愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径

文字の大きさ
27 / 82
第二章

27

しおりを挟む

「妻の親族に会計士がいたため、その者を領都へ連れてきて犯罪の片棒を担がせました。アイツは悪くありません。なので……」
「安心しろ」

アレクシスお兄様がそう仰ると、安心したような表情をされたそうです。

「その男はすでにすべてを自白している。お前が捕まれば、斬首刑でない限りあらゆる手を使い必ず救い出すと約束したことも、そのための隠し財産があることも、それの隠し場所も。すべて話せば、自分だけは罪を見逃してもらえるなど浅ましい考えだったようだけどな」

お兄様の言葉に、縄を打たれて私兵に髪を掴まれて青ざめた顔を上げさせられたままのウーレイは、兄曰く「滑稽だった」そうです。

「そりゃあ、そうだろ? 『預かった商家の横領程度で斬首刑にはならない』と思っていたんだ。「主家を裏切ったことも大した問題にならない。自分は男爵なんだから」だとよ」
「主家を裏切れば、一族は領地からの追放ですわ」
「ああ、そうだ。しかし自分は叙爵された。後ろ盾に王家がついた。だから、自分は王家に匹敵する立場になった。これで自分に歯向かえるものはいない。─── そう歪んだ考えを持っていたらしい」
「お兄様。それって『国が滅ぶときは王族と同じ責任を背負う』というご意志がおありで?」
「ないない。しかし、そう言っていた以上、その意思がなくとも連中には王族と同等の罰を与えるよう、モーリトス国からサンジェルス国王に伝えてある。婚約破棄騒動リリィの一件もあるからな。国王にしてみれば『当事者の責任』をいくらか押し付けたいだろう」
「─── 下手に自己主張すれば、国は滅びますわ」
「もう、滅びは確定した。あとは『どれだけ潔く散っていくか』というところだな」

それから半月後、ウーレイと妻の一族は、娘による国家転覆罪の管理責任を問わない代わりに、商家の裏切りで厳しい罰を受けることになったのです。

「しかし、大人全員を犯罪奴隷として義姉あね上の計画した岩山の撤去になったけどな。あの連中、どうやら『岩山が撤去されれば解放される』と勘違いしているようだ」
「犯罪奴隷は終生ですわ」
「ああ、その通りだ。それもこの罰は『主家への裏切り』に対するもの。横領による被害総額は、子供たちが農業や漁業で返していくことになる。しかし、子供たちの方は借金奴隷で返済が終われば解放される。─── 人数が多いから、十年もあれば完済できるだろう」
「労働に向かない子供や老人たちは?」
「モーリトス国内の修道院に移された。最下層の修道士や修道女として終生を送ることになるだろう」

最下層の修道士や修道女は、親が罪を犯したり連座で罰を受けたために修道院に入れられた人たちです。そのため、上位に上がることはできません。ですが、下働きの最下層から上がることは可能です。ただ『人の上に立つ立場リーダーになれない』というだけです。そして、金銭に携わる事務もできません。
それでも、信頼を勝ちとり神官長の補佐の一人にまで上りつめて、今では聖人の一人に名を連ねる元王族だった修道士や修道女もいます。

「伝説のリュカ神官みたいになれとは言わないが、自らの立場を嘆くより一歩ずつ確実に、そして誠実に生きていれば、周囲は正しく評価してくれる」
「そうですわね。エメラルド神官のように、祭事さいじを任せられる補佐官になられたら……」

リュカ神官は、三百年前の戦争で王子妃が身篭った状態で人質として戦勝国に差し出されたときに生まれた方です。移動の馬車の中で産気づいて、そのまま近くの村でお生まれになられました。その地に二週間滞在後、戦勝国の王都へ母子ともに送られたそうです。戦勝国の国王は、赤子の父である何番目かの王子がすでに戦争で亡くなられたこととすでに戦争は終わっていることをあげ、神殿に最下層の修道士として預けることで生命を救われました。リュカ神官は、その恩をお返しするため神に仕えました。
仮にも敗戦国の王子の血を引くリュカ神官です。いつ国王にヤイバを向けるかわからない。敗戦国の人間が旗印として身柄を奪うかもしれない。禍いの種は早く摘み取った方がいい。そう訴えていた王族や貴族も、幼いながらも立場を弁えて修道士として誠実に生きられるリュカ神官の姿を見て、考えを改めたそうです。

エメラルド神官も同様です。死罪となった貴族の遠縁、それもあまりにも血の薄い『ほぼ無関係』ともいえるくらい交流も付き合いも何もない農村の娘でした。それが見ず知らずの縁戚の縁座えんざで罪を背負うことになったのです。
王都へ護送される前日、エメラルド神官の両親は夕食に毒を混ぜました。眠っている間に心臓が止まる花の毒。翌朝、王都から来た兵士は、各々の部屋で眠るように死んでいる一家を発見しました。唯一生き残っていたのが、まだ幼く食事量も少なかった末の娘エメラルドでした。
彼女も『一度は死んだ者』として神殿に最下層の修道女として預けられました。毒のせいで声を失ったエメラルド神官でしたが、刺繍は群を抜いて上手く、祭事の際に飾られる装飾品の刺繍や花の飾り付けなどを任せられるほどになり、時の国王に『花の神官』という称号が贈られました。

「神に仕える見習いが修道士や修道女だが、一人前として神に仕えることを許されたのが神官。せめて、見習いで終わらず一人前になって見返すくらいになってほしいな」
「神殿では魔法が使えません。ですから、自分で努力するしかありません。それを『今まで出来たことができない』と嘆くようでは……」
「ああ、待っているのは『死より怖い世界』だ」

────── その世界に、ウーレイ家の娘夫婦が向かう予定です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

悪役令嬢の父は売られた喧嘩は徹底的に買うことにした

まるまる⭐️
ファンタジー
【第5回ファンタジーカップにおきまして痛快大逆転賞を頂戴いたしました。応援頂き、本当にありがとうございました】「アルテミス! 其方の様な性根の腐った女はこの私に相応しくない!! よって其方との婚約は、今、この場を持って破棄する!!」 王立学園の卒業生達を祝うための祝賀パーティー。娘の晴れ姿を1目見ようと久しぶりに王都に赴いたワシは、公衆の面前で王太子に婚約破棄される愛する娘の姿を見て愕然とした。 大事な娘を守ろうと飛び出したワシは、王太子と対峙するうちに、この婚約破棄の裏に隠れた黒幕の存在に気が付く。 おのれ。ワシの可愛いアルテミスちゃんの今までの血の滲む様な努力を台無しにしおって……。 ワシの怒りに火がついた。 ところが反撃しようとその黒幕を探るうち、その奥には陰謀と更なる黒幕の存在が……。 乗り掛かった船。ここでやめては男が廃る。売られた喧嘩は徹底的に買おうではないか!! ※※ ファンタジーカップ、折角のお祭りです。遅ればせながら参加してみます。

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...