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第9部
第六章 宿敵再び③
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空気が、シンとする。
人通りもない建屋に覆われた、暗い裏通り。
そこに、ただ沈黙が降りた。
「……ヌシは」
ラゴウは、嘆息するように息を吐いた。
「それが何を意味しているのか。正しく理解しているのか?」
「……分かっているよ」
コウタはリノを離さずに返す。
「これはお前達すべてを敵に回す行為だ。けど、それでもボクは…‥」
リノを、ギュッと抱きしめる。
彼女は驚いた顔で、コウタの腕の中に納まった。
「それでも彼女の手を離したくない」
「…………」
ラゴウは、無言でコウタを見据えた。
「……姫は」
一拍の間をおいて、《金妖星》は語る。
「我が主君のご息女であると同時に《黒陽社》の武の象徴――《九妖星》の一角だ。そんな彼女を奪おうというのか?」
「…………」
今度は、コウタが沈黙する。
「奪うことを生業とする《黒陽社》の名は地に落ちる。そして、それ以上に愛娘を奪われれば我が主君は怒り狂うことだろう。《黒陽社》は本気で牙を剥くぞ。そうなれば、ヌシだけではない」
ラゴウは、かつてこの少年が命を懸けて守ろうとした少女を思い浮かべる。
「ヌシの大切な者。メルティア=アシュレイ。彼女の身にも危険が迫るぞ」
その台詞に、コウタは大きく震えた。
苦悩で眉間にしわを刻む。
「ボクのせいでメルを危険に晒してしまう。それも分かっているよ」
言うまでもなく、メルティアはコウタにとって最も大切な者だ。
誰よりも大切で、何としてでも守りたい少女だ。
そんな彼女を危険に晒す。
コウタの最大の禁忌とも言える行為だった。
「メルはボクにとって特別な人だ。恩人であるご当主さまの娘ってことだけじゃない。彼女を失えばボクの世界は消える。それぐらい大切なんだ。けど、それでも」
コウタは、リノを抱きしめる腕に力を込めた。
「それは、リノを見捨てていい理由にはならない。メルを言い訳なんかにしたくない。リノだって大切な人なんだ。もし、ボクがここでリノの手を離せば、彼女を裏の世界から連れ出すなんて、もう絶対に出来ない。違うか? ラゴウ=ホオヅキ」
コウタは宿敵を睨みつけた。
「………ふむ」
一方、ラゴウは双眸を細める。
――と、
「コ、コウタ! 待て!」
その時、リノがコウタの胸板を少し押しのけて叫んだ。
「話が飛躍しすぎとるぞ! わらわは一旦、元の場所に戻るだけじゃ! 暇を見つければまた会いに来る!」
そこで視線をラゴウに向ける。
「ラゴウ! お主もそう殺気立つでない!」
と、闘気を隠そうともしない忠臣を諫めようとする。
しかし、二人の男は互いを見据えるだけだった。
互いに譲れないといった顔をしている。
「……く!」
リノは、表情を険しくする。
「ならば聞け! ラゴウよ!」
コウタの腕の中で彼女は叫ぶ。
「わらわは必ず帰還する! コウタの件はわらわに任せよ! 今日――いや、今夜まで時間をくれ! コウタを説得する!」
「……姫」
ラゴウは、姫君を見つめた。
「コウタはわらわの素性を知って意地を張っておるだけじゃ! わらわに時間をくれ!」
「……姫」
懇願するリノに、ラゴウは少しだけ皮肉気に口角を崩した。
続けて、黒髪の少年に目をやる。
少年はリノの台詞に、動揺する節はない。
ただ、黒い瞳に覚悟だけを宿していた。
ラゴウは双眸を細めた。
「……いいでしょう」
「ッ! そうか! ラゴウ!」
リノが瞳を輝かせる。
「今夜まで待ちましょう。刻限は深夜一時。吾輩は……」
そこで、ラゴウは西方の空を見上げた。
「王都を出て、鎧機兵の足で三十分ほど。そこには広い海岸があるそうです。そこでお待ちしましょう」
「……海岸?」リノは眉をひそめた。「何故、そのような場所で待つ?」
待ち合わせなら、普通に宿でいいはずだ。
ラゴウの意図が分からなかった。
「どういうつもりじゃ? ラゴウよ」
「……いえ」
ラゴウは苦笑を浮かべた。
「姫はまだ分かっておられないようで」
「……何の話じゃ?」
リノは、さらに眉をしかめた。
ラゴウはリノに対して、とても優しい眼差しを向けた後、彼女を絶対に離そうとしない少年を見据えた。
「……その少年。思いの外、強欲ですぞ」
そう言って、ラゴウは背中を向けて歩きだした。
彼の背中が裏通りから消えるのは、さほど時間はかからなかった。
