愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径

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第四章

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北西の飛び地、それはサンジェルス国との国境線として高く連なる岩盤の尾根に接地していて、作物も育ちにくくとても過酷な廃領地だ。ここは前当主夫人マーメリアの実家があった領地だ。
マーメリアが息子ユベールの結婚式に遠い領地からお祝いに来てくれた両親と兄夫婦の笑顔を見たのはそのときが最後だった。帰領途中の家族が落盤事故で亡くなったと聞いて駆けつけたときにはすでに葬儀は終わり、マーメリアが領地を受け継いだ。
彼女は領地をほかの領に売ろうとしたが誰も領主一家が事故死した領地を欲しがる領主はいない。しかし、生産に不向きでも領地を持っていれば徴税も発生する。そのため、領地を分割して領民も施設もそのまま丸ごと接地している領地に引き取ってにもらった。それでも事故が起きた場所周辺、岩盤から東へ十五キロ、南北に二十キロという縦長の領地だけ売れ残った。それだけなら廃領地として遊ばせていても大丈夫……のはずだった。
何故王家に返さなかったのか。王家からお預かりしたのだから、王家に返すのが筋というものだ。それを許可なく分割して、ほかの領地に分配した。
それはのちに王家への罰金という形で支払うことで許されたつもりでいた。しかしそれは許されたのではなく、何かあったときに加算するように猶予されていたのだ。無償で譲ったのと、家族を全員亡くしたショックで頭が正常に働いていないと大目に見てもらえたからだ。だから、追加で処罰を受けることになったのだろう。

四人を運んだ馬車は乗合馬車に木でできた観音開きの扉がつけられて、明かりとりの小窓があるだけの粗末な荷台だった。扉の横にある小部屋がトイレで、床に穴が開いているだけという粗末なものだ。その下に木箱があり、排泄物はそこに溜まる。汚臭はなく、中の排泄物が見えることもない。
食事は一日二食。ただ揺られ続ける箱の中で運ばれていくだけのため食欲はあまりない。ただ、揺られ続けてお尻が痛い。快適に過ごすために作られた貴族の馬車ではないため、振動が軽減される設定になっていないため全身が痛い。最初はイスに座っていたが、今は荷物の上で横になって揺れを軽減するしか方法がなかった。

馬車は各所で馬と御者を交代して、北西の幽閉の地に向かい何十日も揺られ続けてようやく止まった。
鈍い音が響くと、後方の扉が嫌がるように軋みながら開いた。同時に冷気が荷台の中に吹き込み、暖かい空気を一気に外へと吐き出してしまった。荷台の外には一面の銀世界が広がっていた。背後にそびえる岩盤の岩山。そこから冷たい風が吹き下ろしていたのだ。そして、岩山から数メートル手前に建つのがマーメリアの生家。これから自分たちが生活していく邸でもある。
ピシッという音がするとガラガラと車軸が軽い音をたてて馬車がきた道を戻っていく。

「待ってくれ!」
「こんな場所に置いていかれたら、我々は死んでしまう……」

そう叫び後を追いかけようとしたが、雪に足をとられて転んでしまう。その間に、荷を下ろして軽くなったことが嬉しいのか、早く寒い場所から遠ざかりたいのか。馬車は雪掻きもされていない新雪の上を轍と馬の足跡を残して去っていった。

「ああああああ……」
「何も……ない」

雪にまみれて嘆く夫をよそに、生家を見上げていたマーメリアは周囲を見回して小さく呟いた。何故かこの生家だけ壊すことができずに残していた。思い出の中の生家の周囲には塀や庭もあり、領都として恥ずかしくない繁栄はしていた。目の前にあるのは、生家と来客用に建てられた迎賓館の二棟だけ。

「こんな場所で生きていけるはずがないじゃない!」
「仕方がないだろう、これは王命なんだ」
「あのとき精霊の力を持ったってわかったときに、あの悪魔を殺しておけばよかったのよ!」
「それはできない……。できないから置き去りにしたんじゃないか」
「でも死ななかったわ! それもエイデックが使用人を王城しろに送ってアイシアを助けるように仕向けたせいで‼︎ エイデックが裏切るようにアイシアが唆したのよ! そのせいで、こんなところに……」

髪を振り乱して叫ぶジョゼフィン。言動からミラットリア家の嫁として相応しくない女だったが、ユベールの婚約者が流行り風邪で亡くならなければ婚姻を許す気はなかった。そんな彼女とこれから残りの人生を共に過ごすのかと思うと憂鬱になった。そのときだ。よく磨かれて鋭くなった剣山を手にして神経を逆撫でにするような発言がマーメリアに投げつけられたのは。

「お義母様、まさかその古い邸に住むというのですか!」
「バカ、ここは母上の生家だぞ」
「だって、こんなに廃れた場所に建っているだけで不気味じゃないですか」

ああ……もとはといえば、この女がアイシアを捨てさせたのが原因じゃないの。アイシアを『悪魔』というが、アイシアを精霊として王城に伝えれば今頃……
マーメリアはふと迎賓館にかけられているという魔法を思い出して試してみることにした。

「ここが嫌なら、隣の建物を使いなさい。ユベール、あなたはあちらの荷物を入れてから……いえ、こちらの建物の方が近いわね。先に私たちの荷物を中に入れてちょうだい。玄関まででいいわ。馬車で移動して疲れているでしょうから、二、三日はゆっくりすればいいわ」
「じゃあ、お義父様、お義母様。私はあちらの建物を使わせていただきますわ。ユベール、私は魔法で自分の荷物を運ぶからあなたはそっちで過ごしなさいな」
「いや、しかし……」
「ユベール、そうなさい。お互い、冷静になる時間が必要なのよ。ジョゼフィン、あなたも一週間後に来る官吏にどう反省しているかを伝えて生活を向上してもらえるように考えなさい。それによって、最低限の使用人がつけてもらえるかどうかが決まるのですからね」
「─── はい、わかりました。じゃあジョゼ、そちらには明後日いくから。そのときに反省の言葉を考えよう」

ジョゼフィンはユベールの言葉に返事もせず、浮かべた荷物を持って迎賓館へ向かった。
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