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第三章
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しおりを挟む二人は混乱していた。自我はあるものの、意識の奥に追いやられて操られている状態に近い。もちろん、今の返事も『勝手に口が動いた』だけで本人たちの意思ではない。
「旦那様。主従の契約を」
「ああ、そうであったな」
扉の前に立つ男の言葉に男性は頷くと立ち上がる。すると二人も立ち上がった。
「二人は……そうだな。馬耕用の馬が足りなかったと思うが、農耕牛の方はどうだ?」
「はい、どちらも不足しております。ですが、駄馬も不足していると報告がございます」
「荷駄馬か、フム……。足りなければ馬耕用の馬にも荷駄を引かせばよい。ちょうど二体増えるんだ。男を農耕馬、女を農耕牛とすれば良い」
「はい。では主従契約を」
男の言葉に男囚と女囚はスッと跪き頭を垂れる。
もちろん心中は穏やかではない。しかし自身の意思に関係なく操られるように動く自らの身体に驚く。しかしどんなに叫んでも自らの意思で動くことも叶わず。
誰かに跪かれることはあっても誰かに跪くことが一度もなかった男囚にとって今の姿は屈辱的でしかない。
しかし、恥辱と屈辱にまみれた日々はすでに始まっているのだった。
「契約書の通り私の言葉に従い、服従することを命ずる」
「「はい、ご主人様の仰せのままに」」
「ではここに主として命ずる。男囚は農耕馬百四十九番として働くがよい」
「はい。私百四十九番は農耕馬としてご主人様の、さらにモーリトス国のために死が訪れるまで働かせていただけることを深く感謝します」
男囚こと百四十九番はそう宣言すると男性の右の靴先に忠誠の証として唇をつける。
「よかろう。我に従い、国王に従い、罪深いその身を捧げるがよい」
「はい。この許されぬ罪を犯した百四十九番めをどのようにでもお使いください」
男囚改め百四十九番は、再度男性の靴に口付けし、服従を誓う。すでに王城の地下牢で名を捨てられて男囚と呼ばれていた彼は、新たな名が与えられたことで男性が百四十九番の主人となった。
「では次に、女囚は農耕牛二百二十三番と名乗り、死ぬまで尽くすように」
「はい。二百二十三番は農耕牛となり、ご主人様のためにどのようなご指示も従わせていただきます」
「よし。では二人にはこのならずの実を与える。飲み干すがよい」
「「はい。ありがたくいただきます」」
主人となった男性の左の靴先に口をつけた二百二十三番は、与えられた実をそのまま唾液で飲み込む。大きな実で水もなく飲み込めないように見えるが、口に含めると少量の唾液だけでスルンッと喉を通り過ぎた。これは『子の成らずの実』。文字通り男女共に性欲をなくし、子供ができる機能を停止させるものだ。
「ここで働く者に性欲など必要ない」
「「はい、ご主人様」」
子ができれば妊娠期間は労働できない。出産直後も同様だ。無理させれば死につながる。
何より彼らは罪人であり、この地には罰を受けにきた。性欲という名の快楽も必要はない。
だいたい、彼らは未成人にも関わらず十分に盛ってきた。報告書によれば、この女囚二百二十三番は、若いにも関わらず複数の男と同時に性交渉を繰り返してきた。公開檻の中でも連日連夜、まるでショーのように盛り続けてきたという。─── もう十分だろう。
今は自らの思い通りに動かない身体に意識は混乱しているだろう。
全身を鎖で繋がれ身動きできない状態であることが理解できているのに、止めようとしても身体は動き、意思とは関係なく言葉が口から出て服従を誓う。時間をかけて現状を受け入れ、自分の犯した罪と向き合うことで鎖が外れていく。それがすべてなくなれば、自分の身体に戻れる。
以前、どの様な状態なのか聴取したときにそう返ってきた。
「意識が自身の身体に戻ったときに歯向かう意思はでなかったのか?」
「はい。主従契約を結んだときに、生涯をご主人様や国に従う意思を宣誓しました。そのため、歯向かう意思を少しでも持てばふたたび意識は飛ばされ鎖に繋がるでしょう」
そうなれば、二度と意識は表面化しない可能性もあります。
そう言った彼は、そのことを教わったわけではないものの、自然とそう理解したらしい。
目の前で跪く二人の罪人夫婦。彼らの意識が身体と同調すれば元の通りになる。そうなれば、扉の前に立つ彼のように自己の言葉を発することができる。歯向かう意思が現れたらすぐに意識は追いやられ、二度と元に戻れなくなるだろう。
「誰からも愛される王太子殿下に手を出したんだ。一生をかけて償ってもらう。─── 戻れない方が幸福かもな」
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4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
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