それを見届けてから、リノはコウタの顔を見上げた。
少年は、リノの両肩を掴んで彼女を見つめていた。
「コウ――」
リノは口を開こうとした、その時だった。
「……ウム! ブジ、ヒメヲ、ヒキトメタカ!」
不意に、第三者の声が響く。
二人して声のした方に視線を向けると、そこには蒼いゴーレムがいた。
「……ヨカッタナ! コウタ!」
言って、そのゴーレム――サザンXはコウタの足を叩いた。
出鼻を挫かれて、リノはジト目でサザンXを睨みつける。と、
「……うん。ありがとう」
コウタは、何故かサザンXに礼を述べた。
「君が発破をかけてくれたおかげだよ。けど……」
そこで、コウタは訝しげに首を傾げた。
先程のサザンXには、どこか懐かしい親しみを覚えていた。
「さっき喋ってたのって三十三号じゃないよね? もしかして零号じゃないか?」
そう尋ねると、
「……ウム! キヅイタカ! ソウ! ユウゴウシンカダ!」
サザンXは、指先を真っ直ぐ伸ばし、右腕を横に振るって叫ぶ。
「……マジックカード、オープン! オレハ、オレジシンヲ、ヨリシロニシテ、『ゼロのアニジャ』ヲ、トクシュショウカン、スル!」
「いや何それ?」
コウタは、ますます首を傾げた。
ただ、言っている意味はよく分からないが、起きた現象は何となく分かる。
どうやら彼らゴーレム達は任意で他の機体の人格に入れ替わることも出来るらしい。これまでの様子だと知識や経験も、全機で共有している節もある。
まあ、それを行うにはある程度距離が近くなくては出来ないようだが。
ともあれ、今回は状況を感じ取った零号が、わざわざ弟機に機体を借りて、戸惑うコウタに発破をかけてくれたということなのだろう。
――個体にして群体。
そして人間並みの気遣い。
やはり、とんでもない鎧機兵達である。
つくづく幼馴染は天才だと感じた。
コウタがそんなことを思っていると、
「……コウタ」
不意に、リノがコウタの名を呼んだ。
彼女の顔は真剣だった。
「話がある。わらわに付き合え」
淡々とそう告げる。
そこにいるのは天真爛漫な少女ではない。
――《九妖星》の一角。《水妖星》リノ=エヴァンシードだ。
「……うん」
コウタは静かに頷き、彼女の肩を離した。
そして、どこか覚悟した顔で答えるのであった。
「――分かったよ。話をしよう。リノ」
人通りもない建屋に覆われた、暗い裏通り。
そこに、ただ沈黙が降りた。
「……ヌシは」
ラゴウは、嘆息するように息を吐いた。
「それが何を意味しているのか。正しく理解しているのか?」
「……分かっているよ」
コウタはリノを離さずに返す。
「これはお前達すべてを敵に回す行為だ。けど、それでもボクは…‥」
リノを、ギュッと抱きしめる。
彼女は驚いた顔で、コウタの腕の中に納まった。
「それでも彼女の手を離したくない」
「…………」
ラゴウは、無言でコウタを見据えた。
「……姫は」
一拍の間をおいて、《金妖星》は語る。
「我が主君のご息女であると同時に《黒陽社》の武の象徴――《九妖星》の一角だ。そんな彼女を奪おうというのか?」
「…………」
今度は、コウタが沈黙する。
「奪うことを生業とする《黒陽社》の名は地に落ちる。そして、それ以上に愛娘を奪われれば我が主君は怒り狂うことだろう。《黒陽社》は本気で牙を剥くぞ。そうなれば、ヌシだけではない」
ラゴウは、かつてこの少年が命を懸けて守ろうとした少女を思い浮かべる。
「ヌシの大切な者。メルティア=アシュレイ。彼女の身にも危険が迫るぞ」
その台詞に、コウタは大きく震えた。
苦悩で眉間にしわを刻む。
「ボクのせいでメルを危険に晒してしまう。それも分かっているよ」
言うまでもなく、メルティアはコウタにとって最も大切な者だ。
誰よりも大切で、何としてでも守りたい少女だ。
そんな彼女を危険に晒す。
コウタの最大の禁忌とも言える行為だった。
「メルはボクにとって特別な人だ。恩人であるご当主さまの娘ってことだけじゃない。彼女を失えばボクの世界は消える。それぐらい大切なんだ。けど、それでも」
コウタは、リノを抱きしめる腕に力を込めた。
「それは、リノを見捨てていい理由にはならない。メルを言い訳なんかにしたくない。リノだって大切な人なんだ。もし、ボクがここでリノの手を離せば、彼女を裏の世界から連れ出すなんて、もう絶対に出来ない。違うか? ラゴウ=ホオヅキ」
コウタは宿敵を睨みつけた。
「………ふむ」
一方、ラゴウは双眸を細める。
――と、
「コ、コウタ! 待て!」
