【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第10章 舞踏会の長い夜

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 騒つく中にファンファーレが高らかに流れ、今回の舞踏会の主催者であるアダラール王太子と二人の妃を先頭に、王族たちが次々と奥の扉から入ってきた。
 マルティーヌたちは招待客用の扉近くにいたため、その姿は人影の隙間からしか見えない。

「おや、ヴィルジール殿下が二番目に入ってこられた。サーヴァ殿下も一緒にいらっしゃる。どういうことだろう」

 少し背伸びをして様子を窺ったオリヴィエが言う。

 病弱な第二王子は人前に出ないから、王太子の次には第三王子のフィリベールが入場するはずなのだが、この日は違っていた。
 他国の皇子が王族と一緒に入場することも珍しい。
 さっき彼が側近に呼ばれたのは、このためだったのだろう。

 彼らが入ってくると同時に、驚きの声が各所で上がった。
 何か異様な雰囲気になっている。
 王子の入場順や、隣国皇子の存在だけが理由ではなさそうだ。

「なにか、変じゃないか?」

 背の高いアロイスにも、人混みの中心に何があるのかは見えない。

「こんなに人が多いとただの遠視術は役に立たないから、少し前に出てみようよ」

 セレスタンに言われて、四人は人の輪のすぐ後ろまで出ていった。

「えっ? 子ども……?」

 王族たちは会場の中心で立ち止まり、周囲からの挨拶に応えている。
 その中にいたヴィルジールは、十歳にもならないような少女の手を引いていた。
 エスコートしているようだが、身長差がありすぎて、彼の左手はまっすぐ降ろされたまま。
 上に向けた大きな掌の上に、白い長手袋に覆われた小さな手がちょこんと乗っている。

 少女の顔は薄いベールで覆われていて見ることができない。
 腰まである黒髪と、赤紫のローブのような独特の衣装には、ヴィルジールの反対隣に立つサーヴァと同じルーツが感じられた。

 ザウレン皇国には三人の皇女がおり、上の二人はすでに他国に嫁ぎ、幼い第三皇女だけが国内に残っている。
 ザウレン皇国皇帝は、高齢になってから授かったこの三番目の姫を、ことのほか可愛がっているという。

「まさか、ザウレン皇国の第三皇女……?」

 以前、ヴィルジールから聞かされた話を思い出し、オリヴィエが眉をひそめた。

「そうなの? ヴィルジール殿下と仲良しなんだね」

 事情を知らないマルティーヌには、年の離れた兄妹か親子のように微笑ましく映った。

「サーヴァ殿下が一緒にいらっしゃるし、年齢的にも間違いないだろう」
「でも、ザウレンのお姫様が、どうしてこんな場所にいるんだろう。サーヴァ殿下についてきたのかもしれないけど、子どもは場違いだよね?」

 成人前の子どもは、普通、舞踏会には出られないはずだが、隣国の皇女なら許されるのだろうか。
 他国の王族が、この国の王族と一緒に入場することからして異例だ。
 自国の第四王子が隣国の小さな姫の手を取っていることも、ある程度の予想ができる者はいたものの、大抵の出席者にとっては謎だった。



 王太子が舞踏会開会の挨拶を終えると、拍手が巻き起こる。
 そして、普通であれば最初のワルツが演奏されるところで、王太子はさらに声を張った。

「今宵は国賓として、ザウレン皇国からサーヴァ・マクシム・ザウレン皇子殿下とルフィナ・マクシム・ザウレン皇女殿下をお招きしている。そして、今ここに大変素晴らしい慶事がまとまったことを報告したい」

 その言葉で王太子は今までいたホールの中央から退いた。
 そして、その場に手を取り合って進み出たのはヴィルジールと隣国の小さな皇女。

「わが国の第四王子であるヴィルジールと、ザウレン皇国ルフィナ皇女殿下の婚約をここに発表する」

 え——?
 今、婚約って言った?

 マルティーヌは思わず、隣にいたアロイスの腕をすがるように掴んだ。

 突然の思いがけない発表に、会場に集まった者たちも一様に驚きの表情を見せた。
 そして、一拍遅れて、会場全体が大きな拍手と喝采に包まれた。

 ザウレン皇国は国土も広く、経済的にも軍事的にも強大な力を誇る大国。
 その国の皇女を妃に迎えれば、この国にとって大きな利益になるはずだ。

 多くの者はそう考えたに違いない。

 しかし祝福ムードは、隣国皇子サーヴァの言葉で一瞬にして凍りつく。

「ヴィルジール王子はこの春より、ザウレン皇国に留学することとなっている。そして、ルフィナが成人して後には良き伴侶となり、我が国の発展に努めてくれると確信している。彼らは両国の関係をより強固にしてくれるだろう」

 水を打ったように静まり返った中、最初に大きな拍手をしたのは、王太子妃ベアトリスの実父である公爵だった。
 その音につられるように拍手が巻き起こる。

 しかしそこには、大きな戸惑いと落胆が多く混ざっていた。
 この婚約は、皇女が王国に嫁いでくるのではなく、この国の王子が隣国に婿入りするもの。
 そしてそれは、実質的な王位継承権第二位と言われた第四王子が、この国の表舞台から退場することを意味するのだから——。

「ど……いう、こと……?」

 最初に聞こえた「婚約」という言葉だけでも衝撃的だった。
 だから、その言葉が頭の中でつっかえて、サーヴァ皇子の説明が全く入ってこなかった。
 しかし、いま沸き起こっている拍手には祝福が込められておらず、妙に冷めていることは分かる。

 なにが起きたの?
 どうして彼は、ザウレンの小さな姫と婚約することになったの?
 この春からザウレンに留学して、それからどうなるの?

 王族の婚姻なのだから、政略結婚であろうことはマルティーヌにも理解できた。

 でも。
 これは、彼の意思?
 それとも……。

 顔を上げるとアロイスと目が合った。
 彼は苦々しい顔で首を小さく横に振りながらも、両手は拍手をしていた。
 セレスタンも同様だ。
 皆、そうせざるを得ない状況だったが、オリヴィエだけは腕を組み、じっと王太子を見つめていた。
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