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第10章 舞踏会の長い夜
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「くそっ! 魔法陣を壊さないと、きりがないぜ!」
バスチアンの叫び声にオリヴィエが応じる。
「そうだな。なんとか前進しないと」
幸い今回の魔法陣ははっきりと目に見える。
セレスタンが壁際に繋ぎとめられてしまったため魔力での破壊はできないが、物理的な破壊でも魔法陣の動きを止められることは『死の森』で証明済だ。
ほんの一箇所、線を切断するだけで良い。
しかし、絶え間なく出現する魚はこちらに向かって矢のように放たれ、周囲には猛スピードで飛び回る魚たちもいる。
それらを避けて魔法陣に迫るのは至難の技だった。
「うわっ!」
思いがけない方向から飛んできた魚が、バスチアンの肩をかすめていった。
その魚は真っ直ぐ壁までいくと、体をくねらせて斜め上へ飛び、天井にぶつかる寸前で急降下する。
「大丈夫か!」
「かすっただけだ。……しかし、これはなかなか厳しいな」
バスチアンが顎に伝う冷や汗を拭った。
魚の数が増えるにつれ、全方向への警戒が必要になってきた。
魔力を感知して避けようにも、数が多すぎるし、動きが速すぎて追いつけない。
「いや、なんとかなる。魚たちに我々を攻撃する意思はない」
「そうだな。奴らは逃げ惑っているだけだ」
ヴィルジールは四百年前の記憶から指摘し、アロイスは魚たちの動きから推測する。
「は? ……どういう意味だ」
オリヴィエが、斜め上から槍のように振ってきた魚を避けながら問うと、ヴィルジールは謁見の間の奥を指差す。
「奴らはあの正面の男から逃げているんだ」
「王太子から? ……なるほど、そういうことか。だから新たに出現した魚たちは、全部こっちに向かって来るんだな」
召喚された魔獣は、魔王を恐れてその場から逃げ出すのだという。
魔法陣から出現した魚たちは、すぐさま凄まじいスピードでこちらに向かってきたが、進行方向に人間がいたにすぎない。
彼らは、謁見の間の端まで行き着くと、逃げ場がないことにパニックを起こし、その動きが四方八方からの攻撃に見えた。
しかし、魚たちはどれほど逃げ惑っていても、魔法陣より奥へは行こうとしない。
それは、正面にいる人間が魔王である証拠でもあった。
「壁際から向こう側に回り込めれば、魔法陣は壊せそうだな」
「よし。魔法陣の破壊を優先! 左右、二班に分かれて攻めるぞ!」
オリヴィエのこの指示だけで、彼とヴィルジールが左右に飛び出した。
ほぼ同時にヴィルジールにはアロイス、団長にはバスチアンが付く。
サーヴァは一歩遅れてヴィルジールを追った。
壁づたいであれば、壁側は警戒せずにすむため魚からの防御が容易い。
男たちは易々と魔法陣の真横にまでたどり着いた。
「なるほど、やはりそうか」
真横から見るとはっきり分かる。
魚たちは、魔法陣の少し後方に見えない壁があるかのように方向転換していた。
新しく出現した魚はすぐさま、出口を求めて逃げていく。
そのため、魔法陣を中心として、謁見の間の手前と奥とが全く別の光景となっていた。
「よし、これなら魔法陣に迫れそうだ。私が出ましょう。両殿下は援護をお願いします」
アロイスが当然のように危険な役目を買って出ると、ヴィルジールが奥にいる王太子アダラールに目を向けた。
「いや、待て。ここからなら、直接兄上に迫った方が早いのではないか」
アダラールとの間には障害となるものは、ほとんど見当たらない。
走ればものの数秒で到達できる距離だ。
次々と魚を吐き出す魔法陣も、その力の源を絶てば機能を停止するだろう。
「いいえ。何が仕掛けられているか分かりませんし、真の敵は椅子の方かもしれません。我々の唯一の魔術師が足止めされていては不利です。まずは、目の前の脅威を取り除く方が得策でしょう」
アロイスの冷静な指摘にヴィルジールが「そうだな」と同意したとき、王座を囲う豪華な真紅の垂れ幕の陰から一人の男が姿を現した。
