愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径

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第三章

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「先週は図書館に来ていなかったね。どうかしたのか?」

ジョスカーに勉強を教わって二時間。今日もなんとかわからない数式にしがみついて終わりを迎えた。
ジョスカーの教えは一度に一教科のため、今日は苦手な数学。でも、ジョスカーが親切に教えてくれることで、より接近できるチャンスでもある。

「私、寮に入らないと退学になるなんて知らなくて……」
「誰も教えてくれなかったのか? 書類を渡されただろう?」
「え? 書類ってなんですか?」

たしか、口頭で聞いた気はするが書類は貰っていない。しかしそのことに一番驚いたのはジョスカーの方だった。

「入寮の書類だよ。みんなに渡されたはずだけど、本当に渡されなかった?」
「ええ……。そのような物、私は渡されていません」

この時点で勘違いしていた。だってジョスカーに書類と言われたから『入寮のしおり』みたいな小冊子をイメージしたんだ。一枚の紙に手続きの内容が書かれているなんて思いもしなかった。────── だいたい、そんな紙なんてイチイチ目を通さないし。

「誰かが教えてくれなかったのか?」
「私には同じクラスにも学年にも仲良くしてくれる人は誰も……」

言っていて悲しくなった。誰も私に近付かない。誰も彼も、私を『成り上がり』と蔑んで近寄りもしない。だから私も近付きもしなかった。私にはジョスカーがいるし、ジョスカーに教えてもらっているから下手な成績は残せないし。
思い出したら悔しくて、思わず俯いた私の目尻に涙が滲んだのだろう。ジョスカーがその涙を指でぬぐってくれた。驚きで顔を上げると、ジョスカーの顔が近くて胸がドキドキして顔が熱くなっていく自覚もあって、制服の下の指輪を思わず握りしめた。
そんな私に優しい目で見て

「俺がキミの最初の友人だな」

そう言って笑ってくれた。励まそうとしてくれたのだろう。でも私は『ジョスカーが欲しい』と強く願ってしまった。


寮生活はあまりにもつまらなかった。
寮は男女別。それはそうだろうけど、祖父に抱かれる夜も、友人たちと一緒に男と遊んできたこともできない。寮、それも個室でさえも異性は婚約者でも入ることができない。一週間もしないで、私の身体は疼くようになった。こうなれば手近な男性でもと思っても、ここにいるのは先生と私をバカにした視線を向ける連中ばかり。

『誰かイケメンとやりたい』

そんなことを考えても、ここではそんな望みも叶わない。そんな私に居丈高に声をかけてきたのはジョスカーの取り巻きの一人。それがキッカケだった。

「俺はランフォード・オーラム・コリン。君がジョスカー様を誑かす悪女か」
「まあ、私はただ授業についていけなくて図書館で自習しているだけです。ジョスカーは友だちもなく一人で勉強している私に勉強を教えてくださっているだけです」
「ジョスカー様を軽々しく呼び捨てにするな! いやしい女が」
「私はただ……ジョスカーに『呼び捨てで呼ぶように』と言われて従っているだけです」

『友だちもなく』という言葉を自分で言ってて悲しくなった私は、ハンカチで溢れてきた涙をぬぐおうとして制服のスカートの右ポケットに手を入れるが、目的の物は見つからなかった。最後に確認したのは教室にいたときだ。
私たちは教科書を自分で持ち歩く。教室に残していくことはないため、誰もがトートバッグを持ち歩いている。学院には侍従侍女がついてこられないため、自分で管理しないとならない。ただ、持ち歩くのは朝と帰りのみ。そうよね、トイレや昼食に行くのに持っていくほうが不衛生だわ。
トートバッグにもピンからキリまである。空間魔法がついていて何でもかんでも入れられる物から、ただ強度と耐久に特化された物まで。汚れ防止がつけばさらに金額が上がる。私のはただ『どれだけ詰めても重さを感じない』だけ。そのためハンカチはバッグに入れられない。もし濡れたハンカチをバッグに入れたら教科書まで濡れたり汚れたりするから。
─── どこかで落としたのかな。
そう思った私の目の前に白く綺麗なハンカチが差し出された。

「使ってくれ。悲しませるつもりはなかった」
「いえ……そのような上等な物を」
「かまわん。いらなくなったら捨ててくれ」

そう言ってハンカチを私の手に握らせると、まるで私を泣かせたことから逃げるように足早に去っていった。
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