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第5部
第二章 お金がない!②
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アッシュ達三人と、ガハルドは宿屋の一階に移動していた。
この宿の一階は酒場兼食堂。
客人と話をするには、ここの方がよいと考えたのだ。
幾つかある丸いテーブル席の一つに座り、飲み物を注文する四人。
そして、それぞれの注文品が届いてから、
「……しかし、大変なことになっているようですな」
ガハルドがコーヒーを片手に、そう話を切り出してきた。
対し、アッシュは思わず眉をしかめてしまう。
「随分と耳が早いな、団長さん。アリシアから聞いたのか?」
「ははっ、違いますよ。実は大まかの事情は事前に知っていました。ボーガン殿は色々と噂が多い方ですからな。私もあの方とは多少の面識があるのですよ」
言って、ガハルドは苦笑を浮かべる。
そしてカチャリとコーヒーカップを置き、言葉を続けた。
「ところでクライン殿。不躾な質問ですが、ボーガン殿との交渉は……やはり土地を買い取る方向で?」
そう問われ、アッシュはますます眉をしかめた。
流石は狸親父。どうやら状況だけでそこまで推測したらしい。
「……まさにその通りだよ。何もかもお見通しだな」
「工房を取り戻すには、それ以外方法はなさそうでしたからな。まあ、それはさておき」
ガハルドはアッシュから順に、ユーリィ、オトハへと視線を送り、
「……今回の件、実は半月ほど前に私もボーガン殿にかけあっていたのです。なにしろクライン殿には娘やサーシャが色々ご迷惑をおかけしていますからな。それにエマリア殿は娘達の友人。タチバナ殿は教官だ。どうにかよい方向に説得したかったのですが」
ガハルドのその台詞に、アッシュ達三人は目を剥いた。
まさか、知らない間にこの騎士団長が動いてくれていようとは……。
「しかし、所詮私は第三者。説得は叶いませんでした。そこでなんですが……」
一拍置いて、ガハルドはアッシュの目を見据えて告げる。
「土地を買い取るとなると、どれほどの額になるのか想像がつきます。失礼ですが、クライン殿。金策でかなりお困りでは?」
「………………まあ、正直なところ、な」
と、少し躊躇いがちにアッシュは答えた。
「……かなり手詰まり」「……流石に土地の買い取りはな」
と、ユーリィ、オトハも微妙な表情をして呟く。
すると、ガハルドはあごに手をやり、おもむろに頷いた。
「やはりそうですか。では、それを踏まえてクライン殿。一つ提案があります」
「……提案だって?」
訝しげに眉を寄せるアッシュに、ガハルドは告げる。
「まずお聞きしたいのですが、クライン殿は《星導石》の目利きは得意で?」
「《星導石》の目利き?」
アッシュは首を傾げた。前述した通り《星導石》にはランクがある。目利きとはそのランクを見極める技能のことを言う。
どうして急に、ガハルドがそんなことを尋ねてきたのかは分からないが、アッシュは正直に答えることにした。
「まあ、こう言っちゃ情けないんだが、俺の目利きは中の下ぐらいだな。けど、ユーリィは凄えぞ。ベテランの職人でも敵わねえほどだ」
「うん。目利きには自信がある」
こくん、と頷くユーリィ。
アッシュの作業姿を見ている内に何となく身に付けた技術なのだが、今やアッシュよりも遥かに卓越した『目』をユーリィは持っていた。
「……ほう。エマリアにはそんな特技があったのか。それは知らなかったな」
と、オトハが純粋に驚くのをよそに、ガハルドはユーリィに視線を向けた。
それから、しばし空色の髪の少女を見据えて――。
「……なるほど。どうやら条件は満たしているようですな」
そう呟き、アッシュに視線を戻した。
そして、ガハルドはいよいよ本題に入る。
「クライン殿。今回の件ですが、ボーガン殿が提示した額の半分は、私が無利子無担保でお貸ししましょう」
「……え?」
一瞬、アッシュは唖然とした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! いくら知り合いでもそんな額は借りられねえよ!」
予想通りの反応を見せる青年に、ガハルドは苦笑を浮かべつつ、話を続ける。
