クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第1部

第八章 夜の女神と、星の騎士②

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 その白い鎧機兵は、森の中を縫うように疾走していた。


(早く早く。もっと急がないと。いつ星霊が安定するのか分からないんだから)


 主の意志に応え、《ホルン》はさらに加速する。
 サーシャは焦っていた。《万天図》のお陰ですぐに《最強の鎧機兵》の位置はつかめたが、その距離は約千二百セージル。とても近いとは言いがたい距離だ。


(……あの短期間で、ここまで移動するなんて……)


 思わず唇をかみしめる。
 だが、幸いにも今《最強の鎧機兵》はその場で停止している。
 これならもうじき追いつけるはず。


(……本来なら騎士として名乗りを上げるべきかもしれない。けど、ここは――)


 奇襲だ。木々の間に隠れ、問答無用で不意打ちする。
 性能差を鑑みればそれしかない。
 なにせかかっているのはユーリィの命だ。躊躇いなどなかった。
 しかし。


『――――え』


 不意に開けた視界。今まで生い茂っていた木々が、まるで幻だったかのように消え、いきなり大きな広場に飛び出したのだ。


(な、何? どうして「ラフィルの森」にこんな大きな広場が――)


 想定外の状況に動揺し、サーシャ――《ホルン》がたたらを踏むと、


『……サーシャか? どうして君がここに?』


 背後から発せられた聞き覚えのある声に、サーシャは凍りついた。
 弾けるように白い鎧機兵が振り返るとそこには黄金の竜が雄々しく佇んでいた。


『……ジラール……』


 サーシャは歯がみする。
 迂闊だった。不意打ちをするつもりが、先に見つけられるとは。


(――くッ! こんな広場さえなければ……)


 と思った時、サーシャは周囲の異常さにようやく気付く。
 よく見ればここは広場などではない。周辺の木々は薙ぎ倒され、大地には削り取られたような傷跡がいくつもある。それはまるで大型の魔獣が暴れまわったかのような荒れ地。

 ――そう。ここは眼前の鎧機兵に開拓された場所だったのだ。


『これって……ジラール。あなた、ここで鎧機兵のならしをしていたの?』

『……ふん。僕ほどの操者なら、本来不要な作業だがね。しかし、僕はこれから国盗りをするんだ。念には念をいれてね! だが、ふふふ……』


 ジラールは実に誇らしげに声を上げる。


『見よ、この光景を! 素晴らしい! 本当に素晴らしいよ! 僕の《アドラ》はッ!!』


 ……どうやら鎧機兵に名前を付けたらしい。
 まるで子供のようにはしゃぐ眼前の男に、サーシャは抑えがたい怒りを抱く。
 その機体のせいで、お前のせいでユーリィはッ!
 サーシャは――《ホルン》は、静かに剣を正眼に構える。
 もはや語る言葉などない。この男は倒すべき敵だ。


『――おや? なんだい? まさか僕とやる気なのかい? 四千ジンにも届かないその機体で、十万ジンを誇る僕の《アドラ》に!』


 サーシャは答えない。
 ただ闘志を胸に隙を窺う。ジラールの目付きが変わった。


『どうやら本気のようだね……いいだろう。ならしの仕上げに丁度いい。ただし! そう簡単に終わってくれるなよ! 精一杯、僕を楽しませてくれ!』


 そして《アドラ》が無造作に右手を――その鋭利な爪を、《ホルン》へとかざした。
 サーシャの全身に緊張が走る。なにせ初めて戦う機体。そもそも竜型など今まで聞いたこともない機体だ。一体どんな攻撃をしてくるのか見当もつかない。
 ジラールも彼女の緊張を感じ取ったのだろう。その顔に余裕の笑みを浮かべる。


『ふふ、どうやら緊張しているようだね。まあ、竜型なんて初めて見るだろうし。う~ん、そうだな――なら一つだけ教えよう! 今、君の目の前にいるのは鎧機兵などという矮小な存在ではない。これこそが、かつて世界を滅ぼした――《悪竜》そのものだ!!』


 その言葉が、開戦の合図だった。
 《ホルン》に向けられた《アドラ》の爪が、突然ドンッと撃ち出される。――否、撃ち出されたのではない。高速で右腕自身が伸びたのだ。
 爪を立て躍動するその姿は、まるで獲物を呑みこまんとする大蛇のようだ。
 咄嗟に《ホルン》は右へと飛び込み回避する。黄金竜の爪が先程まで《ホルン》がいた空間を切り裂き通過した。サーシャはそれを見送り青ざめる。
 まさか、腕が伸びるとは――。


(人工筋肉って人の構造とほぼ変わらないはずなのに。根本的に別物ってことなの?)


