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第四章
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しおりを挟む呆気に取られた私は、目の前で起きていることに頭がついていけないでいた。玉座から下りていた国王陛下と宰相の口論が、今では格闘技に発展していた。
「あの二人、同い年の従兄弟なんだよ。そして片方が僕の親」
「え? あのホルス宰相が、ですか?」
「そう。それで、僕が精霊の先祖返りだから王城で保護されることになってね。ここの空いてる離宮に家族で引っ越してきたんだ」
「だって、仕方がないじゃないかあ~! 父上がまさか俺の婚約者を連れて聖霊国へいってしまうなんて思わなかったんだからー!」
「え……駆け落ち?」
私の呟きにクスクスと笑うカイエル。駆け落ちなら笑い事ではないのに……なぜ?
「混乱しているところ悪いけどね。駆け落ちじゃないよ」
婚約者の令嬢は精霊の血を弱くも受け継いだ遠縁だった。それが、結婚前に精霊の血の影響で体調が変化した。この世界の空気が精霊界より薄くて、強くなりだした精霊の血があわなくなり、酸欠になって倒れてしまったらしい。令嬢の生命を救うには彼女を精霊界に連れていくしかなかった。ただ、精霊界に行って戻ってこられるのは先祖返りのカイエルや、私のように特別な状況で精霊化した者だけ。当時、それに当てはまる者はいなかった。つまり、戻ってこられないということだった。
それに、精霊界がどうなっているかわからない。人間界にいった精霊が『精霊界を追放された犯罪者』という可能性もあった。
それこそ、『歴史書はその国の都合で書き換えられる』ものだ。
「それで、周りは二分に分裂した。前国王の発案通り、譲位して若い王をこの国に残す。そしてもう一つは、若い二人を精霊界に送る。その場合、ほかに直系はいなくなる。そのため、僕の父を新王にたてる話も持ち上がった」
「それは私が丁重にお断りしました」
カイエルの言葉にホルス宰相が即答した。彼の靴の下には踏みしだかれた陛下の背中が……誰も止めないんだけど! え? これっていつものことなの⁉︎
「従兄弟で精霊の血を受け継いでいるんだからいいじゃないか!」
「何をバカなことを。国王や女王になるには『直系の濃い血を引いている』ことが一番大事でしょう」
「お前は従兄弟じゃないかー!」
「直系はあなたでしょう? 恨みたければ、王位を継いだあなたの父上にしてください」
「それはお前の母君が王位を投げ出したからじゃないか!」
「母は王位より愛する人を選んだのです。美談じゃないですか」
周りの反応が、微笑ましく見守るような視線を向けているだけで止めない理由が何となくわかった。見た目が似ている二人はまるで兄弟のようだ。もしかすると、カイエルの先祖返りを理由に離宮に移り住んだのも、突然ひとりぼっちになってしまった陛下を心配してのことではないのだろうか。
「実はね、数代前の王妹殿下が僕の先祖って言ったでしょ?」
「ええ、でもカイエルはホルス宰相と陛下は従兄弟とも言ったわ」
「うん、王妹殿下の降嫁後も先祖は王家の兄弟姉妹と婚姻を繰り返してきたんだ。もしもの時に精霊の血が失われるのを避けるためにね。それで最近の降嫁が僕の祖母。次代の女王候補だったんだけど、祖母は王位継承権を放り出して祖父に嫁いできたんだよ」
「前国王と私の母は双子で、どちらが王位を継いでも良かったらしいよ」
カイエルの話に補足のように言葉を繋ぐホルス宰相。今は陛下をプロレス技で固めていた。
今この場にいるのはモーリトス国の人たちで、誰もが王家の事情を知っている。精霊の血の影響で長く生きていく王家だから、王妃や王配には精霊の血を受け継ぐ者が相応しい。伴侶と死別する悲しみを国王陛下や女王陛下に負わせるわけにはいかない。そして、若い姿のままの伴侶と老いていく自分。そして、生まれた子も精霊の血を受け継いで老化しない。それを目の当たりにして精神が壊れていく伴侶も多い。だからこそ、精霊の血を受け継いだ伴侶が求められる。
─── 今はその条件に相応しい女性がいない。
しかし、そう都合よく王位継承者の伴侶となれる精霊の血を継いだ異性が生まれることは少ない。宰相のように陛下の同性だったりする。精霊界へ前国王と共に渡った令嬢も、陛下より十歳年上だった。
「カイエルのお母様は?」
「僕の両親? 二人は血筋だよ。うちでも兄弟姉妹が生まれて分家していくし。この国の公爵家は精霊の血を受け継いだ一族だよ。母はその公爵家からの嫁入り。公の場に出てこないのは妊娠しているから。今は離宮で弟妹たちと留守番しているよ」
「そうだ。お前のところの娘を娶るぞ。それなら問題ない」
「血が近すぎるからダメだろうが!」
「んぎゃぁぁぁ‼︎」
あ、陛下が四の字固めに沈んだ。
「そりゃあ、父上だって怒るよ。サーヤはまだ三歳なんだから」
たしかに「三歳の娘を嫁にくれ」と言われたら怒りますよね。
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