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第7部
第七章 それぞれの対峙③
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ハウル邸の三階にある応接室は、かなりの大所帯になっていた。
一般的な応接室の三倍はありそうな間取り。庭園を一望できるバルコニーを備え、豪華さにおいても比較にならないその場所には、幾つかのソファがあった。
それぞれ対峙するように複数人が座れる長いソファが二つ。一人用のソファが並んで二つずつ。向かい合わせで合計四つある。
長いソファの一つにはサラと名乗る女が座り、彼女の後ろに黄色い髪の女が立つ。
この時点で、彼女達が主従関係であるとミランシャは察した。
対するミランシャ達はリーゼ、アイリ、ジェイクが長いソファに並んで座り、シャルロットは彼女達の後ろに控えた。ミランシャは一人用ソファに腰を下ろしている。
ちなみに零号達は応接室の片端に腰を下ろしていた。
この時点で三つの一人用ソファがまだ残っているのだが、それはいずれやって来る祖父と弟が座ることになるだろう。
(さて。どういうつもりなのかしら。サラさんとやら)
ミランシャは黒髪の女性を睨み付けた。
あの夜と同じ炎の華の紋が入った白いタイトワンピースを纏う女。
彼女は、にこやかな笑顔を見せてリーゼ達と会話していた。
その中で後ろに待機する女の名も知った。
ジェシカというらしい。偽名かも知れないが。
ジェシカは軽く挨拶をした後、何故かリーゼとアイリを興味深そうに見つめていたが、すぐに無言になってサラの後ろに控えた。
「サラさんはどうして皇都に来たんすか?」
と、ジェイクが尋ねる。
「仕事と私事かな。とても大事な用があってね。今日はそのためにここに来たの」
「もしかしてハウル公爵と商談とかですか?」
「う~ん、それは違うかな」
嘘か本当なのか判別の付かない会話が続く。核心的な情報が掴めずミランシャは内心ではかなり苛立っていたが、ふとシャルロットと視線が重なった。
見ると、シャルロットは神妙な顔をしていた。
楽しげに話すリーゼ達とは対照的に、かなり警戒している面持ちだ。
恐らく、本能的に感じ取るものがあるのだろう。
(やっぱり、シャルロットさんとは気が合いそうだわ)
ミランシャは内心で笑う。
――が、いずれにせよ、このままでは埒があかない。
「……サラさん」
ミランシャが本題の口火を切ろうとした、その時だった。
不意にコンコンとノックの音が響いた。
全員の視線がドアに集中した。
「……失礼する」
次いでドアの向こうから老人の声が聞こえてきた。
開かれるドア。
そこには、赤い髭の老人と、一人の少年がいた。
ジルベール公とアルフレッド=ハウルだ。
アルフレッドはどこか緊張した面持ちをしていたが、室内に目をやり、サラの姿を目にとめた途端、大きく双眸を見開いた。
一瞬の沈黙。
「……本、当に」
アルフレッドは乾いた声で尋ねる。
「本当に、あなたなのか……」
「……やはり本物なのか? アルフ」
と、ジルベールが孫に問う。
アルフレッドは神妙な声で「間違いありません」と頷いた。
弟の様子にミランシャは眉根を寄せた。すると、アルフレッドは、ミランシャとシャルロットに目をやって、深刻なようにも思える表情を見せた。
――どうかしたの? アルフ?
