悪竜の騎士とゴーレム姫【第12部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第10部

第六章 災厄の萌芽③

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「サ、サーシャさん……?」

 ジェイクは、困惑した声を零した。
 あの銀色のヘルム。制服の上から着たブレストプレート。
 フェイスガードを下ろしているので顔は確認できない。声も少しくぐもって聞こえにくいが、間違いなくサーシャだった。
 彼女はリーゼをかばって、涎の男と対峙していた。

「――クッ!」

 ジェイクは、歯を喰いしばって立ち上がろうとする。
 しかし、体に力が入らない。支えてくれている通行人の男性も「無茶すんな! 兄ちゃん!」と制止させる。
 ジェイクはギリと歯を鳴らした。
 あの涎の男は、もはや見た目通りの化け物だ。
 このままでは、サーシャまで重傷を負わされてしまう。

「サ、サーシャさん! 鎧機兵を喚ぶんだ!」

 そう叫ぶが、それをみすみす見逃すような敵ではなかった。
 涎をさらに撒き散らせて、男はサーシャに襲い掛かる!
 ジェイクも、通行人達も息を呑んだ。
 しかし、次の瞬間、別の意味で目を見開くことになった。

『やあっ!』

 再び響く可愛らしい掛け声。
 同時に放たれる膝蹴り。それが涎の男のあごを打ち上げていた。
 さらにサーシャは、男の頭を両手で掴むと大きく跳躍。男の頭を支点にして一度、空中で直立すると、

『てあっ!』

 今度は、上空から男の眉間に片膝を叩きつけた。
 男は石畳の上に倒れ込んだ。
 サーシャは、その間に間合いを取った。
 そして、ふらふらと立ち上がった涎の男に対し、

『えいっ!』

 閃光のような上段蹴りを炸裂させた!
 さらに間髪入れず、その場で鋭く回転し、鞭のようにしならせた回し蹴りを、男のこめかみに叩きつける。
 溜まらず男は後退した。サーシャは再び、リーゼをかばって身構える。

「「「つ、強ェえ……」」」

 ジェイクのみならず、その場にいた者全員が、思わず感嘆の声を零す。
 サーシャは、とても華奢な女性だ。
 だというのに、ジェイクの拳さえものともしない化け物を圧倒していた。

(……けど、まずいな)

 ジェイクは、眉をしかめた。
 サーシャの強さは予想外だったが、彼女の攻撃が通じるのは、全力攻撃だからだ。
 それがサーシャの戦闘スタイルなのかは分からないが、彼女は常に全身のバネを使って攻撃している。腕や足だけの力ではなく、全体重を乗せるような攻撃方法だ。
 要は一撃ごとに女性一人分の体重をぶつけているのである。
 コウタやジェイクとは、また違う戦闘方法だ。
 しかし、それは強力ではあるが、言い換えれば、防御を度外視した戦法でもある。
 全体重を乗せた攻撃をかわされたり、または受け切られたりすれば、その直後は隙だらけになる。そうなれば、簡単に戦況は覆ってしまう。
 やはり、あの男を止めるには、鎧機兵が必要だった。

「だ、誰か、オレッちの短剣を探してくれ。近くにあるはずだ。サーシャさんが時間を稼いでくれている内に鎧機兵を喚ぶ」

「お、おう。分かった」

 ジェイクを支える通行人が頷く。周囲の人間にも「探してくれ!」と頼むが、どこに跳んでしまったのか、中々見つからないようだ。
 ジェイクが焦りを抱く、その時だった。

「キャン、キャンディイイイイイイイイイイイイイイッッ!」

 突如、男が絶叫を上げて、信じがたいことをしたのだ。
 ――ガゴンッ、と。
 石畳の下に深く固定されているはずの街灯の一つを、引っこ抜いたのである。
 ジェイク達は絶句し、サーシャもヘルム越しに動揺しているようだ。
 わずかに体が硬直しているのが分かる。
 ――と、

「キャンディイイイイイイイイイイイイイイッッ!」

 涎の男が走り出した。
 だが、それもまた想定外だった。
 何故なら、男はへたり込んでいたカーナに向かって走り出したのだ。

「え……」

 カーナが目を瞠る。
 手強い女騎士に守られたリーゼよりも、無防備なカーナの方がいいと思い直したのか。
 いずれにせよ、狙いはカーナだ。
 鋼の棍棒と化した街灯が、蜂蜜色の髪の少女の上に振り下ろされる!

