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第7部
エピローグ
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「…………ふむ」
そこはグレイシア皇国。皇都ディノスにあるハウル邸。
その執務室にて、ジルベール=ハウルは、軽く首肯していた。
老人の手元には一枚の手紙が握られている。
これは異国の地にいる《七星》。アッシュ=クラインからの手紙だった。
「どうやら上手く事は運んだようだな」
ジルベールは手紙を机の上に投げ捨て、ふっと笑った。
第三座からの便箋には今回の一件の結末が記されていた。一種の報告書である。
その内容は、すべてジルベールの思惑通り。
イアンを含め、狂った黒犬達はすべて処分できたそうだ。
「……しかし」
ジルベールはおもむろに嘆息した。
彼としてはまさに狙い通りの成果だったのだが、一つだけ想定外があった。
――いや、ある意味予想通りだったか。
アッシュ=クラインが報酬を断る事は。
ジルベールは手紙を一瞥した。
そこには、追伸としてこうも記されていた。
『あと追伸だがクソジジイ。あんたが手紙に書いた報酬だが、いらねえよ!
つうか、あんたって昔からそうだよな。孫娘をくれてやるとか、望むままに好きにしてもいいとか、相変わらず悪ふざけがすぎんぞ!
いいか。二度とミランシャを物扱いすんな。とりあえず今回はあんたの元にあいつを帰すが、もし今度こんな真似をしたら、ミランシャは俺がかっ攫ってうちの従業員にすっからな。よく憶えておきやがれ、クソジジイが!』
何とも無礼極まる手紙だった。とても公爵家の当主に送る文面ではない。
その上、これでは公爵令嬢の誘拐予告とも取れる内容ではないか。
だが、ジルベールはただ愉快そうに口元を崩した。
「やれやれ。あの男も相変わらずだな」
むしろこれぐらいの気概はあって当然だ。
なにせ、アッシュ=クラインこそが、ミランシャの本当の伴侶候補。
ジルベールが自らの眼力で見定め、自分の直系にと見込んだ男なのだから。
「だと言うのに、あの男ときたら」
かつてアッシュが騎士であった頃を思い出し、ジルベールは苦笑いを浮かべた。
「この儂が何度も勧めているのに、一向に耳を貸さなかったからな」
サウスエンド邸を尋ねたあの日の夜。
ライアンの推測はほぼ合っていたが、一つだけ間違えていた。
実は、ジルベールはすでに何度もミランシャを見合いの対象に上げていたのだ。ただ、その相手が完全に一人に限定されていた上に、タチの悪い冗談としてしか当人に受け取られなかったため、表に出なかっただけなのだ。
「くくく……それにしても、攫って従業員にするときたか」
ジルベールは葉巻を取り出して、マッチでボッと火を付ける。
その紅い眼差しの目元は、わずかばかり緩んでいた。
自営業の従業員にする。
それは遠回しにミランシャを妻にすると言っているようなものだった。
「………ふふん」
ジルベールは鼻を鳴らし、満足げに煙を吐き出した。
「まったく素直ではないな。結局あの男も、あの娘を気に入っているではないか」
そう呟き、ニヤニヤと笑みを零す。
まあ、実際のところ、あのアッシュの手紙なので、まさしく文面通りの意味にすぎないのだが、少なくとも、ジルベールはそう受け取った。
赤髭の老人は、目を細めて笑い続ける。
「ふふっ、これはひ孫の顔が見られるのもそう遠くはないようだな。あの愚昧娘も一応は今代の《七星》の一人。あの男との子ならばさぞかし期待ができるだろう」
もしかすると、アルフレッドさえも超える逸材が生まれるかもしれない。
と、老人がまだ見ぬひ孫に想いを馳せていたら、
――コンコン、と。
不意に、ドアがノックされた。
ジルベールは訝しむ。普段この時間帯に訪問者はいないはずなのだが。
「……誰だ」と、ジルベールが問うと、ドアの向こうからは「お爺さま。アルフレッドです」という言葉が返ってきた。
「おおッ! アルフか!」
ジルベールは目を見開いて孫の名を呼んだ。
そして、慌てた様子で灰皿に葉巻を擦りつけて火を消すと、この老獪すぎる老人には心底似合わない好々爺といった表情を浮かべて、
「何だ。戻ってきていたのか。入るがいい。ドアは開いているぞ」
と、入室の許可を出した。
すると、「失礼します」という返答と共にドアが開かれた。
「おお……アルフよ」
執務席から立ち上がり、ジルベールは感嘆の声を上げた。
そして大きく両手を広げて相好を崩す。
重厚な扉の向こうに佇むのは、《七星》の証である白いサーコートと、黒い騎士服を纏った十代の少年。燃えるような紅い瞳と髪が印象的な少年だ。
アルフレッド=ハウル。
ハウル家の次期当主であり、ミランシャの実弟である。
しかし、普段は温和で美少年でも通る彼の顔はとても険しく――。
「――お爺さま!」
アルフレッドはつかつかと祖父の元に詰め寄るとバンと両手で執務机を叩いた。
続けて、睨むような視線で老人を射抜く。
「一体どういうおつもりなんですか! 姉さん――姉さまの見合い話はメイド達から聞きました! いくらなんでも酷すぎます!」
