悪竜の騎士とゴーレム姫【第12部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第8部

第八章 炎より続く明日③

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 最後の決戦は、無音で始まった。
 ――ゆらり、と。
《ディノ=バロウス》が重心を落とした。
 そして音なき加速。《天架》の上を滑走する。身構える《朱天》の元に真っ直ぐに。
 間合いは瞬く間に消え去った。


(――《ディノス》!)


 コウタは眼光を鋭くする。愛機もそれに応えた。
 繰り出す闘技は《残影虚心・顎門》。
 ここに至っては、小細工は不要。
 ――最強の闘技を、両腕を以て繰り出す!
 双頭の魔竜が開く。
 それは瞬時に四十八連にも及ぶ斬撃だった。
 そしてそれに対し、《朱天》は――。
 すうっ、とわずかに左手を下ろした。
 とても穏やかで、静かな所作。
 一瞬、コウタの脳裏に清流が浮かんだ。
 静かに。
 真紅に輝く拳を、《朱天》は突き出した。


(――ッ!?)


 愕然と目を見開くコウタ。
 拳の力場に触れた炎の剣が、一瞬で破壊されたからだ。
 あまりにも威力に差がありすぎる。
 ――だが。


(まだ終わっていない!)


 コウタの気迫は《ディノ=バロウス》にはもちろん、メルティアにも伝わった。
 メルティアは、瞬時に炎の剣を復元させた。それは斬撃と共に砕け散るが、その時は再び復元。コウタの心が折れない限り、ただ、それだけに徹した。

 ――四十八の斬撃。

 それらは一度も拳の力場を崩せずに終わった。
 けれど、《ディノ=バロウス》は攻撃の手を休めない。
 機体が盛大に火花を散らすが、それにさえ構わず、斬撃を繰り出し続けた。
 炎刃の嵐は、凄まじい衝撃を放った。
 しかし、最強の怪物は全く揺るがない。
 魔竜の牙を前にしても、泰然と構えている。

 そうして、遂に――。

 ――ズシンッ!
《ディノ=バロウス》は二本の処刑刀の切っ先を、地に落とした。
 炎の剣は揺らぎ、消えていく。残されたのは折れた処刑刀のみだ。
 すでに両腕の赤い光も、消えていた。
 対する《朱天》は、拳を突き出す姿勢で止まっていた。
 全身の真紅の輝きは消えていない。
 ――が、それは徐々に収まり、漆黒の装甲へと戻っていった。
 もはや身じろぎする余力もない《ディノ=バロウス》は、ただ肩を落としていた。
《朱天》は構えを解くと、自分の右腕を見やった。


『……これがお前の答えか』


 兄が呟く。


『……うん。どうだったかな?』


 と、コウタは返した。
 精魂使い果たした、息の荒い声だ。
 ただ、同時に険の抜けた、あどけない声でもあった。


(ありがとう。《ディノス》。メル)


 相棒と幼馴染に、心から感謝する。
 おかげで、意地を見せることが出来た。間違いなく。
 コウタは《朱天》に目をやった。
 兄の愛機の右腕には、二本の裂傷が刻まれていた。
 今はまるで喝采のように、バチバチッと火花も散らしている。


(これがボクの意地だ)


 ――この最強の怪物を前にして。
 悪竜の騎士は、双頭の牙を、深々と突き立てて見せたのだ。
 兄はしばし無言だったが、


『……ああ、確かに見せてもらったよ』


 不意に、そう告げて。
 兄の操る《朱天》が、ゴツン、と《ディノ=バロウス》の頭部を軽く叩いた。
 クライン村で、兄がコウタによくしてくれたように。


『お前は、もっともっと強くなれる。俺が保証するぜ』


 兄は、そう言ってくれた。


(……兄さん)


 コウタは目を細めて、笑った。
 兄に認められて、喜びが湧き上がってくる。


『しかし、すまなかったな』


 が、兄の声は、すぐにテンションが下がった。
 とても、申し訳なさそうな声色になる。


『メルティア嬢ちゃんには本当に悪いことをした。随分と怖い目に遭わせちまっただろう?』

『い、いえ。お気になさらないでください。お義兄さま』


 と、コウタの後ろに座るルティアが答える。 


『流石に《ディノス》がここまで追い込まれたのは初めてですが、その、こういったことは本当によくあることですから』

(いや、メル。確かにそうだけどさ)


 コウタはメルティアの方を見つめて、何とも言えない顔をした。
 そんなコウタをよそに、幼馴染と兄の会話は続く。


『……よくあるのか?』


 兄がそう尋ねると、


『は、はい。これまでも、気付けば大体こんなことに……』


 おどおどとした様子で、メルティアが答えた。


「……いや、メル。まあ、否定はできないけどさ」


 コウタは、深々と嘆息した。
 基本的にそれらは不可抗力な出来事ばかりだ。
 流石に言い訳の一つでもしたい。


『いや、その、ボクも、色々と気をつけてはいるんだよ?』


 拡声器を通じて、兄にそう伝えると、


『はは、それは分かるよ。俺も大概な人生だしな』


 そんな返事がきた。
 何というか、凄く共感できる想いが伝わってくる。


(そっかぁ。兄さんも大概なのかぁ……)


 生まれながらトラブルに巻き込まれる体質。
 これは、もはや、ヒラサカ一族の特徴なのだろうか。
 と、コウタが真剣に悩み始めた時だった。


「クライン」


 不意に、立会人であるオトハが声をかけてきた。
 彼女は二機の近くまで寄ると、大きな胸を支えるように両腕を組む。


「今度こそ、終わりを宣告してもいいんだな?」


 兄の愛機が彼女に視線を向けて『おう。待たせて悪かった』と答えた。
 ――その台詞こそが。
 この試練の終了を告げるものだった。


「……はぁ」


 コウタは一気に脱力した。
 何やら兄達が会話をしているようだが、もう耳にも入らない。
 それぐらい疲労していた。
 すると、不意に、首元が柔らかい感触で覆われた。


「……お疲れ様です。コウタ」


 メルティアに、後ろから抱きしめられたのだ。


「……うん。流石に今回は疲れたよ。メル」


 恥ずかしがることもなく。
 コウタはただ、大切な少女に身を預けた。
 それだけで疲労が少し回復し、心が落ち着いてくる。
 メルティアも、優しい笑みを見せてコウタの頭を抱きしめた。


「……お義兄さま。本当に強かったですね」

「……うん。流石にここまでとは思わなかった」


 コウタは、メルティアの腕に触れた。


「ごめん、メル。《ディノス》も、これ以上ないぐらいボロボロにされちゃったし、メルも凄く怖かったでしょう?」

「いえ、私なら、大丈夫です」


 メルティアは微笑んだ。


「《ディノス》も必ず直します。それに怖かったのは事実ですが、結局、お義兄さまは手加減をしてくれていたようですから」

「……うん。そうだね」


 少しだけ不満そうに、コウタは呟く。
 恐ろしいことに、兄にはまだまだ余力がある。
 それは、メルティアでも気付くほどに。


「あれが『最強』なのかぁ……」


 コウタはメルティアに深く体重を預けて、嘆息した。
 目指す頂は、遙かに遠くて高い。
 それを心底思い知らされる戦いだった。
 けれど――。


「大丈夫ですよ。コウタ」


 メルティアは、豊かな胸で、コウタをぎゅうっと抱きしめた。


「私がいます。《ディノス》も。これから、もっと強くなりましょう」

「う、うん」メルティアの暴力的な柔らかさに流石に恥ずかしくなりつつ、「ボクも、もっと頑張るよ。もっと強くなってみせる」

「はい。その意気です。コウタ」


 メルティアは片手をコウタから離し、グッと拳を固めた。


「《ディノス》も、さらにパワーアップさせてみせます。そして、滞在中に、もう一度お義兄さまにリベンジマッチをしましょう」

「いや、それは待って、メル。無理。絶対無理だから」


 コウタは、メルティアの方に振り向いて顔を強張らせた。
 ――と、その時だった。


「とりあえず黙れ! いいな!」


 いきなり、オトハが兄に対し、そんなことを叫びだした。
 コウタ達がそちらに目を向けると、彼女は片手を上げるところだった。
 そして――。


「では、これにて!」


 何故か少し赤い顔をして、彼女は宣言する。


「アッシュ=クラインと、コウタ=ヒラサカの立合いを終了する!」
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