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天国でも地獄でも 敬具
飛鳥 ♢・30歳・被害者(2)
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そんな俺が、初めて恋をしたのは高校生の時。
相手は隣の席の男だった。
音成はすごく変わったやつで、入学当初は同じクラスの古住の後ろを常について回っていた。
噂によれば、小学校の頃から舎弟のような存在だったそうだ。
最初はみんな、彼を情けない奴とバカにしていた。
体も小さかったし、いつもヘラヘラと笑っていてイジっても平気な奴だと認定されていたのだ。
だが時々、俺には彼が別人のように見える瞬間があって、そこが不思議だった。
みんなは気づいていないようだったが、俺だけは気づいていた。
音成は演じているのだ。
周りの誰かにとって、都合のいい人間を。
本当の自分なんて押し殺して、道化を演じていたんだ。
その方が、楽だから。
「人の好意なんて、利用すればいい。悩むことはないよ、向こうに自分も気があるふりをしてみたらどう?」
音成がそういうので、女たちが俺に抱いている勝手な妄想に少しだけ付き合ってやった。
ちょっとだけ優しくして、笑ったふりをすると、あいつらは嬉しそうに俺に尽くしてきた。
並ばないと買えない話題のスイーツの名前を出して、「あれが食べたいなぁ」と何気なく言うと、翌日には授業をサボってまで買ってくるのだ。
「宿題のプリントをやってこなかったから、先生に怒られるかもしれない」と聞こえるようにわざと話すと、自分の名前の欄を消しゴムで消して俺の名前で提出してくれた。
悩むことはない。
利用するだけすればいい。
全部、音成の言う通りだった。
それから俺は、音成にだけ本音を漏らすようになった。
音成と話がしたくて、音成とよくつるむようになると何を勘違いしていたのか、古住は俺が自分に気があると思っているのが態度に出ていた。
他の女子たちとは違ってすぐにあちらから告白してくるようなことはなかったが、古住の俺を見る目は、その他大勢の女たちと何も変わらない。
恋をしている目だ。
古住なんてどうでもいい。
俺は音成と話がしたい。
二年の初め頃まではいつの間にか出来上がっていた男女含めて五、六人のグループで遊んでいたが、次第に俺は音成と二人で遊びに行くことが多くなった。
音成は家にも遊びに来ていたし、家に客人がいる時は、アヤ先生は俺に何もしてこないから安心だった。
アヤ先生は妹を保育園に預けて働きに出るようになると、やっと少しだけあの過剰な干渉が減った。
いつも学校終わりに俺が妹を迎えに行き、音成とも一緒に遊ぶこともあった。
手先が器用な音成が妹の髪を結ってやると、とても嬉しそうに、妹はきゃっきゃと笑う。
本当に、天使のように可愛い。
できることなら、ずっとこのままでいて欲しいと思ったくらいだ。
だが、子供の成長とは恐ろしいもので、保育園に通い始めてしばらくすると「お兄ちゃんはイケメンなんだって」と言った。
保育園の先生がいつもそういうんだそうだ。
「陽菜ちゃんのお兄ちゃんは、本当に綺麗な顔をしているね」
「陽菜ちゃんのお兄ちゃんは、イケメンだね」
「先生、陽菜ちゃんのお兄ちゃんみたいな顔がすごく好き」
それも、一人や二人じゃない。陽菜の口からは複数の先生の名前が出た。
こんな小さい子供に、俺の天使に、なんてことを教えたんだと腹が立った。
このままでは、何も知らない純粋無垢な俺の天使が、人間として成長する度に俺の嫌いな女に変わっていく。
妹ももっと大きくなったら、俺をあんな目で見るようになるんだと思うと、怖くてたまらなかった。
それでも、兄として妹をそんな風にしてはいけないと思った。
「人を見た目だけで判断してはいけない」とか、「可愛いから得だとか、イケメンだから幸せだとか、そういうことでは決してないんだ」と言い聞かせたが、妹にはまだ早かった。
キョトンとした顔で、何を言っているんだろうと首を傾げているだけだった。
「陽菜ちゃんは確かに可愛いけどさ、仕方がないよ。僕の従姉妹なんて、幼稚園の時から彼氏がいたらしいし、女の子の成長は早いんだ」
「……綺麗なものが汚れていくみたいで嫌だ。保育園なんて行かせるから悪いんだ。ずっと家にいたらいいのに。俺がずっと面倒を見るし」