「クライン殿。とりあえず最後までお聞きください。私が用意するのは半額までです。それにお譲りする訳ではありませんぞ。まぁ将来的に身内になるのなら……」
と、そこでコホンと喉を鳴らす。
「失礼。少し脱線しましたな。話を戻しますが、私が半額と指定したのは、残りの半額ならばクライン殿の努力次第で期日までに用意できると判断したからです。いや、運が良ければ全額も可能かもしれません」
「……どういうことだよ? 団長さん」
アッシュが怪訝な顔で尋ねる。ユーリィとオトハも同様の表情だ。
しかし、ガハルドはすぐには答えを告げない。
ただただ、楽しげに目を細めると、
「ふふっ、ところでクライン殿。宝探しはお好きですかな」
そう嘯いて、笑うのだった。
そして――翌日の早朝。
アッシュ達が仮住まいにしている宿屋の前。
そこには今、六人の人間がいた。
まずは制服姿のサーシャ達。騎士候補生の四人組だ。
サーシャとアリシアはどこか不機嫌顔。ロックは気まずげに笑い、エドワードはこの世の絶望に嘆くような面構えをしていた。
続けて、サーシャ達から少し離れた場所にいるのがオトハだ。
いつもの黒いレザースーツの上に、今は赤いサーコートを纏っている。
彼女もサーシャ達同様、どこか不機嫌な面持ちで腕を組んで佇んでいた。
そして、最後の一人がユーリィである。
(…………ふふっ)
一人だけ上機嫌な空色の髪の少女。
いつも通りの無愛想な表情を作ろうと努力しつつも、結局口元が緩んでしまっているユーリィは、普段のクライン工房のつなぎではなく、暖かそうな茶系統のダッフルコートを身につけていた。
と、そこへ一人の青年がやって来る。
「お~い、馬の準備が出来たぞ」
皆にそう告げたのは、アッシュだった。
彼の姿もユーリィ同様いつもと違う。ファーで装飾された紺色の厚手のコート。下には黒いズボンをはいている。完全に遠出仕様の私服だ。
その手には、大きなサックを取りつけた一頭の馬を引いていた。
「……アッシュさん。本当にユーリィちゃんと二人だけで行っちゃうんですか?」
「そうですよ。何も二人っきりなんて……」
と、アリシアとサーシャが、ぶすっとした表情で尋ねてきた。
ガハルドの勧めとはいえ、今回の対応は心情的に納得できないのだ。
しかし、鈍感極まるアッシュは、あっけらかんとした様子で答える。
「ああ。オトには教官の仕事があるしな。俺とユーリィで頑張ってくるよ」
「師匠~~」
と、その時、情けない事この上ない声が響く。
今にも泣き出しそうなエドワードの声だ。
「別にユーリィさんまで連れて行かなくたっていいじゃないっすか!」
ユーリィと離れたくない。その一心で文句を言うエドワード。
「……あのな。今回の件はユーリィの力が必要なんだよ」
そう返しながら、アッシュはユーリィの傍に寄り、頭を撫でた。
アッシュとユーリィ。二人はこれから王都に最も近い大森林「ラフィルの森」を抜け、そこから西南方向にある鉱山街へ向かう予定だった。
目的は――《星導石》の発掘だ。
『一年ほど前、その鉱山で《星導石》が新たに発掘されましてな。今、ちょっとしたゴールドラッシュ――いや、《星導石》ラッシュになっているんですよ』
それが三日前、ガハルドが告げた金策だった。
実に分かりやすいシンプルな提案。
しかし、アッシュ達にとっては、この上ない朗報だった。
一般的に《星導石》の発掘には特殊な技能はいらない。
見つければ、とりあえず発掘するだけだ。原石の段階でランクを見抜くのは一流の職人でも難しいので、職人が立ち合うこともない。そのため、実際に加工するまでは価値が分からないのが常識だった。
だが、もしも原石から価値が分かるほどの目利きがいたら――。
「うん。私、頑張る」
ユーリィが、アッシュを上目遣いで見つめて頷いた。
アッシュは愛娘の頼もしい言葉に相好を崩す。
それからアッシュはユーリィの腰を掴んで抱き上げ、馬の背に乗せた。続けて自身も鐙に足をかけ騎乗する。まるでユーリィを膝の上に乗せたような姿だ。
サーシャ、アリシア、そしてオトハとしては面白くない。
「そろそろ行くよ。メットさん。アリシア。ロック、エロ憎。しっかり勉強すんだぞ」
「行ってくる。みんなも元気で」
馬が嘶きを上げ、ゆっくり進む中、アッシュとユーリィが別れの挨拶をする。
