愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径

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第三章

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「あの……ここが私たちの働くところですか?」

女囚は男囚の腕に縋り付くように周囲を見渡していた。農家の作業部屋の一角に置かれた粗末な事務机と粗末なイスが二脚。二人は許可がないにもかかわらず、その粗末なイスに腰掛けた。その礼儀を持ち合わせない態度は貴族にみえない。それでも、ここまで案内してきた男は表情を変えずに扉の前に立った。

この王都から遠く離れた農場まで乗せられたのは粗末な檻馬車だ。座席もなにもない。人を運ぶために造られたと思えないその馬車は、舗装された街道を走り続けた。二人は知らないが、荷馬車に檻を付けただけの家畜専用馬車だ。
この国では、街道を行き交う馬車に馬はいない。馬車自体が魔導具で、行き先を登録すれば自力走行する。魔物が跋扈する街道を、魔物を招き寄せる可能性の高い馬で往来する危険性もあるのだ。
世界各国がこの馬車を採用した下地には、数年前に今は国土の一部となった国の王太子とその愛人が引き起こした馬車の暴走事件がある。たくさんの死傷者が出たその事件は、その罪を馬車の御者や所有者に押し付けて処刑し、連座で多数の人々を国外追放にした。さらに、被害者への補償がないばかりか、王太子の罪を訴えた被害者たちを国外追放にした。
その悲しみを知った大魔導師と賢者が生み出したのが魔導具の馬車だ。もちろん普通に馬に引かせる馬車もある。行き先が登録されないと動かせないため、暴走事件の詳細を知った各国が買い求めたのだ。
今では知られているが、当時はその幼稚な言動から『幼い王太子と同年代の女児』と誤解された。それがさらに魔導馬車を求める結果になったらしい。


「ここは契約のための部屋だ。働く場所は契約が締結されれば案内させてもらう」

事務机の反対側にすでに座っている、粗末だが身綺麗な男性。このとき女囚は思った。『この男を虜にすれば貴族に返り咲くことも可能だ』と。もしも、その声が口から出ていれば「お前は元々貴族じゃないだろ‼︎」と、彼女を知る全員からツッコミが入っただろう。

「これが契約書だ。よく内容を読み、納得できたら最後の空白に魔力を込めたサインをしてくれればいい。それで契約は完了する。質問があるならなんでも聞いてくれ」
「私たちはここへは労働力としてきたはずですが」
「そうだ。二人にはこの農場の労働力として十分働いてくれると期待している」

その言葉に女囚の方はすでに乗り気のようだが、契約書を確認しようとしていない。そして男囚の方は、右の壁に貼られたこの農場の敷地や、近隣の町や村に続く街道の描かれた地図を目にしていた。

「ここは都市からだいぶ離れているようだ。警備も手薄なようだし。魔物の被害はないのか?」
「ええ。ここの敷地を取り囲むように結界が張られています。それは『人間は問題なく通れる』という物になっております」
「つまり、魔物はこの敷地内を襲うこともできず、動物も逃げだすことができない、ということか。空はどうだ? 飛ぶ魔物も存在するぞ」
「空も結界で覆われており、雨は通しますが魔物は通れません」
「では安心して働けるということだな」
「その通りでございます」

男囚の方も、ろくに契約書に目を通さず開いた場所に魔力によるサインをした。女囚の方も男性に目を向けていて、契約書の内容を一切確認もせずにサインをしている。二人がサインをしたのを視認した男性は、契約書を受け取りサインに自身の魔力を乗せる。すると、二人のサインが金色に輝いた。
これで契約は締結した。

「それでは案内しましょう。あなたたちの持ち場へ」
「「─── はい。よろしくお願いします」」

締結と同時に二人の目はうつろになっていた。

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