「受験生が何言ってんの」
ある日の放課後、妹は仲良しの七海ちゃんの家に遊びに行っていたので、俺は音成と二人きりで俺の部屋で受験勉強をしていた。
実家から離れた大学に入れば、アヤ先生の干渉からは逃げられる。
一人暮らしか、寮に入ってしまえば、夜中に突然部屋に入ってきて、体を触られなくて済む。
眠っているふりをしなくていい。
妹が大きくなるのは反対だが、自分は早く大人になって一人暮らしをしたかった。
いや、正確には妹と一緒に二人で暮らしたかった。
そこに、音成もいたら最高だと密かに妄想していた。
「陽菜が周りの女たちに毒される前に、なんとかしないとダメだろう?」
「ほんと、飛鳥って女の人が嫌いだよね。せっかく誰しもが認めるイケメンに生まれたのに、そんなんじゃいつまでたっても彼女の一人もできないよ?」
「いらねぇよ。女なんてめんどくさい。何考えてるかわかんねぇし、怖い。陽菜さえいれば俺はそれでいいんだよ」
「……え、まさかの近親相姦?」
「お前なぁ、妹をそんな目で見るわけないだろう」
「冗談だよ。飛鳥は女より、僕のことが大好きだもんね」
「……」
音成はこの時、冗談でそう言ったのだ。
でも、俺はこの時すでに音成へ抱いている自分の感情を理解していた。
不意に図星を突かれて、返す言葉が見つからなかったのだ。
「ちょっと、なんで黙ってるの? え? 顔真っ赤だけど」
「う、うるさい」
「何、マジで? 飛鳥ってそっち系だったの?」
無言で頷くしかできなかった。
完全にひかれたと思ったが、音成は俺の耳元ではっきりと言ったのだ。
「僕もそうだよ」
それからは早かった。
俺たちは本当に、本当に愛し合っていたんだ。
今思い返しても、あれほどまでに誰かを好きになったことはない。
幸せだった。
どちらが上でも、どちらが下でも構わなかった。
でもそんな関係は、三ヶ月も経たずにアヤ先生にバレてしまう。
俺たちは引き離されて、お互いの連絡先も、アルバムに残っていた写真のデータも、卒業文集も全部消されて、一生会えない。
学校中の友人に聞いて回ったが、誰一人として音成の連絡先を知っている人はいなかったし、何より恐ろしかったのは、アヤ先生の行動だ。
進学先は寮の規律が厳しいと有名な大学に無理やり変更させられ、実家から離れることはできたものの、些細なことでも何かあるとすぐに親に連絡が行ってしまう。
音成を探しにいくこともできなかった。
相手は隣の席の男だった。
音成はすごく変わったやつで、入学当初は同じクラスの古住の後ろを常について回っていた。
噂によれば、小学校の頃から舎弟のような存在だったそうだ。
最初はみんな、彼を情けない奴とバカにしていた。
体も小さかったし、いつもヘラヘラと笑っていてイジっても平気な奴だと認定されていたのだ。
だが時々、俺には彼が別人のように見える瞬間があって、そこが不思議だった。
みんなは気づいていないようだったが、俺だけは気づいていた。
音成は演じているのだ。
周りの誰かにとって、都合のいい人間を。
本当の自分なんて押し殺して、道化を演じていたんだ。
その方が、楽だから。
「人の好意なんて、利用すればいい。悩むことはないよ、向こうに自分も気があるふりをしてみたらどう?」
音成がそういうので、女たちが俺に抱いている勝手な妄想に少しだけ付き合ってやった。
ちょっとだけ優しくして、笑ったふりをすると、あいつらは嬉しそうに俺に尽くしてきた。
並ばないと買えない話題のスイーツの名前を出して、「あれが食べたいなぁ」と何気なく言うと、翌日には授業をサボってまで買ってくるのだ。
「宿題のプリントをやってこなかったから、先生に怒られるかもしれない」と聞こえるようにわざと話すと、自分の名前の欄を消しゴムで消して俺の名前で提出してくれた。
悩むことはない。
利用するだけすればいい。
全部、音成の言う通りだった。
それから俺は、音成にだけ本音を漏らすようになった。
音成と話がしたくて、音成とよくつるむようになると何を勘違いしていたのか、古住は俺が自分に気があると思っているのが態度に出ていた。
他の女子たちとは違ってすぐにあちらから告白してくるようなことはなかったが、古住の俺を見る目は、その他大勢の女たちと何も変わらない。
恋をしている目だ。
古住なんてどうでもいい。
俺は音成と話がしたい。