『危ないッ!』

 ――が、その直前にサーシャが飛び込んだ。
 カーナを抱きしめて、そのまま横に跳ぶ。しかし、わずかに遅く、街灯はサーシャのヘルムを殴打した。

「くあッ!」

 苦痛の声を零すサーシャ。
 しかし、不幸中の幸いか、サーシャのヘルムは弾き飛ばされてしまったが、彼女自身はそこまで負傷はしなかったようだ。
 つう……と銀色の髪の隙間から、赤い雫が零れ落ち、頬を伝う。
 サーシャは、苦痛で顔を歪めていた。
 どうやら負傷と同時に脳震盪も起こしているようだった。覚束ない手つきでカーナを求め、ギュッと抱きしめた。
 そして子を守る母のように、涎の男を睨みつけた。

 せめて、カーナの盾になるつもりなのだろう。
 騎士として、それは正しい行いだ。

 ――が、それを見た途端、通行人の中から数人の男達が飛び出した。

「うわあああああああッッ!」

 そう叫んで、涎の男が持つ街灯にしがみついたのは四十代の男性だった。
 ごく一般的な、どこにでもいそうな普通の男性である。
 他の男性達もそれに続く。彼らも普通の男性だ。特段、体格が良い訳でもない。
 しかし、それでも彼らは街灯にしがみついた。
 その行動は瞬く間に伝播した。

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」」」

 通行人の中から次々と人が飛び出してくると、街灯とそれを持つ涎の男の右腕にしがみついていく。全員が必死の形相だ。特に三十~四十代の男性が多い。

「お、おい……」

 ジェイクは唖然とした。
 まさか一般人がここまで身を挺するとは……。
 ジェイクには知る由もないことだが、実はサーシャの母は『救国の聖女』と呼ばれる人物だった。かつて、自分の命を犠牲にして王国を――彼らの家族を救ってくれた女性。それがサーシャの母なのである。
 アティス王国において、彼女は特別な意味を持つのだ。
 その血を引く唯一の忘れ形見が、自分を犠牲して少女を守ろうとしている。
 彼女の母を知る世代にとっては、それは到底見過ごせない光景だった。

「誰かサーシャちゃんを!」「ふんばれ!」「おい! 店からロープ持って来い!」

 全身を以て街灯にしがみつく男達。中には女性の姿もあった。
 だが、彼らの奮闘もそこまでだった。

「キャン、ディイイイイイイイイイイイイイイッッッ!」

 突如、涎の男が絶叫を上げる。
 そして、口角から血が混じった泡をブクブクと噴き出すと、
 ――ドンッと。
 さらに、筋肉を膨れ上がらせたのだ。
 腕の太さなど、もう鎧機兵に近いレベルだ。
 涎の男は、身震いするだけで通行人達を振るい落とした。
 次々と吹き飛ばされていく人々。
 街灯に必死にしがみついて、最後まで粘っていた男性も吹き飛ばされた。

 そうして、涎の男はゆっくりと街灯を振り上げた。
 狙いは、サーシャとカーナだ。

 サーシャはギュッと目を瞑って、カーナを抱きしめた。
 そんな彼女に鋼の棍棒を振り下ろされる!

「――サーシャさん!」

 ジェイクが絶叫を上げる。と、

「おい。そこまでにしときな。クズ野郎」

 不意に声がした。
 ジェイクが、ギョッとして目を見開くと、唐突に現れたその声の主は、回し蹴りの要領で街灯を蹴り飛ばした。
 ただ、それだけで街灯の軌道は変わる。
 ――ガゴンッッ!
 勢いはそのままに、街灯は石畳を打ち砕いた!
 石畳の破片が飛び散り、地面にめり込んだ街灯は、もうもうと土煙を上げる。
 ジェイクは言葉を失い、サーシャは、パチパチと瞳を瞬かせた。
 カーナと通行人達は唖然としてた。

「俺の可愛い弟子に何してくれてんだよ。てめえは」

 地面に突き刺さった街灯の上に左足を乗せて、彼は淡々とした声で言う。
 声には、とても静かな怒りが宿っていた。

「ただで済むと思うなよ」

 白髪と黒い双眸が印象的な、白いつなぎ姿の青年がそう告げる。
 サーシャは、輝くような笑みを浮かべた。

「先生!」

「おう。あんま無茶すんなよ。メットさん」

 青年――アッシュは、愛弟子には優しい笑みを見せた。

「おお、師匠だ……」「し、師匠ッ!」「や、やった、助かった……」

 通行人から、歓喜と安堵の声が湧き上がる。
 アッシュは通行人達に目をやってから、涎の男を凝視した。
 涎の男は凶悪な形相で、アッシュを睨みつけていた。

「……なるほどな」

 アッシュはそう呟き、おもむろに街灯を踏み抜いた。
 途端、涎の男の指は街灯から引き剥がされる。さらに、ドンッと轟音を立てて街灯は完全に石畳にめり込んだ。通行人達、ジェイクも「うわあ……」と腰が引けた。
 アッシュは、ゆっくりと間合いを詰めていく。