その時、リノがコウタの胸板を少し押しのけて叫んだ。
「話が飛躍しすぎとるぞ! わらわは一旦、元の場所に戻るだけじゃ! 暇を見つければまた会いに来る!」
そこで視線をラゴウに向ける。
「ラゴウ! お主もそう殺気立つでない!」
と、闘気を隠そうともしない忠臣を諫めようとする。
しかし、二人の男は互いを見据えるだけだった。
互いに譲れないといった顔をしている。
「……く!」
リノは、表情を険しくする。
「ならば聞け! ラゴウよ!」
コウタの腕の中で彼女は叫ぶ。
「わらわは必ず帰還する! コウタの件はわらわに任せよ! 今日――いや、今夜まで時間をくれ! コウタを説得する!」
「……姫」
ラゴウは、姫君を見つめた。
「コウタはわらわの素性を知って意地を張っておるだけじゃ! わらわに時間をくれ!」
「……姫」
懇願するリノに、ラゴウは少しだけ皮肉気に口角を崩した。
続けて、黒髪の少年に目をやる。
少年はリノの台詞に、動揺する節はない。
ただ、黒い瞳に覚悟だけを宿していた。
ラゴウは双眸を細めた。
「……いいでしょう」
「ッ! そうか! ラゴウ!」
リノが瞳を輝かせる。
「今夜まで待ちましょう。刻限は深夜一時。吾輩は……」
そこで、ラゴウは西方の空を見上げた。
「王都を出て、鎧機兵の足で三十分ほど。そこには広い海岸があるそうです。そこでお待ちしましょう」
「……海岸?」リノは眉をひそめた。「何故、そのような場所で待つ?」
待ち合わせなら、普通に宿でいいはずだ。
ラゴウの意図が分からなかった。
「どういうつもりじゃ? ラゴウよ」
「……いえ」
ラゴウは苦笑を浮かべた。
「姫はまだ分かっておられないようで」
「……何の話じゃ?」
リノは、さらに眉をしかめた。
ラゴウはリノに対して、とても優しい眼差しを向けた後、彼女を絶対に離そうとしない少年を見据えた。
「……その少年。思いの外、強欲ですぞ」
そう言って、ラゴウは背中を向けて歩きだした。
彼の背中が裏通りから消えるのは、さほど時間はかからなかった。
それを見届けてから、リノはコウタの顔を見上げた。
少年は、リノの両肩を掴んで彼女を見つめていた。
「コウ――」
リノは口を開こうとした、その時だった。
「……ウム! ブジ、ヒメヲ、ヒキトメタカ!」
不意に、第三者の声が響く。
二人して声のした方に視線を向けると、そこには蒼いゴーレムがいた。
「……ヨカッタナ! コウタ!」
言って、そのゴーレム――サザンXはコウタの足を叩いた。
出鼻を挫かれて、リノはジト目でサザンXを睨みつける。と、
「……うん。ありがとう」
コウタは、何故かサザンXに礼を述べた。
「君が発破をかけてくれたおかげだよ。けど……」
そこで、コウタは訝しげに首を傾げた。
先程のサザンXには、どこか懐かしい親しみを覚えていた。
「さっき喋ってたのって三十三号じゃないよね? もしかして零号じゃないか?」
そう尋ねると、
「……ウム! キヅイタカ! ソウ! ユウゴウシンカダ!」
サザンXは、指先を真っ直ぐ伸ばし、右腕を横に振るって叫ぶ。
「……マジックカード、オープン! オレハ、オレジシンヲ、ヨリシロニシテ、『ゼロのアニジャ』ヲ、トクシュショウカン、スル!」
「いや何それ?」
コウタは、ますます首を傾げた。
ただ、言っている意味はよく分からないが、起きた現象は何となく分かる。
どうやら彼らゴーレム達は任意で他の機体の人格に入れ替わることも出来るらしい。これまでの様子だと知識や経験も、全機で共有している節もある。
まあ、それを行うにはある程度距離が近くなくては出来ないようだが。
ともあれ、今回は状況を感じ取った零号が、わざわざ弟機に機体を借りて、戸惑うコウタに発破をかけてくれたということなのだろう。
――個体にして群体。
そして人間並みの気遣い。
やはり、とんでもない鎧機兵達である。
つくづく幼馴染は天才だと感じた。
コウタがそんなことを思っていると、
「……コウタ」
不意に、リノがコウタの名を呼んだ。
彼女の顔は真剣だった。
「話がある。わらわに付き合え」
淡々とそう告げる。
そこにいるのは天真爛漫な少女ではない。
――《九妖星》の一角。《水妖星》リノ=エヴァンシードだ。
「……うん」
コウタは静かに頷き、彼女の肩を離した。
そして、どこか覚悟した顔で答えるのであった。
「――分かったよ。話をしよう。リノ」
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