「う、む、それはだな……」
孫の剣幕に、思わずジルベールはたじろいだ。
普段は聞きわけのよい孫なのだが、姉の事となるとかなり過剰に反応する。こればかりはジルベールも霹靂としていた。
「その、なんだ。あの娘ももうじき二十二歳。充分適齢期だしな。少しばかり気を利かせただけだ。まあ、結局流れたのだがな……」
と、そんな言い訳をする祖父に、アルフレッドはキツイ眼差しを向けた。
「……お爺さま。そんな話を僕が信じると思っているんですか?」
「う、む」
ジルベールは呻いた。
そしてしばらく渋面を浮かべた後、ドスンと椅子に座り、
「ああ、分かった分かった。すまん。儂が悪かった。二度とあの娘に断りもなく見合い話を出すことはしない。これでいいか」
「……………」
アルフレッドはしばし無言のまま祖父を睨み受けていたが、「……まあ、今回はそれでいいでしょう」と呟いて嘆息した。
「ですが、姉さまが戻って来られたらきちんと謝罪して下さい。いいですね」
「……うむ。それも了解だ」
と、両手を上げて降参する赤髭の老人。
ミランシャやアッシュが見れば、呆れるほど孫に甘いジルベールだった。
ともあれ、この話題はこれで終わりだ。
「さて。それでアルフよ。エリーズ国はどうだった? 楽しめたか?」
と、ジルベールが優しい眼差しで孫に問う。
対し、アルフレッドも「はい」と答えてにこやかに笑った。
そして祖父と孫は、しばし異国の地の話で盛り上がるのだが、
「ああ、ところでお爺さま」
不意に、アルフレッドが別の話題を切り出した。
少年は少し躊躇いがちに祖父に告げる。
「その、実はそう遠くない時期に、エリーズ国から友人達が来る予定なんです。それでしばらくの間は、彼らにはハウル邸に滞在してもらおうと考えています」
「……なに? 友人が来るのか」
ジルベールは興味深そうに反芻した。アルフレッドは優秀すぎるため、同年代の友人がかなり少ない。祖父として常々懸念していた事案でもある。
「それは良きことだな」
「はい。それと、その内の二人はエリーズ国においてやんごとなき人物ですので、お爺さまと姉さまにもお伝えしようと思って」
「……ほう」
ジルベールは少し探るように問う。
「……それは女なのか?」
「え? あ、はい。二人とも女性です。僕の一つ下になります」
アルフレッドは素直に答えた。ジルベールは少し目を細める。
恐らく、その友人とやらは隣国の上級貴族といったところか。しかも、アルフレッドと年齢が近いという話ならば、かなり良き話だ。
(……ふむ。わざわざ家に呼ぶとはかなり親しいのだな。どちらかが本命……ふふっ、これはもしやアルフの方にも期待できるかもしれんな)
と、ジルベールが内心でほくそ笑む。
続けて長い赤髭を撫でながら、すでに孫には密かに想い人がいることまでは知らない老人が、色々と想像していると、アルフレッドがさらに情報を伝えて来た。
「それとお爺さま。うちに来るのは、全員で六人と三体になります。もしかすると、もう少しだけ増えるかもしれませんが」
「………ん?」
思案に耽っていたジルベールだが、ふと眉をひそめた。
六人と……三体? かなり奇妙な表現だ。
「六人は分かるが、三体とは何だ?」
「えっと、それは……」アルフレッドは一瞬言い淀む。
「その、多分そう表現するのが一番合っているような気がするんです」
「……? よく分からんな」
ますますもって眉根を寄せるジルベール。
すると、アルフレッドは、気まずげにポリポリと頬をかき、
「まあ、彼らと出会えば分かると思いますよ」
と、告げた。ジルベールは「……ふむ」とあごに手を置いた。孫の様子は彼にしては珍しく、何やらいたずらを考えている子供のようだった。
「まあ、よかろう。お前の友人ならば歓迎しようではないか」
と、男孫には甘いジルベールが笑う。
アルフレッドは「ありがとうございます」と、軽く頭を下げた。
そして、どこか確信をもって少年は言葉を続ける。
「きっと、お爺さまも姉さまも、彼らと親しくなるような気がしますよ」
第七部〈了〉
そこはグレイシア皇国。皇都ディノスにあるハウル邸。
その執務室にて、ジルベール=ハウルは、軽く首肯していた。
老人の手元には一枚の手紙が握られている。
これは異国の地にいる《七星》。アッシュ=クラインからの手紙だった。
「どうやら上手く事は運んだようだな」
ジルベールは手紙を机の上に投げ捨て、ふっと笑った。
第三座からの便箋には今回の一件の結末が記されていた。一種の報告書である。
その内容は、すべてジルベールの思惑通り。
イアンを含め、狂った黒犬達はすべて処分できたそうだ。
「……しかし」
ジルベールはおもむろに嘆息した。
彼としてはまさに狙い通りの成果だったのだが、一つだけ想定外があった。
――いや、ある意味予想通りだったか。
アッシュ=クラインが報酬を断る事は。
ジルベールは手紙を一瞥した。
そこには、追伸としてこうも記されていた。
『あと追伸だがクソジジイ。あんたが手紙に書いた報酬だが、いらねえよ!
