悪竜の騎士とゴーレム姫【第12部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第9部

第六章 宿敵再び③

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 空気が、シンとする。
 人通りもない建屋に覆われた、暗い裏通り。
 そこに、ただ沈黙が降りた。


「……ヌシは」


 ラゴウは、嘆息するように息を吐いた。


「それが何を意味しているのか。正しく理解しているのか?」

「……分かっているよ」


 コウタはリノを離さずに返す。


「これはお前達すべてを敵に回す行為だ。けど、それでもボクは…‥」


 リノを、ギュッと抱きしめる。
 彼女は驚いた顔で、コウタの腕の中に納まった。


「それでも彼女の手を離したくない」

「…………」


 ラゴウは、無言でコウタを見据えた。


「……姫は」


 一拍の間をおいて、《金妖星》は語る。


「我が主君のご息女であると同時に《黒陽社》の武の象徴――《九妖星》の一角だ。そんな彼女を奪おうというのか?」

「…………」


 今度は、コウタが沈黙する。


「奪うことを生業とする《黒陽社》の名は地に落ちる。そして、それ以上に愛娘を奪われれば我が主君は怒り狂うことだろう。《黒陽社》は本気で牙を剥くぞ。そうなれば、ヌシだけではない」


 ラゴウは、かつてこの少年が命を懸けて守ろうとした少女を思い浮かべる。


「ヌシの大切な者。メルティア=アシュレイ。彼女の身にも危険が迫るぞ」


 その台詞に、コウタは大きく震えた。
 苦悩で眉間にしわを刻む。


「ボクのせいでメルを危険に晒してしまう。それも分かっているよ」


 言うまでもなく、メルティアはコウタにとって最も大切な者だ。
 誰よりも大切で、何としてでも守りたい少女だ。
 そんな彼女を危険に晒す。
 コウタの最大の禁忌とも言える行為だった。


「メルはボクにとって特別な人だ。恩人であるご当主さまの娘ってことだけじゃない。彼女を失えばボクの世界は消える。それぐらい大切なんだ。けど、それでも」


 コウタは、リノを抱きしめる腕に力を込めた。


「それは、リノを見捨てていい理由にはならない。メルを言い訳なんかにしたくない。リノだって大切な人なんだ。もし、ボクがここでリノの手を離せば、彼女を裏の世界から連れ出すなんて、もう絶対に出来ない。違うか? ラゴウ=ホオヅキ」


 コウタは宿敵を睨みつけた。


「………ふむ」


 一方、ラゴウは双眸を細める。
 ――と、


「コ、コウタ! 待て!」


 その時、リノがコウタの胸板を少し押しのけて叫んだ。


「話が飛躍しすぎとるぞ! わらわは一旦、元の場所に戻るだけじゃ! 暇を見つければまた会いに来る!」


 そこで視線をラゴウに向ける。


「ラゴウ! お主もそう殺気立つでない!」


 と、闘気を隠そうともしない忠臣を諫めようとする。
 しかし、二人の男は互いを見据えるだけだった。
 互いに譲れないといった顔をしている。


「……く!」


 リノは、表情を険しくする。


「ならば聞け! ラゴウよ!」


 コウタの腕の中で彼女は叫ぶ。


「わらわは必ず帰還する! コウタの件はわらわに任せよ! 今日――いや、今夜まで時間をくれ! コウタを説得する!」

「……姫」


 ラゴウは、姫君を見つめた。


「コウタはわらわの素性を知って意地を張っておるだけじゃ! わらわに時間をくれ!」

「……姫」


 懇願するリノに、ラゴウは少しだけ皮肉気に口角を崩した。
 続けて、黒髪の少年に目をやる。
 少年はリノの台詞に、動揺する節はない。
 ただ、黒い瞳に覚悟だけを宿していた。
 ラゴウは双眸を細めた。


「……いいでしょう」

「ッ! そうか! ラゴウ!」


 リノが瞳を輝かせる。


「今夜まで待ちましょう。刻限は深夜一時。吾輩は……」


 そこで、ラゴウは西方の空を見上げた。


「王都を出て、鎧機兵の足で三十分ほど。そこには広い海岸があるそうです。そこでお待ちしましょう」

「……海岸?」リノは眉をひそめた。「何故、そのような場所で待つ?」


 待ち合わせなら、普通に宿でいいはずだ。
 ラゴウの意図が分からなかった。


「どういうつもりじゃ? ラゴウよ」

「……いえ」


 ラゴウは苦笑を浮かべた。


「姫はまだ分かっておられないようで」

「……何の話じゃ?」


 リノは、さらに眉をしかめた。
 ラゴウはリノに対して、とても優しい眼差しを向けた後、彼女を絶対に離そうとしない少年を見据えた。


「……その少年。思いの外、強欲ですぞ」


 そう言って、ラゴウは背中を向けて歩きだした。
 彼の背中が裏通りから消えるのは、さほど時間はかからなかった。
 それを見届けてから、リノはコウタの顔を見上げた。
 少年は、リノの両肩を掴んで彼女を見つめていた。


「コウ――」


 リノは口を開こうとした、その時だった。


「……ウム! ブジ、ヒメヲ、ヒキトメタカ!」


 不意に、第三者の声が響く。
 二人して声のした方に視線を向けると、そこには蒼いゴーレムがいた。


「……ヨカッタナ! コウタ!」


 言って、そのゴーレム――サザンXはコウタの足を叩いた。
 出鼻を挫かれて、リノはジト目でサザンXを睨みつける。と、


「……うん。ありがとう」


 コウタは、何故かサザンXに礼を述べた。


「君が発破をかけてくれたおかげだよ。けど……」


 そこで、コウタは訝しげに首を傾げた。
 先程のサザンXには、どこか懐かしい親しみを覚えていた。


「さっき喋ってたのって三十三号じゃないよね? もしかして零号じゃないか?」


 そう尋ねると、


「……ウム! キヅイタカ! ソウ! ユウゴウシンカダ!」


 サザンXは、指先を真っ直ぐ伸ばし、右腕を横に振るって叫ぶ。


「……マジックカード、オープン! オレハ、オレジシンヲ、ヨリシロニシテ、『ゼロのアニジャ』ヲ、トクシュショウカン、スル!」

「いや何それ?」


 コウタは、ますます首を傾げた。
 ただ、言っている意味はよく分からないが、起きた現象は何となく分かる。
 どうやら彼らゴーレム達は任意で他の機体の人格に入れ替わることも出来るらしい。これまでの様子だと知識や経験も、全機で共有している節もある。
 まあ、それを行うにはある程度距離が近くなくては出来ないようだが。
 ともあれ、今回は状況を感じ取った零号が、わざわざ弟機に機体を借りて、戸惑うコウタに発破をかけてくれたということなのだろう。
 ――個体にして群体。
 そして人間並みの気遣い。
 やはり、とんでもない鎧機兵達である。
 つくづく幼馴染は天才だと感じた。
 コウタがそんなことを思っていると、


「……コウタ」


 不意に、リノがコウタの名を呼んだ。
 彼女の顔は真剣だった。


「話がある。わらわに付き合え」


 淡々とそう告げる。
 そこにいるのは天真爛漫な少女ではない。
 ――《九妖星》の一角。《水妖星》リノ=エヴァンシードだ。


「……うん」


 コウタは静かに頷き、彼女の肩を離した。
 そして、どこか覚悟した顔で答えるのであった。


「――分かったよ。話をしよう。リノ」
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