茶色のくせ毛の短髪に、紺色の修道服を着た若い修道士だ。
これほど強烈な魔力が渦巻く謁見の間にあっても、彼個人の魔力が伝わってくる。
彼はゆったりと歩きながら、両側の壁際にいる男たちを順番に確認すると、にやりと笑った。
「あの人は……確か聖女様の?」
「ジェラルドだ。まさか、あの男が……?」
思いがけない人物の登場に、二人は愕然とした。
教会の魔術師が魔王に協力している可能性は当初から指摘されていたが、まさか聖女の側近だったとは。
彼の能力は聖女やセレスタンには劣るものの、この国のトップクラス。
セレスタンが離れた場所に足止めされている以上、迂闊には近づけない。
ジェラルドの手には、王太子の頭に乗せられているものと同じ、細い銀色の王冠のような輪があった。
彼は王太子の背後に立つと、彼の頭上に戴冠のごとく銀の輪を掲げた。
「おいっ! やめろ、もうやめてくれ! こんなつもりではなかったのだ」
アダラールは上半身を必死に揺すって抵抗する。
遠目では分からないが、彼は椅子に縛り付けられているらしい。
椅子の肘掛けに置いている両手も、そこから動かせないようだった。
「頼む。やめてくれぇぇー!」
王太子の絶叫に、修道士は残虐な笑みを深め、銀色の輪から両手を離した。
軽い金属音を立て、二つ目の王冠が王太子の頭に斜めにかかる。
同時に、これまであった魔法陣の外側にさらに大きな円と複雑な紋様が出現し、青白い光が大きく噴き上がった。
一気に膨れ上がる魔力。
その圧力は凄まじく、男たちを両側の壁に叩きつける。
「うわっ!」
「う……くっ! やばい! また来るぞ!」
魔法陣の中央から現れたのは巨大な漆黒の鼻先。
がばりと開かれた赤い口内のふちには鋭い歯が幾重にも並んでおり、数頭の牛を一度に丸呑みにできそうなほど巨大だ。
「なんだ……あれは。また、魚?」
「かなりでかいぞ! 気をつけろ」
男たちは身体を壁に磔にする強大な魔力に最大の身体強化で抗い、手足の自由を取り戻す。
壁から離れると両足を踏みしめ、手にした剣を前に構えた。
細い剣身のような魚たちは、怯えた様子で身を翻し、部屋の隅でひとかたまりとなった。
魔法陣を抜け出た魔獣は、腹に灰色の部分がある巨大な魚の姿をしていた。
背びれや胸びれだけでも、人の身長以上の大きさがある。
全体的には細身で、筋肉質の体。
細い目は両側に三つずつ並び、尾びれは長く鋭い鎌のような形状だ。
魔法陣にはさらに二つの鼻先が出現していた。
ドゥラメトリア王国は内陸にあるため、獰猛な見た目のこの魚について、何一つ知識がなかった。
それでも、凶暴な魔獣であることは直感で分かる。
「おそらくあれは、海にすむ鮫の魔獣だ! 鮫は魔獣でなくとも人を襲う! 向かって来るぞ!」
国土に海を持つザウレン皇国の皇子が叫んだ。
ほぼ同時に、最初に全身を現した鮫の魔獣が、尾を振って体をくねらせた。
頭部がヴィルジールがいる方向に向き、六つの目が人間の姿を捉えた。
顎を上下に大きく開き、鋭い歯をむき出しにして、猛烈なスピードで突っ込んでくる。
「ヴィル、危ない!」
「くそっ!」
ヴィルジールは鮫の突進をかわし、その鼻先を浅く削り落とすだけで精一杯だった。
アロイスは素早く床に身を伏せ、急所があると思われる腹の下に滑り込んだものの、敵の俊敏さに一撃を与えることすらできなかった。
サーヴァは大きな胸びれに、はたき飛ばされた。
鮫の巨体が凄まじい勢いで頭から壁に激突する。
「魚ごとにきにやられるかよ!」
この一撃で建物が崩壊するほどの衝撃であったが、セレスタンが瞬時に聖結界を広げて防いだ。
残りの二頭は全身を現すと同時に、オリヴィエらに照準を定める。
「やばい! こっちに来るぞ」
「伏せろ!」
オリヴィエとバスチアンも身をかわすだけで精一杯だった。
鮫の魔獣たちは明らかに、人間を捕食対象として見ていた。
巨大な体に似合わない俊敏な動きで空中を自在に泳ぎまわり、獲物を仲間に奪われまいと競うように執拗に襲ってくる。
「これは……なんだ。何が起きている」
