164 / 216
第10章 舞踏会の長い夜
突然の発表(1)
しおりを挟む
彼らが会場に一歩足を踏み入れたとたん、入り口に近い場所にいた人々がざわついた。
「まさか、あれ……?」
「どこのご令嬢だろう。なんと美しい」
彼らの中央にいたのは、目の冴えるようなエメラルドグリーンの華やかなドレスに身を包んだ、艶やかながらも清楚な雰囲気の令嬢だった。
ドレスの裾には銀糸で薔薇が刺繍され、胸元にはエメラルドをふんだんにちりばめた銀のネックレス。
明るい金色の長い髪は緩く巻かれ、長い睫毛がかかる青い瞳は不安げに揺れる。
白く滑らかな頬はふわりと赤みがさし、小さな形の良い唇はつややかに彩られている。
彼女の美しさと存在感は、着飾った貴族たちで埋め尽くされたその場に大きな衝撃を与えた。
誰一人として、その顔を知る者はいなかった。
しかし、彼女の左側を歩く面差しの似た美形の青年と、背後を守るようについてくるがっしりした体格の男は、誰もが見知っている。
第四王子を連想するドレスからも、王都で最近大きな噂になっている令嬢だと推測できた。
「あれはラヴェラルタ兄弟じゃないか。ってことは、あの令嬢が噂の……?」
「ラヴェラルタの秘された花か。さすが、噂にたがわず美しい」
「あれなら、ヴィルジール殿下が夢中になるのも納得だ」
ざわめきは歩く速度よりも早く、会場への奥へと波のように伝わっていく。
兄たちが睨みを利かせても止むことはない。
「魔獣討伐なんて汚れた仕事でお金を稼いでいる田舎者のくせに、この格調高い場によく顔を出せたわね」
「大人しそうな顔して、どうやって王子殿下をたぶらかしたのやら」
「ヴィルジール殿下の色のドレスなんて、厚かましいにもほどがあるわ!」
社交界というものは、本人に聞こえるように陰口を言う場所らしい。
どれほど美しく着飾って上品ぶっていても、その口から吐き出される言葉は下品で卑劣なことこの上ない。
覚悟はしていたが、蔑みや中傷がどんどん耳に入ってくる。
ああもう。やめて!
全部、聞こえてるからぁ~!
マルティーヌは賞賛と同じほど中傷にも慣れていない。
その両方を全方向からたっぷり浴びせられて、すでに心が折れそうだ。
右手を預けた指先に思わず力が入ってしまう。
「大丈夫かい?」
気遣わしげに視線を向けてきたアロイスを見上げ弱音を吐く。
「も……やだ。帰りたい」
魔獣相手なら絶対に逃げるようなことはしないが、相手は人間……貴族だ。
子爵家四男で少年時代に騎士団に入団したアロイスも、社交界はあまり経験がないはずなのだが、洗練された余裕ある佇まいで、兄たちとはまた違った安心感があった。
彼は、レースの手袋の下で緊張にこわばった指先をなだめるように軽く叩いて言う。
「大丈夫だ。みんな、君を妬んでいるだけだから。どうしても、気になって仕方がないのなら、君の好きなアップルパイに囲まれていると思えばいい。焼きたてのパイはさくさく音を立てるものだろう?」
焼きたてのアップルパイに囲まれる?
それはちょっと経験してみたいかも。
「ふふっ」
彼のめずらしい冗談に、マルティーヌが笑った。
眉を寄せて不安そうにしていた令嬢が、突然、花が綻んだかのような笑顔を見せた。
その鮮やかな表情の変化に、周囲の若い男たちは心を鷲掴みにされる。
そして、あの視線が自分に向けられたらどれほど幸せだろうかと夢想したとき、ようやく彼女の右隣にいる青年を認識した。
存在感の大きいラヴェラルタの兄妹と違い、その男は影が薄かったのだ。
「おや、彼は……?」
令嬢の手を取る青年は、よく見ると彼女と同じ鮮やかなエメラルドグリーンの上着を着ていた。
その内側には銀色にも見える、光沢のあるグレーのベスト。
茶色の髪を後ろで束ねたリボンも銀色だ。
緑も銀も二人の髪や瞳の色とは違うものの、明らかに対の装いだ。
しかも、妹を溺愛していることで有名な二人の兄が、妹のエスコート役を任せている。
「あのドレスは第四王子の色かと思ったが、違うのか」
「どうみても、あの男が婚約者だよな。誰だ、あいつ。知ってるか」
「ダルコ子爵の四男だっていう話を聞いたが」
出席者の誰も、アロイスの顔を知らなかった。
マルティーヌに接触を試みた貴族だけが、婚約者の存在を知っているに過ぎなかった。
「獣臭い田舎娘には、あの程度のぱっとしない男がお似合いだわ」
「辺境伯令嬢の婚約者が子爵家だと? うまく取り入ったものだな」
そんな辛辣な言葉も聞こえてきて、アロイスが「私もか」と苦笑した。
「まさか、あれ……?」
