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第四章
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しおりを挟む「私は今でも信じられないの。あれは夢だったのか、それとも現実だったのか。でも……」
〈四人を死なせたことを後悔しているのか?〉
「後悔? そうね、後悔はしてないわ。自分のものにできなかったことは残念だけど。その代わりに王都で過ごせたし。愛人なんかいたら簡単に会えなかったでしょうね」
王都で生活をすることになったのは、表向きは貴族との横の繋がりを強くしてから当主を交代するため。弟の魔導具研究所が王都にあるから、という真実が隠されている。
「そのせいで五人も子供をお腹に突っ込まれて……。その恩を忘れて私たちを家から追い出したのよ。あー、思い出してもムカつくわ。あのとき私の願いを中途半端に叶えた指輪って今どこにあるのかしら?」
〈その指輪が今手元にあったらどうする?〉
「簡単よ、五人とも殺してやるの。産んでやった恩を破滅という形で返すような悪魔たちなんかいらないわ」
〈やはりお前を元の世界に戻すことはできぬ〉
「え……? どういうこと?」
そういえば、さっきから聞こえるのはあの部屋で聞いた声に似ている。そう感じたと同時に、私の視界を覆っていた闇は消えて……
多数の男女がひれ伏すその先に強く輝く光が見えた。私は何もいえなかった。─── 本能的に悟った。彼は義母やユベールの血の中で生き続けてきた精霊だということを。そして、義母の実家の人たちと女のお腹にいた赤ん坊……彼の血を引く子孫を殺したことを怒っているのだと。
────── そしてここにいる全員が、彼の怒りに触れて閉じ込められており、自分もその一人に加わってしまったことを。
「もし指輪があるなら、義姉を階段から突き落とす前に戻ってやり直したい」
それが唯一私が戻れるチャンスだった。私は最後の選択を誤ったのだ。
「これはどう受けとってよろしいのですか?」
派遣される官吏が四人、予定より早く到着した。─── いや、自分たちの方が降雪と積雪で予定より遅くなっただけだ。本宅の応接室で三人はただただ頭を下げるしかできない。『何故?』、そう聞きたいのは自分たちだって同じだ。
官吏は翌日の午後に到着した。そのため、ユベールはすぐ迎賓館にいるはずのジョゼフィンを迎えにいった。しかし、どの部屋にも彼女の姿はなかった。どの部屋にも調度品には埃よけのシーツがかけられ、床に見られる埃は扉を開ければ舞い上がり、窓を開ければ室内で渦を巻く。そんな部屋の中にジョゼフィンのヒールの跡も見られない。何度か入り口付近にヒールの跡が見られたが、中にまで入った様子はなかった。
二階建ての迎賓館を官吏と共に同行してきた一個小隊が隅々まで調査して回ったが、ジョゼフィン自身も彼女の荷物も見つからなかった。
「ミラットリア夫人を逃亡者として手配させていただきます」
「はい、お願いします」
領地からの逃亡……。雪が降る中で逃げるのは一歩間違えれば生命を落とす可能性があるものの、物音を消して足跡の残った雪を風が払い、新しい雪を積み重ねて痕跡を隠していく。
一夜で三十センチは積もった雪の中。今から探すのは難しいだろう。
────── いっそのこと雪の中で見つかればいいものを。
官吏が通信用の魔導具を手に部屋の外へ出ていく後輩の背を見送りながらそう思ったとしても、誰が責められるだろうか。
そんな彼らを見ているマーメリアは青ざめつつ『やはり』と冷静になって見ている自分がもう一人、胸の内に潜んでいる事実を受け入れていた。
『ウルベルッド家に対し、腹に一物を持つ者が泊まれば翌朝に消える』
精霊だった先祖がこの地に移り住んだときに来賓の多さと隠された悪意に辟易して作ったという迎賓館。その『正しい使い方』はウルベルッド家にしか伝わっていない。
兄夫婦や両親が亡くなったときに、ジョゼフィンの様子がおかしかった。結婚式に参列したあとの事故死だからか、義母の実家だからショックを受けているのかと思った。しかし、夫のアルフォンソや息子のユベールとは違っていた。
最初は二人と同じく驚いていた。しかし、その後は兄の無事を優先するなど不可解な態度だった。もちろん、疑いだけで問い詰めることはできない。そんな思いが彼女の我儘から試すチャンスを得た。
────── 結果は『ジョゼフィンの行方不明』だ。
これでいい。私のウルベルッド家の中に眠る精霊の血は、ユベールを通して五人の孫に受け継がれた。そのうちの一人は精霊に生まれ変わった。その身体の中にある精霊の血は強化され、いずれは私とユベールの中の精霊の血が共鳴する。そうすれば、王家と同じように長命になれる。
私はその『訪れるはずのない未来』を夢見て、ひそかにほくそ笑んでいた。
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