「てめえには色々と聞きてえことがあるが、その前に……」

「キャン、ディイイイイイイイィイイイイィィィィイイイイイイッッッ!」

 涎の男はアッシュに跳びかかる!
 けれど、その動きよりも早く、アッシュの踵は男の頭上にあった。
 一閃。
 ――ズドンッッ!
 涎の男は、石畳に容赦なく顔面を叩きつけられた。

 ただ、それだけで。
 あれほどの猛威を振るった男は、完全に沈黙した。

「う、お……」

 誰かが声を零す。

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」」」

 それを皮切りに、大歓声が轟く。
 が、それを遮ったのはアッシュだった。

「喜ぶのは後だ! 怪我人の手当てを急げ!」

 そう言って、片腕を横に振る。
 歓喜に震えていた民衆もハッとする。
 確かにそうだった。今この場には数多くの人間が倒れ込んでいる。

「おい! しっかりしろ!」

「誰か医者を連れてこい! 騎士もだ!」

 無傷の者や軽傷の者が、慌ただしく動き出す。
 アッシュも、サーシャの傍に駆け寄って片膝を突いた。
 彼女の髪にそっと触れて、傷口を見る。

「サーシャ。お前の怪我は大丈夫なのか?」

「……うん」

 サーシャは彼を安心させるように、柔らかな笑みを見せた。

「私は平気だよ、アッシュ」

「……そっか。まったく。心配かけさせんなよ。サーシャ」

 アッシュは、ホッと安堵の息を零すが、安心するにはまだ早すぎた。
 サーシャが穏やかな表情を一変させたからだ。

「それよりも先生!」

 サーシャは、アッシュの腕を両手で掴んで険しい表情で叫ぶ。

「私よりもリーゼちゃんが!」

「ッ! リーゼ嬢ちゃんもここにいんのか!」

 アッシュは、立ち上がって周辺を見渡した。
 すると、大通りの一角に、ジェイクの姿を見つけた。
 彼は、数人の男性達と一緒に、倒れているリーゼに必死に呼びかけている。
 アッシュは、すぐさま駆け寄った。

「ジェイク! リーゼ嬢ちゃんは!」

「アッシュさん! ヤベえ! ヤベえよ!」

 ジェイクは、自身も苦痛で脂汗を浮かべながら叫んだ。

「お嬢の吐血が全然止まんねえ! なのに、呼吸は今にも止まりそうだ! 肺に肋骨が刺さっているかもしんねえ!」

 アッシュは、リーゼを凝視した。
 口元は血で真っ赤だ。呼吸も荒いのを通り越して、すでにか細くなっている。
 意識もすでに朦朧としているようだ。視線が定まっていない。

「――くそッ!」

 アッシュは、彼女を抱き上げた。

「ダメだ! アッシュさん! いま動かしたら悪化する!」

 ジェイクがそう叫ぶが、アッシュはかぶりを振った。

「無理だ。医者じゃあもう間に合わねえ。助けるにはユーリィに頼るしか……」

 ユーリィは《金色の星神》だ。
 彼女ならば、治癒の《願い》でリーゼを助けられる。
 以前、重傷を負ったエドワードを救ったこともあるのだ。
 しかし――。

(くそッ! 遠い!)

 アッシュは、ギリと歯を軋ませる。
 ユーリィは今、クライン工房で留守番中だ。
 ここからユーリィの所まで向かっても、恐らく間に合わない。
 リーゼは、助からない。

(それでも、今は間に合うことに賭けるしかねえ!)

 アッシュはそう決断するが、その時、ふと一つの事実を思い出した。

(……あ)

 今この国には、もう一人、《金色の星神》がいることに。
 確か、彼女は市街区に宿を取っていたはずだ。
 アッシュは、すぐさま相手の気配を探る《星読み》を使った。
 そうして、彼女の気配を掴む。

(――間に合う! この距離ならどうにか!)

 アッシュは叫んだ。

「――ララザッ!」

 途端、いななきと共に通行人の上を飛び越えて一頭の馬が現れた。
 アッシュの愛馬であるララザだ。
 アッシュは、ララザの背に飛び乗ると手綱を片手で掴んだ。そしてリーゼを落とさないように抱きしめて、ララザを疾走させる。
 ララザは、風のような速度で大通りを駆け抜けていった。

「気をしっかり持つんだ! リーゼ嬢ちゃん!」

 アッシュは、リーゼに何度も声をかけ続けるが、彼女は、今にも消えてしまいそうな呼吸と、大量の吐血を繰り返すだけで返答はしない。
 アッシュは、再び歯を軋ませた。

「――くそったれがッ!」

 脳裏に浮かぶのは、未だ遭遇したことのない怨敵の名だ。
 アッシュは、憎悪を込めて吐き捨てた。

「やってくれたな! くそジジイがッ!」
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