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第10章 舞踏会の長い夜
新たな魔力(1)
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マルティーヌらは、ほどなく庭園にたどりついた。
暗がりのあちこちに魔獣の死骸が積み上げられており、中央部には今もくすぶり続ける黒焦げの双頭熊が立ち並ぶ。
凄まじい死闘の跡は、マルティーヌでさえ驚嘆の声を上げたほどだった。
その場に残っていた仲間はパメラの他に、騎士コンスタンと魔術師ジル、弓師ジュストの三人。
そして、サーヴァの部下四人だ。
庭園にルフィナと侍女が現れたことは、サーヴァの部下達を驚愕させた。
第三皇女には優秀な護衛が大勢つけられていたため、魔獣出現の騒ぎの中でも、誰一人彼女の安否を気にかけていなかった。
あれほど妹を溺愛しているサーヴァですら、自国の腕利きたちを信じて、オリヴィエらと行動を共にしていたくらいだ。
だから皇女と侍女が、たった二人で逃げてきたことは衝撃だった。
彼女たちが何者かに襲われた事実と、監禁後に助け出された経緯については、口裏を合わせてあり、今、ジョエルがサーヴァの部下に説明をしているところだ。
侍女のレナータが協力的なため、今の所はなんとか誤魔化せるだろう。
長期的には無理だろうが。
マルティーヌは仲間たちの元に戻ったことで、ほっとして倒れた……ということにした。
サーヴァの部下との接触は避け、今は聖結界の中にいる。
病弱であることを印象付けるため、ぐったりとロランにもたれかかって座り、魔術師の施術を受けているように見せかけながら、これまでの経緯を聞く。
自分たちが庭園に向かって城内を急いでいた同じ頃、兄二人とアロイス、ヴィルジール、サーヴァの主力部隊も城内を通って大聖堂へと向かっていたらしい。
「うわ! 行き違いだったんだ。危なかった……」
マルティーヌは、手渡された水を思わず取り落としそうになった。
サーヴァの妹とその侍女を連れている時に、何の準備もないまま、彼らと鉢合わせていたら大変なことになるところだった。
ほっとしつつも。
「でも、まいったな。サーヴァ殿下が一緒にいることはロランから聞いていたけど、それじゃ、俺が合流できない」
「だよな。団長もなんとか断ろうとしてたんだけど、押し切られてしまったんだ。ヴィルジール殿下でも止められなかった。あの人、明らかに俺らの動きを怪しんでる」
「だったら、着替えたらどうだい? マルクとしてなら、サーヴァ殿下と鉢合わせても平気だろう?」
マルティーヌに見せかけだけの回復術を施しながら、パメラが言う。
あちこち血で汚れたドレスはパメラが新品同様に綺麗にしてくれたから、魔獣と交戦したようには見えないが、この姿でサーヴァには会いたくない。
いや、会ってはならない。
「そうだなぁ……。その方が俺も動きやすいんだけど、マルティーヌ嬢が行方不明になっちゃうよね。ドレスから男の姿に着替えるのは簡単だけど、逆は大変だから、後で困ったことに……」
マルティーヌの言葉はそこで止まった。
その場にいた全員の時間も同時に止まった。
全身の表面に薄い氷の幕ができたかと思うほどの凄まじく冷えた気配に、一瞬、身動きが取れなくなった。
肺の中が凍りつきそうで、息をすることすらできない。
「……っ、はっ! 何っ?」
マルティーヌは戒めを解くように体を大きく震わせた。
そして、その元凶があると思われる方向に目を向ける。
「魔力……?」
呆然と呟く。
パメラとロラン、もう一人の魔術師も少し遅れて同じ方向を見た。
今は誰一人いない舞踏会会場のずっと向こう。
庭園からは、かなり距離がある場所に、王城のすべてを凍りつかせそうなほどの強大な魔力を放つ、小さな核を感じ取った。
「パメラっ! この魔力、何か分かる?」
同じ方向に目を凝らし魔力を研ぎ澄ませる魔術師に声を掛ける。
しかし、経験豊富な彼女も無念そうに首を横に振った。
「あたしの知らないタイプの魔力だわ。さっきまでここにあった魔力とも全然違う。それに……なんて言うのかな、とんでもない大きな力が、ぽんって現れた感じ?」
「本当に、そんな感じだったよな。あんなデカイやつ、どこに隠し持ってたんだよ」
鳥肌の立つ腕をさすりながら、ロランが声を震わせた。
「隠す?」
もしかすると……急に出現したんじゃなくて、これまで、あの魔力を隠していた?
でも、どうやって?
