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第1部
第七章 鋼の進軍①
しおりを挟む「――メルッ!」
「きゃあっ!?」
いきなり上半身を起き上がらせたコウタに、少女が悲鳴を上げる。
「えっ?」
コウタは一瞬メルティアかと思って振り向くが――違う。
そこにいたのは目を瞬かせるリーゼだった。
「リ、リーゼ、さん?」
蜂蜜色の髪の少女は、コウタの傍で正座をしていた。
――いや、互いに座っている位置からすると、どうやらさっきまでコウタは彼女に膝枕をしてもらっていたようだ。
(……ここは?)
未だ意識がはっきりしないコウタは周囲を見渡した。
恐らく森の中。草原のように開けた場所だ。
近くには大きな湖があり、空には月と星が瞬いている。
「おっ! 目を覚ましたかコウタ!」
「……コウタ。良かった」
その時、近くから続けざまに声をかけられた。
腕を組むジェイクと、彼の後ろにいるアイリの声だ。
「ジェイク! アイリ!」
ホッと安堵して声を上げるコウタだったが、二人とリーゼの姿を見ることで、ようやく現状を思い出した。そして慌てて周囲を見る――が、
「……メル。メルはどこに!?」
彼にとって一番大切な少女の姿がない。
青ざめたコウタはすぐさま立ち上がろうとしたが、
「まあ、落ち着け相棒」
――ゴンッ!
と、唐突に拳骨を落とされた。
座っていたため、衝撃がモロに響く。コウタは少し涙目になった。
「~~~ッ、何するのさ! ジェイク!」
「そ、そうですわ! オルバン! 彼は目を覚ましたばかりなのですわよ!」
と、コウタに続き、リーゼも声を荒らげる。
しかし、ジェイクは肩をすくめて。
「こうした方が手っ取り早くスイッチが切り替わると思ってな」
「……それでも乱暴だと思う」
と、アイリがジェイクを見上げて告げる。
八歳の少女にまで批判され、ジェイクは気まずげに頬をかいた。
「まあ、あんまり時間もなさそうだしな。勘弁してくれ」
そう前置きしてから、ジェイクはコウタに語りかける。
「相棒。少しは落ち着いたと思うから告げるが……メル嬢が攫われちまった」
「――ッ!」
コウタは胡坐をかいた姿勢で視線を伏せ、ギシリと歯を軋ませた。
(やっぱりメルはあの男に……)
血が滲みかねないほど拳を強く握りしめる。
どうしようもない焦燥が、胸の中で嵐のように吹き荒れた。
(……メルッ!)
こんな場所でのんびりしている暇などない。
コウタは険しい表情を浮かべて立ち上がろうとするが、
「だから、落ち着けって」
再び拳骨を落とされた。
どすんっとコウタは強制的に座らされる。
それからズキズキと痛む頭を片手で押さえて友人を睨みつけた。
「ジェイク~。流石にボクも怒るよ」
「ははっ、悪りい。けど、少しクールダウンしようぜ」
言われ、コウタは何とも言えない顔をしたが、心配そうに自分を見るリーゼやアイリの眼差しに気付き、大きく嘆息した。
確かに頭に血がのぼり過ぎているかもしれない。
コウタは殴られた個所をさすりつつジェイクに尋ねる。
「分かったよ。とりあえず状況を教えて欲しい。ここがどこなのかは分かるけど、あれからどれくらい経ったのか。みんなに怪我はないか。そして、メルのことも」
「……ああ。そうだな」
ジェイクはあごに手をやって順に答え始める。
「まず時間だが、今は夜中の二時ぐらいだ。お前さんがお嬢の膝枕で寝てたのは大体二十分ぐらいだよ」
「オ、オルバン! 膝枕とか言わなくてもいいでしょう!」
と、リーゼが頬を赤らめて声を荒らげる。
コウタも少しだけ赤面した。やはり自分は彼女に膝枕されていたのか。
同級生に膝枕されるとは、流石に少し恥ずかしい。
「ははっ、お嬢。そこは逆にアピールすべきだと思うが、まぁいっか。そんでオレっち達に大きな怪我はねえよ。少し打撲したぐらいだな」
と、教えてくれるジェイクに、コウタは胸を撫で下ろす。
最悪の状況の中でも数少ない朗報だ。
「……そんで、さっきも言ったが、メル嬢のことだけどな」
そこでジェイクは苦々しい表情を浮かべた。
「アイリ嬢ちゃんの話だと、あの金メッキの牛ヅラ野郎に連れて行かれたそうだ」
「…………」
予想通りの内容に、コウタは沈黙する。
大切な人さえ守れない自分の弱さが許せなかった。
「……そうか」
コウタは渦巻く怒気を吐き出すように嘆息した。
「メルはボクらのために自分を犠牲に――」
「いやいや、実はそうでもないみたいなんだよ」
と、パタパタと手を振るジェイク。
「……えっ?」
唐突に自分の台詞を遮られ、コウタは目を瞬かせた。
「それってどういう意味さ? ジェイク」
「いや、それはオレっちより直接伝言を聞いたそいつに訊いた方がいいぞ」