「こんな魔獣、見たことがないぞ」
クレマンの部隊四人がようやく到着したが、全くの予想外の魔物たちが空間を泳ぎ回る様に呆然となった。
バスチアンの叫び声にオリヴィエが応じる。
「そうだな。なんとか前進しないと」
幸い今回の魔法陣ははっきりと目に見える。
セレスタンが壁際に繋ぎとめられてしまったため魔力での破壊はできないが、物理的な破壊でも魔法陣の動きを止められることは『死の森』で証明済だ。
ほんの一箇所、線を切断するだけで良い。
しかし、絶え間なく出現する魚はこちらに向かって矢のように放たれ、周囲には猛スピードで飛び回る魚たちもいる。
それらを避けて魔法陣に迫るのは至難の技だった。
「うわっ!」
思いがけない方向から飛んできた魚が、バスチアンの肩をかすめていった。
その魚は真っ直ぐ壁までいくと、体をくねらせて斜め上へ飛び、天井にぶつかる寸前で急降下する。
「大丈夫か!」
「かすっただけだ。……しかし、これはなかなか厳しいな」
バスチアンが顎に伝う冷や汗を拭った。
魚の数が増えるにつれ、全方向への警戒が必要になってきた。
魔力を感知して避けようにも、数が多すぎるし、動きが速すぎて追いつけない。
「いや、なんとかなる。魚たちに我々を攻撃する意思はない」
「そうだな。奴らは逃げ惑っているだけだ」
ヴィルジールは四百年前の記憶から指摘し、アロイスは魚たちの動きから推測する。
「は? ……どういう意味だ」
オリヴィエが、斜め上から槍のように振ってきた魚を避けながら問うと、ヴィルジールは謁見の間の奥を指差す。
「奴らはあの正面の男から逃げているんだ」
「王太子から? ……なるほど、そういうことか。だから新たに出現した魚たちは、全部こっちに向かって来るんだな」
召喚された魔獣は、魔王を恐れてその場から逃げ出すのだという。
魔法陣から出現した魚たちは、すぐさま凄まじいスピードでこちらに向かってきたが、進行方向に人間がいたにすぎない。
彼らは、謁見の間の端まで行き着くと、逃げ場がないことにパニックを起こし、その動きが四方八方からの攻撃に見えた。
しかし、魚たちはどれほど逃げ惑っていても、魔法陣より奥へは行こうとしない。
それは、正面にいる人間が魔王である証拠でもあった。
「壁際から向こう側に回り込めれば、魔法陣は壊せそうだな」
「よし。魔法陣の破壊を優先! 左右、二班に分かれて攻めるぞ!」
オリヴィエのこの指示だけで、彼とヴィルジールが左右に飛び出した。
ほぼ同時にヴィルジールにはアロイス、団長にはバスチアンが付く。
サーヴァは一歩遅れてヴィルジールを追った。
壁づたいであれば、壁側は警戒せずにすむため魚からの防御が容易い。
男たちは易々と魔法陣の真横にまでたどり着いた。
「なるほど、やはりそうか」
真横から見るとはっきり分かる。
魚たちは、魔法陣の少し後方に見えない壁があるかのように方向転換していた。
新しく出現した魚はすぐさま、出口を求めて逃げていく。
そのため、魔法陣を中心として、謁見の間の手前と奥とが全く別の光景となっていた。
「よし、これなら魔法陣に迫れそうだ。私が出ましょう。両殿下は援護をお願いします」
アロイスが当然のように危険な役目を買って出ると、ヴィルジールが奥にいる王太子アダラールに目を向けた。
「いや、待て。ここからなら、直接兄上に迫った方が早いのではないか」
アダラールとの間には障害となるものは、ほとんど見当たらない。
走ればものの数秒で到達できる距離だ。
次々と魚を吐き出す魔法陣も、その力の源を絶てば機能を停止するだろう。
「いいえ。何が仕掛けられているか分かりませんし、真の敵は椅子の方かもしれません。我々の唯一の魔術師が足止めされていては不利です。まずは、目の前の脅威を取り除く方が得策でしょう」
アロイスの冷静な指摘にヴィルジールが「そうだな」と同意したとき、王座を囲う豪華な真紅の垂れ幕の陰から一人の男が姿を現した。
茶色のくせ毛の短髪に、紺色の修道服を着た若い修道士だ。
これほど強烈な魔力が渦巻く謁見の間にあっても、彼個人の魔力が伝わってくる。