 目の前の機体がますます得体の知れないものに見えて、サーシャは身震いする。
 ――が、すぐに思い直した。
 確かに予想外の攻撃であったが、逆に好機でもある。
 今、《アドラ》は右腕が使えない。間違いなく攻撃力は半減しているはずだ。
 そう判断したサーシャは、《ホルン》を加速させようとし――ふと、その音に気付く。背後から、バキバキッと何かを破壊する音が聞こえてくる。慌てて振り向くと、そこには時間を巻き戻すかのように逆走する右腕の姿があった。
 しかも、その爪には――。


『――ッ! 《ホルン》ッ、避けて!』


 《ホルン》がすぐさま地に伏せた。
 轟音が頭上を過ぎ去り、《アドラ》の元に、右腕が帰還する。その爪には、太さが二セージル以上はありそうな巨木が握りしめられていた。
 《アドラ》は無言のまま巨木を両手で掴むと、捩じり、砕き、へし折った――。
 それは、己が膂力を見せつけるためのデモンストレーション。

 すなわち――お前もいずれこうなる、と。

 目の前で舞い散る木片に、少女は喉を鳴らした。
 もしも、あの爪に掴まれたら……。
 再び恐怖がサーシャの心を襲う。
 恐らくは一撃。たった一撃でも直撃を食らえば《ホルン》は粉砕される。もしくは今の巨木のように、胴体を引き千切られるかもしれない。
 どちらにしろ原型を残すような死に方は出来ないだろう……。
 サーシャは小さく息を吐き、一瞬だけ瞳を閉じる。
 思い浮かぶのは、親しき二人の笑顔だった。

 一人は、彼女にとって大切な友達である、空色の髪の少女。
 そしてもう一人は、八年前のあの日。
 とある災厄からこの国を救うために、自ら《聖骸主》となった――……。


(……お母様。たとえそれが、どんなに困難だとしても、私は――)


 琥珀の瞳を見開き、サーシャは叫ぶ!


「――私はッ! ユーリィちゃんを! 《聖骸主》を救うって決めているんだッ!」


 恐怖を振り払ったサーシャの双眸には、決意の炎が灯っていた。
 ありったけの勇気を乗せ、《ホルン》が今度こそ加速する!
 剣を水平に構え、白い機体は力強く疾走する。限界まで前傾に構えて駆け抜ける《ホルン》の姿は、まるで一本の巨大な槍のようだった。
 しかし、全霊をかけて突進してくる《ホルン》に対し、《アドラ》は身構えようともしない。むしろ、受け入れるかのように両手を広げていた。
 その相も変わらない傲岸不遜な態度は、当然、サーシャの怒りに火を注いだ。
 そして、《ホルン》の剣の切っ先が突き出される!
 だが、


『――――な』


 サーシャは唖然とした。そんな、どうして……?
 今のは《ホルン》の全体重を乗せた最高の一撃だった。
 直撃すれば、十セージル級の大型魔獣でさえ仕留める自信があった一撃だった。
 だというのに――《ホルン》の剣は、《アドラ》の装甲の前で止まっていた。
 白い鎧機兵の一撃は、黄金の竜鱗に傷一つ付けることが出来なかったのだ。
 渾身の突きがまるで通じない事実に、しばし呆然としていたサーシャだったが、ハッとして我に返る。《アドラ》の左の爪がゆっくりと動き出したのだ。
 まずいッ! 即座に《ホルン》が後方へ跳ぶ――が、わずかに遅かった。
 ――ギャリンッ!
 空気を切り裂く《アドラ》の爪が、《ホルン》の肩へと襲い掛かる!
 途端――右の肩当ては、まるで砂山を殴りつけたかのように弾け飛んだ。
 サーシャが驚愕で目を見開く。今の爪撃は直撃ではない。浅くかすっただけだ。


(う、そ……。直撃でなくとも、触れただけでこうなるの……?)


 舞い散る装甲の破片を目に焼き付けながら、《ホルン》は慌てて確認のために軽く右手を動かした。――動作に異常はない。砕かれたのは外装だけのようだ。
 しかし、あの《偽朱天》の攻撃を防ぎきった《天鎧装》を、まるで薄布のように切り裂くとは……。息を呑むサーシャに対し、ジラールが高らかに笑う。


『ははははッ! これはどうやら思っていたより、つまらない仕上げになりそうだね!』


 サーシャはグッと唇をかみしめる。
 苦戦は覚悟していたが、ここまで差があるとは想定していなかった。一撃を食らうと終わりで、しかもこちらの攻撃はまるで通じない。
 普通ならば、逃走しか手段が残されていない状況だ。
 ――だが、《ホルン》は迷わず剣を正眼に構える。
 ここは退けない。――否、絶対に退かない。
 この戦いには、彼女の大切な友達の命がかかっているのだ。
 サーシャは守るべき人のために、改めて騎士として名乗りを上げる。


『アティス王国騎士学校所属、第六十三期・騎士候補生サーシャ=フラム。そして、我が愛機《ホルン》――いきます!』
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