つうか、あんたって昔からそうだよな。孫娘をくれてやるとか、望むままに好きにしてもいいとか、相変わらず悪ふざけがすぎんぞ!
いいか。二度とミランシャを物扱いすんな。とりあえず今回はあんたの元にあいつを帰すが、もし今度こんな真似をしたら、ミランシャは俺がかっ攫ってうちの従業員にすっからな。よく憶えておきやがれ、クソジジイが!』
何とも無礼極まる手紙だった。とても公爵家の当主に送る文面ではない。
その上、これでは公爵令嬢の誘拐予告とも取れる内容ではないか。
だが、ジルベールはただ愉快そうに口元を崩した。
「やれやれ。あの男も相変わらずだな」
むしろこれぐらいの気概はあって当然だ。
なにせ、アッシュ=クラインこそが、ミランシャの本当の伴侶候補。
ジルベールが自らの眼力で見定め、自分の直系にと見込んだ男なのだから。
「だと言うのに、あの男ときたら」
かつてアッシュが騎士であった頃を思い出し、ジルベールは苦笑いを浮かべた。
「この儂が何度も勧めているのに、一向に耳を貸さなかったからな」
サウスエンド邸を尋ねたあの日の夜。
ライアンの推測はほぼ合っていたが、一つだけ間違えていた。
実は、ジルベールはすでに何度もミランシャを見合いの対象に上げていたのだ。ただ、その相手が完全に一人に限定されていた上に、タチの悪い冗談としてしか当人に受け取られなかったため、表に出なかっただけなのだ。
「くくく……それにしても、攫って従業員にするときたか」
ジルベールは葉巻を取り出して、マッチでボッと火を付ける。
その紅い眼差しの目元は、わずかばかり緩んでいた。
自営業の従業員にする。
それは遠回しにミランシャを妻にすると言っているようなものだった。
「………ふふん」
ジルベールは鼻を鳴らし、満足げに煙を吐き出した。
「まったく素直ではないな。結局あの男も、あの娘を気に入っているではないか」
そう呟き、ニヤニヤと笑みを零す。
まあ、実際のところ、あのアッシュの手紙なので、まさしく文面通りの意味にすぎないのだが、少なくとも、ジルベールはそう受け取った。
赤髭の老人は、目を細めて笑い続ける。
「ふふっ、これはひ孫の顔が見られるのもそう遠くはないようだな。あの愚昧娘も一応は今代の《七星》の一人。あの男との子ならばさぞかし期待ができるだろう」
もしかすると、アルフレッドさえも超える逸材が生まれるかもしれない。
と、老人がまだ見ぬひ孫に想いを馳せていたら、
――コンコン、と。
不意に、ドアがノックされた。
ジルベールは訝しむ。普段この時間帯に訪問者はいないはずなのだが。
「……誰だ」と、ジルベールが問うと、ドアの向こうからは「お爺さま。アルフレッドです」という言葉が返ってきた。
「おおッ! アルフか!」
ジルベールは目を見開いて孫の名を呼んだ。
そして、慌てた様子で灰皿に葉巻を擦りつけて火を消すと、この老獪すぎる老人には心底似合わない好々爺といった表情を浮かべて、
「何だ。戻ってきていたのか。入るがいい。ドアは開いているぞ」
と、入室の許可を出した。
すると、「失礼します」という返答と共にドアが開かれた。
「おお……アルフよ」
執務席から立ち上がり、ジルベールは感嘆の声を上げた。
そして大きく両手を広げて相好を崩す。
重厚な扉の向こうに佇むのは、《七星》の証である白いサーコートと、黒い騎士服を纏った十代の少年。燃えるような紅い瞳と髪が印象的な少年だ。
アルフレッド=ハウル。
ハウル家の次期当主であり、ミランシャの実弟である。
しかし、普段は温和で美少年でも通る彼の顔はとても険しく――。
「――お爺さま!」
アルフレッドはつかつかと祖父の元に詰め寄るとバンと両手で執務机を叩いた。
続けて、睨むような視線で老人を射抜く。
「一体どういうおつもりなんですか! 姉さん――姉さまの見合い話はメイド達から聞きました! いくらなんでも酷すぎます!」
「う、む、それはだな……」
孫の剣幕に、思わずジルベールはたじろいだ。
