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第10章 舞踏会の長い夜
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しばらくすると、周囲の罵詈雑言にも慣れてくる。
彼らは遠巻きにひそひそ話しているだけで、決して近寄ってはこなかった。
さすがに、ラヴェラルタ兄弟がぴったりと張り付き、隣に婚約者までいる令嬢に声をかける度胸がある男はいない。
初対面の辺境伯家の令嬢に、面と向かって嫌味を言える女もいなかった。
なんだ、直接攻撃してこないなら平気じゃない。
弱っちい魔獣が遠くから威嚇してるだけじゃん?
マルティーヌにもようやく、周囲を見る余裕ができてきた。
すると、会場の一角にできた人だかりが目に入った。
貴族たちが入れ替わり立ち替わり、誰かに挨拶しているように見える。
「ねぇ、あの人が集まっているのは何?」
左隣にいるセレスタンをつついて聞いてみる。
「ああ、身分の高い客がいるんだろう。王族のお出ましはまだだから、公爵あたりかな。じゃなかったら、外国の招待客……あっ!」
少し伸び上がり、遠視術で人混みの向こうを探ったセレスタンが驚きの声を上げた。
そこにいたのは、黒く長い髪を背中で大きく編み、長いローブのような紫色の独特の衣装を身につけた男だった。
左のこめかみから頬にかけて、幾何学的な模様の刺青がある。
「どうしたセレス」
「リーヴィ。あれ、サーヴァ皇子殿下だよ」
「えっ?」
オリヴィエが慌てて人混みに目を凝らした。
サーヴァ皇子は隣国ザウレン皇国の第三皇子。
年齢は三十歳を超えていると聞くが、まだ未婚のため、ドゥラメトリアの貴族たちが必死に娘を売り込もうとしているようだ。
彼は皇族でありながら魔獣狩りを趣味にしており、ハイドリヒ騎士団とラヴェラルタ騎士団の共同演習には、彼も参加することが多い。
ラヴェラルタ兄弟やマルク、アロイスとは顔なじみである。
「サーヴァ殿下がいらっしゃるのなら、ご挨拶に行かないとならんな」
オリヴィエが不安そうにマルティーヌの顔を見た。
「え? なに? サーヴァ殿下は知ってる人だし大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないだろ。会ったことがあるのはマルクで、マルティーヌじゃない」
「あ……やば」
「ボロが出ないように、挨拶以外は極力黙っていろよ」
「うん。分かった」
オリヴィエら四人が移動すると、周囲の貴族が道を開けるように離れていく。
「おお。リーヴィとセレスじゃないか! アロイスまでいるのか。久しいな」
サーヴァから親しげに声をかけられ、周囲がどよめいた。
ラヴェラルタ兄弟はまだしも、ドゥラメトリアの社交界では一切顔が知られていなかったもう一人の男までが、隣国の皇子に認識されていたのだから。
「しばらくぶりでございます。サーヴァ殿下におかれましては……」
四人が膝を折り、オリヴィエが代表して挨拶しようとすると、皇子がすっと右手を挙げる。
「いい、いい。そういう挨拶には、さっきからうんざりしていたんだ。それにしてもめずらしいな。お前たちとこんな場で会うとは。ずいぶんと、めかしこんでいるではないか。見違えたぞ」
皇子はオリヴィエに近づいてくると、親しげに肩を叩いた。
「私どもも、殿下の艶やかな民族衣装姿を拝見できて大変光栄にございます。今日の舞踏会には、妹が招待されましたので、付き添いで参りました」
「妹?」
サーヴァの視線が向いたため、マルティーヌがドレスの裾をつまみ、ふわりと頭を下げる。
「お初にお目にかかります。ラヴェラルタ辺境伯が娘、マルティーヌ・ラヴェラルタと申します」
「ああ。そなたが、リーヴィらが溺愛してやまない妹御か。固くならなくても良いぞ。そなたの兄たちとは懇意にさせてもらっているからな。顔を上げてくれないか」
「恐れ入ります」
顔を上げると、皇子がじっと見つめてくる。
「ふむ、なるほど。彼らが森に隠したくなるのも分かるな」
習慣が違うのか性格の違いなのか、サーヴァは背中が痒くなるような美辞麗句を言わないし、手を取ったりもしなかった。
だから逆に、どう対応して良いか分からない。
どうしよう……。
こんなタイプの人、しかも隣国の皇子なんて全然想定してなかった。
見透かされるような視線に不安を覚え、とっさに「恥ずかしいですわ」と顔を伏せた。
でも、多分これで正解。
「ああ、淑女を相手に不躾だったな。すまない。どうも、初めて会った気がしなくてね。どこかで……ああ、違うな。セレスによく似ているのか。いや、それ以上にマルクに似ているんだな。背格好も同じくらいだし、あいつにドレスを着せたように見える」
片目をつぶった冗談めかした言葉に、四人揃ってギクリとなった。
彼らは遠巻きにひそひそ話しているだけで、決して近寄ってはこなかった。
さすがに、ラヴェラルタ兄弟がぴったりと張り付き、隣に婚約者までいる令嬢に声をかける度胸がある男はいない。
初対面の辺境伯家の令嬢に、面と向かって嫌味を言える女もいなかった。
なんだ、直接攻撃してこないなら平気じゃない。
弱っちい魔獣が遠くから威嚇してるだけじゃん?