「……行ってらっしゃい。先生。ユーリィちゃん」
「……はあ、二人とも行ってらっしゃい。それとユーリィちゃん。戻ってきたら、絶対に話を聞かせてもらうからね」
しょんぼりした様子で告げるサーシャと、鋭い眼差しでユーリィを見据えるアリシア。
対し、ユーリィは少し頬を引きつらせながら、こくんと頷いた。
「師匠、お気をつけて」
「……ううぅ、ユーリィさぁん……」
そして生真面目に挨拶するロックと、未だ落ち込み続けるエドワード。
そんな四人を順に見つめた後、アッシュはさらに馬を進ませ、少し離れていたオトハにも挨拶を告げる。
「行ってくるよオト。留守中に何かあったら頼むぜ」
「……ああ、任せておけ」
と、まだ少し不機嫌そうだったが、オトハはそう答えた。
そして、アッシュは手綱を強く握って声を上げる。
「そんじゃ行くか! 鉱山街――グランゾへ!」
◆
かくして、アッシュ達がグランゾへと旅立った日――。
「……ほう。こいつは中々のもんだな」
その男――ガレック=オージスは、まじまじと目の前の調度品に目をやった。
この応接室に通されてから十分ほど。
手持ち無沙汰になったので壁際に置いてあった壺やら絵画やらに何気なく目がいったのだが、中々どうして目の保養になる。
「……支部長は美術品に興味がおありで?」
と、ソファーに座っていた部下の一人が声を掛けてきた。
対し、ガレックは苦笑を浮かべて振り返る。
「いや、そこまで興味がある訳じゃねえよ。けど、女にパチモンを贈るなんて真似はしたくねえからな。必然的にこの手のもんは分かるようになったのさ」
言って、ガレックは豪快に笑った。
すると、同じくソファーに座っていたもう一人の部下が意外そうに尋ねてくる。
「……支部長でも女性を気遣うのですね」
「お、おい!」
同僚の失礼な意見に、もう一人の黒服が慌てて窘める。と、
「かかかっ、正直な野郎だな! まあ、女好きなのは否定しねえよ。手に入れた後は雑に扱ってることも含めてな」
そう嘯いて、ガレックは陽気に笑う。
「けどな、そんな俺だからこそ女を口説くには本音は隠さねえといけねえんだよ。少なくとも俺のモノにするまではな」
そんなことを堂々と語る支部長に、部下達は沈黙した。
自分達の上司は、紛れもなく犯罪組織の人間なのだと改めて思う。
噂に聞く第5支部・支部長とは大違いだった。
「おい、そんな顔をすんなよお前ら。あと、ボルドの野郎と比べんな。むしろ俺は普通な方だろ? ボルドの奴が変なんだよ」
そう告げて、ガレックはボリボリと頭をかいた。
それからニヤリと笑い、
「まっ、ちなみに今俺が狙ってんのは《七星》の女連中なんだけどな。今の《七星》の女って綺麗どころばかりが揃っているって話だからな」
意外なことに、ガレックには《七星》の女性陣との面識がなかった。
噂に聞く美女達。前々から一度拝んでみたいと思っていたのだ。
「ああ、そういや一人この国にいるんだよな? この後、見物にでも行くか」
「……支部長」
部下の一人が神妙な表情でかぶりを振る。
「……ご容赦を。時期をお考え下さい」
と、進言する部下に対し、ガレックは再びボリボリと頭をかいた。
一応、冗談のつもりだったのだが、通じなかったらしい。
「はン。分かっているよ……っと、世間話してる内にきちまったようだな」
不意にガレックは、ドアの方へと目をやった。
部下達も遅まきながら近付いてくる気配を察し、立ち上がる。
コツコツコツ、と廊下から足音が響いてくる。
そして、ガチャリとドアが開いた。
「……急な仕事で一日ずれてしまい申し訳ない」
そう謝罪する来訪者に対し、ガレックはかぶりを振りつつ、前へ踏み出した。
「いえいえ。お気になさらず。大した事ではありません」
そして来訪者の手をグッと握りしめ、笑顔を共に告げた。
「私は《黒陽社》第2支部の支部長を務めるガレック=オージスと申します。以後お見知りおきを。セド=ボーガン殿」
この宿の一階は酒場兼食堂。
客人と話をするには、ここの方がよいと考えたのだ。
幾つかある丸いテーブル席の一つに座り、飲み物を注文する四人。
そして、それぞれの注文品が届いてから、
「……しかし、大変なことになっているようですな」
ガハルドがコーヒーを片手に、そう話を切り出してきた。
対し、アッシュは思わず眉をしかめてしまう。
