王子が側近のジョエルを伴って書斎に入ってきた。
型通りの挨拶をしようとするラヴェラルタ家の者たちを、ヴィルジールが「時間がないし、挨拶など今さらだろう」と制止する。
そこでマルティーヌも顔を上げた。
今日の彼はお忍びなのか、全体的に控えめな雰囲気の装いだ。
けれど、手にしていた大きな花束は、少しずつ色味が違う大輪のピンク薔薇が集められており、この部屋のあちこちに飾られた花や、花瓶が追いつかずそのまま放置されていたどんな花束よりも、豪華で洗練されていた。
「ああ、マルティーヌ嬢。甘く上品なチョコレート色のドレスに、君の白い肌が映えてとても似合っているよ。お菓子の国の妖精かと、思わず目を疑ってしまったほどだ」
ヴィルジールは、アロイスには絶対言えないような言葉をさらりと言うと、マルティーヌの手を取って唇を寄せる。
「え……あの、なん……で?」
時間がないんじゃなかったの?
挨拶など今さらだって言ったくせに、どうしてこれだけは残すのよ!
これこそ、時間の無駄~!
そう思うが、何も言えない。
「先日は、私の目の前で急に倒れられたから本当に驚きました。あなたの熱にうなされた苦しそうな顔が思い出されて、夜も眠れぬほどに心配していたのですよ。もう、具合は良いのでしょうか?」
彼はきらきらした笑みを浮かべながら、優雅な所作で花束を手渡してきた。
マルティーヌは久しぶりに浴びる圧倒的な王子様感に、じりじりと後ずさる。
「あ……ありがとう存じま……す? こ、この間は、殿下に助けていただいたおかげ? で、事なきを得ましたこと、か、感謝に絶えま……せ、ん?」
不意打ちだったせいで心の準備が全くなかったことと、彼の救難方法にはいろいろ思うところがあったせいで、うまく言葉が出てこない。
途中が何箇所も疑問形になってしまい、非常に失礼な言葉遣いになってしまう。
「ふ……はっ。思っていることと台詞が全く一致していないようだな。今日は、王太子妃のお茶会で振舞われていたお菓子を王城の職人に作らせたんだ。食べ損ねたことが、さぞ心残りだったろうと思ってね。これで機嫌を直してくれないかい」
口調をくずしたヴィルジールが後ろを振り向くと、大きな籠を抱えたジョエルが前に進み出てくる。
そして、上にかけられていた布を取って中身を見せてくれた。
「うわぁ! すごい。王城のお茶会ってこんなにいろんなお菓子が用意されるの?」
クリームやチョコレート、果物で飾り付けられた小さなケーキ。
黄金色のパイに、クリームがたっぷり詰まったタルト。
様々な形に焼かれた焼き菓子。
小さなグラスに入ったキラキラ輝くジュレ。
他にもたくさんの美しいお菓子がぎっしり詰められていて夢のよう。
「これなら、今つまんで食べられるだろう。少々お行儀が悪くても私は気にしないよ」
ヴィルジールが片目を瞑って言うと、籠の中から優しい色合いのギモーヴが入った容器を選び出し、「これ、好きだったよね」と手渡してくれた。
「どうした」
当主が声をかけると「ヴィルジール殿下がお見えになられています」との返答がある。
「ええっ!」
「どうして急に?」
室内がざわついたが、当主は落ち着いた様子で指示を出す。
「では、応接室にお通ししてくれ」
「いえ。お時間があまりないそうでして、すでにこちらにいらしています。このまま書斎にお通ししてもよろしいでしょうか」
「……分かった。お通ししてくれ」
そのやり取りで、室内にいた全員が慌てて席を立った。
扉の前に詰めかけると、それぞれが礼をとって、扉が開くのを待ち構える。
すぐに「急に訪問して申し訳ない」と、第四王子が側近のジョエルを伴って書斎に入ってきた。
型通りの挨拶をしようとするラヴェラルタ家の者たちを、ヴィルジールが「時間がないし、挨拶など今さらだろう」と制止する。
そこでマルティーヌも顔を上げた。
今日の彼はお忍びなのか、全体的に控えめな雰囲気の装いだ。
けれど、手にしていた大きな花束は、少しずつ色味が違う大輪のピンク薔薇が集められており、この部屋のあちこちに飾られた花や、花瓶が追いつかずそのまま放置されていたどんな花束よりも、豪華で洗練されていた。
「ああ、マルティーヌ嬢。甘く上品なチョコレート色のドレスに、君の白い肌が映えてとても似合っているよ。お菓子の国の妖精かと、思わず目を疑ってしまったほどだ」
ヴィルジールは、アロイスには絶対言えないような言葉をさらりと言うと、マルティーヌの手を取って唇を寄せる。
「え……あの、なん……で?」
時間がないんじゃなかったの?
挨拶など今さらだって言ったくせに、どうしてこれだけは残すのよ!
これこそ、時間の無駄~!
そう思うが、何も言えない。
「先日は、私の目の前で急に倒れられたから本当に驚きました。あなたの熱にうなされた苦しそうな顔が思い出されて、夜も眠れぬほどに心配していたのですよ。もう、具合は良いのでしょうか?」
彼はきらきらした笑みを浮かべながら、優雅な所作で花束を手渡してきた。
マルティーヌは久しぶりに浴びる圧倒的な王子様感に、じりじりと後ずさる。
「あ……ありがとう存じま……す? こ、この間は、殿下に助けていただいたおかげ? で、事なきを得ましたこと、か、感謝に絶えま……せ、ん?」
不意打ちだったせいで心の準備が全くなかったことと、彼の救難方法にはいろいろ思うところがあったせいで、うまく言葉が出てこない。
途中が何箇所も疑問形になってしまい、非常に失礼な言葉遣いになってしまう。
「ふ……はっ。思っていることと台詞が全く一致していないようだな。今日は、王太子妃のお茶会で振舞われていたお菓子を王城の職人に作らせたんだ。食べ損ねたことが、さぞ心残りだったろうと思ってね。これで機嫌を直してくれないかい」
口調をくずしたヴィルジールが後ろを振り向くと、大きな籠を抱えたジョエルが前に進み出てくる。
そして、上にかけられていた布を取って中身を見せてくれた。
「うわぁ! すごい。王城のお茶会ってこんなにいろんなお菓子が用意されるの?」
クリームやチョコレート、果物で飾り付けられた小さなケーキ。
黄金色のパイに、クリームがたっぷり詰まったタルト。
様々な形に焼かれた焼き菓子。
小さなグラスに入ったキラキラ輝くジュレ。
他にもたくさんの美しいお菓子がぎっしり詰められていて夢のよう。
「これなら、今つまんで食べられるだろう。少々お行儀が悪くても私は気にしないよ」
ヴィルジールが片目を瞑って言うと、籠の中から優しい色合いのギモーヴが入った容器を選び出し、「これ、好きだったよね」と手渡してくれた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる