悪竜の騎士とゴーレム姫【第12部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
333 / 399
第11部

第二章 とある幼馴染の憂鬱①

しおりを挟む
 コツコツ、と足音が響く。
 まるで鏡張りのような廊下を、一人の少年が歩いていた。
 年の頃は十六歳ほどか。
 燃えるような赤い髪と、同色の瞳。顔立ちも美麗だ。
 見事なまでに重心を掌握した体に覆うのは黒い騎士服と白いサーコート。そのコートの背には、紋章が刻まれていた。
 盾の形をなぞる黒枠の中に、神槍を片手に背を向ける《夜の女神》のシルエット。その女神の背を守るかのように、円の軌跡を描いた銀色に輝く七つの極星。

 ――《七星》の紋章。

 グレイシア皇国において、七人にしか許されていない最強の証たる紋章だ。
 それは、赤い髪の少年が、最強の騎士の一人であるということだった。

 ――アルフレッド=ハウル。
 皇国の若き騎士であり、皇国の名門・ハウル公爵家の次期当主でもある少年だ。
 そして、とある事件でコウタと友人になった少年でもある。
 アルフレッドは、無言で廊下を進んでいた。
 と、途中で、同世代の少女たちがこちらに向かって歩いてくるのに気付いた。
 白い上着ブレザーに、黒いスカートを履いた少女たちだ。
 上着の胸元には、大きく数字が刻まれた、この学校の校章が付けられている。
 刻まれた数字は二人とも『Ⅰ』。彼女たちが一回生である証明だ。

「ハ、ハウルさま!」「え? あ、アル……ハウルさま!」

 少女たちはアルフレッドに気付き、驚いたようだ。
 驚きすぎたのか、二人とも顔が紅潮していた。

「やあ。ごきげんよう」

 アルフレッドは、にこやかに笑って挨拶した。
 少女たちはますます赤くなって、

「ご、ごきげんよう、です」「よ、ようこそ学園へ」

 と、おどおどと応えてくる。
 彼女たちは、アルフレッドが通り過ぎるまでその場に固まっていた。
 アルフレッドは二人に軽く手を振って、そのまま廊下を進んでいった。
 後ろからは「な、なんでアルフ先輩が!」「あ、あれじゃない? 二回生の……」といった声が聞こえてくる。

(……アルフ先輩か)

 アルフレッドは苦笑した。
 自分が、母校であるこのアノースログ学園でそう呼ばれていることは知っている。
 愛称と先輩を繋げてくれた親しみやすい名前である。
 アルフレッドは、その名前を好ましく思っていた。
 しかし、後輩たちは面と向かっては、滅多にそう呼んでくれない。
 話をする時には、必ず「ハウルさま」と呼んでくるのだ。
 そのことは、少しだけ寂しく感じていた。在校生たちは、アルフレッドに対して、必要以上に距離を取っているような気がする。
 自分が在学していたのはわずか半年ほど。あまりに能力が突出しすぎていたため、祖父が学園に働きかけて、例外的に飛び級で卒業となってしまった。
 ある意味、母校では伝説的な先輩扱いになっているのだ。

(僕としては、出来れば普通に卒業したかったな)

 それが、アルフレッドの本音でもあった。
 稀代の天才である彼だが、その心は普通の少年でもあるのだ。
 母校に訪れると、いつもそれを思う。
 と、アルフレッドが感傷に浸っている内に、目的の部屋に到着した。
 大きな扉には『生徒会室』というプレートが設置されている。
 在学中は、一度も入室したことのない部屋だ。
 アルフレッドは、コンコンとノックした。
 すると、数秒ほど経って、

『どうぞ。鍵はかかっていませんので』

 そんな声が聞こえてきた。
 アルフレッドは、一瞬だけ眉根を寄せた。

(……本当に『彼女』の声だ)