そう尋ねる前に、口を開いたのはジェイクだった。
「何だ? アルフもサラさんと知り合いだったのかよ」
世間は狭いな、とジェイクが笑う。
しかし、アルフレッドは、とても笑えるような心境ではなかった。
「……『サラ』なんて名前じゃないよ。この人は……」
ただ、呟くようにそう返してミランシャの隣のソファに腰を掛けた。
ジルベールはその向かいのソファに座る。
「これで皆さん、揃われたようですね」
ジルベールとアルフレッドに笑顔を見せてサラは告げる。
「待たせてしまったようだな」
「いえ。私こそ唐突な訪問。失礼いたしました」
と、ジルベールとサラが友好的な挨拶を交わすのだが、険しい表情のアルフレッドの様子もあり、和やかだった応接室は緊迫した雰囲気に一変していた。
「あの、アルフレッドさま?」
リーゼが尋ねる。
「あなたも、サラさんとお知り合いなのですよね?」
「この人は『サラ』なんて名前じゃないよ」
アルフレッドは再び告げた。
「この人は皇国では誰もが知る有名人だ。僕はもちろん、お爺さまも、姉さんだって何度も聞いた名前のはずだ」
「………え?」
その発言に、ミランシャは弟の横顔を見つめた。
「そうでしょう。《黄金死姫》サクヤ=コノハナ」
アルフレッドは、サラの本当の名を呼んだ。
――ドクン、と。
ミランシャの鼓動が跳ね上がった。
「…………………え」
心臓が早鐘を打つ。
確かに、その名前は知っていた。
だがしかし、その名前は――。
「――そんなはずはないわ!」
気付いた時、ミランシャは立ち上がって叫んでいた。
「だって彼女は死んだはずよ! アシュ君によって倒された! だからアシュ君はあんなに苦しんで、辛い思いをして騎士団を辞めたのよ!」
「……そうだね。僕もそう思ってたよ」
アルフレッドは指を組み、グッと拳を固めた。
「だけど、僕はこの人と一度だけ出会っているんだ。彼女の姿を忘れた事なんてない。この人は間違いなく《黄金死姫》だよ」
「だ、だけど!」
「お、おい。ちょっと待てよアルフ」
動揺するハウル姉弟に、ジェイクが困惑した声を上げた。
「全然話が見えねえよ。どういうことなんだ?」
彼の困惑はリーゼ、アイリ、シャルロットも同様だった。
四人の視線はアルフレッドに集まった。
アルフレッドは渋面を浮かべた。
「かつて、皇国には《黄金死姫》と呼ばれる《聖骸主》がいたんだ」
赤い髪の少年はポツポツと語り出す。
「《金色の星神》が《最後の祈り》を使ったために生まれた最強最悪の《聖骸主》だ。鎧機兵の一団さえ容易く殲滅する彼女に、皇国民は数百人単位で虐殺された」
「……ぎゃ、虐殺……?」
あまりにも恐ろしい言葉に、リーゼは唖然とした表情でサラを見つめた。
この温和な女性からは連想さえも出来ない言葉だ。
しかし、黒髪の女性は何も語らない。
ただ、表情を変えずに、アルフレッドの言葉に耳を傾けていた。
「皇国騎士団は何度か彼女の居場所を補足して挑んだけど、すべて返り討ち。その中には先代の《七星》の一人もいたよ。僕も一度だけ挑んで敗れた。あまりの強さに、皇国ではもう彼女のことは《災厄》の一種と思うしかないと考えられていた。だけど、そんな彼女を止めた者がいたんだ」
そこで、アルフレッドはシャルロットに目をやった。
「それが、あなたもよく知るアッシュ=クラインだったんだ。アシュ兄は一騎討ちの死闘の末に《黄金死姫》を倒したはずなんだ」
数秒の静寂。
「……クライン君が?」
シャルロットは困惑しつつも、愛する人の名を呟いた。
「……ええ。それで合っているわ」
その時、初めてサラが話に加わってきた。
それから、未だ唖然とするリーゼ達に目をやり、
「ごめんね。リーゼちゃん。アイリちゃん。ジェイク君」
頭を深々と下げて謝罪する。
「改めて自己紹介を」
そして、サラ――サクヤは語る。
「私の本当の名は、サクヤ=コノハナ。アッシュ=クラインの婚約者です」
「……………え?」
サクヤの台詞に目を剥いたのは、シャルロットだった。
「え、こ、婚約者!? うそ、あなたがクライン君の?」
この台詞だけは、完全に想定外のものだった。
普段は冷静沈着なシャルロットも、流石に動揺を隠せなかった。
そんな中、リーゼ達は驚いた顔を。
ジルベールとアルフレッドは、沈黙している。