「どこのご令嬢だろう。なんと美しい」
彼らの中央にいたのは、目の冴えるようなエメラルドグリーンの華やかなドレスに身を包んだ、艶やかながらも清楚な雰囲気の令嬢だった。
ドレスの裾には銀糸で薔薇が刺繍され、胸元にはエメラルドをふんだんにちりばめた銀のネックレス。
明るい金色の長い髪は緩く巻かれ、長い睫毛がかかる青い瞳は不安げに揺れる。
白く滑らかな頬はふわりと赤みがさし、小さな形の良い唇はつややかに彩られている。
彼女の美しさと存在感は、着飾った貴族たちで埋め尽くされたその場に大きな衝撃を与えた。
誰一人として、その顔を知る者はいなかった。
しかし、彼女の左側を歩く面差しの似た美形の青年と、背後を守るようについてくるがっしりした体格の男は、誰もが見知っている。
第四王子を連想するドレスからも、王都で最近大きな噂になっている令嬢だと推測できた。
「あれはラヴェラルタ兄弟じゃないか。ってことは、あの令嬢が噂の……?」
「ラヴェラルタの秘された花か。さすが、噂にたがわず美しい」
「あれなら、ヴィルジール殿下が夢中になるのも納得だ」
ざわめきは歩く速度よりも早く、会場への奥へと波のように伝わっていく。
兄たちが睨みを利かせても止むことはない。
「魔獣討伐なんて汚れた仕事でお金を稼いでいる田舎者のくせに、この格調高い場によく顔を出せたわね」
「大人しそうな顔して、どうやって王子殿下をたぶらかしたのやら」
「ヴィルジール殿下の色のドレスなんて、厚かましいにもほどがあるわ!」
社交界というものは、本人に聞こえるように陰口を言う場所らしい。
どれほど美しく着飾って上品ぶっていても、その口から吐き出される言葉は下品で卑劣なことこの上ない。
覚悟はしていたが、蔑みや中傷がどんどん耳に入ってくる。
ああもう。やめて!
全部、聞こえてるからぁ~!
マルティーヌは賞賛と同じほど中傷にも慣れていない。
その両方を全方向からたっぷり浴びせられて、すでに心が折れそうだ。
右手を預けた指先に思わず力が入ってしまう。
「大丈夫かい?」
気遣わしげに視線を向けてきたアロイスを見上げ弱音を吐く。
「も……やだ。帰りたい」
魔獣相手なら絶対に逃げるようなことはしないが、相手は人間……貴族だ。
子爵家四男で少年時代に騎士団に入団したアロイスも、社交界はあまり経験がないはずなのだが、洗練された余裕ある佇まいで、兄たちとはまた違った安心感があった。
彼は、レースの手袋の下で緊張にこわばった指先をなだめるように軽く叩いて言う。
「大丈夫だ。みんな、君を妬んでいるだけだから。どうしても、気になって仕方がないのなら、君の好きなアップルパイに囲まれていると思えばいい。焼きたてのパイはさくさく音を立てるものだろう?」
焼きたてのアップルパイに囲まれる?
それはちょっと経験してみたいかも。
「ふふっ」
彼のめずらしい冗談に、マルティーヌが笑った。
眉を寄せて不安そうにしていた令嬢が、突然、花が綻んだかのような笑顔を見せた。
その鮮やかな表情の変化に、周囲の若い男たちは心を鷲掴みにされる。
そして、あの視線が自分に向けられたらどれほど幸せだろうかと夢想したとき、ようやく彼女の右隣にいる青年を認識した。
存在感の大きいラヴェラルタの兄妹と違い、その男は影が薄かったのだ。
「おや、彼は……?」
令嬢の手を取る青年は、よく見ると彼女と同じ鮮やかなエメラルドグリーンの上着を着ていた。
その内側には銀色にも見える、光沢のあるグレーのベスト。
茶色の髪を後ろで束ねたリボンも銀色だ。
緑も銀も二人の髪や瞳の色とは違うものの、明らかに対の装いだ。
しかも、妹を溺愛していることで有名な二人の兄が、妹のエスコート役を任せている。
「あのドレスは第四王子の色かと思ったが、違うのか」
「どうみても、あの男が婚約者だよな。誰だ、あいつ。知ってるか」
「ダルコ子爵の四男だっていう話を聞いたが」
出席者の誰も、アロイスの顔を知らなかった。
マルティーヌに接触を試みた貴族だけが、婚約者の存在を知っているに過ぎなかった。
「獣臭い田舎娘には、あの程度のぱっとしない男がお似合いだわ」
「辺境伯令嬢の婚約者が子爵家だと? うまく取り入ったものだな」
そんな辛辣な言葉も聞こえてきて、アロイスが「私もか」と苦笑した。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。
越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる