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第10章 舞踏会の長い夜
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サーヴァは合同演習でマルクと初めて会ったとき、「魔力がないのなら、危険だから帰りなさい」と心配してくれた人だ。
魔力がないとみると小馬鹿にする男が多い中、彼だけは気遣いを向けてくれた。
今ではマルクの実力を認め、可愛がってくれているが、その分、彼と接する機会は多かった。
ドレスを着たマルクという例えは正解だ。
まさか、気づかれている——?
マルティーヌが不安で顔が上げられないでいると、セレスタンが取りなそうとする。
「僕とマルティーヌは似ているってよく言われるのですよ。マルクとは従兄弟ですので、似ているかもしれません。彼は小柄で年も妹と同じですし……」
「ははは。あんな生意気な小僧と一緒にされては迷惑だよな。マルティーヌ嬢?」
「いえ、そんなことは……」
同意を求められ、あいまいに誤魔化す。
どうやら、似ていると思っただけで、同じ人物だとは疑ってはいないようだ。
少しほっとして視線を上げると、皇子は『死の森』で会った時と変わらない気さくな笑顔を見せていた。
「して、お前たちも私に彼女を売り込みにきたのか。マルティーヌ嬢だったら私も歓迎し……」
そう言いかけて、彼の視線はアロイスに向く。
そして、アロイスとマルティーヌの間に何度か視線を走らせながら、大げさに肩を落として見せた。
「……と思ったが、なんだ、売約済みだったか」
ヴィルジールが用意した揃いの装いは効果抜群だった。
何も説明しなくても、二人を婚約者同士に見せている。
「そうなのですよ。つい先日、婚約を結びまして……」
オリヴィエが弁解するように答えると、サーヴァは今度はアロイスの肩に手を置いた。
「そうだったか。アロイス、君はなんと素晴らしい婚約者を得たものだ。リーヴィとセレスも、妹御の相手が其方ならば安心だろう。いや、二人とも、おめでとう。近いうちに私から祝いの品を贈るとしよう」
「皇子殿下に祝っていただけるとは、恐悦至極にございます」
アロイスが丁寧に頭を下げるので、マルティーヌも「ありがとう存じます」と膝を折った。
他の招待客たちは遠巻きにしながら、隣国の皇子とラヴェラルタ家の親しげなやりとりに聞き耳を立てていた。
二人が婚約者同士だと明確になったことにより、ヴィルジール王子と辺境伯令嬢との噂が明確に否定され、落胆する者と喜ぶ者がいた。
隣国皇子との親密な関係を目の当たりにし、これまでラヴェラルタ辺境伯家を卑下していた者たちの見る目が変わった。
皇子が賞賛したことで、これまで誰も知らなかったアロイスの名とダルコ子爵家についてもささやかれている。
大らかな性格のサーヴァは、大国の皇子ということもあり些事に気をかけない。
いや、何か思うところがあって、こんな物言いをするのかもしれないが、ラヴェラルタ家にとっては、ありがた迷惑な広告塔のようになっていた。
しばらく五人で談笑していると、皇子の側近が近づいてきた。
「殿下、お時間です」
「ああ、もうそんな時間か。そうだ、アロイス。後で婚約者殿に一曲お相手願っても良いだろうか。マルティーヌ嬢と踊りたがる男は多いだろうから、予約をしておかないと」
「はい、ぜひ。光栄にございます」
そう答えるしかないアロイスは、にこやかに承諾した。
「では、また後ほど」
軽く手を挙げ、長いローブの裾を翻して隣国皇子が去っていく。
途中で声をかけて来た貴族らをいなして堂々と歩く後ろ姿を見送りながら、マルティーヌの足は震えていた。
「ま、まって……。わたし、サーヴァ殿下と踊るの?」
「……そうだな。そうするしかないだろう」
「そんなぁ……。マルクだってバレたらどうするの? もし、殿下の足を踏んじゃったら? プレッシャーが大きすぎる」
彼とは『死の森』で何度も共闘したことのある仲だ。
魔力が高く、剣だけでなく槍や弓までこなし、大国の皇子にも関わらずそれを感じさせない気さくさでラヴェラルタの騎士たちからも慕われている。
でも、彼と会うならマルティーヌじゃなくてマルクが良かった。
ひらひらしたドレスじゃなく泥まみれの隊服。
きらびやかな王城のホールではなく鬱蒼とした『死の森』で、ダンスじゃなくて魔獣狩りをしたかった。
ただでさえも注目されてるのに、皇子と踊ったら周囲の貴族たちからどんな目で見られるか。
そして万一、失敗でもしたら……。
「リーヴィ兄さま」
情けない視線を向けると、長兄はひきつった笑顔を返す。
「大丈夫だ。サーヴァ殿下はお優しいから、足くらい踏んだって許してくださる。うん」
「セレス兄さまぁ~」
「アロイスと踊るときに、思う存分足を踏んでやればいいから。そうしたら、サーヴァ殿下の時は失敗しないだろ?」
「それは慰めになってない。ねぇ、アロイス」
「私の足は丈夫だから……ね」
上目遣いで懇願しても、誰一人、「踊らなくていい」とは言ってくれなかった。
サーヴァ自身は優しい人だから、「体調が悪い」とでも言えば、笑って許してくれそうだ。
多分、足を踏んでも大丈夫だろう。
けれど、周囲の目と貴族の常識が彼を皇族たらしめる。
彼からのアプローチを断ることや失敗することは、周囲からも自らの立場からも許されない。
「ああぁぁぁ……もう、やだぁ。想定外すぎる」
マルティーヌは両手で顔を覆ってうつむいた。
すると周囲からは、ちらちらと盗み見られる。
「おや、どうしたのだろう。慰めて差し上げたい」
「ずっと病弱で引きこもっていた令嬢だから、疲れたのでは?」
「大事にされすぎて、我儘に育ったんだろう」
弱々しく肩を震わせる儚げな美少女を囲んで、三人の男たちがおろおろしている。
遠巻きにしていた周囲からはそんな風に見えていた。
魔力がないとみると小馬鹿にする男が多い中、彼だけは気遣いを向けてくれた。
今ではマルクの実力を認め、可愛がってくれているが、その分、彼と接する機会は多かった。
ドレスを着たマルクという例えは正解だ。
まさか、気づかれている——?
マルティーヌが不安で顔が上げられないでいると、セレスタンが取りなそうとする。
「僕とマルティーヌは似ているってよく言われるのですよ。マルクとは従兄弟ですので、似ているかもしれません。彼は小柄で年も妹と同じですし……」
「ははは。あんな生意気な小僧と一緒にされては迷惑だよな。マルティーヌ嬢?」
「いえ、そんなことは……」
同意を求められ、あいまいに誤魔化す。
どうやら、似ていると思っただけで、同じ人物だとは疑ってはいないようだ。
少しほっとして視線を上げると、皇子は『死の森』で会った時と変わらない気さくな笑顔を見せていた。
「して、お前たちも私に彼女を売り込みにきたのか。マルティーヌ嬢だったら私も歓迎し……」
そう言いかけて、彼の視線はアロイスに向く。
そして、アロイスとマルティーヌの間に何度か視線を走らせながら、大げさに肩を落として見せた。
「……と思ったが、なんだ、売約済みだったか」
ヴィルジールが用意した揃いの装いは効果抜群だった。
何も説明しなくても、二人を婚約者同士に見せている。
「そうなのですよ。つい先日、婚約を結びまして……」
オリヴィエが弁解するように答えると、サーヴァは今度はアロイスの肩に手を置いた。
「そうだったか。アロイス、君はなんと素晴らしい婚約者を得たものだ。リーヴィとセレスも、妹御の相手が其方ならば安心だろう。いや、二人とも、おめでとう。近いうちに私から祝いの品を贈るとしよう」
「皇子殿下に祝っていただけるとは、恐悦至極にございます」
アロイスが丁寧に頭を下げるので、マルティーヌも「ありがとう存じます」と膝を折った。
他の招待客たちは遠巻きにしながら、隣国の皇子とラヴェラルタ家の親しげなやりとりに聞き耳を立てていた。
二人が婚約者同士だと明確になったことにより、ヴィルジール王子と辺境伯令嬢との噂が明確に否定され、落胆する者と喜ぶ者がいた。
隣国皇子との親密な関係を目の当たりにし、これまでラヴェラルタ辺境伯家を卑下していた者たちの見る目が変わった。
皇子が賞賛したことで、これまで誰も知らなかったアロイスの名とダルコ子爵家についてもささやかれている。
大らかな性格のサーヴァは、大国の皇子ということもあり些事に気をかけない。
いや、何か思うところがあって、こんな物言いをするのかもしれないが、ラヴェラルタ家にとっては、ありがた迷惑な広告塔のようになっていた。
しばらく五人で談笑していると、皇子の側近が近づいてきた。
「殿下、お時間です」
「ああ、もうそんな時間か。そうだ、アロイス。後で婚約者殿に一曲お相手願っても良いだろうか。マルティーヌ嬢と踊りたがる男は多いだろうから、予約をしておかないと」
「はい、ぜひ。光栄にございます」
そう答えるしかないアロイスは、にこやかに承諾した。
「では、また後ほど」
軽く手を挙げ、長いローブの裾を翻して隣国皇子が去っていく。
途中で声をかけて来た貴族らをいなして堂々と歩く後ろ姿を見送りながら、マルティーヌの足は震えていた。
「ま、まって……。わたし、サーヴァ殿下と踊るの?」
「……そうだな。そうするしかないだろう」
「そんなぁ……。マルクだってバレたらどうするの? もし、殿下の足を踏んじゃったら? プレッシャーが大きすぎる」
彼とは『死の森』で何度も共闘したことのある仲だ。
魔力が高く、剣だけでなく槍や弓までこなし、大国の皇子にも関わらずそれを感じさせない気さくさでラヴェラルタの騎士たちからも慕われている。
でも、彼と会うならマルティーヌじゃなくてマルクが良かった。
ひらひらしたドレスじゃなく泥まみれの隊服。
きらびやかな王城のホールではなく鬱蒼とした『死の森』で、ダンスじゃなくて魔獣狩りをしたかった。
ただでさえも注目されてるのに、皇子と踊ったら周囲の貴族たちからどんな目で見られるか。
そして万一、失敗でもしたら……。
「リーヴィ兄さま」
情けない視線を向けると、長兄はひきつった笑顔を返す。
「大丈夫だ。サーヴァ殿下はお優しいから、足くらい踏んだって許してくださる。うん」
「セレス兄さまぁ~」
「アロイスと踊るときに、思う存分足を踏んでやればいいから。そうしたら、サーヴァ殿下の時は失敗しないだろ?」
「それは慰めになってない。ねぇ、アロイス」
「私の足は丈夫だから……ね」
上目遣いで懇願しても、誰一人、「踊らなくていい」とは言ってくれなかった。
サーヴァ自身は優しい人だから、「体調が悪い」とでも言えば、笑って許してくれそうだ。
多分、足を踏んでも大丈夫だろう。
けれど、周囲の目と貴族の常識が彼を皇族たらしめる。
彼からのアプローチを断ることや失敗することは、周囲からも自らの立場からも許されない。
「ああぁぁぁ……もう、やだぁ。想定外すぎる」
マルティーヌは両手で顔を覆ってうつむいた。
すると周囲からは、ちらちらと盗み見られる。
「おや、どうしたのだろう。慰めて差し上げたい」
「ずっと病弱で引きこもっていた令嬢だから、疲れたのでは?」
「大事にされすぎて、我儘に育ったんだろう」
弱々しく肩を震わせる儚げな美少女を囲んで、三人の男たちがおろおろしている。
遠巻きにしていた周囲からはそんな風に見えていた。
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