コウタの後ろ側を指差してジェイクはそう答える。
一方、リーゼとアイリは少し困惑したような表情を浮かべている。
「……は? そいつ?」
コウタは首を傾げつつも、ジェイクの指差した方を見やり、
「……えっ、き、君は零号!? 零号なのか!?」
大きく目を瞠った。
コウタのすぐ傍。そこにいたのは王冠を戴く小さな鎧機兵。
メルティアが造った最初のゴーレムだった。
「ど、どうして魔窟館にいるはずの君が――」
と、言いかけた所でコウタは絶句した。
よく見れば零号の後ろにて、百機以上のゴーレム達が黙々と作業を――《ディノス》・《グランジャ》・《ステラ》の三機の修復を行っていたのだ。
「はあっ!? これって魔窟館のほぼ全機じゃないか!? なんでここに!?」
「……メルサマガ喚ンダ」
と、零号が答える。彼らも鎧機兵の一種。無機物であるため、転移陣での召喚は可能だった。メルティアは森の中で彼らを事前に召喚していたのである。
「そ、そうか。けどなんで君達を?」
続けてそう尋ねるコウタに、零号は全く違うことを告げる。
「……メルサマカラ伝言アル」
「えっ?」
「……犠牲ニナル気ナイ。隙ミテ私ヲカッサラエ」
「ええっ!?」
コウタは完全に困惑した。零号は何を言っているのだろうか。
すると、始まりのゴーレムはすっと何かを差し出した。
「……デデーン」
「え、こ、これって……」
コウタは目を丸くする。
零号が差し出したのは、石板のような道具だ。
見覚えがある。確か、名前は《コウタ探索機》……。
「た、探索機! ま、まさか!」
コウタは零号から奪うように探索機を受け取った。
石板に埋め込まれたような地図には、赤い光点が輝いている。
しかし、コウタが今いる場所ではない。
恐らくこの光点の場所は――。
「メルの居場所か! そうか! メルは発信器を自分で持って!」
広大な王都パドロを網羅するような探索機だ。
これさえあれば、メルティアの居場所は一目瞭然だった。
「……結局さ。メル嬢はあのおっさんを騙してとりあえず危機を凌いだ後、オレっち達に救出させる気だったんだよ。仕切り直す機会を作ったのさ」
と、頭をかいてジェイクが語る。
あの時、すでに敗北は確実であり、皆殺しにされる寸前の状況だった。
だからこそメルティアは一計を案じ、仕切り直しが出来る理想的な敗北へと流れを持っていったのだ。まさに彼女にとって一世一代の賭けであった。
「奇襲をかけてメルティアを救出し、即時に撤退。それがメルティアの作戦ですわ。すでにその小さな鎧機兵が一機だけ帰還して、アシュレイ家に連絡しているそうです」
リーゼが膝の上で指を組み、そう告げる。
「公爵令嬢の危機。騎士団も迅速に動きます。恐らく朝まで逃げ切ればどうにかなるでしょうね。あのまま全滅するよりも事態は好転していますわ」
そして彼女はふっと笑った。
そこまで聞けば、コウタも状況は理解できた。
「どれほど強くても騎士団とまともに衝突するのは悪手だ。騎士団と出くわせば奴らは撤退を優先するってことか」
自身も独白しつつ、コウタは嘆息した。
考えてみればメルティアは自己犠牲をよしとする人間ではない。
常に緻密な計画を立ててから動く少女だった。
(……ははっ、メル。君って子は……)
コウタは苦笑を浮かべた。
と、その時、
「……ごめんなさい。コウタ」
おもむろにアイリが近付いてきて、唇を噛んで頭を下げた。
「……私のせいでメルティアが……本当にごめんなさい」
そう告げて泣き出しそうになる少女に対し、コウタは優しく笑う。
「気にしなくていいよ。アイリ。元々負けたボクらが悪い。それに何よりもボクらはまだ誰ひとり失っていない」
言って、彼女の頭を撫でた。
その様子を見つめながら、ジェイクが腕を組み、尋ねてくる。
「で、どうするよコウタ。オレっちの肚はもう決まってんぜ」
「まあ、本来ならば騎士団の到着を待ち、合流すべきなのですが……」
と、頬に手を当てリーゼが続く。
「発信機とやらがいつ消えてもおかしくない状況ですしね。居場所が特定できている内に行動した方が良いでしょう。わたくしも協力しますわ」
「……ジェイク、リーゼさん」
コウタはすっと目を細めた。
(そうだ。まだ終わってなんかいない)
自身の右手を静かに見つめ、少年は思う。
この手はきっと彼女に届く。
まだ、彼女の手を掴むことが出来るはずだ。
(……メル)
少女の名を呼び、コウタは力強く拳を固める。
こうするだけで体中に力が沸いてくるようだった。
この瞬間、コウタは覚悟を決めた。
「――うん。みんな」
そして、少年は自分の意志を告げる。
「これから、メルを助けに行こう!」
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