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第10部
第三章 乙女たちは迷う①
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ウオオオオオオォォォオン……。
どこからか、犬の遠吠えが聞こえる。
男は顔を上げた。
次いで、視線を窓へと向ける。
ところどころ、ヒビの入った汚れた窓ガラスに。
「ここら辺は野良犬が多いようですね」
薄い頭髪と、閉じたような細い瞳。小柄な体格が印象的な黒い服を着込んだ男――ボルド=グレッグは、そう呟いた。
「まあ、仕方あるまい」
ボルドの呟きに別の男が答える。
彼もまた黒い服を着込んでいた。古びたソファに腰を掛ける男――いや、男と呼ぶよりも少年と呼んだ方がしっくりくる人物が、苦笑を零す。
「ここら一帯は元々取り壊し予定の地区らしいからな。人もいない。野良犬の寝床としては丁度いいのだろう」
言って、少年――レオス=ボーダーはソファにもたれかかる。
彼らがいるこの場所は、アティス王国・市街区の南西部。
廃墟のような家屋が立ち並ぶ区域だ。
木造の古い家屋が多く、老朽化が進んだ建造物ばかりなので区域全体の取り壊しが決定しており、半ば閉鎖された場所だった。
レオス達が今いる館はその一つであり、部屋にあるのは破棄された家具ばかり。彼らが座る応接室用のソファも快適には程遠い座り心地だ。
しかし、レオスは……。
「何とも落ち着く場所だな」
目に見えて、居心地がよさそうだった。
ボルドは苦笑する。
「ボーダー支部長は廃墟がお好きで?」
「廃墟好きという訳ではないが……」
レオスも苦笑を零した。
「俺の生まれた場所はスラム街でな。八歳まではそこの孤児院で育った」
目を細める。
「そこで運よく貴族の養子に見初められてな。そこからは環境も一変したが、やはり原風景というものは心に残るものらしい」
「そうですか……」
ボルドは静かに指を組んだ。
「まあ、もう半世紀以上も前の話だがな。老人の感傷だ。気にするな」
レオスはそう告げると、もたれていた姿勢を元に戻した。
「それよりもお前の報告を聞こうか」
「ええ。では」
ボルドも姿勢を正して語り出す。
「まずはあの少年についてですが――」
そう切り出して、ボルドは部下に調べさせた情報を告げる。
レオスは静かに耳を傾けていた。
そうして数分後、
「……ふむ。そうか」
あごに手をやって瞑目する。
それから、さらに数秒経ってから目を開けて。
「写真はあるのか?」
「ここに」
言って、ボルドは懐から数枚の写真を取り出した。
レオスはそれを手に取って、苦笑を浮かべた。
「これはまた、揃いもそろってレベルの高いことだな」
「……はは。確かに」
ボルドもまた苦笑いを浮かべた。
「血は争えないと言うことでしょうか」
「そうなのか?」
「ええ。ボーダー支部長は未だ彼とは面識がありませんから、ご存じないかもしれませんがしみじみ思いますよ」
「……ふむ」
レオスは、数枚の写真を順に目を通した。
「中々使えそうではあるな。しかし」
レオスは一枚の写真を抜き出した。眉をしかめて見つめた後、「……ふん」と、鼻を鳴らして、その写真を、今にも崩れそうな大理石のテーブルの上に置いた。
「これまで撮ってくる必要はあったのか? 情報としては今更すぎるぞ」
「……いえ」
ボルドは、ポリポリと頬をかいた。
「カテリーナさんは、どうにも仕事に真面目でして。私も今更だとは思うのですが……」
「仕事に真面目なのは良いことだが、融通が利かないのもな。ボルド」
そこでレオスは意地悪く笑った。
「あれはもうお前の女なのだろう? そこら辺の教育もしておけ」
ボルドは目を丸くした。
「……気づいておられたのですか?」
「俺が何十年生きていると思う。仕草や表情を見れば分かる。とは言え……」
レオスは他の写真もテーブルに放り投げるように置いた。
偶然にも、五枚の写真が横並びになる。
「男と女の関係とは複雑なものだ。リノ嬢ちゃんが《妖星》の地位よりも、女であることを選んだようにな」
レオスは、ボルドを見据えた。
「……本当に、奴もこの国に来ているのか」
「……はい」
ボルドは神妙な顔で頷いた。
「すでにお会いしました。お元気そうだったのは良いことでしたが、流石に姫のことはお伝えできませんでしたね」
「それは俺でも伝える気はおきんな」
レオスは、ふっと口角を崩した。
「リノ嬢ちゃんは奴の鬼門だ。嬢ちゃんの現状を知れば、奴が何をしでかすのか全く見当がつかん。報告はラゴウにでも任せよう」
「そうですね」
ボルドは、苦笑しつつも同意する。
「ラゴウなら早速動いてくれていますよ。先程このことを話したら『ならば、ご報告をせねば』と言って、出かけていきました」
「……そうか。ラゴウらしいな。しかし、少し腑に落ちんな。あの放浪癖のある男が、何故このタイミングで現れるのか……」
と、そこでレオスは何かを思いついたのか、眉間にしわを寄せた。
「……もしや、奴をこの国に連れてきたのは、あの人外なのか?」
「……ええ」ボルドは神妙な様子で頷く。「彼の異能でやってきたそうです。どうも彼の方にこの国に用があったらしく、それに便乗したそうです。まあ、彼自身は手早く用件を済ませたのか、すでにこの国から去ったようですが」
ボルドが疲れ切った様子で告げた。
「あの色狂い魔神め」
一方、レオスは舌打ちして渋面を浮かべる。
「爆弾だけ置いて、さっさと帰っていったということか」
「どちらかというと、『落として』帰っていったようですね」
二人は沈黙した。
「まあ、仕方あるまい」
ややあって、レオスが嘆息した。
そして、テーブルの上の写真の一枚を指先でコツンと叩いた。
その顔には苦笑を浮かべている。
「それも俺が対処しよう。ラゴウほどにはいかんが、たまには俺も、忠誠心の欠片ぐらいは見せねばならないだろうしな」
どこからか、犬の遠吠えが聞こえる。
男は顔を上げた。
次いで、視線を窓へと向ける。
ところどころ、ヒビの入った汚れた窓ガラスに。
「ここら辺は野良犬が多いようですね」
薄い頭髪と、閉じたような細い瞳。小柄な体格が印象的な黒い服を着込んだ男――ボルド=グレッグは、そう呟いた。
「まあ、仕方あるまい」
ボルドの呟きに別の男が答える。
彼もまた黒い服を着込んでいた。古びたソファに腰を掛ける男――いや、男と呼ぶよりも少年と呼んだ方がしっくりくる人物が、苦笑を零す。
「ここら一帯は元々取り壊し予定の地区らしいからな。人もいない。野良犬の寝床としては丁度いいのだろう」
言って、少年――レオス=ボーダーはソファにもたれかかる。
彼らがいるこの場所は、アティス王国・市街区の南西部。
廃墟のような家屋が立ち並ぶ区域だ。
木造の古い家屋が多く、老朽化が進んだ建造物ばかりなので区域全体の取り壊しが決定しており、半ば閉鎖された場所だった。
レオス達が今いる館はその一つであり、部屋にあるのは破棄された家具ばかり。彼らが座る応接室用のソファも快適には程遠い座り心地だ。
しかし、レオスは……。
「何とも落ち着く場所だな」
目に見えて、居心地がよさそうだった。
ボルドは苦笑する。
「ボーダー支部長は廃墟がお好きで?」
「廃墟好きという訳ではないが……」
レオスも苦笑を零した。
「俺の生まれた場所はスラム街でな。八歳まではそこの孤児院で育った」
目を細める。
「そこで運よく貴族の養子に見初められてな。そこからは環境も一変したが、やはり原風景というものは心に残るものらしい」
「そうですか……」
ボルドは静かに指を組んだ。