マルティーヌにもようやく、周囲を見る余裕ができてきた。
すると、会場の一角にできた人だかりが目に入った。
貴族たちが入れ替わり立ち替わり、誰かに挨拶しているように見える。
「ねぇ、あの人が集まっているのは何?」
左隣にいるセレスタンをつついて聞いてみる。
「ああ、身分の高い客がいるんだろう。王族のお出ましはまだだから、公爵あたりかな。じゃなかったら、外国の招待客……あっ!」
少し伸び上がり、遠視術で人混みの向こうを探ったセレスタンが驚きの声を上げた。
そこにいたのは、黒く長い髪を背中で大きく編み、長いローブのような紫色の独特の衣装を身につけた男だった。
左のこめかみから頬にかけて、幾何学的な模様の刺青がある。
「どうしたセレス」
「リーヴィ。あれ、サーヴァ皇子殿下だよ」
「えっ?」
オリヴィエが慌てて人混みに目を凝らした。
サーヴァ皇子は隣国ザウレン皇国の第三皇子。
年齢は三十歳を超えていると聞くが、まだ未婚のため、ドゥラメトリアの貴族たちが必死に娘を売り込もうとしているようだ。
彼は皇族でありながら魔獣狩りを趣味にしており、ハイドリヒ騎士団とラヴェラルタ騎士団の共同演習には、彼も参加することが多い。
ラヴェラルタ兄弟やマルク、アロイスとは顔なじみである。
「サーヴァ殿下がいらっしゃるのなら、ご挨拶に行かないとならんな」
オリヴィエが不安そうにマルティーヌの顔を見た。
「え? なに? サーヴァ殿下は知ってる人だし大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないだろ。会ったことがあるのはマルクで、マルティーヌじゃない」
「あ……やば」
「ボロが出ないように、挨拶以外は極力黙っていろよ」
「うん。分かった」
オリヴィエら四人が移動すると、周囲の貴族が道を開けるように離れていく。
「おお。リーヴィとセレスじゃないか! アロイスまでいるのか。久しいな」
サーヴァから親しげに声をかけられ、周囲がどよめいた。
ラヴェラルタ兄弟はまだしも、ドゥラメトリアの社交界では一切顔が知られていなかったもう一人の男までが、隣国の皇子に認識されていたのだから。
「しばらくぶりでございます。サーヴァ殿下におかれましては……」
四人が膝を折り、オリヴィエが代表して挨拶しようとすると、皇子がすっと右手を挙げる。
「いい、いい。そういう挨拶には、さっきからうんざりしていたんだ。それにしてもめずらしいな。お前たちとこんな場で会うとは。ずいぶんと、めかしこんでいるではないか。見違えたぞ」
皇子はオリヴィエに近づいてくると、親しげに肩を叩いた。
「私どもも、殿下の艶やかな民族衣装姿を拝見できて大変光栄にございます。今日の舞踏会には、妹が招待されましたので、付き添いで参りました」
「妹?」
サーヴァの視線が向いたため、マルティーヌがドレスの裾をつまみ、ふわりと頭を下げる。
「お初にお目にかかります。ラヴェラルタ辺境伯が娘、マルティーヌ・ラヴェラルタと申します」
「ああ。そなたが、リーヴィらが溺愛してやまない妹御か。固くならなくても良いぞ。そなたの兄たちとは懇意にさせてもらっているからな。顔を上げてくれないか」
「恐れ入ります」
顔を上げると、皇子がじっと見つめてくる。
「ふむ、なるほど。彼らが森に隠したくなるのも分かるな」
習慣が違うのか性格の違いなのか、サーヴァは背中が痒くなるような美辞麗句を言わないし、手を取ったりもしなかった。
だから逆に、どう対応して良いか分からない。
どうしよう……。
こんなタイプの人、しかも隣国の皇子なんて全然想定してなかった。
見透かされるような視線に不安を覚え、とっさに「恥ずかしいですわ」と顔を伏せた。
でも、多分これで正解。
「ああ、淑女を相手に不躾だったな。すまない。どうも、初めて会った気がしなくてね。どこかで……ああ、違うな。セレスによく似ているのか。いや、それ以上にマルクに似ているんだな。背格好も同じくらいだし、あいつにドレスを着せたように見える」
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