「随分と耳が早いな、団長さん。アリシアから聞いたのか?」
「ははっ、違いますよ。実は大まかの事情は事前に知っていました。ボーガン殿は色々と噂が多い方ですからな。私もあの方とは多少の面識があるのですよ」
言って、ガハルドは苦笑を浮かべる。
そしてカチャリとコーヒーカップを置き、言葉を続けた。
「ところでクライン殿。不躾な質問ですが、ボーガン殿との交渉は……やはり土地を買い取る方向で?」
そう問われ、アッシュはますます眉をしかめた。
流石は狸親父。どうやら状況だけでそこまで推測したらしい。
「……まさにその通りだよ。何もかもお見通しだな」
「工房を取り戻すには、それ以外方法はなさそうでしたからな。まあ、それはさておき」
ガハルドはアッシュから順に、ユーリィ、オトハへと視線を送り、
「……今回の件、実は半月ほど前に私もボーガン殿にかけあっていたのです。なにしろクライン殿には娘やサーシャが色々ご迷惑をおかけしていますからな。それにエマリア殿は娘達の友人。タチバナ殿は教官だ。どうにかよい方向に説得したかったのですが」
ガハルドのその台詞に、アッシュ達三人は目を剥いた。
まさか、知らない間にこの騎士団長が動いてくれていようとは……。
「しかし、所詮私は第三者。説得は叶いませんでした。そこでなんですが……」
一拍置いて、ガハルドはアッシュの目を見据えて告げる。
「土地を買い取るとなると、どれほどの額になるのか想像がつきます。失礼ですが、クライン殿。金策でかなりお困りでは?」
「………………まあ、正直なところ、な」
と、少し躊躇いがちにアッシュは答えた。
「……かなり手詰まり」「……流石に土地の買い取りはな」
と、ユーリィ、オトハも微妙な表情をして呟く。
すると、ガハルドはあごに手をやり、おもむろに頷いた。
「やはりそうですか。では、それを踏まえてクライン殿。一つ提案があります」
「……提案だって?」
訝しげに眉を寄せるアッシュに、ガハルドは告げる。
「まずお聞きしたいのですが、クライン殿は《星導石》の目利きは得意で?」
「《星導石》の目利き?」
アッシュは首を傾げた。前述した通り《星導石》にはランクがある。目利きとはそのランクを見極める技能のことを言う。
どうして急に、ガハルドがそんなことを尋ねてきたのかは分からないが、アッシュは正直に答えることにした。
「まあ、こう言っちゃ情けないんだが、俺の目利きは中の下ぐらいだな。けど、ユーリィは凄えぞ。ベテランの職人でも敵わねえほどだ」
「うん。目利きには自信がある」
こくん、と頷くユーリィ。
アッシュの作業姿を見ている内に何となく身に付けた技術なのだが、今やアッシュよりも遥かに卓越した『目』をユーリィは持っていた。
「……ほう。エマリアにはそんな特技があったのか。それは知らなかったな」
と、オトハが純粋に驚くのをよそに、ガハルドはユーリィに視線を向けた。
それから、しばし空色の髪の少女を見据えて――。
「……なるほど。どうやら条件は満たしているようですな」
そう呟き、アッシュに視線を戻した。
そして、ガハルドはいよいよ本題に入る。
「クライン殿。今回の件ですが、ボーガン殿が提示した額の半分は、私が無利子無担保でお貸ししましょう」
「……え?」
一瞬、アッシュは唖然とした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! いくら知り合いでもそんな額は借りられねえよ!」
予想通りの反応を見せる青年に、ガハルドは苦笑を浮かべつつ、話を続ける。
「クライン殿。とりあえず最後までお聞きください。私が用意するのは半額までです。それにお譲りする訳ではありませんぞ。まぁ将来的に身内になるのなら……」
と、そこでコホンと喉を鳴らす。
「失礼。少し脱線しましたな。話を戻しますが、私が半額と指定したのは、残りの半額ならばクライン殿の努力次第で期日までに用意できると判断したからです。いや、運が良ければ全額も可能かもしれません」
「……どういうことだよ? 団長さん」
アッシュが怪訝な顔で尋ねる。ユーリィとオトハも同様の表情だ。
しかし、ガハルドはすぐには答えを告げない。
ただただ、楽しげに目を細めると、
「ふふっ、ところでクライン殿。宝探しはお好きですかな」
そう嘯いて、笑うのだった。