二年の初め頃まではいつの間にか出来上がっていた男女含めて五、六人のグループで遊んでいたが、次第に俺は音成と二人で遊びに行くことが多くなった。
音成は家にも遊びに来ていたし、家に客人がいる時は、アヤ先生は俺に何もしてこないから安心だった。
アヤ先生は妹を保育園に預けて働きに出るようになると、やっと少しだけあの過剰な干渉が減った。
いつも学校終わりに俺が妹を迎えに行き、音成とも一緒に遊ぶこともあった。
手先が器用な音成が妹の髪を結ってやると、とても嬉しそうに、妹はきゃっきゃと笑う。
本当に、天使のように可愛い。
できることなら、ずっとこのままでいて欲しいと思ったくらいだ。
だが、子供の成長とは恐ろしいもので、保育園に通い始めてしばらくすると「お兄ちゃんはイケメンなんだって」と言った。
保育園の先生がいつもそういうんだそうだ。
「陽菜ちゃんのお兄ちゃんは、本当に綺麗な顔をしているね」
「陽菜ちゃんのお兄ちゃんは、イケメンだね」
「先生、陽菜ちゃんのお兄ちゃんみたいな顔がすごく好き」
それも、一人や二人じゃない。陽菜の口からは複数の先生の名前が出た。
こんな小さい子供に、俺の天使に、なんてことを教えたんだと腹が立った。
このままでは、何も知らない純粋無垢な俺の天使が、人間として成長する度に俺の嫌いな女に変わっていく。
妹ももっと大きくなったら、俺をあんな目で見るようになるんだと思うと、怖くてたまらなかった。
それでも、兄として妹をそんな風にしてはいけないと思った。
「人を見た目だけで判断してはいけない」とか、「可愛いから得だとか、イケメンだから幸せだとか、そういうことでは決してないんだ」と言い聞かせたが、妹にはまだ早かった。
キョトンとした顔で、何を言っているんだろうと首を傾げているだけだった。
「陽菜ちゃんは確かに可愛いけどさ、仕方がないよ。僕の従姉妹なんて、幼稚園の時から彼氏がいたらしいし、女の子の成長は早いんだ」
「……綺麗なものが汚れていくみたいで嫌だ。保育園なんて行かせるから悪いんだ。ずっと家にいたらいいのに。俺がずっと面倒を見るし」
「受験生が何言ってんの」
ある日の放課後、妹は仲良しの七海ちゃんの家に遊びに行っていたので、俺は音成と二人きりで俺の部屋で受験勉強をしていた。
実家から離れた大学に入れば、アヤ先生の干渉からは逃げられる。
一人暮らしか、寮に入ってしまえば、夜中に突然部屋に入ってきて、体を触られなくて済む。
眠っているふりをしなくていい。
妹が大きくなるのは反対だが、自分は早く大人になって一人暮らしをしたかった。
いや、正確には妹と一緒に二人で暮らしたかった。
そこに、音成もいたら最高だと密かに妄想していた。
「陽菜が周りの女たちに毒される前に、なんとかしないとダメだろう?」
「ほんと、飛鳥って女の人が嫌いだよね。せっかく誰しもが認めるイケメンに生まれたのに、そんなんじゃいつまでたっても彼女の一人もできないよ?」
「いらねぇよ。女なんてめんどくさい。何考えてるかわかんねぇし、怖い。陽菜さえいれば俺はそれでいいんだよ」
「……え、まさかの近親相姦?」
「お前なぁ、妹をそんな目で見るわけないだろう」
「冗談だよ。飛鳥は女より、僕のことが大好きだもんね」
「……」
音成はこの時、冗談でそう言ったのだ。
でも、俺はこの時すでに音成へ抱いている自分の感情を理解していた。
不意に図星を突かれて、返す言葉が見つからなかったのだ。
「ちょっと、なんで黙ってるの? え? 顔真っ赤だけど」
「う、うるさい」
「何、マジで? 飛鳥ってそっち系だったの?」
無言で頷くしかできなかった。
完全にひかれたと思ったが、音成は俺の耳元ではっきりと言ったのだ。
「僕もそうだよ」
それからは早かった。
俺たちは本当に、本当に愛し合っていたんだ。
今思い返しても、あれほどまでに誰かを好きになったことはない。
幸せだった。
どちらが上でも、どちらが下でも構わなかった。
でもそんな関係は、三ヶ月も経たずにアヤ先生にバレてしまう。
俺たちは引き離されて、お互いの連絡先も、アルバムに残っていた写真のデータも、卒業文集も全部消されて、一生会えない。
学校中の友人に聞いて回ったが、誰一人として音成の連絡先を知っている人はいなかったし、何より恐ろしかったのは、アヤ先生の行動だ。
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