「……それは、すでに昔の話でしょう」
と、険悪な様子で返すのはミランシャだった。
抑えきれないような圧力が、その声には宿っていた。
だが、サクヤも負けていない。
「別に婚約を破棄された訳じゃないわ。私は今でも『彼』の婚約者よ。それに『彼』の近くにいたあなたなら知っているでしょう。『彼』があそこまで強くなったのは、すべて私のためだってことも」
「……………」
ミランシャは沈黙して歯を軋ませる。
「……あなたが、どうやって蘇ったのかは分からない。けど、結局、あなたの目的は何なんですか? 何故、ここにやって来たんです?」
最大限の警戒だけは一切解かずに。
姉に代わって、アルフレッドが尋ねた。
すると、サクヤは自嘲にも似た笑みを見せて目を細める。
「迎えに来たのよ。《悪竜の御子》を」
「……《悪竜の御子》?」
アルフレッドは眉根を寄せた。
「え? まさか、それは……」
と、呟いたのはリーゼだった。
誰よりも聡い彼女は即座にある人物を連想した。
サクヤは頷く。
「そう。あの子を迎えに来たの。私の教団に」
そして、全員が未だ状況が掴めきれていない中、彼女は微笑んで告げた。
「《ディノ=バロウス教団》の盟主である私がね」
一般的な応接室の三倍はありそうな間取り。庭園を一望できるバルコニーを備え、豪華さにおいても比較にならないその場所には、幾つかのソファがあった。
それぞれ対峙するように複数人が座れる長いソファが二つ。一人用のソファが並んで二つずつ。向かい合わせで合計四つある。
長いソファの一つにはサラと名乗る女が座り、彼女の後ろに黄色い髪の女が立つ。
この時点で、彼女達が主従関係であるとミランシャは察した。
対するミランシャ達はリーゼ、アイリ、ジェイクが長いソファに並んで座り、シャルロットは彼女達の後ろに控えた。ミランシャは一人用ソファに腰を下ろしている。
ちなみに零号達は応接室の片端に腰を下ろしていた。
この時点で三つの一人用ソファがまだ残っているのだが、それはいずれやって来る祖父と弟が座ることになるだろう。
(さて。どういうつもりなのかしら。サラさんとやら)
ミランシャは黒髪の女性を睨み付けた。
あの夜と同じ炎の華の紋が入った白いタイトワンピースを纏う女。
彼女は、にこやかな笑顔を見せてリーゼ達と会話していた。
その中で後ろに待機する女の名も知った。
ジェシカというらしい。偽名かも知れないが。
ジェシカは軽く挨拶をした後、何故かリーゼとアイリを興味深そうに見つめていたが、すぐに無言になってサラの後ろに控えた。
「サラさんはどうして皇都に来たんすか?」
と、ジェイクが尋ねる。
「仕事と私事かな。とても大事な用があってね。今日はそのためにここに来たの」
「もしかしてハウル公爵と商談とかですか?」
「う~ん、それは違うかな」
嘘か本当なのか判別の付かない会話が続く。核心的な情報が掴めずミランシャは内心ではかなり苛立っていたが、ふとシャルロットと視線が重なった。
見ると、シャルロットは神妙な顔をしていた。
楽しげに話すリーゼ達とは対照的に、かなり警戒している面持ちだ。
恐らく、本能的に感じ取るものがあるのだろう。
(やっぱり、シャルロットさんとは気が合いそうだわ)
ミランシャは内心で笑う。
――が、いずれにせよ、このままでは埒があかない。
「……サラさん」
ミランシャが本題の口火を切ろうとした、その時だった。
不意にコンコンとノックの音が響いた。
全員の視線がドアに集中した。
「……失礼する」
次いでドアの向こうから老人の声が聞こえてきた。
開かれるドア。
そこには、赤い髭の老人と、一人の少年がいた。
ジルベール公とアルフレッド=ハウルだ。
アルフレッドはどこか緊張した面持ちをしていたが、室内に目をやり、サラの姿を目にとめた途端、大きく双眸を見開いた。
一瞬の沈黙。
「……本、当に」
アルフレッドは乾いた声で尋ねる。
「本当に、あなたなのか……」
「……やはり本物なのか? アルフ」
と、ジルベールが孫に問う。
アルフレッドは神妙な声で「間違いありません」と頷いた。
弟の様子にミランシャは眉根を寄せた。すると、アルフレッドは、ミランシャとシャルロットに目をやって、深刻なようにも思える表情を見せた。
――どうかしたの? アルフ?
