クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
221 / 499
第7部

エピローグ

しおりを挟む
「…………ふむ」


 そこはグレイシア皇国。皇都ディノスにあるハウル邸。
 その執務室にて、ジルベール=ハウルは、軽く首肯していた。
 老人の手元には一枚の手紙が握られている。
 これは異国の地にいる《七星》。アッシュ=クラインからの手紙だった。


「どうやら上手く事は運んだようだな」


 ジルベールは手紙を机の上に投げ捨て、ふっと笑った。
 第三座からの便箋には今回の一件の結末が記されていた。一種の報告書である。
 その内容は、すべてジルベールの思惑通り。
 イアンを含め、狂った黒犬達はすべて処分できたそうだ。


「……しかし」


 ジルベールはおもむろに嘆息した。
 彼としてはまさに狙い通りの成果だったのだが、一つだけ想定外があった。
 ――いや、ある意味予想通りだったか。
 アッシュ=クラインがを断る事は。
 ジルベールは手紙を一瞥した。
 そこには、追伸としてこうも記されていた。



『あと追伸だがクソジジイ。あんたが手紙に書いただが、いらねえよ!
 つうか、あんたって昔からそうだよな。孫娘をくれてやるとか、望むままに好きにしてもいいとか、相変わらず悪ふざけがすぎんぞ!
 いいか。二度とミランシャを物扱いすんな。とりあえず今回はあんたの元にあいつを帰すが、もし今度こんな真似をしたら、ミランシャは俺がかっ攫ってうちの従業員にすっからな。よく憶えておきやがれ、クソジジイが!』



 何とも無礼極まる手紙だった。とても公爵家の当主に送る文面ではない。
 その上、これでは公爵令嬢の誘拐予告とも取れる内容ではないか。 
 だが、ジルベールはただ愉快そうに口元を崩した。


「やれやれ。あの男も相変わらずだな」


 むしろこれぐらいの気概はあって当然だ。
 なにせ、アッシュ=クラインこそが、ミランシャの本当の伴侶候補。
 ジルベールが自らの眼力で見定め、自分の直系にと見込んだ男なのだから。


「だと言うのに、あの男ときたら」


 かつてアッシュが騎士であった頃を思い出し、ジルベールは苦笑いを浮かべた。


「この儂が何度も勧めているのに、一向に耳を貸さなかったからな」


 サウスエンド邸を尋ねたあの日の夜。
 ライアンの推測はほぼ合っていたが、一つだけ間違えていた。
 実は、ジルベールはすでに何度もミランシャを見合いの対象に上げていたのだ。ただ、その相手が完全に一人に限定されていた上に、タチの悪い冗談としてしか当人に受け取られなかったため、表に出なかっただけなのだ。


「くくく……それにしても、攫って従業員にするときたか」


 ジルベールは葉巻を取り出して、マッチでボッと火を付ける。
 その紅い眼差しの目元は、わずかばかり緩んでいた。
 自営業の従業員にする。
 それは遠回しにミランシャを妻にすると言っているようなものだった。


「………ふふん」


 ジルベールは鼻を鳴らし、満足げに煙を吐き出した。


「まったく素直ではないな。結局あの男も、あの娘を気に入っているではないか」


 そう呟き、ニヤニヤと笑みを零す。
 まあ、実際のところ、アッシュの手紙なので、まさしく文面通りの意味にすぎないのだが、少なくとも、ジルベールはそう受け取った。
 赤髭の老人は、目を細めて笑い続ける。


「ふふっ、これはひ孫の顔が見られるのもそう遠くはないようだな。あの愚昧娘も一応は今代の《七星》の一人。あの男との子ならばさぞかし期待ができるだろう」


 もしかすると、アルフレッドさえも超える逸材が生まれるかもしれない。
 と、老人がまだ見ぬひ孫に想いを馳せていたら、
 ――コンコン、と。
 不意に、ドアがノックされた。
 ジルベールは訝しむ。普段この時間帯に訪問者はいないはずなのだが。
「……誰だ」と、ジルベールが問うと、ドアの向こうからは「お爺さま。アルフレッドです」という言葉が返ってきた。


「おおッ! アルフか!」


 ジルベールは目を見開いて孫の名を呼んだ。
 そして、慌てた様子で灰皿に葉巻を擦りつけて火を消すと、この老獪すぎる老人には心底似合わない好々爺といった表情を浮かべて、


「何だ。戻ってきていたのか。入るがいい。ドアは開いているぞ」


 と、入室の許可を出した。
 すると、「失礼します」という返答と共にドアが開かれた。


「おお……アルフよ」


 執務席から立ち上がり、ジルベールは感嘆の声を上げた。
 そして大きく両手を広げて相好を崩す。
 重厚な扉の向こうに佇むのは、《七星》の証である白いサーコートと、黒い騎士服を纏った十代の少年。燃えるような紅い瞳と髪が印象的な少年だ。