 わずかにだが、躊躇する。
 少し入室するのに腰が引けた。
 しかし、いつまでも立ち尽くしていても仕方がない。
 アルフレッドは覚悟を決めて、扉を開いた。
 初めて入る生徒会室。
 そこは、相当に豪華な部屋だった。
 床には赤い絨毯。壁には巨大な書棚。十数人は入れそうな大きな部屋の中央には、来客用なのか、大理石の机と、二つの黒いソファもある。窓はとても大きく、その向こうにはバルコニーも見える。

(……うちの団長室より豪華だ)

 そんなことを思いつつ、視線を前に向ける。
 俗にいう執務席。そこには、三人の少女がいた。
 一人は執務席に座り、他の二人は立っている。
 執務席に座る少女を中心に、左右を守っているような印象だ。
 校章は『Ⅱ』。三人とも二回生だった。
 アルフレッドは、まず立っている少女たちを一瞥した。

 まず右側。整った顔立ちに、温和な表情を浮かべる彼女は、水色の髪をしていた。大腿部まで届いているとても長い髪だ。瞳の色も同色だった。アルフレッドに並ぶぐらいの高身長で、スタイルもよく、そのため、アルフレッドよりも少し年上に見えた。
 彼女は、アルフレッドと目が合うと、ニコッと笑ってくれた。

(確か、彼女は副会長だったか)

 アノースログ学園・二回生。
 名前は、フラン=ソルバだったはず。ソルバ伯爵家のご令嬢だと聞いている。

 次に左側。黒い瞳の少女だ。
 サラリとした同色の髪をうなじ辺りまで伸ばしている。彼女も綺麗な顔立ちではあるが、その表情は暗く、顔の左半分を髪で隠していた。
 身長はかなり低く、体つきは他の二人に比べると、かなり幼い。年齢的には十二、三歳ぐらいにも見える。首元をぴっちりと覆う黒い服は、インナースーツのようだ。大人しそうな印象のある彼女は、特に表情を変えることもなく、アルフレッドを観察していた。
 彼女も二回生。黒髪、黒い瞳からしてアロン大陸の出身者だろうか。
 帯剣する短剣も、黒い鞘の鍔のない短刀だった。
 名前は確か、アヤメ=シキモリだったか。
 学園長からは、生徒会の書記兼会計だと聞いている少女である。

 そして最後の一人。
 彼女を言い表すとすると、豪華絢爛。天を突く炎だろうか。
 腰まで伸ばした髪の色は、真紅とは違う明るい赤。まるで彼女の性格を表すように、ピンと一本だけ天に向かって跳ねているの癖毛が特徴的な髪型だ。
 顔立ちは非常に美しく、瞳の色は髪と同じ赤。勝気なその瞳の中に、炎でも宿すような眼差しでアルフレッドを睨みつけている。
 アルフレッドが豪華絢爛と評するだけあって、スタイルもまた抜群だった。
 流石にあれだけ大きいとやっぱり重いのか、執務席の上に、豊かな胸をずしりと乗せて肘を突き、指を組んでいる。
 アルフレッドは、彼女とだけは面識があった。

「……やあ」

 内心では少し腰が引けながら、アルフレッドは手を上げた。

「久しぶりだね。アンジュ」

 彼女は一瞬の間を空けた。少しだけ表情を険しくする。

「……ハウル騎士」

 彼女――アンジュ……アンジェリカ=コースウッドは、小さく嘆息した。

「お久しぶりです。しかし、今の貴方は公務で来られたのでは?」

「……う」

 出来るだけにこやかでいようとしていたアルフレッドは、頬を強張らせた。
 彼女は微笑む。
 まるで炎が揺らめいて生まれた陽炎のような笑みだ。
 幻想的にも見えるが、少し怖い。

「まあ、よいでしょう。久しぶりに知己と会ったのです。ですが、今後は、公私混同は控えてください」

「わ、分かった……失礼、しました」

 アルフレッドは顔を強張らせたまま、そう答えた。

(か、変わらないな。アンジュは)