普段は聞きわけのよい孫なのだが、姉の事となるとかなり過剰に反応する。こればかりはジルベールも霹靂としていた。
「その、なんだ。あの娘ももうじき二十二歳。充分適齢期だしな。少しばかり気を利かせただけだ。まあ、結局流れたのだがな……」
と、そんな言い訳をする祖父に、アルフレッドはキツイ眼差しを向けた。
「……お爺さま。そんな話を僕が信じると思っているんですか?」
「う、む」
ジルベールは呻いた。
そしてしばらく渋面を浮かべた後、ドスンと椅子に座り、
「ああ、分かった分かった。すまん。儂が悪かった。二度とあの娘に断りもなく見合い話を出すことはしない。これでいいか」
「……………」
アルフレッドはしばし無言のまま祖父を睨み受けていたが、「……まあ、今回はそれでいいでしょう」と呟いて嘆息した。
「ですが、姉さまが戻って来られたらきちんと謝罪して下さい。いいですね」
「……うむ。それも了解だ」
と、両手を上げて降参する赤髭の老人。
ミランシャやアッシュが見れば、呆れるほど孫に甘いジルベールだった。
ともあれ、この話題はこれで終わりだ。
「さて。それでアルフよ。エリーズ国はどうだった? 楽しめたか?」
と、ジルベールが優しい眼差しで孫に問う。
対し、アルフレッドも「はい」と答えてにこやかに笑った。
そして祖父と孫は、しばし異国の地の話で盛り上がるのだが、
「ああ、ところでお爺さま」
不意に、アルフレッドが別の話題を切り出した。
少年は少し躊躇いがちに祖父に告げる。
「その、実はそう遠くない時期に、エリーズ国から友人達が来る予定なんです。それでしばらくの間は、彼らにはハウル邸に滞在してもらおうと考えています」
「……なに? 友人が来るのか」
ジルベールは興味深そうに反芻した。アルフレッドは優秀すぎるため、同年代の友人がかなり少ない。祖父として常々懸念していた事案でもある。
「それは良きことだな」
「はい。それと、その内の二人はエリーズ国においてやんごとなき人物ですので、お爺さまと姉さまにもお伝えしようと思って」
「……ほう」
ジルベールは少し探るように問う。
「……それは女なのか?」
「え? あ、はい。二人とも女性です。僕の一つ下になります」
アルフレッドは素直に答えた。ジルベールは少し目を細める。
恐らく、その友人とやらは隣国の上級貴族といったところか。しかも、アルフレッドと年齢が近いという話ならば、かなり良き話だ。
(……ふむ。わざわざ家に呼ぶとはかなり親しいのだな。どちらかが本命……ふふっ、これはもしやアルフの方にも期待できるかもしれんな)
と、ジルベールが内心でほくそ笑む。
続けて長い赤髭を撫でながら、すでに孫には密かに想い人がいることまでは知らない老人が、色々と想像していると、アルフレッドがさらに情報を伝えて来た。
「それとお爺さま。うちに来るのは、全員で六人と三体になります。もしかすると、もう少しだけ増えるかもしれませんが」
「………ん?」
思案に耽っていたジルベールだが、ふと眉をひそめた。
六人と……三体? かなり奇妙な表現だ。
「六人は分かるが、三体とは何だ?」
「えっと、それは……」アルフレッドは一瞬言い淀む。
「その、多分そう表現するのが一番合っているような気がするんです」
「……? よく分からんな」
ますますもって眉根を寄せるジルベール。
すると、アルフレッドは、気まずげにポリポリと頬をかき、
「まあ、彼らと出会えば分かると思いますよ」
と、告げた。ジルベールは「……ふむ」とあごに手を置いた。孫の様子は彼にしては珍しく、何やらいたずらを考えている子供のようだった。
「まあ、よかろう。お前の友人ならば歓迎しようではないか」
と、男孫には甘いジルベールが笑う。
アルフレッドは「ありがとうございます」と、軽く頭を下げた。
そして、どこか確信をもって少年は言葉を続ける。
「きっと、お爺さまも姉さまも、彼らと親しくなるような気がしますよ」
第七部〈了〉
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