そして――翌日の早朝。
アッシュ達が仮住まいにしている宿屋の前。
そこには今、六人の人間がいた。
まずは制服姿のサーシャ達。騎士候補生の四人組だ。
サーシャとアリシアはどこか不機嫌顔。ロックは気まずげに笑い、エドワードはこの世の絶望に嘆くような面構えをしていた。
続けて、サーシャ達から少し離れた場所にいるのがオトハだ。
いつもの黒いレザースーツの上に、今は赤いサーコートを纏っている。
彼女もサーシャ達同様、どこか不機嫌な面持ちで腕を組んで佇んでいた。
そして、最後の一人がユーリィである。
(…………ふふっ)
一人だけ上機嫌な空色の髪の少女。
いつも通りの無愛想な表情を作ろうと努力しつつも、結局口元が緩んでしまっているユーリィは、普段のクライン工房のつなぎではなく、暖かそうな茶系統のダッフルコートを身につけていた。
と、そこへ一人の青年がやって来る。
「お~い、馬の準備が出来たぞ」
皆にそう告げたのは、アッシュだった。
彼の姿もユーリィ同様いつもと違う。ファーで装飾された紺色の厚手のコート。下には黒いズボンをはいている。完全に遠出仕様の私服だ。
その手には、大きなサックを取りつけた一頭の馬を引いていた。
「……アッシュさん。本当にユーリィちゃんと二人だけで行っちゃうんですか?」
「そうですよ。何も二人っきりなんて……」
と、アリシアとサーシャが、ぶすっとした表情で尋ねてきた。
ガハルドの勧めとはいえ、今回の対応は心情的に納得できないのだ。
しかし、鈍感極まるアッシュは、あっけらかんとした様子で答える。
「ああ。オトには教官の仕事があるしな。俺とユーリィで頑張ってくるよ」
「師匠~~」
と、その時、情けない事この上ない声が響く。
今にも泣き出しそうなエドワードの声だ。
「別にユーリィさんまで連れて行かなくたっていいじゃないっすか!」
ユーリィと離れたくない。その一心で文句を言うエドワード。
「……あのな。今回の件はユーリィの力が必要なんだよ」
そう返しながら、アッシュはユーリィの傍に寄り、頭を撫でた。
アッシュとユーリィ。二人はこれから王都に最も近い大森林「ラフィルの森」を抜け、そこから西南方向にある鉱山街へ向かう予定だった。
目的は――《星導石》の発掘だ。
『一年ほど前、その鉱山で《星導石》が新たに発掘されましてな。今、ちょっとしたゴールドラッシュ――いや、《星導石》ラッシュになっているんですよ』
それが三日前、ガハルドが告げた金策だった。
実に分かりやすいシンプルな提案。
しかし、アッシュ達にとっては、この上ない朗報だった。
一般的に《星導石》の発掘には特殊な技能はいらない。
見つければ、とりあえず発掘するだけだ。原石の段階でランクを見抜くのは一流の職人でも難しいので、職人が立ち合うこともない。そのため、実際に加工するまでは価値が分からないのが常識だった。
だが、もしも原石から価値が分かるほどの目利きがいたら――。
「うん。私、頑張る」
ユーリィが、アッシュを上目遣いで見つめて頷いた。
アッシュは愛娘の頼もしい言葉に相好を崩す。
それからアッシュはユーリィの腰を掴んで抱き上げ、馬の背に乗せた。続けて自身も鐙に足をかけ騎乗する。まるでユーリィを膝の上に乗せたような姿だ。
サーシャ、アリシア、そしてオトハとしては面白くない。
「そろそろ行くよ。メットさん。アリシア。ロック、エロ憎。しっかり勉強すんだぞ」
「行ってくる。みんなも元気で」
馬が嘶きを上げ、ゆっくり進む中、アッシュとユーリィが別れの挨拶をする。
「……行ってらっしゃい。先生。ユーリィちゃん」
「……はあ、二人とも行ってらっしゃい。それとユーリィちゃん。戻ってきたら、絶対に話を聞かせてもらうからね」
しょんぼりした様子で告げるサーシャと、鋭い眼差しでユーリィを見据えるアリシア。
対し、ユーリィは少し頬を引きつらせながら、こくんと頷いた。
「師匠、お気をつけて」
「……ううぅ、ユーリィさぁん……」
そして生真面目に挨拶するロックと、未だ落ち込み続けるエドワード。
そんな四人を順に見つめた後、アッシュはさらに馬を進ませ、少し離れていたオトハにも挨拶を告げる。
「行ってくるよオト。留守中に何かあったら頼むぜ」
「……ああ、任せておけ」
と、まだ少し不機嫌そうだったが、オトハはそう答えた。