 ――アノースログ学園の二回生。
 生徒会長。アンジェリカ=コースウッド。
 彼女の名を学園長から聞いた時は、アルフレッドは思わず胃が痛くなった。
 コースウッド侯爵家は、血統的にはハウル家の分家に当たる。しかし、商業で大きな財を成したコースウッド家は、今や、ただの分家とは言えず、主家であるハウル家にも劣らないほどの名門となっていた。
 そして縁戚である以上、当然ながら、彼女とは顔見知りだった。

 と言うより、俗にいう幼馴染なのである。
 幼少時は、よく遊んだ仲だった。
 だが、年齢を重ねるにつれて、やや疎遠となっていた。
 理由は幾つかある。
 ハウル家の現当主――アルフレッドの祖父と、コースウッド家の現当主――アンジェリカの父の仲が、現在あまり芳しくないこと。
 アルフレッドが、正式に騎士になって忙しかったということ。
 アノースログ学園が全寮制のため、アンジェリカと顔を合わせる機会自体が、かなり少なくなっていたこと。

 ただ、一番の理由は、実にシンプルだったりする。
 アルフレッドが、彼女のことを、とても苦手に思っているからである。
 今も、内心では冷や汗をかいていた。

(……アンジュか……)

 ズキズキ、と胃が痛んでくる。
 豪華絢爛なアンジェリカは、昔からとても勝気な性格をしていた。

『アルフレッド! ついてきなさい!』

 そう告げられたら最後、よく振り回されたものだった。
 幼少時は、もう、ほとんど主従関係のような間柄だった。
 そのため、どうしても、顔を合わせるのを避けていたところがあった。

(アンジュも、悪い子じゃないんだけど……)

 どうしても苦手意識は拭えない。
 たとえ、これほどの美少女であってもだ。
 今も、口調こそ丁寧だが、威圧感が滲み出ているような気がする。
 そもそも、アルフレッドの好みは大人しい子なのである。静かではあるが、いつも傍にいてくれて、時折、甘えてきてくれるような、そんな子が好きなのだ。
 アンジェリカは、アルフレッドの好みとは真逆のタイプだった。
 ――いや、アンジェリカと過ごしたから、タイプが逆になったのかもしれない。
 そんなことを考えていると、

「ハウル騎士? どうされました? 先程から沈黙されているようですが?」

 アンジェリカが、陽炎のような笑みを深めて再度尋ねてきた。
 幼少時のトラウマがフラッシュバックして、アルフレッドが青ざめると、

「まあまあ、アンジュ」

 隣に立つ少女――フランがアンジェリカを諫めた。

「ハウルさまも、久しぶりにあなたに会って緊張されているのよ。だから、そんなに目くじら立てないで」

「目くじらなど、立てていません」

 アンジェリカが、フランを睨みつけた。

「そもそも、緊張されるいわれが分かりません。先程も申しましたが、ハウル騎士とは知己の間柄なのですよ」

 彼女は、ふさあっと髪をかき上げた。

「七ヶ月と十五日ぶりの再会を喜ぶのならば分かりますが、どうして緊張されねばならないのです」

 その台詞に、フランは嘆息した。

「あなたのその姿勢が……まあ、いいわ」

 フランは額に手を当てて、かぶりを振った。
 その様子を一度も声を出さないもう一人の少女――アヤメは、横から見つめていた。
 一方、アルフレッドは緊張したままだ。
 やはり、この幼馴染は苦手だった。

「……まあ、良いでしょう」

 アンジェリカが、そんなアルフレッドを見つめた。

「ハウル騎士もお忙しいと聞きます。ここは本題に入りましょうか」

「あ、う、うん」

 アルフレッドは頷いた。

「分かったよ。じゃあ、本題に入ろう。アンジュ……コースウッド生徒会長」

 公私混同しないように、彼女を肩書で呼ぶ。

「ええ。そうしましょう。ハウル騎士」

 アンジェリカも、それに応じた。
 フランも面持ちを改めて、アヤメは表情のないままアルフレッドを見つめた。

「では、ハウル騎士」

 そうして、アンジェリカが指を組み直して告げる。

「先に迫ってきた、エリーズ国との交流会について話し合いましょうか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

処理中です...