「まあ、もう半世紀以上も前の話だがな。老人の感傷だ。気にするな」
レオスはそう告げると、もたれていた姿勢を元に戻した。
「それよりもお前の報告を聞こうか」
「ええ。では」
ボルドも姿勢を正して語り出す。
「まずはあの少年についてですが――」
そう切り出して、ボルドは部下に調べさせた情報を告げる。
レオスは静かに耳を傾けていた。
そうして数分後、
「……ふむ。そうか」
あごに手をやって瞑目する。
それから、さらに数秒経ってから目を開けて。
「写真はあるのか?」
「ここに」
言って、ボルドは懐から数枚の写真を取り出した。
レオスはそれを手に取って、苦笑を浮かべた。
「これはまた、揃いもそろってレベルの高いことだな」
「……はは。確かに」
ボルドもまた苦笑いを浮かべた。
「血は争えないと言うことでしょうか」
「そうなのか?」
「ええ。ボーダー支部長は未だ彼とは面識がありませんから、ご存じないかもしれませんがしみじみ思いますよ」
「……ふむ」
レオスは、数枚の写真を順に目を通した。
「中々使えそうではあるな。しかし」
レオスは一枚の写真を抜き出した。眉をしかめて見つめた後、「……ふん」と、鼻を鳴らして、その写真を、今にも崩れそうな大理石のテーブルの上に置いた。
「これまで撮ってくる必要はあったのか? 情報としては今更すぎるぞ」
「……いえ」
ボルドは、ポリポリと頬をかいた。
「カテリーナさんは、どうにも仕事に真面目でして。私も今更だとは思うのですが……」
「仕事に真面目なのは良いことだが、融通が利かないのもな。ボルド」
そこでレオスは意地悪く笑った。
「あれはもうお前の女なのだろう? そこら辺の教育もしておけ」
ボルドは目を丸くした。
「……気づいておられたのですか?」
「俺が何十年生きていると思う。仕草や表情を見れば分かる。とは言え……」
レオスは他の写真もテーブルに放り投げるように置いた。
偶然にも、五枚の写真が横並びになる。
「男と女の関係とは複雑なものだ。リノ嬢ちゃんが《妖星》の地位よりも、女であることを選んだようにな」
レオスは、ボルドを見据えた。
「……本当に、奴もこの国に来ているのか」
「……はい」
ボルドは神妙な顔で頷いた。
「すでにお会いしました。お元気そうだったのは良いことでしたが、流石に姫のことはお伝えできませんでしたね」
「それは俺でも伝える気はおきんな」
レオスは、ふっと口角を崩した。
「リノ嬢ちゃんは奴の鬼門だ。嬢ちゃんの現状を知れば、奴が何をしでかすのか全く見当がつかん。報告はラゴウにでも任せよう」
「そうですね」
ボルドは、苦笑しつつも同意する。
「ラゴウなら早速動いてくれていますよ。先程このことを話したら『ならば、ご報告をせねば』と言って、出かけていきました」
「……そうか。ラゴウらしいな。しかし、少し腑に落ちんな。あの放浪癖のある男が、何故このタイミングで現れるのか……」
と、そこでレオスは何かを思いついたのか、眉間にしわを寄せた。
「……もしや、奴をこの国に連れてきたのは、あの人外なのか?」
「……ええ」ボルドは神妙な様子で頷く。「彼の異能でやってきたそうです。どうも彼の方にこの国に用があったらしく、それに便乗したそうです。まあ、彼自身は手早く用件を済ませたのか、すでにこの国から去ったようですが」
ボルドが疲れ切った様子で告げた。
「あの色狂い魔神め」
一方、レオスは舌打ちして渋面を浮かべる。
「爆弾だけ置いて、さっさと帰っていったということか」
「どちらかというと、『落として』帰っていったようですね」
二人は沈黙した。
「まあ、仕方あるまい」
ややあって、レオスが嘆息した。
そして、テーブルの上の写真の一枚を指先でコツンと叩いた。
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