そう尋ねる前に、口を開いたのはジェイクだった。
「何だ? アルフもサラさんと知り合いだったのかよ」
世間は狭いな、とジェイクが笑う。
しかし、アルフレッドは、とても笑えるような心境ではなかった。
「……『サラ』なんて名前じゃないよ。この人は……」
ただ、呟くようにそう返してミランシャの隣のソファに腰を掛けた。
ジルベールはその向かいのソファに座る。
「これで皆さん、揃われたようですね」
ジルベールとアルフレッドに笑顔を見せてサラは告げる。
「待たせてしまったようだな」
「いえ。私こそ唐突な訪問。失礼いたしました」
と、ジルベールとサラが友好的な挨拶を交わすのだが、険しい表情のアルフレッドの様子もあり、和やかだった応接室は緊迫した雰囲気に一変していた。
「あの、アルフレッドさま?」
リーゼが尋ねる。
「あなたも、サラさんとお知り合いなのですよね?」
「この人は『サラ』なんて名前じゃないよ」
アルフレッドは再び告げた。
「この人は皇国では誰もが知る有名人だ。僕はもちろん、お爺さまも、姉さんだって何度も聞いた名前のはずだ」
「………え?」
その発言に、ミランシャは弟の横顔を見つめた。
「そうでしょう。《黄金死姫》サクヤ=コノハナ」
アルフレッドは、サラの本当の名を呼んだ。
――ドクン、と。
ミランシャの鼓動が跳ね上がった。
「…………………え」
心臓が早鐘を打つ。
確かに、その名前は知っていた。
だがしかし、その名前は――。
「――そんなはずはないわ!」
気付いた時、ミランシャは立ち上がって叫んでいた。
「だって彼女は死んだはずよ! アシュ君によって倒された! だからアシュ君はあんなに苦しんで、辛い思いをして騎士団を辞めたのよ!」
「……そうだね。僕もそう思ってたよ」
アルフレッドは指を組み、グッと拳を固めた。
「だけど、僕はこの人と一度だけ出会っているんだ。彼女の姿を忘れた事なんてない。この人は間違いなく《黄金死姫》だよ」
「だ、だけど!」
「お、おい。ちょっと待てよアルフ」
動揺するハウル姉弟に、ジェイクが困惑した声を上げた。
「全然話が見えねえよ。どういうことなんだ?」
彼の困惑はリーゼ、アイリ、シャルロットも同様だった。
四人の視線はアルフレッドに集まった。
アルフレッドは渋面を浮かべた。
「かつて、皇国には《黄金死姫》と呼ばれる《聖骸主》がいたんだ」
赤い髪の少年はポツポツと語り出す。
「《金色の星神》が《最後の祈り》を使ったために生まれた最強最悪の《聖骸主》だ。鎧機兵の一団さえ容易く殲滅する彼女に、皇国民は数百人単位で虐殺された」
「……ぎゃ、虐殺……?」
あまりにも恐ろしい言葉に、リーゼは唖然とした表情でサラを見つめた。
この温和な女性からは連想さえも出来ない言葉だ。
しかし、黒髪の女性は何も語らない。
ただ、表情を変えずに、アルフレッドの言葉に耳を傾けていた。
「皇国騎士団は何度か彼女の居場所を補足して挑んだけど、すべて返り討ち。その中には先代の《七星》の一人もいたよ。僕も一度だけ挑んで敗れた。あまりの強さに、皇国ではもう彼女のことは《災厄》の一種と思うしかないと考えられていた。だけど、そんな彼女を止めた者がいたんだ」
そこで、アルフレッドはシャルロットに目をやった。
「それが、あなたもよく知るアッシュ=クラインだったんだ。アシュ兄は一騎討ちの死闘の末に《黄金死姫》を倒したはずなんだ」
数秒の静寂。
「……クライン君が?」
シャルロットは困惑しつつも、愛する人の名を呟いた。
「……ええ。それで合っているわ」
その時、初めてサラが話に加わってきた。
それから、未だ唖然とするリーゼ達に目をやり、
「ごめんね。リーゼちゃん。アイリちゃん。ジェイク君」
頭を深々と下げて謝罪する。
「改めて自己紹介を」
そして、サラ――サクヤは語る。
「私の本当の名は、サクヤ=コノハナ。アッシュ=クラインの婚約者です」
「……………え?」
サクヤの台詞に目を剥いたのは、シャルロットだった。
「え、こ、婚約者!? うそ、あなたがクライン君の?」
この台詞だけは、完全に想定外のものだった。
普段は冷静沈着なシャルロットも、流石に動揺を隠せなかった。
そんな中、リーゼ達は驚いた顔を。
ジルベールとアルフレッドは、沈黙している。
「……それは、すでに昔の話でしょう」
と、険悪な様子で返すのはミランシャだった。
抑えきれないような圧力が、その声には宿っていた。
だが、サクヤも負けていない。
「別に婚約を破棄された訳じゃないわ。私は今でも『彼』の婚約者よ。それに『彼』の近くにいたあなたなら知っているでしょう。『彼』があそこまで強くなったのは、すべて私のためだってことも」
「……………」
ミランシャは沈黙して歯を軋ませる。
「……あなたが、どうやって蘇ったのかは分からない。けど、結局、あなたの目的は何なんですか? 何故、ここにやって来たんです?」
最大限の警戒だけは一切解かずに。
姉に代わって、アルフレッドが尋ねた。
すると、サクヤは自嘲にも似た笑みを見せて目を細める。
「迎えに来たのよ。《悪竜の御子》を」
「……《悪竜の御子》?」
アルフレッドは眉根を寄せた。
「え? まさか、それは……」
と、呟いたのはリーゼだった。
誰よりも聡い彼女は即座にある人物を連想した。
サクヤは頷く。
「そう。あの子を迎えに来たの。私の教団に」
そして、全員が未だ状況が掴めきれていない中、彼女は微笑んで告げた。
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