悪竜の騎士とゴーレム姫【第12部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第10部

第三章 乙女たちは迷う③

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 ――およそ十分前。
 ジェシカは大庭園の中を歩いていた。
 目的は一つ。ただの時間潰しだ。
 サクヤと共に、会議室まで訪れたジェシカ。
 しかし、流石に会議に出るまでは筋違いだった。
 そこに参加してもいいのは、彼に想いを寄せる者だけだ。
 ジェシカは部屋の外で待つことにした。

 だが、そこは王城内。
 それも一般人は立ち入り禁止されている三階のフロアだ。
 メイドや執事が廊下を通る度に、ジェシカは不審の眼差しを向けられていた。

(これはまずいか……)

 このままでは、騎士を呼ばれてしまいそうだった。
 ジェシカは不本意ではあるが、とりあえず二階に移動することにした。
 三階以下のフロアは一般人にも開放されている。
 廊下を歩き続けていると、騎士でで、メイドや執事でもない一般人とすれ違った。ここならば、ジェシカも不審がられないだろう。

 しかしながら、ここではサクヤに何かあった時にすぐには動けない。
 ジェシカは、せめてサクヤのいる会議室が見える場所に移動することにした。
 それが、この大庭園なのである。

(ここなら、少なくとも戦闘があれば気付けるしな)

 足を止め、庭園から城の一角に目をやる。
 流石に戦闘はないと思っている。しかし、それでも万が一はあるものだ。

(ここで様子を見つつ、一時間ほど時間を潰すか)

 そう考えて、再び歩き出した。
 広い庭園。人の姿はさほどない。
 とても静かで、穏やかな空間だ。
 それゆえか、ジェシカは落ち着かない気分になってきた。
 自分が異物のような感覚を覚えてきたのだ。

(私には似合わない世界か)

 自嘲の笑みを零す。
 所詮、自分は血塗られた女だ。
 こんな平穏な場所が似合うはずもない。
 ジェシカは徐々表情を消して、迷路のような道筋を無言のまま歩き続けた。
 気晴らしと呼ぶにはどうかもしれないが、神経を研ぎ澄ましてみる。
 広がる感覚。人の声はおろか、虫の動きまでも掴めてきた。
 自分の暗殺者としての感覚は鈍っていないと実感する。

 と、その時だった。

「やれやれ。何とも仏頂面をしておるのう。折角の美人が台無しじゃな」

 背後から、不意にそんな声をかけられた。

(――な、なに!?)

 感覚を研ぎ澄ませていたにも拘らず、全く気配を感じなかったのだ。
 ジェシカは即座に振り返って間合いを取ろうとしたが、

「……あ」

 そこで足を止める。

「リ、リノさま……?」

「うむ。奇遇じゃな。ジェシカよ」

 両手に腰を当てたリノが、ニカっと笑った。

「ど、どうしてあなたが……」

 ジェシカが困惑する。
 気配が掴めなかったのは当然だ。
 目の前の美しい少女は、可憐な容姿からは考えられないが、犯罪組織・《黒陽社》の九大幹部の一人。《九妖星》の一角なのだから。

 その実力はまさに怪物級。
 所詮は暗殺者に過ぎないジェシカが、太刀打ちできる相手ではない。
 しかし、まさかこんな場所で出会うとは――。

「リノさま。何故ここに?」

「ん? わらわか?」

 リノは、あごに指先を当てた。

「決まっておろう。コウタがここに居るからじゃ」

「は、はぁ……」

 ジェシカは困惑した顔を見せる。

「その、ここは王城ですが大丈夫なのですか? 堂々と入って」

 そう尋ねると、リノは苦笑した。

「それを言うのならお主もそうであろう? まあ、よい」

 そこでニヤリと笑う。

「わらわなら大丈夫じゃ。すでに《黒陽社》は先日に退社しておる。その際に《水妖星》の称号も返上した。王城への入場許可もルカ義姉上から頂いておるぞ。今のわらわは何のしがらみもない、名実ともにコウタの正妻なのじゃ」

