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第2章 エルフの里と紅牙編
第16話 魔力と選択
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エルフの里の朝は静かだった。大樹の枝に組まれた住居の隙間を、澄んだ風が抜けていく。葉擦れの音が、まるで里そのものの呼吸のように穏やかに続いていた。
ユミは里の一角、ミルフィーの家の縁側に腰を下ろし、湯気の立つ木杯を両手で包んでいた。少し離れた場所では、ルナがモコを膝に乗せて座っている。モコは尻尾をふわりと揺らし、満足そうに丸まっていた。
『落ち着いてるな。』
雪の声が、頭の中に静かに響く。
『この里は、森よりずっと安心できる。』
雪風の声も続く。
ユミは小さく息を吐き、二匹の様子を視線の端で確認した。
(雪も雪風も、警戒してない……)
その一方で、ミルフィーはどこか考え込むような表情をしていた。視線は自然と、ルナとモコへ向かっている。
「……やっぱり、魔力が高いわ。」
その呟きに、ユミが頷く。
「うん。モコがここまで懐くの、普通じゃないよね。」
テイムしたのはユミだが、モコが自分よりもルナのそばにいる時間の方が明らかに長い。それは偶然ではないと、ユミも感じていた。
ミルフィーは少し考え込むように視線を落とし、それからルナに向き直る。
「ねえ、ルナ。ひとつ聞いてもいい?」
ルナは顔を上げ、少しだけ身構えた様子で答える。
「……なに?」
「あなた、今いくつ?」
一瞬、間が空いた。ルナは自分の指を見つめ、それから静かに答えた。
「……八歳。」
その言葉に、ミルフィーは小さく息を吐いた。
「……やっぱり。」
ユミが首を傾げる。
「やっぱり、って?」
ミルフィーは里の奥、木々の向こうを見つめながら説明を始めた。
「エルフの里では、本来は魔力量の正式な測定は十歳からなの。」
ルナの視線が、少しだけ揺れる。
「成長途中の子は、魔力が安定しないことが多い。だから、早い段階では測らない。」
ユミは静かに言葉を継いだ。
「でも……」
「ええ。でも、例外もあるわ。」
ミルフィーはきっぱりと言った。
「魔力が高すぎる場合は、話が別。制御の仕方を知らないままだと、無意識のうちに魔力が溢れて、魔力暴走を起こす危険がある。」
ルナは外套の裾を、ぎゅっと掴んだ。
(……わたしが、そんなこと……)
その様子を見て、ユミはすぐに声を和らげる。
「今すぐ何か起きるって話じゃないよ。ただ、何も知らないままより、早めに把握しておいた方が安心だから。」
ミルフィーも頷く。
「あなたを守るためよ。だから……」
一拍置いて、はっきりと告げる。
「里長に、私から魔力量測定をお願いする。」
ルナは少し考えた後、小さく頷いた。
「……わかった。」
その返事を聞き、ミルフィーは立ち上がった。
里長の家は、里の中心にそびえる大樹の根元にあった。中へ通されると、ユミたちは自然と膝をつく。
「ミルフィー、話があるそうだな。」
里長の穏やかな声に、ミルフィーは一歩前へ出る。
「里長。お願いがあります。」
家族ではなく、里の長として向き合う場。ミルフィーははっきりとした口調で続けた。
「この子の魔力量を、特例として測定していただきたいのです。」
里の空気が、わずかに張り詰める。
「……たしか十にみたないはずだ。」
「承知しています。」
ミルフィーは視線を逸らさない。
「ですが、魔力が高すぎる場合、制御法を知らないことは危険です。この子自身が、知らぬ間に傷つく可能性があります。」
ユミも一歩前に出て頭を下げた。
「モコが強く懐いていることからも、魔力の多さは明らかです。早めに把握すれば、守れる未来があります。」
里長はしばらく黙考した後、ゆっくりと頷いた。
「……理由は理解した。特例として、測定を許可しよう。」
測定は、里の奥にある静かな広場で行われた。地面には古い魔法陣が刻まれ、数名の長老が位置につく。
「中央に立つだけでよい。力を流す必要はない。」
ルナは言われた通り、魔法陣の中心へ進んだ。モコは名残惜しそうに離れ、ユミの肩へ移る。
詠唱が始まると、空気が震えた。淡い光が魔法陣を巡り、次第に安定した輝きを放つ。ざわめきが起こる。
「……これは。」
「結界を張れるほどの魔力量……」
ミルフィーは小さく息を吐いた。
「やはり……」
里長は静かに告げる。
「この子は極めて高い魔力を持つ。適切な制御を学ばねば、危険となる。」