大聖堂を囲んでいた聖結界は、ジョエルの標的視術を阻んでいた。
もしかすると、強い結界は魔力を通さないのかもしれない。
「ねえ、パメラはあの魔力を聖結界で囲める?」
「無理無理! わたしなんかじゃ全然魔力が足りないわ。あの規模だと、セレスでも難しいかもしれないね」
パメラが右手をひらひらと振って即答する。
マルティーヌに知識がなかっただけで、魔術師の間では、魔力を結界で封じる技は当たり前に使われているようだ。
「じゃあ、もっと強力な結界をはる魔力があれば、あの魔力だって封じ込めるってこと?」
「まぁ、理論上はそうさね」
「例えば、巨大な魔力を聖結界で封じていたとして、その結界を急に解いたらどうなる?」
その問いかけに、パメラははっとなった。
「きっと、今のような現象が起きるわ!」
「そっか。そういうこと……か。結界という封印が解かれたんだ」
第四王子が国境で魔獣に襲われた最初の事件の時点から、魔王と魔術師が手を組んでいるのではないかという推測がなされていた。
その推測は正しかったのだ。
暗がりのあちこちに魔獣の死骸が積み上げられており、中央部には今もくすぶり続ける黒焦げの双頭熊が立ち並ぶ。
凄まじい死闘の跡は、マルティーヌでさえ驚嘆の声を上げたほどだった。
その場に残っていた仲間はパメラの他に、騎士コンスタンと魔術師ジル、弓師ジュストの三人。
そして、サーヴァの部下四人だ。
庭園にルフィナと侍女が現れたことは、サーヴァの部下達を驚愕させた。
第三皇女には優秀な護衛が大勢つけられていたため、魔獣出現の騒ぎの中でも、誰一人彼女の安否を気にかけていなかった。
あれほど妹を溺愛しているサーヴァですら、自国の腕利きたちを信じて、オリヴィエらと行動を共にしていたくらいだ。
だから皇女と侍女が、たった二人で逃げてきたことは衝撃だった。
彼女たちが何者かに襲われた事実と、監禁後に助け出された経緯については、口裏を合わせてあり、今、ジョエルがサーヴァの部下に説明をしているところだ。
侍女のレナータが協力的なため、今の所はなんとか誤魔化せるだろう。
長期的には無理だろうが。
マルティーヌは仲間たちの元に戻ったことで、ほっとして倒れた……ということにした。
サーヴァの部下との接触は避け、今は聖結界の中にいる。
病弱であることを印象付けるため、ぐったりとロランにもたれかかって座り、魔術師の施術を受けているように見せかけながら、これまでの経緯を聞く。
自分たちが庭園に向かって城内を急いでいた同じ頃、兄二人とアロイス、ヴィルジール、サーヴァの主力部隊も城内を通って大聖堂へと向かっていたらしい。
「うわ! 行き違いだったんだ。危なかった……」
マルティーヌは、手渡された水を思わず取り落としそうになった。
サーヴァの妹とその侍女を連れている時に、何の準備もないまま、彼らと鉢合わせていたら大変なことになるところだった。
ほっとしつつも。
「でも、まいったな。サーヴァ殿下が一緒にいることはロランから聞いていたけど、それじゃ、俺が合流できない」
「だよな。団長もなんとか断ろうとしてたんだけど、押し切られてしまったんだ。ヴィルジール殿下でも止められなかった。あの人、明らかに俺らの動きを怪しんでる」
「だったら、着替えたらどうだい? マルクとしてなら、サーヴァ殿下と鉢合わせても平気だろう?」
マルティーヌに見せかけだけの回復術を施しながら、パメラが言う。
あちこち血で汚れたドレスはパメラが新品同様に綺麗にしてくれたから、魔獣と交戦したようには見えないが、この姿でサーヴァには会いたくない。
いや、会ってはならない。
「そうだなぁ……。その方が俺も動きやすいんだけど、マルティーヌ嬢が行方不明になっちゃうよね。ドレスから男の姿に着替えるのは簡単だけど、逆は大変だから、後で困ったことに……」
マルティーヌの言葉はそこで止まった。
その場にいた全員の時間も同時に止まった。
全身の表面に薄い氷の幕ができたかと思うほどの凄まじく冷えた気配に、一瞬、身動きが取れなくなった。
肺の中が凍りつきそうで、息をすることすらできない。
「……っ、はっ! 何っ?」
マルティーヌは戒めを解くように体を大きく震わせた。
そして、その元凶があると思われる方向に目を向ける。
「魔力……?」
呆然と呟く。
パメラとロラン、もう一人の魔術師も少し遅れて同じ方向を見た。
今は誰一人いない舞踏会会場のずっと向こう。
庭園からは、かなり距離がある場所に、王城のすべてを凍りつかせそうなほどの強大な魔力を放つ、小さな核を感じ取った。
「パメラっ! この魔力、何か分かる?」
同じ方向に目を凝らし魔力を研ぎ澄ませる魔術師に声を掛ける。
しかし、経験豊富な彼女も無念そうに首を横に振った。
「あたしの知らないタイプの魔力だわ。さっきまでここにあった魔力とも全然違う。それに……なんて言うのかな、とんでもない大きな力が、ぽんって現れた感じ?」
「本当に、そんな感じだったよな。あんなデカイやつ、どこに隠し持ってたんだよ」
鳥肌の立つ腕をさすりながら、ロランが声を震わせた。
「隠す?」
もしかすると……急に出現したんじゃなくて、これまで、あの魔力を隠していた?
でも、どうやって?
大聖堂を囲んでいた聖結界は、ジョエルの標的視術を阻んでいた。
もしかすると、強い結界は魔力を通さないのかもしれない。
「ねえ、パメラはあの魔力を聖結界で囲める?」
「無理無理! わたしなんかじゃ全然魔力が足りないわ。あの規模だと、セレスでも難しいかもしれないね」
パメラが右手をひらひらと振って即答する。
マルティーヌに知識がなかっただけで、魔術師の間では、魔力を結界で封じる技は当たり前に使われているようだ。
「じゃあ、もっと強力な結界をはる魔力があれば、あの魔力だって封じ込めるってこと?」
「まぁ、理論上はそうさね」
「例えば、巨大な魔力を聖結界で封じていたとして、その結界を急に解いたらどうなる?」
その問いかけに、パメラははっとなった。
「きっと、今のような現象が起きるわ!」
「そっか。そういうこと……か。結界という封印が解かれたんだ」
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その推測は正しかったのだ。
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