「………え」

 ジェシカは唖然とした。
 リノは、ふふんと鼻を鳴らす。

「まあ、コウタは奥手でまだわらわには手を出しておらぬが、それも時間の問題じゃな。かくして、わらわはコウタの女として《黒陽社》から奪われたという訳じゃ」

 少女の台詞に、ジェシカは流石に愕然とした。

「本当に《黒陽社》を辞められたのですか!?」

 思わず声を上げる。
 まさか、そんな事態になっているとは思いもよらなかった。
 一方、リノは満足げに頷く。

「そういうことじゃ。それよりジェシカよ。お主こそどうしてここにおる?」

 と、今度はリノが質問した。
 ジェシカは困惑しつつも「じ、実は……」と話を切り出した。
 リノは「ふむふむ」と耳を傾けて。

「なるほどのゥ」

 会議室のある城の一角に目をやった。

「義姉上達も、いよいよ意志を統一するという訳か」

「正直、どのような結論になるのかは私には予測も出来ないのですが……」

 ジェシカは何とも言えない表情を見せた。

「ふん。それはわらわにも分からぬわ」

 リノは腰に手を当てた。

「こればかりは、義姉上達と義兄上の問題だしのう。それよりもジェシカよ」

「……なんでしょうか?」

 ジェシカがキョトンした顔でリノを見やる。と、

「お主はどうなのじゃ? あれからコウタと進展はあったのかの?」

「う、それは……」

 言葉を詰まらせる。
 全く会う機会がなかった訳ではない。
 しかし、ほぼ一瞬で挨拶するぐらいしかしていないのが現状だ。
 進展などしている訳がない。

「やれやれ。お主は」

 そんなジェシカの心情を見抜き、リノは嘆息した。

「そんなことでどうするのじゃ」

 そしてジェシカのために、あえて厳しい言葉を告げる。

「はっきり言って、お主が一番出遅れておるぞ。ギンネコ娘はもちろん、蜂蜜ドリルにもな。いや、それどころかロリ神にも後れを取っていると言えよう」

「――九歳児にさえですか!?」

 ジェシカは、目を剥いた。
 リノは「……うむ」と神妙な顔で頷く。

「どこか吹っ切れたような覚悟を見せる蜂蜜ドリルも侮れぬが、あのロリ神も中々の曲者ぞ。幼さを武器にして、常にコウタに甘える機会を狙っておる。己の年齢や立場を十全に掌握しておるのじゃ」

 ジェシカは言葉もなかった。

「ジェシカよ」

 リノはさらに告げる。

「コウタの『刃』になりたいというお主の望みはわらわも理解しておる。協力もしよう。しかし、お主の望みはそれだけではなかろう? 本音としては、やはりコウタの寵愛を受けたいのではないか?」

「………う」

「このままではお主は『刃』にさえなれぬぞ。もっと攻めに入れ」

 と、忠告してから、

「それに、コウタ成分もすでに枯渇しておるのじゃろう? 次にコウタに会った時は思い切って甘えてみよ」

「あ、甘えるって……」

 ジェシカは、言葉を詰まらせた。

「わ、私はコウタさんよりも結構年上なのですよ。リノさま達とは違いますし、甘えるのが似合うような人間では……」

「体裁など気にするでない」

 リノは、大きな胸を支えるように腕を組んで告げる。

「どれほど気丈な女でも、好きな男の前では甘えたくなるものじゃ。そこには年齢も関係ない。自分の気持ちに素直になれ」

「……リノさま」

 ジェシカはわずかに俯いた。

「案ずるな」

 リノは、そんな彼女の肩をポンと叩いた。

「コウタは、わらわを《黒陽社》から強奪した男じゃぞ。わらわ達が愛する男は、お主を受け止める度量を充分すぎるほど有しておる。きっと優しくしてくれようぞ」

「…………」

 ジェシカは沈黙して答えない。

「やれやれじゃな」

 リノは苦笑を浮かべた。

「まあ、よく考えるのじゃ。自分の想いと向き合うのじゃな。では、わらわはそろそろ行くぞ。わらわも散策の途中なのでな」

 言って、リノは庭園の中を歩いて行った。
 ジェシカは、しばらく彼女の背中を見送っていたが、

「……甘えるなど、私には……」

 大きな溜息をつく。
 流石にそれは自分には無理だ。
 自分はすでに二十代。十代の少年に甘えるなど出来るはずもない。

「……私は彼の『刃』。それだけでいいんだ」

 言って、ジェシカも歩き出す。
 しかし、その足取りはとても重かった。
 ジェシカは俯きつつ、足を進めていく。
 と、そうこうしている内に庭園の縁に辿り着いた。
 青い空と、この国の景観が一望できる場所だ。
 ジェシカは空を見上げた。

「私は……」

 と、呟いた時、

(………え)

 ふと、近くに気配を感じた。
 横を見やると、近くに少年の姿があった。
 ジェシカは目を丸くする。

(え? え?) 

 思わず硬直すると、彼が口を開いた。

「ジェシカさん……?」

 ――と。
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