ユミはルナを見て、穏やかに言った。
「大丈夫。ここから、ちゃんと教わればいい。」
ルナは小さく頷いた。モコが軽く鳴き、再びルナの元へ戻る。里に、新たな決意が静かに根を下ろしていった。
ユミは里の一角、ミルフィーの家の縁側に腰を下ろし、湯気の立つ木杯を両手で包んでいた。少し離れた場所では、ルナがモコを膝に乗せて座っている。モコは尻尾をふわりと揺らし、満足そうに丸まっていた。
『落ち着いてるな。』
雪の声が、頭の中に静かに響く。
『この里は、森よりずっと安心できる。』
雪風の声も続く。
ユミは小さく息を吐き、二匹の様子を視線の端で確認した。
(雪も雪風も、警戒してない……)
その一方で、ミルフィーはどこか考え込むような表情をしていた。視線は自然と、ルナとモコへ向かっている。
「……やっぱり、魔力が高いわ。」
その呟きに、ユミが頷く。
「うん。モコがここまで懐くの、普通じゃないよね。」
テイムしたのはユミだが、モコが自分よりもルナのそばにいる時間の方が明らかに長い。それは偶然ではないと、ユミも感じていた。
ミルフィーは少し考え込むように視線を落とし、それからルナに向き直る。
「ねえ、ルナ。ひとつ聞いてもいい?」
ルナは顔を上げ、少しだけ身構えた様子で答える。
「……なに?」
「あなた、今いくつ?」
一瞬、間が空いた。ルナは自分の指を見つめ、それから静かに答えた。
「……八歳。」
その言葉に、ミルフィーは小さく息を吐いた。
「……やっぱり。」
ユミが首を傾げる。
「やっぱり、って?」
ミルフィーは里の奥、木々の向こうを見つめながら説明を始めた。
「エルフの里では、本来は魔力量の正式な測定は十歳からなの。」
ルナの視線が、少しだけ揺れる。
「成長途中の子は、魔力が安定しないことが多い。だから、早い段階では測らない。」
ユミは静かに言葉を継いだ。
「でも……」
「ええ。でも、例外もあるわ。」
ミルフィーはきっぱりと言った。
「魔力が高すぎる場合は、話が別。制御の仕方を知らないままだと、無意識のうちに魔力が溢れて、魔力暴走を起こす危険がある。」
ルナは外套の裾を、ぎゅっと掴んだ。
(……わたしが、そんなこと……)
その様子を見て、ユミはすぐに声を和らげる。
「今すぐ何か起きるって話じゃないよ。ただ、何も知らないままより、早めに把握しておいた方が安心だから。」
ミルフィーも頷く。
「あなたを守るためよ。だから……」
一拍置いて、はっきりと告げる。
「里長に、私から魔力量測定をお願いする。」
ルナは少し考えた後、小さく頷いた。
「……わかった。」
その返事を聞き、ミルフィーは立ち上がった。
里長の家は、里の中心にそびえる大樹の根元にあった。中へ通されると、ユミたちは自然と膝をつく。
「ミルフィー、話があるそうだな。」
里長の穏やかな声に、ミルフィーは一歩前へ出る。
「里長。お願いがあります。」
家族ではなく、里の長として向き合う場。ミルフィーははっきりとした口調で続けた。
「この子の魔力量を、特例として測定していただきたいのです。」
里の空気が、わずかに張り詰める。
「……たしか十にみたないはずだ。」
「承知しています。」
ミルフィーは視線を逸らさない。
「ですが、魔力が高すぎる場合、制御法を知らないことは危険です。この子自身が、知らぬ間に傷つく可能性があります。」
ユミも一歩前に出て頭を下げた。
「モコが強く懐いていることからも、魔力の多さは明らかです。早めに把握すれば、守れる未来があります。」
里長はしばらく黙考した後、ゆっくりと頷いた。
「……理由は理解した。特例として、測定を許可しよう。」
測定は、里の奥にある静かな広場で行われた。地面には古い魔法陣が刻まれ、数名の長老が位置につく。
「中央に立つだけでよい。力を流す必要はない。」
ルナは言われた通り、魔法陣の中心へ進んだ。モコは名残惜しそうに離れ、ユミの肩へ移る。
詠唱が始まると、空気が震えた。淡い光が魔法陣を巡り、次第に安定した輝きを放つ。ざわめきが起こる。
「……これは。」
「結界を張れるほどの魔力量……」
ミルフィーは小さく息を吐いた。
「やはり……」
里長は静かに告げる。
「この子は極めて高い魔力を持つ。適切な制御を学ばねば、危険となる。」
ユミはルナを見て、穏やかに言った。
「大丈夫。ここから、ちゃんと教わればいい。」
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