そして、アッシュは手綱を強く握って声を上げる。
「そんじゃ行くか! 鉱山街――グランゾへ!」
◆
かくして、アッシュ達がグランゾへと旅立った日――。
「……ほう。こいつは中々のもんだな」
その男――ガレック=オージスは、まじまじと目の前の調度品に目をやった。
この応接室に通されてから十分ほど。
手持ち無沙汰になったので壁際に置いてあった壺やら絵画やらに何気なく目がいったのだが、中々どうして目の保養になる。
「……支部長は美術品に興味がおありで?」
と、ソファーに座っていた部下の一人が声を掛けてきた。
対し、ガレックは苦笑を浮かべて振り返る。
「いや、そこまで興味がある訳じゃねえよ。けど、女にパチモンを贈るなんて真似はしたくねえからな。必然的にこの手のもんは分かるようになったのさ」
言って、ガレックは豪快に笑った。
すると、同じくソファーに座っていたもう一人の部下が意外そうに尋ねてくる。
「……支部長でも女性を気遣うのですね」
「お、おい!」
同僚の失礼な意見に、もう一人の黒服が慌てて窘める。と、
「かかかっ、正直な野郎だな! まあ、女好きなのは否定しねえよ。手に入れた後は雑に扱ってることも含めてな」
そう嘯いて、ガレックは陽気に笑う。
「けどな、そんな俺だからこそ女を口説くには本音は隠さねえといけねえんだよ。少なくとも俺のモノにするまではな」
そんなことを堂々と語る支部長に、部下達は沈黙した。
自分達の上司は、紛れもなく犯罪組織の人間なのだと改めて思う。
噂に聞く第5支部・支部長とは大違いだった。
「おい、そんな顔をすんなよお前ら。あと、ボルドの野郎と比べんな。むしろ俺は普通な方だろ? ボルドの奴が変なんだよ」
そう告げて、ガレックはボリボリと頭をかいた。
それからニヤリと笑い、
「まっ、ちなみに今俺が狙ってんのは《七星》の女連中なんだけどな。今の《七星》の女って綺麗どころばかりが揃っているって話だからな」
意外なことに、ガレックには《七星》の女性陣との面識がなかった。
噂に聞く美女達。前々から一度拝んでみたいと思っていたのだ。
「ああ、そういや一人この国にいるんだよな? この後、見物にでも行くか」
「……支部長」
部下の一人が神妙な表情でかぶりを振る。
「……ご容赦を。時期をお考え下さい」
と、進言する部下に対し、ガレックは再びボリボリと頭をかいた。
一応、冗談のつもりだったのだが、通じなかったらしい。
「はン。分かっているよ……っと、世間話してる内にきちまったようだな」
不意にガレックは、ドアの方へと目をやった。
部下達も遅まきながら近付いてくる気配を察し、立ち上がる。
コツコツコツ、と廊下から足音が響いてくる。
そして、ガチャリとドアが開いた。
「……急な仕事で一日ずれてしまい申し訳ない」
そう謝罪する来訪者に対し、ガレックはかぶりを振りつつ、前へ踏み出した。
「いえいえ。お気になさらず。大した事ではありません」
そして来訪者の手をグッと握りしめ、笑顔を共に告げた。
「私は《黒陽社》第2支部の支部長を務めるガレック=オージスと申します。以後お見知りおきを。セド=ボーガン殿」
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追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
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完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
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セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
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( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
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