 アルフレッド=ハウル。
 ハウル家の次期当主であり、ミランシャの実弟である。

 しかし、普段は温和で美少年でも通る彼の顔はとても険しく――。


「――お爺さま!」


 アルフレッドはつかつかと祖父の元に詰め寄るとバンと両手で執務机を叩いた。
 続けて、睨むような視線で老人を射抜く。


「一体どういうおつもりなんですか! 姉さん――姉さまの見合い話はメイド達から聞きました! いくらなんでも酷すぎます!」

「う、む、それはだな……」


 孫の剣幕に、思わずジルベールはたじろいだ。
 普段は聞きわけのよい孫なのだが、姉の事となるとかなり過剰に反応する。こればかりはジルベールも霹靂としていた。


「その、なんだ。あの娘ももうじき二十二歳。充分適齢期だしな。少しばかり気を利かせただけだ。まあ、結局流れたのだがな……」


 と、そんな言い訳をする祖父に、アルフレッドはキツイ眼差しを向けた。


「……お爺さま。そんな話を僕が信じると思っているんですか?」

「う、む」


 ジルベールは呻いた。
 そしてしばらく渋面を浮かべた後、ドスンと椅子に座り、


「ああ、分かった分かった。すまん。儂が悪かった。二度とあの娘に断りもなく見合い話を出すことはしない。これでいいか」

「……………」


 アルフレッドはしばし無言のまま祖父を睨み受けていたが、「……まあ、今回はそれでいいでしょう」と呟いて嘆息した。


「ですが、姉さまが戻って来られたらきちんと謝罪して下さい。いいですね」

「……うむ。それも了解だ」


 と、両手を上げて降参する赤髭の老人。
 ミランシャやアッシュが見れば、呆れるほど孫に甘いジルベールだった。
 ともあれ、この話題はこれで終わりだ。


「さて。それでアルフよ。エリーズ国はどうだった? 楽しめたか?」


 と、ジルベールが優しい眼差しで孫に問う。
 対し、アルフレッドも「はい」と答えてにこやかに笑った。
 そして祖父と孫は、しばし異国の地の話で盛り上がるのだが、


「ああ、ところでお爺さま」


 不意に、アルフレッドが別の話題を切り出した。
 少年は少し躊躇いがちに祖父に告げる。


「その、実はそう遠くない時期に、エリーズ国から友人達が来る予定なんです。それでしばらくの間は、彼らにはハウル邸うちに滞在してもらおうと考えています」

「……なに? 友人が来るのか」


 ジルベールは興味深そうに反芻した。アルフレッドは優秀すぎるため、同年代の友人がかなり少ない。祖父として常々懸念していた事案でもある。


「それは良きことだな」

「はい。それと、その内の二人はエリーズ国においてやんごとなき人物ですので、お爺さまと姉さまにもお伝えしようと思って」

「……ほう」


 ジルベールは少し探るように問う。


「……それは女なのか?」

「え? あ、はい。二人とも女性です。僕の一つ下になります」


 アルフレッドは素直に答えた。ジルベールは少し目を細める。
 恐らく、その友人とやらは隣国の上級貴族といったところか。しかも、アルフレッドと年齢が近いという話ならば、かなり良き話だ。


(……ふむ。わざわざ家に呼ぶとはかなり親しいのだな。どちらかが本命……ふふっ、これはもしやアルフの方にも期待できるかもしれんな)


 と、ジルベールが内心でほくそ笑む。
 続けて長い赤髭を撫でながら、すでに孫には密かに想い人がいることまでは知らない老人が、色々と想像していると、アルフレッドがさらに情報を伝えて来た。


「それとお爺さま。うちに来るのは、全員で六人と三体になります。もしかすると、もう少しだけ増えるかもしれませんが」

「………ん?」


 思案に耽っていたジルベールだが、ふと眉をひそめた。
 六人と……三体? かなり奇妙な表現だ。


「六人は分かるが、三体とは何だ?」

「えっと、それは……」アルフレッドは一瞬言い淀む。

「その、多分そう表現するのが一番合っているような気がするんです」

「……? よく分からんな」


 ますますもって眉根を寄せるジルベール。
 すると、アルフレッドは、気まずげにポリポリと頬をかき、


「まあ、彼らと出会えば分かると思いますよ」


 と、告げた。ジルベールは「……ふむ」とあごに手を置いた。孫の様子は彼にしては珍しく、何やらいたずらを考えている子供のようだった。


「まあ、よかろう。お前の友人ならば歓迎しようではないか」


 と、男孫には甘いジルベールが笑う。
 アルフレッドは「ありがとうございます」と、軽く頭を下げた。
 そして、どこか確信をもって少年は言葉を続ける。


「きっと、お爺さまも姉さまも、彼らと親しくなるような気がしますよ」



第七部〈了〉
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

処理中です...