愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径

文字の大きさ
68 / 82
第四章

68

しおりを挟む

「カイエル? どうしたの?」

アイシアの声にカイエルは意識を隣に座る愛しい人に向ける。

「ちょっとね。懐かしい話を聞いて、当時のことを思い出していたんだ」
「もう……『今は昔』の話よね」
「もうここには精霊が生まれることもないからね」
「─── リリィが精霊の森で【 魔力循環 】をしたのに気付かなかったら、と思うと恐怖でしかなかったわ」

あの日、森の入り口に立った孫娘の魔力が跳ねあがったのを見て、慌てて魔力を遮断させた。おかげで他人より魔力が多いものの特に問題はなく、周囲は『大賢者と大魔導師の孫娘だから』で納得している。
カイエルはリリィの魔力を森の中で感じとっていた。すぐに森の奥を確認すると銀色に輝く真っ白な木が生えていた。精霊の生まれ変わりであるモルディアが『精霊世界の木』だと気付いた。精霊は両世界を行き来できる。そのためモルディアが精霊国へ向かい、精霊国の国王に人間世界で育つ木のことを話した。精霊国は大騒ぎ。というのも、少しずつでも魔力循環をすれば、人間をも精霊に生まれ変わらせることができるものだからだ。精霊国に住む精霊たちに精霊国側へ移植してもらい、管理を徹底してもらうこととなった。

「そういえば、精霊国といえば……あちらへ行ったみなさんは元気かしら」
「陛下と父上、母上。そして先に向こうへ渡った前陛下と陛下の婚約者……」
「あとは三人だったかしら?」
「ええ、アイシアやカイエルと同じ、精霊の生まれ変わりの人たちですね」
「陛下は婚約者が元気になったことと、自分を思って一人で待っていると知って向こうにいったんだったね」
「その前の騒動が楽しかったけどね」

そう、すべて投げ出すにも順序というものがある。

「精霊の血に守られる時代は終わった。これからはみんなで協力し合い、国を発展させていくことが一番だ」

それはアイシアとカイエルが見つけた真実によって、世界に正当性を認められた結果でもある。
国民は二人に国を導いてもらいたいと願ったが、二人はまだ就学したばかりの子供でしかなかった。その次に目を向けられたのはカイエルの父のホルス宰相だった。

「あー、ムリムリ。陛下この人を一人で精霊の世界に放り出したらメチャクチャになるでしょう?」

御前会議に集まった貴族はその未来図を思い描き、宰相が『陛下についていく』と宣言すると、宰相の足の下で一人反対を叫ぶ陛下以外の誰からも引き止められなかった。

「いーやーだー‼︎」
「最後に譲位するまで待っていなさい」
「いーやーだー! ホルスまでくるなー‼︎ 私はフローリアと自由に生きるんだー!」

ドガッという鈍い音と共に陛下の顔面が床に埋もれた。その後頭部に磨かれた靴を乗せている宰相の「やっと静かになりましたね。では話を続けましょうか」と言ったときの笑顔をみて誰もが思った。『これも陛下の選んだ運命』と。

精霊の血を持たない人たちから新王として選ばれたのはオースティンという若い男だった。彼はアイシアのために真っ先に王都へ戻ることを宣言した庭師エバンスの息子だった。

「正しいことを率先してできる男の息子だ。エバンスにも打診したが、彼は王位より庭師の職を選んだ」

エバンスは王都へ戻ったのちも変わらず二邸に広がる庭や草木を愛でている。そんな彼は使者に打診されてその場で辞退した。その代わり、魔導具研究所の副所長で辣腕を振るっていた息子を推した。ちなみに所長はアイシアの父フランシスだ。彼は有能な腹心のさらなる飛躍を……顔で喜び心で泣いて手放した。

そして譲位を済ませると、元陛下はホルス夫妻と共に精霊国へと向かった。

「再会と同時にプロポーズ。翌日に結婚式……」
「さすがに展開が早いですわ」
「まあ、いいじゃないですか。フローリア様も『必ず来てくれる』と信じて待ち続けていたのだから」
「お二人共、精霊の祝福を受けて精霊に生まれ変わったそうですよ」
「両親も精霊として迎え入れられたそうです。無限の生命となったことで遺伝子を残す必要がないため、これ以上子供はできないようです」


精霊の生まれ変わり。それは自らの血に眠る精霊が目覚めることを意味する。それは精霊の記憶を思い出すのがほとんどで、カイエルは精霊魔法を思い出し、アイシアは精霊世界では稀有な聖霊魔法を思い出した。

「この血に流れていた精霊の記憶を引き継いだってだけよね。それも聖霊魔法って大半は魔導具になってるのよ」
「正確には、魔導具になっているのは聖霊魔法の威力を弱くしたものだよ。魔導具の『ひと夜の夢』がそうだね」
「カイエルが思い出した精霊魔法がなかったら……もしかすると世界を滅ぼしていたわね」
「フフフ……。そうならなくてよかったよ」

そうなっていたら、定められている天寿をすでに使い果たし、今では呼吸するだけで空腹が満たされるため絶食もできず、精霊の血で行動を止められるため自ら死ぬこともお互いを殺すこともできずに苦しんでいる二人が喜ぶ結果になっていただろう。
今はあの二人以外に精霊の血を継いだ者はいない。精霊に生まれ変わった時点で、その精霊の血族から精霊の血は消えている。あとは少しずつ人と同じ寿命か、十年ほど長生きになる程度であまり変わらなくなるだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

悪役令嬢の父は売られた喧嘩は徹底的に買うことにした

まるまる⭐️
ファンタジー
【第5回ファンタジーカップにおきまして痛快大逆転賞を頂戴いたしました。応援頂き、本当にありがとうございました】「アルテミス! 其方の様な性根の腐った女はこの私に相応しくない!! よって其方との婚約は、今、この場を持って破棄する!!」 王立学園の卒業生達を祝うための祝賀パーティー。娘の晴れ姿を1目見ようと久しぶりに王都に赴いたワシは、公衆の面前で王太子に婚約破棄される愛する娘の姿を見て愕然とした。 大事な娘を守ろうと飛び出したワシは、王太子と対峙するうちに、この婚約破棄の裏に隠れた黒幕の存在に気が付く。 おのれ。ワシの可愛いアルテミスちゃんの今までの血の滲む様な努力を台無しにしおって……。 ワシの怒りに火がついた。 ところが反撃しようとその黒幕を探るうち、その奥には陰謀と更なる黒幕の存在が……。 乗り掛かった船。ここでやめては男が廃る。売られた喧嘩は徹底的に買おうではないか!! ※※ ファンタジーカップ、折角のお祭りです。遅ればせながら参加してみます。

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...