彼はゆったりと歩きながら、両側の壁際にいる男たちを順番に確認すると、にやりと笑った。
「あの人は……確か聖女様の?」
「ジェラルドだ。まさか、あの男が……?」
思いがけない人物の登場に、二人は愕然とした。
教会の魔術師が魔王に協力している可能性は当初から指摘されていたが、まさか聖女の側近だったとは。
彼の能力は聖女やセレスタンには劣るものの、この国のトップクラス。
セレスタンが離れた場所に足止めされている以上、迂闊には近づけない。
ジェラルドの手には、王太子の頭に乗せられているものと同じ、細い銀色の王冠のような輪があった。
彼は王太子の背後に立つと、彼の頭上に戴冠のごとく銀の輪を掲げた。
「おいっ! やめろ、もうやめてくれ! こんなつもりではなかったのだ」
アダラールは上半身を必死に揺すって抵抗する。
遠目では分からないが、彼は椅子に縛り付けられているらしい。
椅子の肘掛けに置いている両手も、そこから動かせないようだった。
「頼む。やめてくれぇぇー!」
王太子の絶叫に、修道士は残虐な笑みを深め、銀色の輪から両手を離した。
軽い金属音を立て、二つ目の王冠が王太子の頭に斜めにかかる。
同時に、これまであった魔法陣の外側にさらに大きな円と複雑な紋様が出現し、青白い光が大きく噴き上がった。
一気に膨れ上がる魔力。
その圧力は凄まじく、男たちを両側の壁に叩きつける。
「うわっ!」
「う……くっ! やばい! また来るぞ!」
魔法陣の中央から現れたのは巨大な漆黒の鼻先。
がばりと開かれた赤い口内のふちには鋭い歯が幾重にも並んでおり、数頭の牛を一度に丸呑みにできそうなほど巨大だ。
「なんだ……あれは。また、魚?」
「かなりでかいぞ! 気をつけろ」
男たちは身体を壁に磔にする強大な魔力に最大の身体強化で抗い、手足の自由を取り戻す。
壁から離れると両足を踏みしめ、手にした剣を前に構えた。
細い剣身のような魚たちは、怯えた様子で身を翻し、部屋の隅でひとかたまりとなった。
魔法陣を抜け出た魔獣は、腹に灰色の部分がある巨大な魚の姿をしていた。
背びれや胸びれだけでも、人の身長以上の大きさがある。
全体的には細身で、筋肉質の体。
細い目は両側に三つずつ並び、尾びれは長く鋭い鎌のような形状だ。
魔法陣にはさらに二つの鼻先が出現していた。
ドゥラメトリア王国は内陸にあるため、獰猛な見た目のこの魚について、何一つ知識がなかった。
それでも、凶暴な魔獣であることは直感で分かる。
「おそらくあれは、海にすむ鮫の魔獣だ! 鮫は魔獣でなくとも人を襲う! 向かって来るぞ!」
国土に海を持つザウレン皇国の皇子が叫んだ。
ほぼ同時に、最初に全身を現した鮫の魔獣が、尾を振って体をくねらせた。
頭部がヴィルジールがいる方向に向き、六つの目が人間の姿を捉えた。
顎を上下に大きく開き、鋭い歯をむき出しにして、猛烈なスピードで突っ込んでくる。
「ヴィル、危ない!」
「くそっ!」
ヴィルジールは鮫の突進をかわし、その鼻先を浅く削り落とすだけで精一杯だった。
アロイスは素早く床に身を伏せ、急所があると思われる腹の下に滑り込んだものの、敵の俊敏さに一撃を与えることすらできなかった。
サーヴァは大きな胸びれに、はたき飛ばされた。
鮫の巨体が凄まじい勢いで頭から壁に激突する。
「魚ごとにきにやられるかよ!」
この一撃で建物が崩壊するほどの衝撃であったが、セレスタンが瞬時に聖結界を広げて防いだ。
残りの二頭は全身を現すと同時に、オリヴィエらに照準を定める。
「やばい! こっちに来るぞ」
「伏せろ!」
オリヴィエとバスチアンも身をかわすだけで精一杯だった。
鮫の魔獣たちは明らかに、人間を捕食対象として見ていた。
巨大な体に似合わない俊敏な動きで空中を自在に泳ぎまわり、獲物を仲間に奪われまいと競うように執拗に襲ってくる。
「これは……なんだ。何が起きている」
「こんな魔獣、見たことがないぞ」
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